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第十二章 自分のモノサシ
35話
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「特別扱い」は人に良く思われない――その結果がこれだ……。
わかるよ。今、この人に言われていること。
誰が言いふらしたわけではない。それでも、「特別扱い」は浮き彫りになる。目立ってしまう。
「特別扱いされてまで生徒会にいたいだなんて我の強い人」
「はい……私もそう思います」
私はきっと誰よりも貪欲だし、我が強いと思う。
だって、特別扱いされているとわかっていても、諦めることができない。手放せない。
今までの私なら、特別扱いされてまでそこにいたいだなんて、絶対に思わなかった。
けど、マンションで会計の仕事ができるように抜け道を作ってもらえたとき、本当に嬉しくて、中途半端に生徒会を辞めなくて済むことに心底ほっとした。
でも、いつかはこうやって誰かに何かを言われることだって予想はしていたし、覚悟はしていたの。
けど、今はまだ手放せない。もう少しだけ待ってほしい。
「わかっているなら早く脱会しなさいよ。生徒会に入りたい人はあなただけじゃないのよ」
会計の仕事をいつまでも学校外でできるだなんて思っていない。
紅葉祭が終われば「特別扱い」も終わる。だから、今はまだ――
――「人の話は目を見て聞きなさい」。
そう言われて育ったけれど、私の視線は地面に落ちていた。
「ごめんなさい。紅葉祭が終わるまで、それまで待ってもらえませんか?」
思い切って顔を上げた瞬間、風で周りの木々がさざめいた。
彼女はふわっと浮いた髪の毛を手で押さえ、耳にかけては薄く笑う。
「紅葉祭が終わったら辞めるの?」
口を開こうとしたら、それまで存在しなかった声が割り込んだ。
「ふたりには生徒会規約の再読を勧める」
「っ、ツカサ――」
ツカサはその場にいたもうひとりから私に視線を移すと、
「携帯は?」
え……?
咄嗟にポケットを確認してないことに気づき、少し前の出来事を思い出す。
「……あ、教室のかばんの中」
「携帯は所持していないと意味がない。唯さんが迎えに来てる。翠の携帯が通じないって俺に連絡があった」
唯兄が迎えに来てくれているのは知っていた。帰る時間になって連絡をしたのはほかでもない私自身だったし、「着いたよ」という連絡があって、その通話を切ったところで彼女に呼ばれたのだから。
時計を見ると、それから十分が経過していた。
「わ、ごめんっ――」
ツカサは何かを言おうとしてやめた。もし口にしてくれたとしても、優しい言葉は期待できそうにない。
代わりに、ため息をついてみせると、
「香月の用はそれだけ?」
ツカサは今まで私が話していた人へと向き直る。
もしかして、声をかける前から近くにいたのだろうか。
話の介入の仕方からしてそんな感じ。
それに、相手の名前を知っているということは、ツカサの知り合い……?
香月と呼ばれた人は、びっくりした顔のままツカサに釘付けになっていた。
「うちの生徒会は『特別扱い』を認めるほど甘くはない。それくらい、一度は生徒会に籍を置いていたことがある香月ならわかると思うんだけど」
隣に立つツカサは、温度のない声と感情を反映させない表情で言葉を続ける。
「香月は、翠がやっている仕事をすべて知ったうえで『特別扱い』と口にしているのかが知りたい」
香月さんは何も答えなかった。
「翠が単なる一年の会計、下っ端だと思っているのなら、その考えは早期に改めるべきだ」
ツカサは口元にだけ笑みを浮かべた。
「今、生徒会には会計が三人いる。が、現時点で会計の作業をしているのは翠ひとりだ。俺と優太はイレギュラーなアクシデントの対応要員として動いてる」
「嘘……」
「事実」
「っ……藤宮先輩が会計の仕事を人に任せるなんてあり得ませんっ」
