光のもとで1

葉野りるは

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07 Side 飛鳥 01話

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 今の今まで気づかなかった。うちのクラスに佐野を好きな子がいるなんて、思ってもみなかった。
 香乃が佐野を好き……?
 まだしっくりとこない。
 佐野は今、壇上で恥ずかしそうに頭を掻いている。しかもトロフィーで。
 見かけ、海斗未満千里以上の短髪。色黒だとは思っていたけど、この夏でさらに焦げた感じ。
 身長は私よりも高いけれど、多分十センチも高くない。体格は嫌みのない筋肉質で、贅肉のないスプリンター。
 こんな感じだろうか?
 顔のつくりは、可もなく不可もなく。ん~……実は意外と格好いいのかもしれない。
「かも」というのは、一学期の校内展示でたくさん写真を撮られていたことを思い出したから。
 あのときは格好いいとかではなく、ただ外部生が珍しくて写真を撮られているのかと思っていた。そうじゃないとわかったのは夏休み中のこと。

 部活が終わったあと、帰りが一緒になった海斗と私と佐野の三人で藤倉の駅まで行き、何か食べようという話になった。そのとき、校門の外で待ち構えていた女子は佐野のファンだったのだ。
 制服だったけど、どこの制服かわらかないあたり、この辺の高校ではないことがうかがえた。
 佐野は陸上の世界でかなり有名みたい。インターハイ明けには取材が来ていたらしいし……。
 そういうこと、佐野は自分からは話したがらない。取材の件もたまたま見かけた友達から聞いた話。
 どうしてかな。佐野はそういうことを口にするのを避けているような気がした。
 彼女たちは差し入れを持ってきていて、「これ、食べてください」「これ、使ってください」と思い思いのプレゼントを差し出した。それに対し、
「待っていてくれたみたいだから本当に申し訳ないとは思うんだけど、こういうのは受け取れない。食べ物の差し入れは体調管理に響くから。もらって食べないのも申し訳ないし……。それと、タオル類は家がタオルだらけで大変なことになるから、ごめん」
 佐野は理由を話したうえで断わった。
 体調管理はともかくとして、家がタオルだらけって何?
「今回だけでも」という彼女たちの気持ちはわからなくもない。けれど、佐野は頑なにそれを拒んだ。
「ひとつでも例外があると、ほかの人が良く思わないと思う。だから、ごめん」
 腰を折ってきっちりと謝った。
「せめて一緒に写メに写ってもらえませんか?」
 その申し出にも、
「ごめん、そういうのも嫌なんだ」
 と顔を歪めた。
 佐野の何回目かの「本当にごめん」という言葉にその子たちは渋々立ち去ったけれど、駅に行くにはどっちにしろ同じバスに乗ることになる。
 佐野は彼女たちを先にバスに乗せると、彼女たちが座った場所とは離れたところに座った。

 駅に着くと、私たちは手近なファストフード店に入った。
 海斗と佐野がお腹が空いて死にそうな顔をしていたから、先にオーダーしておいで、と私は二階の席を確保しに向かう。
 ふたりが戻ってきてから自分の分を買いに行ったのだけど、戻ってきたら海斗たちは女子三人組に声をかけられていた。
 あっちは女子三人、こっちは男子ふたりに女子ひとり。
 ん~……ネイビーのラケットケースは学校指定だから、女子か男子かなんてわからないんだよねぇ……。さらには、「A.Tachibana」じゃ余計に男子か女子かわかりようがない。
 戻るに戻れないでいると、「飛鳥!」と海斗に呼ばれた。
 振り向いた女子たちにはびっくりした顔をされる、というより――刺されるような視線を浴びる羽目になった。あからさまにがっかりって感じ。
 ごめんねぇ……最後のひとりが男子じゃなくて。
「悪いけど、俺たちコレ食べたいんだよね」
 死にそうなくらいお腹をすかせていたから先に買いに行かせたのに、結局はそれにすら手をつけることも出来ず、今この状況らしい。
 三人組は渋々とその場を離れた。
「ナンパ?」
「そんなもん」
 海斗は包み紙を外し、ハンバーガーを口に頬張る。
 相変わらずいい食べっぷり。包み紙がくしゃくしゃなのはいつものこと。
「ほら、立花も早く座れよ」
 海斗の隣で自分の前の席を指差す佐野。
 佐野は私が海斗を好きなことを知っているから……。
 毎日会っていても真正面に海斗がいると落ち着かないことを知っているから――だから、自分の正面の席を指定してくれたのだ。
「ありがと」
 そう言って座ったけれど、なんだか気まずい。
 球技大会の一件以来、佐野は「そういうこと」を言ってくることはないけれど、態度というか、行動というか――そういう部分で自分に対する気持ちを痛いほどに感じていた。「好意」という感情を、佐野は無条件でくれる人だった。
 私は困ると思いつつ、その「好意」にも「優しさ」にも甘えていて……。
 甘えていることはわかっているけれど、「じゃぁ、どうしたらいいのか」なんてわからない。
 告白して、「ごめん、そういうふうには見てなかった」と言われても好きな気持ちは簡単に諦められない。そんなこと、過去に体験して自分がよく知ってるはずなのに、佐野に告られたときにそう言われて、私はびっくりしたのだ。
 ――「海斗を好きなのは知ってる。でも、気持ちは伝えたいと思ったし、それでも好きだから」。
 その言葉に動揺した。
 今まで、私に告ってくる男子でそんなことを言った人はいなかった。だから、翠葉に泣きついた。
 翠葉は「恋心」には疎いけれど、人の気持ちや言葉を汲むのが上手だと思う。なんというか、結果的には翠葉と佐野のふたりに説明されて(諭されて?)「なーんだ、自分の状況と一緒じゃん」なんて思ったら、別段特別なことじゃないなって思えて――
 以来、ずっとそのまま。

