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49~51 Side 司 01話
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どうしてかは知らないが、どうやら今朝のやり取りを高崎兄弟に聞かれていたらしいことはわかった。そして翠が、俺が言ったことの大半を覚えていなかったことも。
よりによって、「虫唾が走る」しか覚えてないってずいぶんだと思うんだけど……。
おまえの頭、そこまで鶏頭だったか? 高崎も驚いていたけど、俺だってびっくりだ。
さらには、なんで俺がこんな柱の影に隠れて立ち聞きしなくちゃいけないのか……。
バカらしくなってふたりの前に出た。
先に気づいたのは高崎。翠は立ち上がった拍子にこちらへ背を向けたため、まだ俺には気づいていない。
高崎の視線に気づいたのか、翠が振り返る。
「ツ、カサ……」
それ以降は絶句。わずかに、身体も声も震えていた。
そこまで怖がってもらえると光栄というかなんというか……。
とりあえず、それくらいの影響力はあったということだろう。
こんな状況なのに、少し心が満たされる。
俺が口を開くと、高崎が俺と翠の間に割り込んだ。
「藤宮先輩、ちょっとたんまっっっ! 翠葉ちゃん、今色々と混乱してるだけですからっ」
「だから何?」
そんな説明は必要ない。
翠が混乱しているのも動揺しているのも泣いたのも――全部は俺のせい。そんなことはわかっているし、これからその収拾作業に入るところだ。
「だから――えぇと……あまり手厳しいことは今ちょっと……」
「無理。翠、病院まで付き添う。御園生さんには連絡してあるし了承も得てる」
今日は徹底的に追い詰めると決めている。
それで自分だけは翠のテリトリーに入る。その他大勢はどうでもいい。
でも、こういう場で御園生さん以外の人間に守られること自体は、翠にとってはいいことなのかもしれない。一経験として。
今朝、一限が終わってから御園生さんに電話をした。
『司……』
張りのない声が携帯から聞こえてきた。
「今、大丈夫ですか?」
『大丈夫だよ』
御園生さんには珍しく、険を含む声だった。
まぁ、それもそうか……。
翠のあの顔じゃ、かなり泣いたんだろうということは想像に易い。
「今日の翠の病院、俺が送りたいんですけど」
『さらに追い討ちをかけるつもりか?』
「いえ、収拾しにいくだけです」
『収拾……?』
「……朝は置き去りにしましたけど、別に突き放したらそのままってわけじゃないですから。あの時点でのサルベージはお願いしました。でも、そのあとのフォローまでしてもらうつもりはありません。自分でやります」
『俺はさ、なんて答えたらいいわけ?』
「黙って病院に送り届ける権利を俺にくれればいいだけです」
『その収拾作業って近日中に終わるのか?』
「翠しだいですが、長引かせるつもりはありません。こと、自分に対してだけですが」
『は?』
「予鈴が鳴りました。了承は?」
『……任せる。ただ、学校へ通えなくなるような事態だけは避けてほしいんだけど』
「それも翠しだいです」
『もし、そんなことになったら俺は司を許さないよ?』
「許さないって、たとえばどうするんですか?」
『会わせない、とかかな』
御園生さんがそこまで言う理由もわかる。が、
「御園生さんも、ですね。あまり俺たちを見くびらないように。俺だけじゃなく、簾条や海斗、それから翠自身のことも」
『そんなつもりはないけどね』
と、自嘲じみた声が言う。
「御園生さんも翠も自覚がないから性質が悪い。……とりあえず、許可は得たということで」
今朝同様、一方的に通話を切った――
高崎の後ろにいる翠に視線を定め、
「ついでに、高崎に訊かなくても直接俺に訊けばいいんじゃない? 翠に言った張本人に訊くのが一番いいと思うけど?」
血色の悪い唇が言葉を紡ぐことはなかった。
そんなことも想定済みだけど。
「……教室からかばん持ってきたからこのまま行くよ」
右手のそれを少し持ち上げ告げると、目を瞠った翠を確認してから昇降口へ向かって歩きだす。
靴に履き替え一年B組の下駄箱に移動するも、翠はまだ来ない。
廊下に顔を出し桜林館の方を見ると、翠は三年の下駄箱の前で俯いていた。完全に足が止まっている。
「翠」
