光のもとで1

葉野りるは

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17~23 Side 司 05話

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 球技大会が終わってからというもの、俺はどうしてか翠と口喧嘩が絶えないことになっていた。
 どうして呼び出されることで、俺と翠がケンカをしなくちゃいけない?
 誰か教えてくれ。
 朝陽と優太が笑っていたのも最初のうち。
 俺と翠はどんどん険悪なムードになり、仕舞いには口を利かなくなった。
 それでも俺は折れるつもりがない。
 つまり、「先輩」と呼ばれて応えるつもりはない。
 そんなことは最初に言っておいたにも関わらず、翠は果敢にもチャレンジを試みるわけで、はっきりいって時間の無駄。
 それが続けば仕事に影響も出てくる。が、別段困るほどのものでもない。
 ただ、それに気づいた時点で翠が折れた。
「わかったっ、ツカサって呼ぶから周りの人に迷惑をかけるのだけはやめようっ?」
「……翠が最初から先輩をつけないで呼べば済むことだったんじゃないの?」
 少し勝ち誇った気分でそう言えば、
「ツカサのカバッ。わからずやっっっ」
 と、背を向けられた。
 後ろ姿でも手の拳を見れば、どの程度力を入れて握っているのかは一目瞭然。
「優太先輩、五分休憩ください」
 翠は俺にではなく優太に許可を求め図書室を出た。
 それを追って簾条が図書室を出る。
「司、やりすぎじゃないの?」
 朝陽に声をかけられ、
「別に……」
「翠葉ちゃんにだけは甘いと思ってたのに、そうでもない?」
 そんなことを訊いてくるのは優太。
「いや、十分甘いつもりだけど」
「こんなこと繰り返してたら翠葉に嫌われるよ?」
 嵐に言われて唸りたくなる。
 別に嫌われたくてしているつもりはないけど、これで嫌われるのならそれまでか、と思う自分がいる。
 俺はきっと、自分の性格を変えることはできない。 
 たとえば、昇さんのように、クーリエになろうとしていたものを好きになった相手に合わせて医者に変えるとか、そういう器用なことはできない。
 もし受け入れてもらえるのなら、このままの俺を受け入れてもらえないと意味がない。
 そうでなければ早々に破綻するのが目に見えている。
 そんなハリボテはいらない。
 ありのままの俺を理解してほしいと思うのはわがままなことだろうか。
 その代わり――俺はありのままの翠を受け入れる。
 それではいけないのだろうか……。
 恋愛というものがよくわからない。
 人を好きになることや、自分以外の誰かを大切に思う気持ちはわかったつもりだけど、それが「恋愛」なのかと問われると疑問が残る。
 だからといって、訊ける人間もいなければ、人に尋ねられる己もいない――
 そんな日々が続いていたところ、
「藤宮くん、いいところにいたわ」
 図書棟へ行こうと教室を出たところで青木に呼び止められた。
「お姫様、また呼び出されてるわよ~。これで十一回目かしらね。今から私が行くんだけど、一緒にどう?」
 まるでそこまで散歩に、っていうノリ。
「十一回って何……。俺にメール通知されたのって五回だけど」
「全部が全部やばそうなものじゃないからね。それに頻度高すぎよ。あれ全部に藤宮くんが出ていったら逆効果」
 それになんと言葉を返したらいいのかわからなかった。
 怒り半分、困惑半分。
 怒りは全部通知されていなかったことに対して。困惑は、翠がボールペンを使わないこと。誰の助けも呼ばないことに対して。
 翠が呼び出される原因は俺にある。だからこそ、俺が迎えに行けばいいと思っていた。
 けど、翠には来るなと言われるし、迎えに行けば俺と翠のケンカにすり替わり、俺がその場の収拾を図れたためしは一度もない。
 どうして翠が相手だとこうもうまく物事が運ばない?
「プール裏だから、急いで先回りするわよっ!」
 急かされるままに移動した。

