光のもとで1

葉野りるは

文字の大きさ
上 下
631 / 1,060
第十二章 自分のモノサシ

09話(挿絵あり)

しおりを挟む
 海斗くんは「保険屋さん追加ね」と、桃華さんを連れてきた。
 着物姿の桃華さんは、部屋に入ってくるなり真っ直ぐ私のところまで来て何も言わずに抱きしめてくれた。
 それだけで涙が出る私はどうかしていると思う。
 ほのかに香るは桃の花――
 たぶん、香袋。
 やわらかい香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
「翠葉が私たちを好きでいてくれるならいいの。翠葉は疑いたくて疑ってるわけじゃない。わかってるから……。三年かけて、と思っていたけどやめたわ」
 桃華さんは身体を離し、視線を合わせるとにこりと笑う。
「高校は三年間で終わるけど、友達が三年間で終わるわけじゃないもの。学校という場所を出ても友達だわ。そうでしょう?」
 私にはわからない。  だって、幼稚園からの友達なんていない。小学校からの友達もいなければ、中学からの友達だっていない。
 だから、高校一年生が終わって二年に続く友達がいるのかすらわからなくて、ましてや高校三年間が終わったそのあとなんて想像もできない。
「桃華さん、私には一年先の想像すらできないの」
 ただ、そうであったら嬉しいと思う。
「考えなくていいわ。佐野がここにいたら『イメージトレーニングは必須』とか言うんでしょうけど、私は時間をかけてでもひとつひとつわかってくれたらそれでいい。何度疑われても、それが翠葉の本意じゃないことくらいわかってる。だから、大丈夫」
 想像はできない。でもね――「その先」があったらとても幸せだと思う。
「海斗くんが言ってくれる十年後や二十年後、桃華さんが話してくれる『その先』はまるで光みたい」
「光……?」
 桃華さんに訊かれる。
「うん……。遠くの方にあって小さくキラキラしている光。名前をつけるとしたら『希望』とか『願い』。もしくは『夢』かな」
「翠葉、それはさ――」
 海斗くんが言いかけたその先をツカサが口にした。「『未来』だろ」と。
 未来――私は……。
「私の未来に、みんなにいてほしい……」
 その願いは叶うのかな……。
 大好きな人たちはみんな光だ。
 いつだって私の道標は蒼兄だった。
 それは今も変わらない。けど、ほかにも道標を見つけた。
 友達――
 私は未だ過去に引き摺られて『今』を見ることに必死で、『今』を生きることに必死で、その先を見るのは夢のような話で――
「翠、過去は現在につながっている。それと同じように、今は未来につながっている」
 過去、現在、未来――
 それらはひとつの線でつながっていて、今私がいるのはここ、「現在」だ。
 私が立っているのは「ここ」――
 底が抜けてしまいそうな恐怖が、ふ、と消えた。

 時計が三時を指したとき、私はようやく昼食を口にすることができた。
 ツカサがいて、海斗くんがいて、桃華さんがいて――
 三人がいるから自分を保っていられる。
「ここにいるから」と無言でも伝わってくる。
 人に頼らずひとりで立ちたい。ひとりで歩きたいと思う。
 でも、今はもう少しだけ、この三人を頼ってもいいだろうか……。

 テーブルに置かれたプレートはミートソースと千切りキャベツとスライストマトのサンドイッチが四切れ。パンは玄米パン。
「はい、お茶」
 コトリ、と音を立て淹れなおしたハーブティーが置かれる。そして、今回もカップの中に氷が浮いていた。
「ツカサ、ありがとう……」
 ただ、「ありがとう」を言うだけでも涙が出るから困る。
 ツカサは何も言わずにリビングから出ていき、戻ってきたときには手にタオルを持っていた。
 それを手渡されてホットタオルであることを知る。
「涙の塩分で顔が干からびないように」
「藤宮司……あんただんだん蒼樹さんみたいになってきてるわよ?」
 桃華さんの言葉に海斗くんが吹きだした。そして、私も少し笑えた。
 危うい均衡の中にいたのに、場所は変わらないのに、その場の空気がふわっと柔らかなものに変わる。
 もう少しで灰色の世界になってしまうところだった。
 でも、寸でのところで食い止めてくれた人たちがいる……。
 携帯も、今は着信を知らせるランプというよりは、メールが届いている、というサインのランプが点るのみ。
 読もう……。みんなからのメールを。
 一歩一歩、疎かにしないで刻み込むように前へ進もう。
 振り返ったとき、しっかりと軸跡が見えるように。

 一番新しいメールを開くと、香乃子ちゃんからだった。
 それは写真つきのメール。


件名 :友情定期券
本文 :紛失した際には無料で再発行!


             (イラスト:涼倉かのこ様)

 イラストにはルーズリーフの切れ端に描かれてあり、「友情定期券」と書かれた余白部分に香乃子ちゃんと希和ちゃんのイラストが描かれていた。
「香乃と希和らしいわね」
 右隣に座る桃華さんに言われてコクコクと頷いた。
 そのたびに涙がポロポロと零れる。
 ほかのメールもみんなの優しさで溢れていた。
 二年でも同じクラスになれるよう勉強をがんばるからわからないところを教えてほしい、とか。怖いことじゃなくて楽しいことを考えよう、とか。
 がんばるだけじゃなくて、弱音を吐いてほしい、とか。私がひとりでいたら、絶好のチャンスだと思って話しかける、とか……。
 読めば読むほどに、みんなの優しさが伝わってくる。
 みんなが私に伝えようとしていることは、「前を向こう」だと思った。
 佐野くんからのメールにはこんなことが書かれていた。


件名 :不安も怖いことも
本文 :酷なことかもしれないけど、それはなくならない。
   今ある不安から脱しても、新しい不安が生まれる。

   不安も怖いことも、すべてひっくるめて御園生の経験値なんだ。
   ただ、決定的に足りてないものがあるとしたら、それは「対処スキル」じゃない?
   それを培う手伝いならできると思う。

   後ろを振り返ることは悪いことじゃない。
   自分のフォームを客観的に見て、それを直して次へ生かすことは
   むしろ建設的。

   でも、振り返りすぎて、今自分がどこにいるのかを見失ったら意味がない。

   俺の目指すゴールは目に見えてわかりやすいけど、
   御園生のゴールは見えるものじゃないし、形が決まってない。
   俺が短距離走なら御園生のは持久走。
   だとしたら、ペース配分や途中での水分補給は必須アイテムだよ。
   それに、人生ってたぶん平坦じゃない。
   障害物レースなら障害物にも気をつけないと転ぶよ。

   御園生にとって譲れないものは何?
   今の御園生に聴かせたい曲がある。
   LONG SHOT PARTYの
   「あの日タイムマシン」。


「あいつ、ほんっとに前向きな? でも、今に至るまでの過去の自分を見てないわけじゃない」
 言いながら海斗くんはポケットに手を突っ込むと、ポケットに入っていたらしいミュージックプレーヤーを取り出した。
 そして、イヤホンを差し出される。
「これ、佐野が勧めた曲」
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

家政婦さんは同級生のメイド女子高生

coche
青春
祖母から習った家事で主婦力抜群の女子高生、彩香(さいか)。高校入学と同時に小説家の家で家政婦のアルバイトを始めた。実はその家は・・・彩香たちの成長を描く青春ラブコメです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

処理中です...