ツカサはくつくつと笑いながら、
「確かに、香月には任せようと思ったことはないし、任せられるとも思えなかった」
話の流れで、香月さんが今までに生徒会で会計を担当したことがある人なのだと知る。
だとしたら、中等部での生徒会メンバーだったのだろうか。
「こんなことは初めてだ。俺は今まで、会計の総元締めを自分以外の誰かにやらせたことはない」
その言葉に香月さんが一歩引く。
「この学園において、紅葉祭というイベントにどれだけの資金がつぎ込まれるのかは香月も知っているかと思うけど、今回はその総元締めをしているのは翠だ。その重責を知っても『特別扱い』と言えるなら、香月の基準は相当高いんだろうな」
「っ……」
「再申請で上がってくる費用の割り振りと、リトルバンクと収支報告の照らし合わせ作業。このふたつだけでもかなりのボリュームだ。香月が知っている中等部の体育祭なんて比にならない。それに加えて、超過申請になっている使途不明金の割り出し作業やそれに代わる充当先。翠はそれらすべてをひとりでこなしている。もし、香月がこれだけの仕事を軽々とクリアできるだけの器量があるなら今すぐにでも生徒会に引っ張ろう」
そこまで言うと、ツカサの表情から笑みが消えた。
「それができないなら、『特別扱い』なんて言葉は口が裂けても言えないはずだ」
ツカサは意地悪だ。何も、こんなふうに人を追い詰めるような言い方をしなくてもいいのに……。
それが私のためであることもわかっている。こうやって守られていることもわかっている。でも――
「ツカサ、確かに仕事の分量でいうなら特別扱いはされてないと思う。でも、学校ではない場所でその作業をさせてもらえるのは特別扱いだと思う。
きっと、香月さんと呼ばれた人はそこが一番引っかかっているのではないだろうか。
「翠、今回のこれは特別扱いじゃない。特例措置だ」
「代わらない、特別扱いも特例措置も。『特別』って意味がある時点で何も変わらない。ツカサこそ類語辞典引いたらっ!? 措置は扱いと処理と同義語だよ」
すぐ隣にいるツカサを見上げると、冷ややかな目で見下ろされた。
それに負けまいと視線をぶつけ続ける。
少しの沈黙のあと、ツカサの携帯が鳴りだした。
「はい。――遅くなりましたが見つけました。今すぐこのバカを届けるので、とっとと連れて帰ってください」
「バカって私のことっ!?」
「それ以外に誰が?」
真顔で言われた。
「生徒会の除名は翠の意思でどうこうできるものじゃない。一度就任した以上、評価が下がらない限り除名はあり得ない。ふたりとも生徒会について理解が浅いようだから言うけれど、規約を理解したうえで行動、もしくは発言してくれないか? 帰宅後に会計の仕事にあたる翠の時間をこういうことに割かれるのは生徒会として迷惑だ。もし、香月がどうしても生徒会に入りたいのなら、まずは成績上で翠の上に出ることが必要不可欠だと思うけど?」
香月さんが何も反論してこないとわかると、ツカサは私の手首を掴み無言で歩きだした。
「ちょっ――ツカサっっっ!?」
「うるさい」
「うるさくないっ」
「うるさい」
「ツカサっっっ」
「黙れ」
恐ろしく低い声に威圧され、何も言えなくなった。
あとに残された香月さんを気にしつつ、そのまま引き摺られるようにして廊下を歩く。
一、二年棟の一階は、保健室と教科準備室のほかに昇降口が大半を占めていることから、生徒が使う教室はない。
人気のない廊下で、
「ツカサ、守ってくれるのは嬉しい。でも、ああいうのは嬉しくない」
早足で歩いていたツカサが急に止まるから、私は問答無用でツカサに激突した。
「守ったつもりはない。言っただろ。『特別』と『特例』は別物だって。それより――翠は思っていたよりも責任感がないんだな」
「え……?」
「一度引き受けたものは最後までやる性質かと思っていたけど、どうやら俺の買いかぶりだったらしい。俺は確認したはずだけど?」
何を……?
