光のもとで1

葉野りるは

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15 Side 海斗 01話

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 九月十一日――
 部活が終わってから、俺と佐野は現在うちで作戦会議中。
 当初は千里も来るはずだったけど、部活のスタメンに選ばれたこともあり、明日が試合で来られなくなった。
 とりあえず、アンケートの上位に上がった曲目リストを持ち帰って、あーでもないこーでもない、と言っている最中。
 リクエスト曲だけで二〇〇曲近く。
 さすがにそんな分量は歌えないから上位ランキングを二十位までとして考える。ただ、二十位以下をまったく眼中に入れないか、といったらそんなこともない。
 佐野が持っている音楽データを駆使して、それらの曲と歌詞を照らし合わせる作業もしていた。
 正直、始める前から気の遠くなる分量に、頭も心も飽和状態。
 どうせ、下っ端の一年の仕事はこういうところから始まるんですよ……。
 夕飯は紅子(こうこ)さんが作ったピザとサラダとスープ。それに、大学の購買部で買ってきた夜のお供、お菓子とジュース。それらを俺の部屋に持ち込み作業をしていた。
 こんなところを司に見られようものなら怒られる。あいつは食事は食卓で、ときっちりとした人間だから。
「テーマが必要だよな」
 佐野がノートパソコンの歌詞を見ながら言う。
「テーマっていったら司の告白だろ?」
「うーん……それなんだけど、藤宮先輩って『好き』とか『愛してる』とか言うと思う?」
 ……佐野、おまえ鋭いな。間違いなく言いそうにないっていうか、言えそうにないっていうか……。
「かなり微妙だ」
「だろ? そんな人に愛してるだの好きだのって歌を歌わせることに違和感がある。やらせ感半端ないじゃん」
「なるほど」
「そこでテーマだよ」
 ピザを一切れ口に放り込み、自分のパソコンのお気に入りフォルダに入ってる歌詞にざっと目を通す。
 この作業のためだけにお気に入りフォルダをいくつか作った。
 リクエストで上がってきた歌の大半の歌詞がここに放り込んである。で、目ぼしいものをさらにピックアップして別フォルダに放り込んでいく。そんな作業を半日以上はしていた。
「とりあえず、直接的に『好き』って言ってなくて、でも、歌詞の流れ的にどう考えてもそうだよな、っていうような歌ってことだろ?」
 歌詞を適当にかいつまんで口にしていくと、「そうそう、そういう感じ」と佐野からOKが出る。
 ちょっとコツがつかめてきたっぽい。
「このリクエストとかかなりいいと思うんだよね。マニアックなとこついてきたなぁ……ていうのが正直な感想なんだけど」
 見せられたのは「音速ライン」の「半分花」。それはリクエスト上位には入っていない歌。
「好きとか愛してるって言葉がないところがいい。俺的にはヒットなんだけど」
 と、パソコンに歌詞を表示させて俺に向けた。
 本当にこいつは歌の知識が豊富なやつだ。
「ふーん……これも良くね?」
 それはアンケートの上位に入っていた「いきものがかり」の曲。
 俺は主にリクエスト上位の曲を専門に見ていた。
「あぁ、しかも女性アーティストが歌っているのをあの先輩に歌わせるってところがすでに鬼畜、羞恥プレイでいい感じ」
「……おまえ、結構鬼だな?」
「いや、海斗ほどじゃないと思う。っていうか、忘れないでほしいんだけど、今これを提示したの海斗だから」
 そう言われてみればそうだった。
「それならさ、コブクロの『YOU』とかもいいんじゃない?」
 あれもこれもと出てくる。
「ところでさ、翠葉には何を歌わせるってあれしかないよな」
「あぁ、奥華子以外のリクエストがなかったってのがまたすごい。ま、声が似てるっちゃ似てるから、聞いてみたいっていうのもわからなくはない」
「あとはー……茜先輩と翠葉のリクエストに奥華子以外がひとつあったか」
 佐野がグラスにジンジャーエールを注ぐ。
「俺にもちょうだい」
 グラスを出せば、同じように注いでくれた。
 少し生ぬるくなったジンジャーエールで喉を潤し、目の前のプリントに目を移す。そこにあるのは真っ白なタイムテーブル。
「これ、どうする?」
 俺が訊けば、
「これを埋めろって言われてもね……」
 佐野も苦笑する。
「もうさ、こうなったら詰め込めるだけ詰め込んで、歌わせまくるかっ!?」
 かなり自棄になっていたと思う。だって時刻はもう夜中の一時半だ。
 明日は日曜日だからいいとして、どれだけ時間を費やせば終わるんだか。
 佐野が真顔で俺を見るもんだから、思わず「冗談です」と謝る。
「いや、違うって……それ良くない?」
 は? 佐野くん、君、脳みそ溶けちゃった?