 夏休み中に会った回数は海斗とのほうが多い。でも、電話をくれたり学校外で連絡を取っていたのは佐野のほうが上をいく。
 海斗とは部活が一緒だから男女別とはいえ、会える頻度は自ずと増す。佐野とは部活が違うから、会おうとどちらかが行動を起こさないと会えないわけで……。佐野から連絡がこなければ、夏休み中音信不通でもおかしくないのに、何か事あるごとに連絡をくれていた。
「部活で疲れて宿題が手につかない」とか、「今日久しぶりにいいタイムが出た」とか、そんなこと。
「そんなこと」って思っていたけど、実はすごいことだった。
 だって、私はそんなちょっとしたことで海斗に電話なんてできない。「いい球が打てた」なんて電話しない。
 そういうの、全然「そんなこと」じゃなかった――


「七倉、一歩踏み出してみたら? 推薦ってさ、推薦した人の期待も信頼もかかってると思うんだよね」
 相変わらずいいことを言う。
 佐野は香乃の気持ちに気づいているのかな。気づいていないのかな。
 ……たぶん、気づいてるよね。それでも普通にこうやって話しかけるし背中も押す。
 なんだ、すごくいいやつじゃん。いや、「いいやつ」っていうのは知ってたんだけど……。
 案外面倒見がいいのとか、人のフォローがうまいのとか、知ってたけどさ……改めて考えることがなかっただけ。
 ずっと香乃と希和の会話も聞こえていて頭には入ってきていたはずなの。なのに、目の前の空太に遅れを取った自分が信じられない……。
「はーい! 俺も七倉を推薦っ!」
 いつもの私なら、空太よりも先に動いたのに。どうしたんだろ、私……。
 別に、自分が実行委員をやりたいわけじゃなかったし……っていうのは少し嘘。
 本当はやりたいけれど、放送委員の仕事が多くなるから紅葉祭の実行委員には立候補できない、の間違い。それなら香乃をさくっと推薦すれば良かったのに……。
 香乃が佐野を好きって知っただけでどこか上の空になっていた。なんというか、佐野がどんな人間なのか改めて考えたのが「今」だった。

 実行委員は香乃と空太に決まりホームルームが終わったわけだけど、私の中ではまだあれやこれやがごちゃごちゃしていて……。
 なのに、ホームルームが終わったら香乃に声をかけている自分は、頭で考えるよりも行動の人間なんだと思う。
「香乃、午後は部活?」
「うん、お昼食べたらね」
「お昼、一緒に食べてもいい?」
「いいよ。希和も一緒だけどいい?」
「うん」
 そんな会話をしてふたり希和の席へ向かった。
「テラスは暑いからやめよう?」
 どうしてかふたりが私に懇願する。
「あのねぇ、私も午後からは部活で嫌でも外に出なくちゃいけないから、できれば今くらいは涼しいところにいたいんだけど」
 そう言うと、ふたりはわかりやすくほっとした顔を見せた。
 香乃と希和は中等部からずっと一緒のクラスだから、なんか流れている時間が一緒。
 まず間違いなくそんなことはないと思うんだけど、同時にジャンプしたら滞空時間が一緒のような気がする。
「美術室の画材置き場でもいい?」
「いいよ……っていうか、私校内の穴場とかあまりわからないし」
「そうだよね」
 と、ふたりは笑った。
 移動している最中に教えてくれたのだけど、美術部は一年生が画材置き場の掃除をするらしく、そのまま居座ってしまうことから香乃と希和の秘密基地と化しているらしい。
 画材管理は三年生と言っていたけれど、今は香乃たちのほうが詳しいらしく、部長にまで頼られているのだとか。
 文化部の部室棟。そこは運動部の私には縁のない場所だ。
「私、思い切り部外者だけど入っても大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。先輩たちは活動時間のギリギリまで来ないから」
 香乃がにこりと笑う。
 ……メガネ萌え。
 普通にかわいい。ううん、女子の私がドキッとするくらいにはかわいく笑う子だ。
 部室へ入ると、香乃がすぐに壁に埋め込まれているエアコンコントローラーをチェックする。
「あぁ、それは運動部の部室棟と同じだ」
「そうなんだ? ほかの部室はどうかわからないけれど、うちは絵の具や絵が置いてあるから乾燥しすぎても湿気がありすぎてもだめなの。だから、手動でコントロールできるようになってるんだ」
 なるほど……。
 だから面白いくらいあちこちに室温湿度計が置いてあるのだろうか。尋ねてみると、
「それは別。今うちの部、学食ともう一個流行ってるものがあって……」
 と、希和が口にする。
「え……? 室温湿度計でどんな流行があるの?」
「たとえば、今の湿度は何度くらいとか、気温は何度とか、あまり大差ない数字の中でいかにそれを体感のみで当てるかっていうゲーム?」
 希和、それは人間業じゃない気がする。
「ん~……」
 香乃が目を瞑って唸りだし、
「二十八度に六十パーセントなうっ!」
 身近にあった室温湿度計を見ればピタリと当たっているから怖い。
「ふふふ、夏休み、ほとんど毎日のように通っていた香乃子さんを甘く見ちゃなんねぇっすよ、おねぃさんっ!」
 急に香乃の口調が変わるから、思わず吹いた。
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