光のもとで1

葉野りるは

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第十二章 自分のモノサシ

01話

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 病院に着くころには幾分か気持ちも落ち着いていた。
 ふたり揃って九階へ行くと、
「なんだ、その顔……」
 これが相馬先生の第一声だった。
 散々泣いたからひどい顔なんだろうな、とは思っていたけれど、こんなふうに言われてしまうくらいにひどいのだろうか。
 トイレで顔だけ洗ってくれば良かった……。
 訊かれた内容になんて答えようか少し考え、
「ツカサにいじめられました」
「ほぉ……仲良く手ぇつないでいじめか。それはまた新手ないじめだな?」
 ニヤリと笑われて気づく。まだ手がつながれたままだったことに。
「わっ――」
 私は慌ててツカサの手を離した。
 どちらかというと、私が掴んでいて離さなかった感じがしたから。
 頬が熱を持つのがわかるほどには恥ずかしい。
「ごめん……手、つないでいるの忘れてた」
 顔を上げるに上げられず、視線だけツカサに向けて謝ると、
「別にいいけど」
 ツカサはぼそりと零してそっぽを向く。
「ま、いじめだかケンカだか知らねぇが、仲直りも完了してんだろ?」
 ツカサは相変わらず無表情だったけれど、私は嬉しくて「はい」と答えた。
「おまえら飯は?」
「学校が終わってすぐに来たからまだです」
 ツカサも、だよね?
「だと思った」
 笑いを含んだ声が後ろから聞こえ、振り向くとそこには私服姿の楓先生がいた。
「楓先生っ!」
「翠葉ちゃん、久しぶり」
 久しぶりというほと久しぶりではないのだけれど、「お久しぶりです」と答える。
「顔色はあまり良くないけれど、体調はどう?」
 顔色がいいなんてあまり言われたことがないから、これが私の「普通」な気がするけれど。
「……えと、夏休みほどはひどくありません」
 少し曖昧かなとは思ったけれど、思ったままを答えてみた。
「そっか」
 ふわりと笑う表情は秋斗さんとそっくりだと思う。けれど、やっぱり何かが違う気がする。
「とりあえず、食堂に移るか」
 相馬先生の言葉に一度九階をあとにした。

 入院したことはあっても、食堂に入るのは初めて。
 中に入ってびっくりした。
 食堂、というよりはレストラン。大きなガラス張りの窓から外の景色がきれいに見えた。
 さらには、一般の患者さんやお見舞いに来た人たちがたくさんいる。
「翠葉ちゃん、こっち」
 楓先生に背中を押され、入り口を入ってから五メートルほど歩いたところにあるひとつのアーチをくぐる。と、そちら側の空間には白衣を着た人や術着を着た人しかいなかった。
「調理場もメニューも一緒なんだけどね、内部の人間と外部の人間はスペースが分けられてるんだ」
 楓先生の説明に納得する。
「レストランみたいです……」
 一般的な食堂のように細長いテーブルが並んでいるのではなく、正方形のテーブルが等間隔で並んでおり、テーブルの真ん中には一輪挿しが飾られている。
「一応、スカイビューレストランなんて名前がついていたりする」
 楓先生は苦笑混じりに教えてくれた。
 本当なら、私やツカサはこっち側に 入っちゃいけないのだろう。
 そう思うくらい、周りには白衣の人が多い。
 看護師さんと思われる人はお弁当を持参している人が多く、オーダーしたものを食べているのは検査技師さんみたいな人やお医者さんぽい人が多かった。
 四人のご飯は相馬先生により勝手に決められ、サバの味噌煮定食。ご飯は玄米。
 あまり好き嫌いはないけれど、「何にする?」と一言くらい訊いてくれても良かったと思うの。
 そんな意味をこめて相馬先生を見ると、
「ここでスイハが食えるのはこれしかねぇんだよ。おまえが選べないのに俺らが選んでたらずるいって言うだろ?」
 それはつまり……。
「ここの食堂に出されるメニューで化学調味料を含んでいないものはこれだけだ」
「でも、先にそう教えてくれていたら、別に楓先生やツカサや相馬先生がほかのメニューを選んでも文句なんて言わないですよ?」
「翠葉ちゃん、みんな一緒のものを食べるのって嬉しくない? 別々のものを一緒に食べるよりも、同じものを一緒に食べたほうが一緒に食べた気がしない?」
 楓先生に顔を覗き込まれた。
 たぶん、「気にしなくていいんだよ」と言ってくれているのだろう。
 でも、なんとなく申し訳なくなる。
「俺はここのメニューあらかた食べつくしているし、決める手間が省けて楽だったけど?」
 ツカサはそう言うと、スタスタと慣れた足取りで空いているテーブルへと足を向けた。
「司はさ、小さいころからここに出入りしてるから……。遊び場、とまではいわないけれど、ここに慣れてるのは事実」
 楓先生はそう言いながら、
「ほら、俺たちも席に着こう?」
 と、背中を押してくれた。