 この部屋、一応エアコンなるものきいてるはずなんだけど、夏の暑さに脳みそが溶け出しちゃったんじゃないの?
「いや、真面目にさっ」
 佐野はルーズリーフを取り出し、簡易タイムテーブルを書き出す。
「どうやったってこれだけの曲を数曲に絞るのは難しい。せっかく全校生徒のリクエストを集めたんだから、せめて上位ランキングくらいはクリアさせたいじゃん」
「それはそうだけど、そんなの無理でしょ……」
「そうでもないって。だって、これ学園祭だろ?」
 あぁ、そうともさ。泣く子も黙る藤宮の紅葉祭さ。
 生徒会運用資金なんてこのイベントのために降ってきてるようなものだ。
「そこを利用するんだ。ステージを作るのに金と人手を使う」
 は? 何を言い出して――
 佐野がルーズリーフをひっくり返し、桜林館の見取り図を描き始めた。
 北側ステージと円形ステージの間に長方形のステージをひとつ設け、それらを結ぶ花道を作り、ステージ間の移動を可能にさせる。
 円形ステージの周りには吹奏楽部とコーラス部を配置した。
「あ、ちょっと待って……それ、すごくいいんじゃね?」
「わかったっ?」
「わかったわかった。つまり、あれだよね? 姫と王子の出し物って項目をライブステージに盛り込む。でもって、演奏サイドに文化部使えばいいじゃんってやつでしょ? ほかにライブなら軽音部だってフォークソング部もできるわけだし、和筝部もコーラス部も吹奏楽部も便乗させられる」
 にやりと佐野が笑い、
「それだけじゃつまんないだろ?」
 やばい……。かわいそうだが、こいつは悪代官ご一行に片足踏み込んじまった。もうお天道様の下には出れねぇな。
「紅葉祭を徹底してこのステージに投入するにはさ、それだけ大きなものを作るってことだ。演奏には吹奏楽部、コーラス部、軽音部、フォークソング部、それからステージづくりには文化部よりも自由に動ける運動部を配置して、指導にあたるのは演劇部の大道具や映研あたり。照明や記録映像なんかは映研、パソコン部、写真部なんかが強そうだろ? ステージを飾るのは、園芸部と華道部、ほかにもダンス部や和太鼓部の演舞を入れてもいいと思う。文化部と運動部の交流にも一役買えるよ。同じステージに立つともなれば、生徒会の人間もその交流に率先して加わることになる」
 こいつ、とことん人員を投入するつもりだ。
「ってことはさ、衣装は手芸部にオーダーかな?」
 訊けば大きく頷いた。
 女子が歌うんなら、華道部や茶道部から着物貸し出しとかもありだと思う。
 こいつ、運動部のくせに、外部生のくせに、うちの学校の部活網羅してやがる。これは桃華の指導の賜物か?
「茜先輩が歌いたいって言った洋楽だって、歌詞が英語なんだから、翻訳にESS部を駆り出せばいい。そしたら御園生に下手な入れ知恵なんてしなくていいじゃん」
「おまえ頭いいな?」
「学年首位の海斗に言われたくないけどな」
 さくっと笑顔で返された。
 そのあとも、佐野のスケールのでかい仕掛け話は続いた。
「ミキシングルームには放送委員を突っ込んどけばいいし、バックステージでお茶出しとかするのは調理部や茶道部、バックダンサーが必要ならダンス部引張りだせばいい。演劇部使っての演劇仕立てっていうのもありでしょう」
「佐野くん、それで行こう。ここまで大掛かりな仕掛けをされたら司だって断われまい。何よりも嬉しいのは、これを考え出したのが俺ではなく佐野だということ」
「あのな、海斗……俺とおまえは運命共同体だから。俺だけが藤宮先輩の恨みを買うと思ったら大間違いだ。どうせ、俺を引き込んだのは海斗なんだろ? なら最後まで共犯者よろしく悪巧みしたろうじゃないの」
 やっぱりだめか……。
 でもさ、こんなことを真面目に考えて、あの司を嵌めにいくおまえが俺は大好きだっ!