俺の声に顔を上げては眉をハの字にする。そのあと、若干ぎこちない動きで自分の下駄箱まで来ると、少しほっとしたような顔をした。
ほっとしたとしたら何にだろう……。
きっとクラスの人間がいないこと、だろうな。
バカらしいとは思う。けど、それが翠にとってどれほど大きな問題なのかは理解しているつもりで、どうしてこんな方法を取ったかなんて決まっている。
自分が翠のテリトリーに入るため。それだけの理由。
俺ほどの行動には出ないにしても、海斗も簾条も同じ心づもりだろう。だから、そっちはそっちで勝手にしてくれ。
昇降口を出てしばらく歩くも、翠は俺の隣に並ばない。
まるで入学してきたときと同じ。
部室棟から図書棟へ行くとき、テラスで鉢合わせたときのことを思い出す。
思えば、あの日に翠の身体のことを知ったんだったな……。
「一緒に歩けないほど速く歩いているつもりないんだけど」
足を止めて肩越しに振り返ると、翠も足を止めた。
あのときは俺に追突したんだったか……。
今回もそうだったら良かったものを。
「……あのねっ、かばん、自分で持てるっ」
相変わらず話の飛躍が達人級。
「……話噛み合ってないけど?」
指摘しつつ、手を伸ばせば届くところまで戻りかばんを渡した。
「ありがとう……」
翠は両手でかばんを受け取ると、視線のやり場に困って足元を見る。
「体調は?」
「大丈夫」
「やりなおし」
やっぱり鶏頭決定……。
このやり取り、夏休み中に何度したと思ってる?
「……微熱があるけど大丈夫」
「本当はバスに乗せたいところだけど、バスじゃゆっくり話しなんてできそうにないから歩くよ」
そう言って、桜香苑へと続く道に足を向ける。
歩かせたら疲れさせる。でも、バスに乗って風邪をひいた人間がいても困る。
それに、バスの中で翠が話せる内容ではない。
そういう意味では、御園生さんが送迎するのが一番良かったわけだけど、俺は夕飯前に決着をつけたかった。
夕飯時、周りに勘ぐられるのは面倒……。
病院の帰りは兄さんが送ってくれる。
今日は夜勤明けで昼過ぎまでの勤務だと聞いていたから、そっちはすでに手配済み。
俺は一緒でも別でもどっちでもいい。
翠のペースだと、高等部から大学敷地内まで十分ちょっと。大学の脇を通って私有地に入ってからは十五分……いや、もう少しかかるか。
そんなことを考えながら芝生広場を歩いていた。
「いい加減隣を歩け」
後ろを向くと、翠はびくりと肩を震わせた。
四歩戻ってその隣に並ぶ。
「朝の会話をどれだけ大声で話させるつもりなんだ」
翠としっかり目を合わせ、
「俺が朝に言ったこと、もう一度話すから、今度は忘れずにしっかり覚えておけ」
「さっき空太くんに聞いたからっ、だから大丈夫っっっ」
思い切り拒絶、ね。
「だいたいにして、なんで高崎が知ってるんだか……」
思わず舌打ち。
高崎が知っていた理由までは知らないけど、それは大した問題じゃない。
翠、もう一度言うから――今度こそ、言葉の意味をきちんと考えろ。
「俺は、これから先どんなときでも翠の体調を優先する。翠がどれほど葛藤しようが、言われるたびに悩もうが、それでも俺は止めるから。そのつもりで」
最初にそう言った。それだけのつもりだった。
翠が、「どうして朝から急に」なんて言うから少し気が変わったんだ。
「翠がなんで朝から急にそんな話なんだって訊いてきたから、朝から急に、なのは翠だけで、俺は昨日の帰りからずっと考えてた。……やっぱり、俺は言いたいことは言っておかないと気が済まない。そういうふうに翠が考えるのは仕方がないことなのかもしれない。翠がバカでこういうことに関しては学習能力が乏しいのも理解したけど、あまり俺たちを侮るな。考えただけでも虫唾が走る。言いたいことはそれだけだ――以上。で……翠は何を思ってあんなに泣きはらした目で遅刻ギリギリに登校してきたんだか……。俺はそっちが知りたいね」
笑みを深め翠を見る。
想像はつくけど、想像だけでわかったつもりになるのはもうやめたんだ。それに、これは翠の口から聞くことに意味がある。
「安心しろ」
言うと、翠は「何を?」という顔をした。
「すでに呆れるは通り越しているからこれ以上呆れようがない。翠がどれだけ突飛な持論を展開させたところで何がどう変わるわけでもない。ただ、俺にバカとか阿呆と言われる覚悟だけはしておけ。言わない自信は微塵もない」
そろそろ煙くらい立っただろうか?