 昼食を食べているときに、帰りは楓先生が送ってくれることを知った。
「あれ? 司から聞いてなかったの?」
「あ……えと、病院まではツカサが付き添ってくれることもホームルームが終わってから知ったことで、そのあとも色々――」
「……翠いじめをしてたから言う間もなかった」
 私が言うに言えないことをツカサはサラッと言う。
 本当はいじめなんかじゃなかったのに……。
「おまえ、翠葉ちゃんをいじめるのやめろよなぁ? 悪いけど、俺は翠葉ちゃんの味方だから。司がいくらかわいい弟でも擁護はしないよ?」
 にこりと笑う楓先生に向かってツカサは、
「擁護してくれなくて結構」
 無表情で返した。
 そのあとも顔色ひとつ変えずにお味噌汁を口にする。
 相馬先生はひとりくつくつと笑っていた。
「おまえな……翠葉ちゃん一派は大物揃いだぞ? 静さんに昇さん、栞ちゃん、姉さん、俺、秋斗、蒼樹くん、若槻くん、敵に回したら怖いぞ?」
「……別に。それ、ほとんと身内だし」
「ほかにも――あれ? 相馬先生は?」
「俺は坊主派にしといてやるよ」
「えっ!?」
 慌てる楓先生とは対照的に、相馬先生は少しだけ悪態をついて見せる。
「俺は坊主とスイハのやり取りが案外と好きでな」
 それはどういう意味だろう……?
 じっと相馬先生を見ていると、
「バカっぽくてな」
 イヒヒと笑う。
「先生ひどい……」
「同感……。バカっぽいのは翠だけで結構です」
「ツカサっ、それ、もっとひどいっ!」
 気づくと楓先生が私を見て表情を固めていた。
 大声を出した自分がちょっと恥ずかしくて俯く。
 そうだった、ここは病室じゃなかった……。
「驚いた……。スイハちゃんが大声を出すところなんて初めて見たよ」
「そうか……? スイハ、おまえどんだけ猫かぶってたんだよ。俺の前ではずっとこんな感じだっただろ?」
 確かに、夏休み中は先生ともツカサとも終始こんな調子だった。 
「スイハ、この坊主はまだガキだが、ガキの中では割とまともな人間だと思うぜ? 芯は通っているし、自分にとって何が大切なものかを知っている。そういうやつの行動は見ててこっちが清々しくなる。スイハ、こいつはいい男になるぜ?」
 相馬先生はにんまりとした顔で私に言ってはツカサを見る。
 ツカサはすごく居心地悪そうにしているけれど、私はちょっと嬉しかった。
 学校ではツカサのことを勘違いしている人がたくさんいる。でも、相馬先生は違う。
 勘違いせずツカサを見てくれている気がしたのだ。
「先生、それ、私知ってる。ツカサは言うことが厳しいけれど、優しさの裏返しなのはちゃんとわかってるの」
 きっとね、楓先生もツカサのこと大好きなんだと思う。それは、湊先生も静さんも昇さんも栞さんも、みんなみんな……。
 私もそのうちのひとりになりたい。
 でも、ツカサの大切なものって何かな……。
 私は聞いたことがない。
 ツカサはいつ、相馬先生とそんな話をしたのだろう。
 ちょっとずるい……。
 もっともっとツカサを知りたい。
 私にもなかなか言えないことはあるけれど、ツカサがもっと自分のことを話してくれたら嬉しいと思う。
 いつも自分のことを訊かれるばかりでツカサのことはあまり訊いたことがないから。
 ねぇ、訊いたら教えてくれる? 訊いたら、答えてくれる?

「ツカサ、私、ツカサに誕生日おめでとうって言ったのかな? 何かプレゼント渡したのかな?」
「なんで急に誕生日?」
 ツカサは予想を裏切らずに眉間のしわを深めた。
「え? あ……朝に考えていたことで、ツカサに会ったら一番最初に訊こうと思っていたの。だから、私の中では全然急なことじゃないの」
「あぁ、そう……。誕生日におめでとうを言うのは無理だったと思う。その日に初めて会ったから。だから、プレゼントはもらっていない」
「ツカサはどんなものが好き?」
「……とくには」
「趣味は?」
「読書」
「……プレゼントのヒントになるような答えが欲しいのに」
「別にいらないし」
「プレゼントをしたいって気持ちまで拒否しないでよ」
 そんな会話をしていたら、楓先生が吹きだした。
「翠葉ちゃん、翠葉ちゃんが選んだものなら司はなんでも喜ぶよ」
 楓先生はいつでも優しいのに、ツカサは「さぁ、どうだか」と答えてはほうれん草の胡麻和えにお箸を伸ばす。
 こうやってはぐらかされてしまうことも多々あるけれど、私がぐらぐら揺れているときには揺らがない言葉をくれる人。
 でも、普段からもう少し色んなことを教えてほしいな。
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