「辞めたくて悩んでいるのか、続けたくて悩んでいるのか。あのとき、翠は確かに紅葉祭が終わるまでは続けたいって答えたけれど、現況を提案した人間たちはそんな短期間のことしか考えずに答えを出したわけじゃない。唯さんがどれだけ翠のことを思ってあの設定をしたのか、翠はそれをわかってない。まずは生徒会規約をしっかり読み直すんだな。――もとより、使えると思った人間を俺がそうやすやすと手放すとでも?」
ツカサは鼻で笑い、
「勘違いも甚だしい」
私の手は粗雑に放された。
わかるよ。今、この人に言われていること。
誰が言いふらしたわけではない。それでも、「特別扱い」は浮き彫りになる。目立ってしまう。
「特別扱いされてまで生徒会にいたいだなんて我の強い人」
「はい……私もそう思います」
私はきっと誰よりも貪欲だし、我が強いと思う。
だって、特別扱いされているとわかっていても、諦めることができない。手放せない。
今までの私なら、特別扱いされてまでそこにいたいだなんて、絶対に思わなかった。
けど、マンションで会計の仕事ができるように抜け道を作ってもらえたとき、本当に嬉しくて、中途半端に生徒会を辞めなくて済むことに心底ほっとした。
でも、いつかはこうやって誰かに何かを言われることだって予想はしていたし、覚悟はしていたの。
けど、今はまだ手放せない。もう少しだけ待ってほしい。
「わかっているなら早く脱会しなさいよ。生徒会に入りたい人はあなただけじゃないのよ」
会計の仕事をいつまでも学校外でできるだなんて思っていない。
紅葉祭が終われば「特別扱い」も終わる。だから、今はまだ――
――「人の話は目を見て聞きなさい」。
そう言われて育ったけれど、私の視線は地面に落ちていた。
「ごめんなさい。紅葉祭が終わるまで、それまで待ってもらえませんか?」
思い切って顔を上げた瞬間、風で周りの木々がさざめいた。
彼女はふわっと浮いた髪の毛を手で押さえ、耳にかけては薄く笑う。
「紅葉祭が終わったら辞めるの?」
口を開こうとしたら、それまで存在しなかった声が割り込んだ。
「ふたりには生徒会規約の再読を勧める」
「っ、ツカサ――」
ツカサはその場にいたもうひとりから私に視線を移すと、
「携帯は?」
え……?
咄嗟にポケットを確認してないことに気づき、少し前の出来事を思い出す。
「……あ、教室のかばんの中」
「携帯は所持していないと意味がない。唯さんが迎えに来てる。翠の携帯が通じないって俺に連絡があった」
唯兄が迎えに来てくれているのは知っていた。帰る時間になって連絡をしたのはほかでもない私自身だったし、「着いたよ」という連絡があって、その通話を切ったところで彼女に呼ばれたのだから。
時計を見ると、それから十分が経過していた。
「わ、ごめんっ――」
ツカサは何かを言おうとしてやめた。もし口にしてくれたとしても、優しい言葉は期待できそうにない。
代わりに、ため息をついてみせると、
「香月の用はそれだけ?」
ツカサは今まで私が話していた人へと向き直る。
もしかして、声をかける前から近くにいたのだろうか。
話の介入の仕方からしてそんな感じ。
それに、相手の名前を知っているということは、ツカサの知り合い……?
香月と呼ばれた人は、びっくりした顔のままツカサに釘付けになっていた。
「うちの生徒会は『特別扱い』を認めるほど甘くはない。それくらい、一度は生徒会に籍を置いていたことがある香月ならわかると思うんだけど」
隣に立つツカサは、温度のない声と感情を反映させない表情で言葉を続ける。
「香月は、翠がやっている仕事をすべて知ったうえで『特別扱い』と口にしているのかが知りたい」
香月さんは何も答えなかった。
「翠が単なる一年の会計、下っ端だと思っているのなら、その考えは早期に改めるべきだ」
ツカサは口元にだけ笑みを浮かべた。
「今、生徒会には会計が三人いる。が、現時点で会計の作業をしているのは翠ひとりだ。俺と優太はイレギュラーなアクシデントの対応要員として動いてる」
「嘘……」
「事実」
「っ……藤宮先輩が会計の仕事を人に任せるなんてあり得ませんっ」
ツカサはくつくつと笑いながら、
「確かに、香月には任せようと思ったことはないし、任せられるとも思えなかった」
話の流れで、香月さんが今までに生徒会で会計を担当したことがある人なのだと知る。