「それから、足――乗り物に乗ってるわけじゃないんだから自力で前へ進まないと病院からは近づいてこないけど?」
「そのくらいわかってるっ」
点火準備OK?
「あぁ、それは良かった」
少し笑みを浮かべ、歩くのを再開した。翠がいつも歩くテンポ、俺にはゆっくりすぎるペースで。
「朝はあんなに怖い顔してたのに……」
さっきよりは近い斜め後ろから声がした。
「あぁ、そっちのほうが効果的だろ?」
実際、機嫌が良かったわけじゃない。けど、あの表情は俺のデフォルトだと思うけど……。
「今はどうして笑っているの? 楽しいことなんて話してないし、心から笑っているわけじゃないのに」
「翠が必要以上に俺を怖がるから?」
「……笑顔でもある意味怖い」
それはどうも……。
「悪いけど、俺に『甘さ』は求めないでもらえる? 俺に標準装備されてるのは無愛想と誰かさんが命名した氷の女王スマイル。別名、絶対零度の笑顔のみ」
こんな話をするために今一緒にいるわけじゃないんだけど……。
「いい加減話せ。なんで泣いていたのかを」
話を本題に戻すと、
「……どう話したらいいのかわからない」
「どこからでもいい。だいたいの想像はついてる」
「じゃぁ、どうして訊くの?」
翠は再度足を止めた。
「……やめたんだ。翠を見てわかったつもりになるのは。翠が思ったこと、感じたこと、考えていることを翠の口から聞く。そう決めたんだ。夏休みにもそう話したはずだけど?」
「……いつもなら勝手に表情読んで先回りして答えをくれるのに」
「差し支えないときならそれでいい。でも、これは違う」
翠は重い口を開くと、
「好きな人がいる学校は――楽しくて幸せで……それと同じくらい怖い」
やっと言ったか……。でも、要約しすぎ。
「必要なら貸すけど」
翠の前に自分の手を差し出す。翠はその手を見るだけで手を伸ばしはしなかった。
「この手も取らないわけね」
でも、別に手を差し出して翠がこの手を取らなくても、俺が翠の手を取ればいいだけのこと。
待つことはできるけど、今、この問題に関してだけは待つ気はない――
よりによって、「虫唾が走る」しか覚えてないってずいぶんだと思うんだけど……。
おまえの頭、そこまで鶏頭だったか? 高崎も驚いていたけど、俺だってびっくりだ。
さらには、なんで俺がこんな柱の影に隠れて立ち聞きしなくちゃいけないのか……。
バカらしくなってふたりの前に出た。
先に気づいたのは高崎。翠は立ち上がった拍子にこちらへ背を向けたため、まだ俺には気づいていない。
高崎の視線に気づいたのか、翠が振り返る。
「ツ、カサ……」
それ以降は絶句。わずかに、身体も声も震えていた。
そこまで怖がってもらえると光栄というかなんというか……。
とりあえず、それくらいの影響力はあったということだろう。
こんな状況なのに、少し心が満たされる。
俺が口を開くと、高崎が俺と翠の間に割り込んだ。
「藤宮先輩、ちょっとたんまっっっ! 翠葉ちゃん、今色々と混乱してるだけですからっ」
「だから何?」
そんな説明は必要ない。
翠が混乱しているのも動揺しているのも泣いたのも――全部は俺のせい。そんなことはわかっているし、これからその収拾作業に入るところだ。
「だから――えぇと……あまり手厳しいことは今ちょっと……」
「無理。翠、病院まで付き添う。御園生さんには連絡してあるし了承も得てる」
今日は徹底的に追い詰めると決めている。
それで自分だけは翠のテリトリーに入る。その他大勢はどうでもいい。
でも、こういう場で御園生さん以外の人間に守られること自体は、翠にとってはいいことなのかもしれない。一経験として。
今朝、一限が終わってから御園生さんに電話をした。
『司……』
