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28~33 Side 秋斗 07話
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ランチを食べ終えても彼女はカメラに手を伸ばそうとはしない。
カップを両手で持ち窓から外を眺めるのみ。
本館のようにBGMが流れることもないここは、俺たちが立てる物音やストーブの音しかしなかった。
そして、思いついたようにどちらからともなく声をかけ、言葉を交わす。
「翠葉ちゃん、写真は撮りにいかないの?」
まだ昼を少し過ぎたくらいだが、陽が落ちるのは早いし、それに伴い寒くもなる。行くのなら今のほうがいいんじゃ――
彼女は自分の脇に置いてあるカメラケースに目をやるものの、嬉しそうな表情ではない。
五秒ほど静止したのち、ようやくカメラケースへ手を伸ばした。
「少し、外へ行ってきます」
明らかに挙動不審。
「秋斗さんは……?」
「俺は休んでるよ。あの日と同じようにね。外は風が吹いているから上は着ていったほうがいいよ」
薄紫のポンチョを手に、肩からかける。
肩が細い……。
もともと線の細い子だったけれど、なんていうか――居たたまれなくなるくらいに華奢。
こんな近くで接するのが久しぶりだから余計にそう感じるのか……。
「戻ってくるときはどうしたら――」
振り返り言いかけて、すぐに口を噤んだ。そして新たに口を開く。
「あ、戻るのはなしで……。写真を撮り終えたら本館へ戻ります」
彼女は何事もなかったように笑みを添えて見せた。
「翠葉ちゃん、そんなに気を遣わなくていいよ。俺は、君がここへ戻ってきてくれるならそのほうが嬉しい」
意外なことを言ったつもりはないけれど、彼女は「いいんですか?」って顔をしている。
「だから、そのときはノックでもいいし、携帯を鳴らすでもいいから、戻ってきたいときに戻っておいで」
「……はい」
「日陰に入ると気温がぐっと下がるから、それだけは気をつけるんだよ」
彼女を送り出したあとも部屋の中から彼女を見ていた。
ちょっとしたストーカーの気分。
向こうからこっちは見えないのだから。
彼女はその場でぐるりと周りを見回し、一歩進んでは立ち止まる。
きれいな景色に目を奪われているのだろうか。
彼女らしいと思うのに何かが引っかかる。
少しすると、一本の紅葉に近寄りカメラをかまえた。けれども、かまえるたびに首を傾げてカメラを下ろしてしまう。
プレビュー画面を確認しているようには見えない。撮ってはいないのか……?
まだ紅葉し始めの被写体では気分が乗らないのか……。
そんなことを考えていると、彼女はカメラを首にかけた状態で木に右手を添え、その場にしゃがみこんでしまった。
痛み……?
慌てて携帯を開くものの血圧は高くなっていない。強いて言いうなら、少し心拍数が上がったくらい。
ディスプレイと彼女を交互に見ていると、彼女が携帯を取り出した。
動作からするとメールの受信か何か……?
やばい……。
「俺、これじゃ本当にストーカーじゃん……」
彼女に視線を戻すと、彼女は通話中だった。
メールを受信してから電話っていうのは――自分からかけたのか?
若干、表情が柔らかい気がする。
誰と電話……? 蒼樹、若槻――司、か……?
一泊旅行とは言ってきたわけだから、心配で司がメールや電話をよこしてもおかしくはない。
一泊旅行なんて言わなければ、ここまで来て司に横槍入れられることもなかったかな。
そう思ったときだった。
自分の携帯が鳴る。
「司……!?」
通話に応じると、
『有意義な休暇中に悪いけど……』
と、嫌みから始まる。
今、俺が話している相手こそが司だ。それなら、彼女が電話している相手は誰……?
「急用?」
意識を自分の携帯に戻す。
司は用件がなければ電話などかけてこない。
『違う。……昨日、生徒会の仕事手伝ってくれたって優太から聞いたから。……ありがとう。それだけ』
ツーツーツーツー――
こういうやつだってわかってるんだけど、本当にこういうやつなんだよね……。
伝えなくちゃいけないこと、言わなくちゃいけないこと、それは口にする。
ただ、それを口にしただけで切る。
兄弟従弟間で一番律儀だと思う。だけれど素っ気無さもダントツ一位。
愛想のなさにもほどがあるだろう……。
それにしても、彼女の電話の相手は誰……?