だとしたら、中等部での生徒会メンバーだったのだろうか。
「こんなことは初めてだ。俺は今まで、会計の総元締めを自分以外の誰かにやらせたことはない」
その言葉に香月さんが一歩引く。
「この学園において、紅葉祭というイベントにどれだけの資金がつぎ込まれるのかは香月も知っているかと思うけど、今回はその総元締めをしているのは翠だ。その重責を知っても『特別扱い』と言えるなら、香月の基準は相当高いんだろうな」
「っ……」
「再申請で上がってくる費用の割り振りと、リトルバンクと収支報告の照らし合わせ作業。このふたつだけでもかなりのボリュームだ。香月が知っている中等部の体育祭なんて比にならない。それに加えて、超過申請になっている使途不明金の割り出し作業やそれに代わる充当先。翠はそれらすべてをひとりでこなしている。もし、香月がこれだけの仕事を軽々とクリアできるだけの器量があるなら今すぐにでも生徒会に引っ張ろう」
そこまで言うと、ツカサの表情から笑みが消えた。
「それができないなら、『特別扱い』なんて言葉は口が裂けても言えないはずだ」
ツカサは意地悪だ。何も、こんなふうに人を追い詰めるような言い方をしなくてもいいのに……。
それが私のためであることもわかっている。こうやって守られていることもわかっている。でも――
「ツカサ、確かに仕事の分量でいうなら特別扱いはされてないと思う。でも、学校ではない場所でその作業をさせてもらえるのは特別扱いだと思う。
きっと、香月さんと呼ばれた人はそこが一番引っかかっているのではないだろうか。
「翠、今回のこれは特別扱いじゃない。特例措置だ」
「代わらない、特別扱いも特例措置も。『特別』って意味がある時点で何も変わらない。ツカサこそ類語辞典引いたらっ!? 措置は扱いと処理と同義語だよ」
すぐ隣にいるツカサを見上げると、冷ややかな目で見下ろされた。
それに負けまいと視線をぶつけ続ける。
少しの沈黙のあと、ツカサの携帯が鳴りだした。
「はい。――遅くなりましたが見つけました。今すぐこのバカを届けるので、とっとと連れて帰ってください」
「バカって私のことっ!?」
「それ以外に誰が?」
真顔で言われた。
「生徒会の除名は翠の意思でどうこうできるものじゃない。一度就任した以上、評価が下がらない限り除名はあり得ない。ふたりとも生徒会について理解が浅いようだから言うけれど、規約を理解したうえで行動、もしくは発言してくれないか? 帰宅後に会計の仕事にあたる翠の時間をこういうことに割かれるのは生徒会として迷惑だ。もし、香月がどうしても生徒会に入りたいのなら、まずは成績上で翠の上に出ることが必要不可欠だと思うけど?」
香月さんが何も反論してこないとわかると、ツカサは私の手首を掴み無言で歩きだした。
「ちょっ――ツカサっっっ!?」
「うるさい」
「うるさくないっ」
「うるさい」
「ツカサっっっ」
「黙れ」
恐ろしく低い声に威圧され、何も言えなくなった。
あとに残された香月さんを気にしつつ、そのまま引き摺られるようにして廊下を歩く。
一、二年棟の一階は、保健室と教科準備室のほかに昇降口が大半を占めていることから、生徒が使う教室はない。
人気のない廊下で、
「ツカサ、守ってくれるのは嬉しい。でも、ああいうのは嬉しくない」
早足で歩いていたツカサが急に止まるから、私は問答無用でツカサに激突した。
「守ったつもりはない。言っただろ。『特別』と『特例』は別物だって。それより――翠は思っていたよりも責任感がないんだな」
「え……?」
「一度引き受けたものは最後までやる性質かと思っていたけど、どうやら俺の買いかぶりだったらしい。俺は確認したはずだけど?」
何を……?
「辞めたくて悩んでいるのか、続けたくて悩んでいるのか。あのとき、翠は確かに紅葉祭が終わるまでは続けたいって答えたけれど、現況を提案した人間たちはそんな短期間のことしか考えずに答えを出したわけじゃない。唯さんがどれだけ翠のことを思ってあの設定をしたのか、翠はそれをわかってない。まずは生徒会規約をしっかり読み直すんだな。――もとより、使えると思った人間を俺がそうやすやすと手放すとでも?」
ツカサは鼻で笑い、
「勘違いも甚だしい」
私の手は粗雑に放された。
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