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18 Side 司 01話
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いつもなら、六時ジャストに開くドアが開かなかった。
気にしつつも片付けなくてはいけない案件に目を通す。
少ししたら、優太やほかのメンバーが図書室へ戻ってきた。
「あれ? 翠葉ちゃんは?」
優太がテーブルに揃っている資料に目をやり訊いてくる。
「まだ」
「嘘っ……あり得ないだろ? 翠葉って絶対に六時前にはあのドアの向こう側でスタンバイしてるじゃん?」
海斗の言ったことは、皆が思っていたことだろう。
休憩するように、とあの部屋へ押し込めても、どんな気持ちで秋兄のいるその部屋に押し込めても、翠は中途半端に休んで戻ってくる。
秋兄がそこで何かを仕掛けているとは思っていない。たぶん、翠自身の問題――
翠が作業を気にしすぎて休めていない。でも今日は……。
今までの統計から考えると、今日だって六時ぴったりに戻ってくるはずだった。
起案書を任せただけであの喜びよう。
時計をじっと見ていて秒針が十二を指した瞬間に開くものだと思っていた。それがすでに七分を過ぎている。
「……具合、悪かったりするのかな? さっきまでそんなふうには見えなかったけど」
優太は何気なく言ったのだろう。けれど、思い当たることなどそのくらいしかない。
でも、俺にはもう、翠のバイタルを知る術がない。
「ちょっと様子だけでも見てきたら?」
朝陽に言われたものの、すぐには返事ができなかった。
自分の目で見て安心したいとは思う。けど、もし具合が悪いのだとしたら、ここに姉さんが来ないわけがない。
もし、珍しくこの休憩時間に熟睡できているのだとしたら――起こしたくない。
休めるときに休ませたい。それが俺のエゴだとしても……。
紅葉祭が近づけば近づく分、イレギュラーなものが増える。忙しくなるのは目に見えてわかっている。
だから、その前に少しでも休ませたいと思う。
そのとき、振動が携帯の着信を知らせた。
秋兄……?
「はい」
『あぁ、俺』
「着信名見ればわかる」
『あのさ、翠葉ちゃん珍しく熟睡してるみたい。一度声をかけたんだけど起きないんだよね。どうする?』
どうするって……。
声の響き方からして仮眠室からかけてきているのがわかった。
声が必要以上に響くその部屋からだからなのか、声を発するというよりは呟くような話し方だった。
「こっちは問題ないからあと少し――三十分まで寝かせてやって」
『俺はかまわないけど、翠葉ちゃんはどう思うかな。起案書作るの、すごく楽しみにしてたけど? 起きてそれがもう出来上がっていたりしたら、さぞかしショックを受けるんだろうね』
「……あれは翠にやらせるから心配無用」
『そう、ならいいけど。それから、文書のあれこれフォーマットなんだけど……。俺が学生のときに作ったものを今も使ってるの?』
「そのまま使ってるけど」
とくに問題があるわけでもない。
『そっか……。今、新しいの用意したから、あとで翠葉ちゃんに渡すよ』
すぐに察しはついた。翠が「フォーマットを探さなくちゃ」とでも言ったのだろう。
『それからさ、三十分経ったら翠葉ちゃんを起こしにきてね』
「なんで……。そんなの秋兄がすれば――」
『やだよ。気持ち良さそうに寝てるのを起こすのなんて一度で十分。じゃあね』
そう言うと一方的に通話が切られた。
「秋兄……?」
「そう」
「翠葉、具合悪いって?」
「いや、珍しく熟睡してるらしい」
「珍しいっ!」
「……三十分になったら起こしにいく」
「それって別に司が行かなくても秋兄が起こしてくれればいい話なんじゃないの?」
「同感……」
俺だってそうは思う。でも、秋兄が口にした理由は単なる口実のようにも聞こえた。
迎えに行ったそこに何があるのか――
その後、俺は作業に集中できず、単純作業ともいえる書類整理をして二十分を過ごした。
「翠を起こしてきます」
茜先輩に言うと、
「もう少し休ませてあげない?」
「翠の、良心の呵責を考えると延長三十分が限界だと思います」
「それもそうね……」
カウンター奥のドアロックを面倒臭い手順を踏んで解除した。
インターホンを押したくなかったから。
その音で翠を起こすことも、秋兄のロック解除で入室するのも、どちらも自分が受け入れがたくて……。
中に入ると、俺に気づいた秋兄が席を立つ。
俺と秋兄の中間あたりにあるソファまで来ると、「ぐっすりだよ」と笑った。
背もたれ側から覗き見ると、寝息を立ててすうすうと眠る翠がいた。
これは確かに起こしづらい……。
「翠」
声をかけても身じろぎひとつしないなんて珍しい。
「寝るときバタバタしてて、携帯のアラームもかけてなかったからね」
ソファの向こう側に回り翠を見下ろすと、なんとなく泣いたあとのような気がした。
再度翠の名前を呼ぼうとしてやめる。
「秋兄、何かあった?」
翠を起こさないよう声量を抑えて訊く。と、
「おまえには関係ないよ」
「っ……!?」
「補足するなら、俺にも関係ない。彼女にしか関係のないことだ」