彼女を見れば、さっきまでの表情はどこへやら。今は泣きそうな顔をしている。
すごく不安そうな――そんな顔。
俺、また何かしたか……?
それまでの会話をスクリーニングにかけてみるものの、これといって思い当たるものがない。
記憶に関するものや、自分たちの関係についての話はした。したけど――それで彼女があんな顔をする要因はなかった気がする。
なんだ、何があった?
今すぐにでも彼女のもとへ駆け寄りたい。けれど、彼女は誰かと通話中だ。
あんな顔をさせている人間が許せないと思う反面、その人間の心当たりがまったくない。
遠目だが、彼女は泣いているような気がした。
もういい、誰と通話中でもかまうものか。
俺らしいっていうのは、きっとこういうことだ。
部屋を出ようとすると、また着信……。
「なんで静さんからかなぁ……」
ばっくれたい気分だけど、仕事に関することだと困る。
そもそも、この人も司同様、用もないのにかけてきたりなどしない。
「はい」
苛立ちが声に現れる。
『あ、秋斗くん?』
誰……?
「失礼ですが、この携帯は静さんの携帯ですよね」
相手が静さんでないことは確かだ。
あの人は俺を秋斗くんとは呼ばないし、こんなに柔らかな話し方はしない。
『あぁ、俺の携帯、今静に拉致られてるから静の携帯を借りたんだ』
携帯を通すと若干声が変わる。が、これは零樹さんだ。
「どうして携帯――」
っ……もしかして、翠葉ちゃんの通話相手は零樹さんだったのかっ!?
『秋斗くんって今、翠葉の側にいるのかな?』
「はい、目の届くところには……」
そして彼女はたぶん泣いている。
「もしよろしければ、すぐに電話を切って彼女のところへ行きたいのですが……」
『うん、そうしてほしいんだけど、もう少し待ってもらえる?』
何……?
『今、静と仕事の話をしてるんだ』
それでなんで彼女が泣かなくちゃいけない?
「彼女、泣いているように見えるんですが……」
理由を教えてはもらえないだろうか。
『うん、声が泣いてたね。……写真がさ、撮れないんだと』
え……?
『きれいな景色が目の前にあるのに、撮れないんだとさ』
「スランプ……?」
『ははっ! そんな大そうなものじゃないよ。翠葉は『仕事』って言われて写真を撮ったことなんてないんだ。だから、写真を撮る前に『仕事』ってものを意識しすぎてるだけ。スランプよりはプレッシャーかな? それと、記憶がないってことが相当なストレスになってるんだろうね。――あぁ、秋斗くんを責めてるわけじゃないよ? 言っとくけど、俺、ネチネチ派じゃなくて、その場でザックリ派だから。もともと君のせいだなんて思ってないしね』
さっき記憶に関する話をしたからこんなことになっているのか? それとも、俺が写真のことを指摘したからなのか?
