光のもとで1

葉野りるは

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第十二章 自分のモノサシ

11話

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 翌日、日曜日には唯兄とインターネットを介した音声通話でお話をした。
 ディスプレイ越しに顔を合わせた瞬間、「何かあった?」と訊かれたときにはびっくりした。
 何よりも、誰に話すよりも唯兄に話すことが一番話し易かったことに驚いた。
 それに対して唯兄は、
『意味合いは違うけど、人を失う怖さを俺も知ってるからじゃない? 俺の人をなくすっていうのは物理的なもので、本当にこの世からいなくなっちゃうことを指すけれど、リィの抱えているそれは、たぶん重さ的にはかわらないんだよ。でも、俺には御園生って家族が新たにできたでしょ?』
 それにはなんと答えたらいいのかわからなかった。
 形を変えた家族なら新しく作れるのかもしれない。でも、お姉さんの代わりになる人も、実際に自分を生んでくれた両親も、それらは取り戻すことができないのだ。そして、今私が大切だと思うクラスメイトや生徒会メンバーも、「知り合い」というただそれだけの人ならば新しく増えていくのかもしれないけれど、海斗くんや桃華さん、飛鳥ちゃんや佐野くん、空太くん、ツカサの代わりになれる人なんていない。
「誰かの代わりになれる人なんていないよ……」
『確かにそれは言えてる。もし、俺がこの先誰かを好きになって、その人と結婚をしたら、また形を変えた家族ができるわけだけど、友達っていうのはそうはいかないよね? 新しい友達はできるかもしれないけれど、海斗っちと同じ人間と新たに友達になれるわけじゃないから』
 そう言われてまた少し落ち込む。
『リィ、それが自分にも当てはまるって思えない?』
「……え?」
『この世にリィの代わりになれる人なんていないんだよ』
 人の代わりには誰もなれない……。
 それはわかるのに、私の代わりになれる人はたくさんいる気がしてしまう。
『ねぇ、リィはあんちゃんや友達とケンカしたことないの?』
 ……ケンカ?
『ケンカしたら仲直りすればいいだけだと思うんだけど……』
 仲直り……?
『死ぬんじゃなければ、和解すればいいんだよ、和解』
「和解? 仲、直り……?」
『そう、仲直りっていう名の修復作業。別に一度や二度の誤解やケンカで修復できないような関係ならいらないんじゃない? ……って、それは俺がドライなだけかもしれないけどさ。大きな誤解でも意見の食い違いでも、人って歩み寄ろうと思えばなんとかなるもんだよ』
 唯兄は蒼兄ともツカサとも海斗くんたちとも違う視点から物事を話してくれる。それが妙に新鮮だった。
「もし、置いていかれたら?」
 恐る恐る尋ねると、
『追いかければいいじゃん』
「でも、追いかけても追いかけてもみんなは私よりももっと速いペースで歩いていて、全然追いつけなかったらっ!?」
『ずっと全力疾走してられる人間なんていないからさ、休憩してるときに追いつければいいんじゃない? リィ、あと一週間したら帰るから。そしたらいっぱい話そう?』
「ん……唯兄、ありがとう」

 今回のテスト勉強は、ツカサたちと勉強をする時間はあまり取れなかった。それでも、ツカサは私用の問題を用意してくれていたし、それらを解いてわからないところは教えてくれた。
 二学期が始まってからは紅葉祭一色だけれど、普段の勉強を疎かにしていなかったことが功を奏したのかもしれない。あとは、ツカサと一緒のときは「拷問……」と思いながらも、苦手科目しかやらなかったのも良かったのかな。
 テストの手応えはそれなりにあったし、文系も九十点台はキープできているつもり。結果はテストが返ってきてからのお楽しみ。
 月曜日火曜日の二日間でテスト期間は終わりを告げ、一気に紅葉祭ムードが再燃した。
 テスト明けなのに、というのが正しいのか、テスト明けだから、というのが正しいのか、とにかく、みんな元気に作業に取り掛かっている。
 活気溢れる、とはこういうことを言うのだろう。