 ほかにも案は色々と挙がった。
「嵐の歌はさ、リクエスト多いけど、俺的には藤宮先輩っぽくないと思うんだ。でも、それだけの理由で却下したらこれをリクエストした女子みんなの反感を買う気がするから、そこら辺は春日先輩の案に乗っちゃっていいと思うんだ。生徒会の人間で歌えば否応なしに盛り上がるだろ」
「まぁね。優太先輩ノリノリだったし。朝陽先輩も基本こういう目立つこと大好きだし、久先輩も楽しそうにしてたし」
「だからさ、その辺は乗りよく歌える人たちに任せる方向で」
 ふむふむ。確か、司に来ていたリクエストはほとんどがバラードだった気がする。中には「シャウトしている司くんが見たい」なんて恐ろしいリクエストもあったけど……。
「で、御園生が歌う選曲なんだけど、『魔法の人』『小さな星』『ガーネット』『やさしい花』あたりでどう? あとは茜先輩とのデュエット曲」
「ふーん、いいんじゃね?」
 歌詞を見れば「ガーネット」と「小さい星」は失恋ソングだ。「優しい花」と「魔法の人」は翠葉っぽい歌詞だと思う。
「それとさ、もうひとつくらい仕込みたい」
「何を?」
 佐野の企みは留まるところを知らない。
「コブクロと絢香の『あなたと』、これを藤宮先輩と御園生に歌わせたら面白くね?」
 マジっ!? 司と翠葉のデュエットっ!?
「楽しそうだけど……」
「だろ? あのふたりが同じステージに立って、しかも見つめ合っちゃったりとかしたらそれだけで恋に落ちそうじゃん」
「……それはつまり、翠葉さんに司を好きになれ、と?」
「んー……俺さ、あのふたりが一緒にいるところ結構好きなんだよね。なんかこぉ、うちのクラスにいるときとは少し違う雰囲気で。二学期になってからはそれに拍車がかかって見えて微笑ましい。あの御園生が憎まれ口を叩いてるところがなんともね」
 あぁ、そういえば、名前の呼び方が変わったのと同時に、なんだかえらく距離が縮まったような気はしていた。
 聞けば、夏休み中、俺らは全然お見舞いに行かせてもらえなかったのに、司だけは毎日のように通っていたらしい。
 ずるいとは思うものの、体調が悪くても、翠葉が司だけは受け入れてたってことになるんだよな……。
 二学期が始まってからはふたりの間に何か見えないつながりがあるようにすら思えた。
 翠葉の気持ちは今どこにあるんだろう……。
 秋兄とも普通に話してはいるみたいだけど、なんていうか「普通すぎる」っていうのが俺の感想。
 秋兄を好きだったときとは全然違う。そんな違い……。
「そういやさ、そんなふたりを見て微笑ましいと思っている人間以外っていうのがいるみたいな?」
 佐野がポロリと口にした。
「あぁ、司は万年王子だからね。人気あんだよ、無愛想なのに。で、翠葉は反感買いそうなくらいかわいい」
「少し前、河野が御園生に気をつけろって言ってた意味がわからなかったけど、今なら少しわかる。変な噂立ち始めてるだろ?」
 それには俺も気づいていた。
 翠葉が拒食症だとか、親が藤宮病院と懇意にしてるから司が翠葉をかまわないわけにはいかない、とか。
 そんな事実はないんだけどな……。第一、そんなことで司が人への対応を変えるとは思えない。
 周りの人間だってそのくらいわかっていそうなものだけど、噂とはこうやってひとり歩きをする。
「この噂、御園生が聞いたらどう思うかな」
「そりゃ、いい思いはしないだろ」
「だよな……。でも、こんな噂がもとで藤宮先輩との間に距離が生まれるのは見たくないな」
「……そうだな。でも、たぶん大丈夫」
「なんで?」
 佐野は外部生だからうちの風紀委員の職務を知らない。
「うちの風紀委員、結構優秀なの」
「え? 風紀委員?」
「うちのクラスだと和総なんだけどさ、学園内の風紀はもちろんのこと、いじめや嫌がらせ、噂のコントロールまでするんだ」
「……マジで?」
「マジで。だから、たとえば翠葉が呼び出しに合ったとしても、取っ組み合いになる前に風紀委員が介入する。陰湿ないじめについては証拠を揃えて学校へ提出。場合によっては生徒が停学処分になることもある」
「……なんつーか……どこまでも藤宮学園なんですね、って感じだな」
「だから、とりあえずのところ、そんなに心配しなくても大丈夫だとは思うけど、できれば翠葉に害は加えてもらいたくないから、ちょっとひとりにならないように気をつけたいところ」
「そうだな……。俺さ、御園生には学校が楽しいところだって思ってほしいよ」
「そんなふうに思ってんのは佐野だけじゃねーよ。うちのクラス全員がそう思ってる。だから、こういうのからは守れる限り守ろうよ」
「うん」
 そんな話をしながら夜は更けていった。
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