張りのない声が携帯から聞こえてきた。
「今、大丈夫ですか?」
『大丈夫だよ』
御園生さんには珍しく、険を含む声だった。
まぁ、それもそうか……。
翠のあの顔じゃ、かなり泣いたんだろうということは想像に易い。
「今日の翠の病院、俺が送りたいんですけど」
『さらに追い討ちをかけるつもりか?』
「いえ、収拾しにいくだけです」
『収拾……?』
「……朝は置き去りにしましたけど、別に突き放したらそのままってわけじゃないですから。あの時点でのサルベージはお願いしました。でも、そのあとのフォローまでしてもらうつもりはありません。自分でやります」
『俺はさ、なんて答えたらいいわけ?』
「黙って病院に送り届ける権利を俺にくれればいいだけです」
『その収拾作業って近日中に終わるのか?』
「翠しだいですが、長引かせるつもりはありません。こと、自分に対してだけですが」
『は?』
「予鈴が鳴りました。了承は?」
『……任せる。ただ、学校へ通えなくなるような事態だけは避けてほしいんだけど』
「それも翠しだいです」
『もし、そんなことになったら俺は司を許さないよ?』
「許さないって、たとえばどうするんですか?」
『会わせない、とかかな』
御園生さんがそこまで言う理由もわかる。が、
「御園生さんも、ですね。あまり俺たちを見くびらないように。俺だけじゃなく、簾条や海斗、それから翠自身のことも」
『そんなつもりはないけどね』
と、自嘲じみた声が言う。
「御園生さんも翠も自覚がないから性質が悪い。……とりあえず、許可は得たということで」
今朝同様、一方的に通話を切った――
高崎の後ろにいる翠に視線を定め、
「ついでに、高崎に訊かなくても直接俺に訊けばいいんじゃない? 翠に言った張本人に訊くのが一番いいと思うけど?」
血色の悪い唇が言葉を紡ぐことはなかった。
そんなことも想定済みだけど。
「……教室からかばん持ってきたからこのまま行くよ」
右手のそれを少し持ち上げ告げると、目を瞠った翠を確認してから昇降口へ向かって歩きだす。
靴に履き替え一年B組の下駄箱に移動するも、翠はまだ来ない。
廊下に顔を出し桜林館の方を見ると、翠は三年の下駄箱の前で俯いていた。完全に足が止まっている。
「翠」
俺の声に顔を上げては眉をハの字にする。そのあと、若干ぎこちない動きで自分の下駄箱まで来ると、少しほっとしたような顔をした。
ほっとしたとしたら何にだろう……。
きっとクラスの人間がいないこと、だろうな。
バカらしいとは思う。けど、それが翠にとってどれほど大きな問題なのかは理解しているつもりで、どうしてこんな方法を取ったかなんて決まっている。
自分が翠のテリトリーに入るため。それだけの理由。
俺ほどの行動には出ないにしても、海斗も簾条も同じ心づもりだろう。だから、そっちはそっちで勝手にしてくれ。
昇降口を出てしばらく歩くも、翠は俺の隣に並ばない。
まるで入学してきたときと同じ。
部室棟から図書棟へ行くとき、テラスで鉢合わせたときのことを思い出す。
思えば、あの日に翠の身体のことを知ったんだったな……。
「一緒に歩けないほど速く歩いているつもりないんだけど」
足を止めて肩越しに振り返ると、翠も足を止めた。
あのときは俺に追突したんだったか……。
今回もそうだったら良かったものを。
「……あのねっ、かばん、自分で持てるっ」
相変わらず話の飛躍が達人級。
「……話噛み合ってないけど?」
指摘しつつ、手を伸ばせば届くところまで戻りかばんを渡した。
「ありがとう……」
翠は両手でかばんを受け取ると、視線のやり場に困って足元を見る。
「体調は?」
「大丈夫」
「やりなおし」
やっぱり鶏頭決定……。
このやり取り、夏休み中に何度したと思ってる?