 学校の周りには何かしら木が植わっていて、この時期はどこも緑が生い茂っている。
 あとひと月もすれば紅葉する木も出てくるだろう。
 ちょうど、紅葉祭のころには葉が色づき始める。
 青木は数歩の跳躍で木の枝に飛び乗った。
 猿――会長とは違う意味で立派な猿だと思う。
 俺はただその木の陰に身を潜める。
 俺の身幅を隠すくらいの太い木で、その木の前にはツツジが植わっている。
 ここに人がいると思って見ない限り、見つかることはないだろう。
 身を隠して数分で翠たちがやってきた。
 この木に向かって歩いてきたと思う。
 ただ、声はこちらに向かって発せられなかった。
 呼び出した女が木の前にいて、翠が校舎側。
 きっとそんな位置関係と推測する。
「呼び捨てになんてなさらないでっ。聞いていて不愉快だわっ」
 またその内容か、と正直頭が痛くなる。
 俺自身が呼び名にこだわるのはわかるが、なんでそれを第三者にあれこれ言われなくちゃいけないのかが理解できない。
「……呼び方を変えたら返事をしてもらえなくて、生徒会の仕事に支障が出てしまう状況に陥ってしまったので、できればその件だけは目を瞑ってもらえませんか?」
 あぁ、先輩と呼ぶのを諦めてもらえて良かった。
「見逃せるなら、あなたに直接言いにきたりしませんっ」
 誰だよこの女……。
 知らない人間にあれこれ言われるようなことじゃないと思う。
「第一、あなた……身体が弱いというのは本当なのかしら? それを理由に藤宮先輩に付きまとっているのではなくて?」
 青木が言っていた噂というのは本当らしく、それらしいものを朝陽からも優太からも聞かされた。
 第一、病院と親が懇意って何……。
 俺と病院は別物だけど。
 確かに家同士の付き合いで無下にできない人間がいないわけじゃない。
 それは認めるが、その中に翠は含まれないし、むしろその中にいたら、俺が毛嫌いする対象のはず。
「目の前で倒れてくれさえしたら、病弱なのも認めなくはないけれど……」
 ふざけたことを……。
 そんなこと、誰が好き好んで――いや、相手は翠だった。
 なんて答える?
 さすがにこの距離だ、表情をうかがうことはできない。
「……見せることは可能だと思います」
 ……嫌な会話の流れ。
「あら、倒れることを自分でコントロールできるの?」
「いえ……そういうことではなくて、普段からしてはいけない、と言われていることを実行すればいいだけなので」
「え……?」
「たとえば、私が今から一〇〇メートルほど全力で走るとします。それ自体はできないわけではないので……。問題はそのあとです」
「何を……」
「人は運動をすると血液循環量を増やさなくちゃいけない構造になっています。でも、私の身体はそれができない。だから、走ったあとには倒れるでしょう。倒れることで血圧数値がもとに戻ってくれれば問題はないのですが、最悪、心肺停止になる可能性があります。その前に、あなたが救急車を呼ぶなり、湊先生に連絡を取っていただけるなら、見せることは可能です」
 ふざけるな……。
 他人事みたいに話すなっ。
 それは翠の、ひとつしかない身体なんだぞっ!?
 そう思った次の瞬間、青木が介入した。
「それはいただけないわよ」
 木から飛び下りたというのに、着地音が軽すぎ。
「あなた、とんでもないことを提案するのね?」
 本当に……。
 とんでもない提案とはこういうことをいうのだろう。
 翠……まさか自分が消えたらいいとか、またそんなことを思っているわけじゃないよな……?
 四月に抱いた不安が心によみがえる。
「風紀委員の青木先輩」
 口にしたのは呼び出した女子。
「初めてお目にかかるわね、お姫様。風紀委員の二年、青木沙耶よ」
「……一年の御園生翠葉です」
「警護対象の名前くらいわかってるわ。でも……具合が悪いところを見せてみろと言われて、命を懸けるバカだとは思わなかった」
 青木、今なら何を言っても許す。
「私、これで失礼します」
 直後、ひとり分の足音が遠ざかっていく。
 もう出ていっても問題ないだろう……。
 気になっていた翠の横顔は、どこか残念そうな表情だった。
 悲愴そうな顔をされるよりはいいけれど、現況を許せるかと問われたら、否。
 俺が茂みから出ると、
「っ……ツカサ」
 見られたくないものを見られた、そんな顔。
「翠……今みたいなことは二度と口にするな」
「……はい」
 翠は、わかっていて口にしている。
 どれだけ危険なことを言ったのか、ちゃんと理解している。
 それがわかるだけに見逃せることではなかった。
「そんな危険な方法を取らなくても、飲んでいる薬を見せるとかほかにも手はあるだろっ!?」
 自然と声だって大きくもなる。
 けど、その怒声より内容に目から鱗って顔をされた。
 やっぱり翠はバカだと思う。
 だいたいにして、なんで人を呼ばないっ!?
 今だって胸ポケットにボールペンは挿してある。
 持ち歩いてはいるのに使いはしない。それが理解できない。
「青木に聞いた。これで呼び出された回数が十一回目だって」
 極力声を抑える。
 翠が怒声に慣れていないのは知っているから。
「数えてないからわからないけど、まだ十回はいってないと思う……」
 どうしてここで反抗的な視線が返されるのかも不明。
「あら、間違いなく十一回目よ? 風紀委員できちんとカウントしてるもの。呼び出してきた人間のクラスも名前も明白」
 青木がメモを取り出し再度数えては、
「間違いなく十一回、十四人」
「呼べよっ」
 俺の脳細胞少し死んだかも。
 血管がブチブチ切れた気がする。
「やだ」
「っ……翠――」
 翠が何を考えているのかが本当にわからない。
「だってっ、ツカサが来たところでいいことないものっ。どうせ、ツカサは私をその場から引き剥がそうとするだけで、女の子たちの言い分を聞くつもりはないのでしょうっ!?」
 当たり前だ。それの何が悪い?
 そいつらの言い分を聞いたら、翠は俺の言い分を聞くのか!?
「それじゃ意味がないものっ。私は会いにきてくれた人と話をしているだけっ。それ以上でもそれ以下でもないっ。もし、ツカサが来て、その女の子たちと話をしてくれるなら呼ぶ」
 堂々巡り――
 それ以外の何ものでもない。
 そうだ、俺がこの場に来るとたいていがこういう話の流れになって言い合いで終わる。
「勝手にしろっ」
 これ以上話を続けたところで、いつもと結果は変わらない。
 近ごろはこんなことばかりだ。
 球技大会が終わってからまともに話せていない気がする。
 イライラが、胸のむかつきがおさまらない――
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