「さっき、記憶に関する話を少ししました。そのあと、なかなかカメラを手にしない彼女に写真を撮りに行かないのかと勧めたのは自分です」
『だからさ、それが何? 悪いことじゃないでしょ? 別に思い出せと言ったわけではないだろうし、仕事なんだから写真を撮れと言ったわけでもない。違う?』
「はい、ですが……その話題を出されるだけでもストレスになる可能性は――」
『秋斗くん、俺は言ったよね? もう、囲って守って――ってそれだけをするつもりはないって。ストレスだってさ、ある程度は耐性をつけておかなくちゃ。それはこれからの翠葉に必要なものだからね』
「でも、彼女にとってストレスは――」
『ストレスに弱すぎるのも問題なんだよ。少しずつ慣れさせなくちゃ。気分は海に入ったことのない子どもを大海原に放り込む親の心境だけどもね』
ははっ、と笑われた。
『あ、静の話が終わったようだ。ちょっと待ってね』
彼女は携帯を持ったまま、膝の上に視線を落とし身動きをしない。
『秋斗、彼女のフォローを頼む。カメラは彼女の見えないところに置いてくれ。明日は挙式の予定はないが、あまりにもひどく緊張しているようならチャペルには行かなくてもかまわない』
「わかりました」
俺は通話を切るとすぐに部屋を出た。
カップを両手で持ち窓から外を眺めるのみ。
本館のようにBGMが流れることもないここは、俺たちが立てる物音やストーブの音しかしなかった。
そして、思いついたようにどちらからともなく声をかけ、言葉を交わす。
「翠葉ちゃん、写真は撮りにいかないの?」
まだ昼を少し過ぎたくらいだが、陽が落ちるのは早いし、それに伴い寒くもなる。行くのなら今のほうがいいんじゃ――
彼女は自分の脇に置いてあるカメラケースに目をやるものの、嬉しそうな表情ではない。
五秒ほど静止したのち、ようやくカメラケースへ手を伸ばした。
「少し、外へ行ってきます」
明らかに挙動不審。
「秋斗さんは……?」
「俺は休んでるよ。あの日と同じようにね。外は風が吹いているから上は着ていったほうがいいよ」
薄紫のポンチョを手に、肩からかける。
肩が細い……。
もともと線の細い子だったけれど、なんていうか――居たたまれなくなるくらいに華奢。
こんな近くで接するのが久しぶりだから余計にそう感じるのか……。
「戻ってくるときはどうしたら――」
振り返り言いかけて、すぐに口を噤んだ。そして新たに口を開く。
「あ、戻るのはなしで……。写真を撮り終えたら本館へ戻ります」
彼女は何事もなかったように笑みを添えて見せた。
「翠葉ちゃん、そんなに気を遣わなくていいよ。俺は、君がここへ戻ってきてくれるならそのほうが嬉しい」
意外なことを言ったつもりはないけれど、彼女は「いいんですか?」って顔をしている。
「だから、そのときはノックでもいいし、携帯を鳴らすでもいいから、戻ってきたいときに戻っておいで」
「……はい」
「日陰に入ると気温がぐっと下がるから、それだけは気をつけるんだよ」
彼女を送り出したあとも部屋の中から彼女を見ていた。
ちょっとしたストーカーの気分。
向こうからこっちは見えないのだから。
彼女はその場でぐるりと周りを見回し、一歩進んでは立ち止まる。
きれいな景色に目を奪われているのだろうか。
彼女らしいと思うのに何かが引っかかる。
少しすると、一本の紅葉に近寄りカメラをかまえた。けれども、かまえるたびに首を傾げてカメラを下ろしてしまう。
プレビュー画面を確認しているようには見えない。撮ってはいないのか……?
まだ紅葉し始めの被写体では気分が乗らないのか……。
そんなことを考えていると、彼女はカメラを首にかけた状態で木に右手を添え、その場にしゃがみこんでしまった。
痛み……?
慌てて携帯を開くものの血圧は高くなっていない。強いて言いうなら、少し心拍数が上がったくらい。
ディスプレイと彼女を交互に見ていると、彼女が携帯を取り出した。
動作からするとメールの受信か何か……?
やばい……。
「俺、これじゃ本当にストーカーじゃん……」
彼女に視線を戻すと、彼女は通話中だった。
メールを受信してから電話っていうのは――自分からかけたのか?
若干、表情が柔らかい気がする。
誰と電話……? 蒼樹、若槻――司、か……?
一泊旅行とは言ってきたわけだから、心配で司がメールや電話をよこしてもおかしくはない。
一泊旅行なんて言わなければ、ここまで来て司に横槍入れられることもなかったかな。
そう思ったときだった。
自分の携帯が鳴る。
「司……!?」
通話に応じると、
『有意義な休暇中に悪いけど……』
と、嫌みから始まる。
今、俺が話している相手こそが司だ。それなら、彼女が電話している相手は誰……?
「急用?」
意識を自分の携帯に戻す。
司は用件がなければ電話などかけてこない。
『違う。……昨日、生徒会の仕事手伝ってくれたって優太から聞いたから。……ありがとう。それだけ』
ツーツーツーツー――
こういうやつだってわかってるんだけど、本当にこういうやつなんだよね……。
伝えなくちゃいけないこと、言わなくちゃいけないこと、それは口にする。
ただ、それを口にしただけで切る。
兄弟従弟間で一番律儀だと思う。だけれど素っ気無さもダントツ一位。
愛想のなさにもほどがあるだろう……。
それにしても、彼女の電話の相手は誰……?