「……微熱があるけど大丈夫」
「本当はバスに乗せたいところだけど、バスじゃゆっくり話しなんてできそうにないから歩くよ」
そう言って、桜香苑へと続く道に足を向ける。
歩かせたら疲れさせる。でも、バスに乗って風邪をひいた人間がいても困る。
それに、バスの中で翠が話せる内容ではない。
そういう意味では、御園生さんが送迎するのが一番良かったわけだけど、俺は夕飯前に決着をつけたかった。
夕飯時、周りに勘ぐられるのは面倒……。
病院の帰りは兄さんが送ってくれる。
今日は夜勤明けで昼過ぎまでの勤務だと聞いていたから、そっちはすでに手配済み。
俺は一緒でも別でもどっちでもいい。
翠のペースだと、高等部から大学敷地内まで十分ちょっと。大学の脇を通って私有地に入ってからは十五分……いや、もう少しかかるか。
そんなことを考えながら芝生広場を歩いていた。
「いい加減隣を歩け」
後ろを向くと、翠はびくりと肩を震わせた。
四歩戻ってその隣に並ぶ。
「朝の会話をどれだけ大声で話させるつもりなんだ」
翠としっかり目を合わせ、
「俺が朝に言ったこと、もう一度話すから、今度は忘れずにしっかり覚えておけ」
「さっき空太くんに聞いたからっ、だから大丈夫っっっ」
思い切り拒絶、ね。
「だいたいにして、なんで高崎が知ってるんだか……」
思わず舌打ち。
高崎が知っていた理由までは知らないけど、それは大した問題じゃない。
翠、もう一度言うから――今度こそ、言葉の意味をきちんと考えろ。
「俺は、これから先どんなときでも翠の体調を優先する。翠がどれほど葛藤しようが、言われるたびに悩もうが、それでも俺は止めるから。そのつもりで」
最初にそう言った。それだけのつもりだった。
翠が、「どうして朝から急に」なんて言うから少し気が変わったんだ。
「翠がなんで朝から急にそんな話なんだって訊いてきたから、朝から急に、なのは翠だけで、俺は昨日の帰りからずっと考えてた。……やっぱり、俺は言いたいことは言っておかないと気が済まない。そういうふうに翠が考えるのは仕方がないことなのかもしれない。翠がバカでこういうことに関しては学習能力が乏しいのも理解したけど、あまり俺たちを侮るな。考えただけでも虫唾が走る。言いたいことはそれだけだ――以上。で……翠は何を思ってあんなに泣きはらした目で遅刻ギリギリに登校してきたんだか……。俺はそっちが知りたいね」
笑みを深め翠を見る。
想像はつくけど、想像だけでわかったつもりになるのはもうやめたんだ。それに、これは翠の口から聞くことに意味がある。
「安心しろ」
言うと、翠は「何を?」という顔をした。
「すでに呆れるは通り越しているからこれ以上呆れようがない。翠がどれだけ突飛な持論を展開させたところで何がどう変わるわけでもない。ただ、俺にバカとか阿呆と言われる覚悟だけはしておけ。言わない自信は微塵もない」
そろそろ煙くらい立っただろうか?
「それから、足――乗り物に乗ってるわけじゃないんだから自力で前へ進まないと病院からは近づいてこないけど?」
「そのくらいわかってるっ」
点火準備OK?
「あぁ、それは良かった」
少し笑みを浮かべ、歩くのを再開した。翠がいつも歩くテンポ、俺にはゆっくりすぎるペースで。
「朝はあんなに怖い顔してたのに……」
さっきよりは近い斜め後ろから声がした。
「あぁ、そっちのほうが効果的だろ?」
実際、機嫌が良かったわけじゃない。けど、あの表情は俺のデフォルトだと思うけど……。
「今はどうして笑っているの? 楽しいことなんて話してないし、心から笑っているわけじゃないのに」
「翠が必要以上に俺を怖がるから?」
「……笑顔でもある意味怖い」
それはどうも……。
「悪いけど、俺に『甘さ』は求めないでもらえる? 俺に標準装備されてるのは無愛想と誰かさんが命名した氷の女王スマイル。別名、絶対零度の笑顔のみ」
こんな話をするために今一緒にいるわけじゃないんだけど……。
「いい加減話せ。なんで泣いていたのかを」
話を本題に戻すと、
「……どう話したらいいのかわからない」
「どこからでもいい。だいたいの想像はついてる」
「じゃぁ、どうして訊くの?」
翠は再度足を止めた。
「……やめたんだ。翠を見てわかったつもりになるのは。翠が思ったこと、感じたこと、考えていることを翠の口から聞く。そう決めたんだ。夏休みにもそう話したはずだけど?」
「……いつもなら勝手に表情読んで先回りして答えをくれるのに」
「差し支えないときならそれでいい。でも、これは違う」
翠は重い口を開くと、
「好きな人がいる学校は――楽しくて幸せで……それと同じくらい怖い」
やっと言ったか……。でも、要約しすぎ。
「必要なら貸すけど」
翠の前に自分の手を差し出す。翠はその手を見るだけで手を伸ばしはしなかった。
「この手も取らないわけね」
でも、別に手を差し出して翠がこの手を取らなくても、俺が翠の手を取ればいいだけのこと。
待つことはできるけど、今、この問題に関してだけは待つ気はない――
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