 紅葉祭まで、あと半月を切った。
 文化部の人は身体がもつのだろうか、と心配になるほどの過活動ぶりで、運動部は試合や大会を控えている部以外は軽いトレーニングを毎日しているものの、本格的な部活動は制限されていた。その動力すべてが紅葉祭へ向けられているのだから、活気付くのは当たり前なのかもしれない。
「体育会系なのり、ですねぇ……」
 テラスにある椅子に座り、そんな光景を暢気に眺めていた。
「で? 姫様はなんでこんなところでお茶してるのかしら?」
 声をかけてきたのは風紀委員の青木先輩。
「見てのとおり、休憩時間なので楽しくお茶会です」
 笑みを添えて答えると、
「相変わらず変な子ね? っていうか、姫様が飲んでるの水じゃない」
 と、私の隣の椅子を引いた。
 今、テラスにあるこのテーブルには、三年生のクラス委員長、芹園亜里沙先輩と二年の唐沢静音先輩が着いている。
 そのふたりの前にはちゃんと「お茶」と呼べる飲み物が置かれていた。
「静音は藤宮くんファンでしょ? 前に姫様呼び出してたことあったけど、まだ姫様に絡んでるの?」
 静音先輩は少し笑って、「微妙なところね」と答えた。
「ま、静音が羽目を外すとは思ってないけど……」
「青木先輩と静音先輩はお知り合いなんですか?」
「ちょっと……なんで静音が名前で私が苗字なのよ」
 なんでって……。
「私がそうお願いしたからよ」
 静音先輩は胸元まである豊かな黒髪に指を絡ませて答えた。
「あら、じゃぁ私も亜里沙先輩って呼んでほしいってお願いしたら呼んでもらえるのかしら?」
「え……あ、はい」
 もともと生徒会の先輩たちもこんな感じのいきさつで名前の呼び方が変わったのだ。
「じゃ、私もっ! 沙耶よ、沙耶っ」
「は、はい……」
 少しぼーっとしていたら、話が妙な方向へ進んでいて、考えてみればなんの脈絡もない面子が顔を突き合わせていた。
「最近わかったのよ。藤宮くんに絡むより、この子に絡んだほうが難なく接点増えるし名前も覚えてもらえるって」
 そう言ったのは静音先輩。
「私の場合、恋愛対象として彼を見ていたわけではないから――そうね、強いて言うなら観賞用? それに彼の声も好きなのよね。自分が話しかけたとしても会話は続かない。でも、姫と一緒にいると漏れなく表情豊かな藤宮くんを見られるし、声を聞けるという特典つき」
 なるほど、と納得してしまう。
 自分はおまけ付きの何かかな、と。
 まず、あのツカサが特典おまけであることがおかしい。
「あ……でも、玩具菓子ならおまけのほうが高価なこともありますよね」 
 小さいとき、スーパーのお菓子売り場でおまけ欲しさに食べたくもないお菓子をお母さんにおねだりしたことを思い出す。
「姫って発想が不思議よね?」
 亜里沙先輩に言われる。
「でも、特典が楽しみだから、って理由はここにいる理由の半分ね」
 静音先輩がこめかみに細い指先を添えてため息をつく。
「もう半分は?」
 沙耶先輩が尋ねると、
「だって、この子無防備でしょう?」
 言いながら私の顔を覗き込む。
「無防備……ですか?」
 つい、おうむ返しのように訊き返してしまう。
「こんなところでひとり休憩していたら、また誰にいちゃもんつけられるかわかったものじゃないわ。そのくらい防衛手段のひとつとして考えなさい」
 ピシャリ、と口にする様は桃華さんのようだった。
 というよりは、桃華さんにも同じようなことを言われている。
 でも、私の中では臨戦態勢くらいな気持ちでここにいるのだけど……。
「唐沢さん、姫様はそれが目的でここにいるみたいよ?」
 静音先輩よりも私を先に見つけた亜里沙先輩が代わりに答えてくれた。
「「どういう意味?」」
 食いつき良好な二年の先輩ふたりが、ずい、とテーブルに身を乗り出す。
 私は思わず身を引いた。
 そんな私を見てクスクスと笑いながら、
「風紀委員が見張っていようが見張っていまいが、姫様は呼び出されるじゃない? それでスケジュールが狂うことも少なくないみたいなのよね。そこで姫様が考えたのがコレ。自分の休憩時間は人が声をかけやすい場所でひとりで過ごす。括弧、人が声をかけやすく、手を上げにくく、場合によっては早期に離脱できる場所、閉じ括弧」
「……姫の頭ってどうやったらそんなにおめでたい結論に至るわけ?」
 沙耶先輩の冷たい視線が痛い。
 自分ではかなり考えたつもりなのだけど、沙耶先輩にはご理解いただけない模様。
「あ~あ、本当にやってられないわ」
 沙耶先輩は言いながらテーブルに広げていたお菓子をひとつ摘んだ。
 静音先輩は「あっきれた」と、鹿のようにくるっとしたきれいな目で私を見ている。
「世の中、私みたいな良心的な人間ばかりじゃないのよ?」
「でも……静音先輩みたいな方もいるかもしれないし……」
 そんな話をしていると、図書棟からツカサが出てきたのが見えた。
 ツカサは私がいるテーブルを見ては怪訝そうな顔をしてやってくる。
「翠、歌合わせの時間」
「あ、はい」
「何か言いたそうな顔をしてるけど?」
 沙耶先輩がツカサに向かって発すると、ツカサは沙耶先輩ではなく私に答えをくれた。
「こんなのが一緒にいたら、翠の目的は果たせないんじゃないの?」
 ツカサが「こんなの」と指したのは沙耶先輩。
「別に話しかけられなければそれはそれでいいと思うのだけど……。それに、先輩たちとの休憩時間は楽しかったよ?」
 毎回毎回、休憩のたびにツカサのことで詰め寄られていたのではやっぱり疲れる。
 時にはこんなメンバーで休憩時間を過ごすのもいいと思う。
「……テラスじゃ風が冷たい。次からは食堂の中にしろ」
 ツカサは特教棟に向かって歩きだした。
「あの、お菓子は適当に摘んでくださいっ」
 片付ける時間は待ってもらえそうになかったから、広げていたお菓子を先輩たちに押し付け特教棟へ向かって駆けだす。
 けれど、ツカサはなんだかんだ言っても優しいのだ。特教棟の入り口で待っていてくれるのだから――
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