彼女を見れば、さっきまでの表情はどこへやら。今は泣きそうな顔をしている。
すごく不安そうな――そんな顔。
俺、また何かしたか……?
それまでの会話をスクリーニングにかけてみるものの、これといって思い当たるものがない。
記憶に関するものや、自分たちの関係についての話はした。したけど――それで彼女があんな顔をする要因はなかった気がする。
なんだ、何があった?
今すぐにでも彼女のもとへ駆け寄りたい。けれど、彼女は誰かと通話中だ。
あんな顔をさせている人間が許せないと思う反面、その人間の心当たりがまったくない。
遠目だが、彼女は泣いているような気がした。
もういい、誰と通話中でもかまうものか。
俺らしいっていうのは、きっとこういうことだ。
部屋を出ようとすると、また着信……。
「なんで静さんからかなぁ……」
ばっくれたい気分だけど、仕事に関することだと困る。
そもそも、この人も司同様、用もないのにかけてきたりなどしない。
「はい」
苛立ちが声に現れる。
『あ、秋斗くん?』
誰……?
「失礼ですが、この携帯は静さんの携帯ですよね」
相手が静さんでないことは確かだ。
あの人は俺を秋斗くんとは呼ばないし、こんなに柔らかな話し方はしない。
『あぁ、俺の携帯、今静に拉致られてるから静の携帯を借りたんだ』
携帯を通すと若干声が変わる。が、これは零樹さんだ。
「どうして携帯――」
っ……もしかして、翠葉ちゃんの通話相手は零樹さんだったのかっ!?
『秋斗くんって今、翠葉の側にいるのかな?』
「はい、目の届くところには……」
そして彼女はたぶん泣いている。
「もしよろしければ、すぐに電話を切って彼女のところへ行きたいのですが……」
『うん、そうしてほしいんだけど、もう少し待ってもらえる?』
何……?
『今、静と仕事の話をしてるんだ』
それでなんで彼女が泣かなくちゃいけない?
「彼女、泣いているように見えるんですが……」
理由を教えてはもらえないだろうか。
『うん、声が泣いてたね。……写真がさ、撮れないんだと』
え……?
『きれいな景色が目の前にあるのに、撮れないんだとさ』
「スランプ……?」
『ははっ! そんな大そうなものじゃないよ。翠葉は『仕事』って言われて写真を撮ったことなんてないんだ。だから、写真を撮る前に『仕事』ってものを意識しすぎてるだけ。スランプよりはプレッシャーかな? それと、記憶がないってことが相当なストレスになってるんだろうね。――あぁ、秋斗くんを責めてるわけじゃないよ? 言っとくけど、俺、ネチネチ派じゃなくて、その場でザックリ派だから。もともと君のせいだなんて思ってないしね』
さっき記憶に関する話をしたからこんなことになっているのか? それとも、俺が写真のことを指摘したからなのか?
「さっき、記憶に関する話を少ししました。そのあと、なかなかカメラを手にしない彼女に写真を撮りに行かないのかと勧めたのは自分です」
『だからさ、それが何? 悪いことじゃないでしょ? 別に思い出せと言ったわけではないだろうし、仕事なんだから写真を撮れと言ったわけでもない。違う?』
「はい、ですが……その話題を出されるだけでもストレスになる可能性は――」
『秋斗くん、俺は言ったよね? もう、囲って守って――ってそれだけをするつもりはないって。ストレスだってさ、ある程度は耐性をつけておかなくちゃ。それはこれからの翠葉に必要なものだからね』
「でも、彼女にとってストレスは――」
『ストレスに弱すぎるのも問題なんだよ。少しずつ慣れさせなくちゃ。気分は海に入ったことのない子どもを大海原に放り込む親の心境だけどもね』
ははっ、と笑われた。
『あ、静の話が終わったようだ。ちょっと待ってね』
彼女は携帯を持ったまま、膝の上に視線を落とし身動きをしない。
『秋斗、彼女のフォローを頼む。カメラは彼女の見えないところに置いてくれ。明日は挙式の予定はないが、あまりにもひどく緊張しているようならチャペルには行かなくてもかまわない』
「わかりました」
俺は通話を切るとすぐに部屋を出た。
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