「何それ」
訊いておきながら早くも後悔。
訊く必要も深く考える必要もなかった。
気にしつつも片付けなくてはいけない案件に目を通す。
少ししたら、優太やほかのメンバーが図書室へ戻ってきた。
「あれ? 翠葉ちゃんは?」
優太がテーブルに揃っている資料に目をやり訊いてくる。
「まだ」
「嘘っ……あり得ないだろ? 翠葉って絶対に六時前にはあのドアの向こう側でスタンバイしてるじゃん?」
海斗の言ったことは、皆が思っていたことだろう。
休憩するように、とあの部屋へ押し込めても、どんな気持ちで秋兄のいるその部屋に押し込めても、翠は中途半端に休んで戻ってくる。
秋兄がそこで何かを仕掛けているとは思っていない。たぶん、翠自身の問題――
翠が作業を気にしすぎて休めていない。でも今日は……。
今までの統計から考えると、今日だって六時ぴったりに戻ってくるはずだった。
起案書を任せただけであの喜びよう。
時計をじっと見ていて秒針が十二を指した瞬間に開くものだと思っていた。それがすでに七分を過ぎている。
「……具合、悪かったりするのかな? さっきまでそんなふうには見えなかったけど」
優太は何気なく言ったのだろう。けれど、思い当たることなどそのくらいしかない。
でも、俺にはもう、翠のバイタルを知る術がない。
「ちょっと様子だけでも見てきたら?」
朝陽に言われたものの、すぐには返事ができなかった。
自分の目で見て安心したいとは思う。けど、もし具合が悪いのだとしたら、ここに姉さんが来ないわけがない。
もし、珍しくこの休憩時間に熟睡できているのだとしたら――起こしたくない。
休めるときに休ませたい。それが俺のエゴだとしても……。
紅葉祭が近づけば近づく分、イレギュラーなものが増える。忙しくなるのは目に見えてわかっている。
だから、その前に少しでも休ませたいと思う。
そのとき、振動が携帯の着信を知らせた。
秋兄……?
「はい」
『あぁ、俺』
「着信名見ればわかる」
『あのさ、翠葉ちゃん珍しく熟睡してるみたい。一度声をかけたんだけど起きないんだよね。どうする?』
どうするって……。
声の響き方からして仮眠室からかけてきているのがわかった。
声が必要以上に響くその部屋からだからなのか、声を発するというよりは呟くような話し方だった。
「こっちは問題ないからあと少し――三十分まで寝かせてやって」
『俺はかまわないけど、翠葉ちゃんはどう思うかな。起案書作るの、すごく楽しみにしてたけど? 起きてそれがもう出来上がっていたりしたら、さぞかしショックを受けるんだろうね』
「……あれは翠にやらせるから心配無用」
『そう、ならいいけど。それから、文書のあれこれフォーマットなんだけど……。俺が学生のときに作ったものを今も使ってるの?』
「そのまま使ってるけど」
とくに問題があるわけでもない。
『そっか……。今、新しいの用意したから、あとで翠葉ちゃんに渡すよ』
すぐに察しはついた。翠が「フォーマットを探さなくちゃ」とでも言ったのだろう。
『それからさ、三十分経ったら翠葉ちゃんを起こしにきてね』
「なんで……。そんなの秋兄がすれば――」
『やだよ。気持ち良さそうに寝てるのを起こすのなんて一度で十分。じゃあね』
そう言うと一方的に通話が切られた。
「秋兄……?」
「そう」
「翠葉、具合悪いって?」
「いや、珍しく熟睡してるらしい」
「珍しいっ!」
「……三十分になったら起こしにいく」
「それって別に司が行かなくても秋兄が起こしてくれればいい話なんじゃないの?」
「同感……」
俺だってそうは思う。でも、秋兄が口にした理由は単なる口実のようにも聞こえた。
迎えに行ったそこに何があるのか――
その後、俺は作業に集中できず、単純作業ともいえる書類整理をして二十分を過ごした。
「翠を起こしてきます」
茜先輩に言うと、
「もう少し休ませてあげない?」
「翠の、良心の呵責を考えると延長三十分が限界だと思います」
「それもそうね……」
カウンター奥のドアロックを面倒臭い手順を踏んで解除した。
インターホンを押したくなかったから。
その音で翠を起こすことも、秋兄のロック解除で入室するのも、どちらも自分が受け入れがたくて……。
中に入ると、俺に気づいた秋兄が席を立つ。
俺と秋兄の中間あたりにあるソファまで来ると、「ぐっすりだよ」と笑った。
背もたれ側から覗き見ると、寝息を立ててすうすうと眠る翠がいた。
これは確かに起こしづらい……。
「翠」
声をかけても身じろぎひとつしないなんて珍しい。
「寝るときバタバタしてて、携帯のアラームもかけてなかったからね」
ソファの向こう側に回り翠を見下ろすと、なんとなく泣いたあとのような気がした。
再度翠の名前を呼ぼうとしてやめる。
「秋兄、何かあった?」
翠を起こさないよう声量を抑えて訊く。と、
「おまえには関係ないよ」
「っ……!?」
「補足するなら、俺にも関係ない。彼女にしか関係のないことだ」
「何それ」
訊いておきながら早くも後悔。
訊く必要も深く考える必要もなかった。
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