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第十一章 トラウマ
37話
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部屋に戻るためにドアを開けると、さっきとは違う空間になっていた。
数カ所のキャンドルを残し、ほとんどの灯りが消されていたのだ。
三つのストーブの小窓から見える炎が火柱のように見える。
炎がゆらゆらしていてきれい……。
けれど、それらが際立つほどの暗さに足が竦む。
洗面台の上に灯るランプはほのかな光でぼんやりと足元を照らしてくれる。でも、あまりにも優しい光はドアを出た三十センチくらいのところまでしか届かない。
部屋の奥を見るも、キャンドルの近くに人影は見えない。
不安に思って声を発した。
「秋斗さん……?」
「ここにいるよ」
右側からはっきりとした声が聞こえた。
それは私の立つ場所から五歩くらい離れたところ。
暗闇から手が差し出され、
「翠葉ちゃん、星を見よう?」
ランプの光が届くところまで秋斗さんが来てくれ、ようやく顔が見えた。
ドアを閉め、秋斗さんに誘導されるままに歩く。
ベッドとソファセット、それから西側にクローゼットと飾り棚、そのほかにはストーブしかない部屋のため、何かに躓くことはなかった。
たどり着いたところはベッド。
ベッドの上にはトレイが置かれており、その上にはハーブティーの入ったカップとキャンドルがひとつ。
「空を見るのにはベッドがちょうどいいでしょ?」
「はい」
ベッドに上がると、クスクスと笑われた。
「君の無防備は直りそうにないね?」
「え?」
「男に言われてベッドになんて上がっちゃだめだよ、お姫様」
そっと頭を抱かれたあと、頭に何かをされたけれど、何をされたのかまではわからなかった。
頭を離されて秋斗さんを見上げると、
「頭や額へのキスくらいは許してね」
き、キスっ!?
反射的に両手で頭を押さえたけれど、時すでに遅し……。
だいぶ暗闇に目が慣れてきて、秋斗さんの表情も読み取れる。
秋斗さんは私を見て、とても穏やかな表情をしていた。
たぶん、今まで見た中で一番穏やかな笑顔。優しいとか甘いとかそういうことではなく、穏やか
――
ベッドの脇にサイドテーブルはあるけれど、枕の上部にもフラットなスペースがあり、そこにトレイや携帯を置いていた。
今は、ふたりともベッドで仰向けになって寝ている。
無防備って言われてしまったけれど、秋斗さんに言われたとき、「そのとおりだな」って思ってしまったの。
ラグに座って空を見るよりも、ベッドに横になって空を見たほうが首が疲れないな、って……。
昼間は空や紅葉を見てきれいだと思ったけれど、今度は星が見えるんだ、って思ったら躊躇うことなどなかった。
「無防備」とはどこら辺がどのように、なのだろう……。
答えの出ないことを考えるのはやめ、視界いっぱいに広がる星に意識を戻す。
都会のネオンが届かない場所から見る星は、今まで見たことがないほどに数が多くて驚いた。
幸倉峠から見る星空もとてもきれいだけれど、ここまでたくさんの星が見えることはない。
キラキラ輝く星たちは、人間を干渉しない。人間の作り出す照明とは在り方が違う。
人工的な照明は手元を照らす、足元を照らす、空間を照らす――何かしらの用途を担っている。その光のせいで星が見えなくなることはあっても、星の光で何かが見えなくなることはない。
そんな対極にあるふたつだけれど、光は光……。
明かりを見るとほっとするのは人間の性かな。
灯台は人の作り出したもの。星空はずっと昔から、人間よりも先にそこに在る。
でも、ふたつはどちらも道標になるのだ。
「星が降ってきたら大変だけど……降ってきたらきれいでしょうね」
きっと光のレースカーテンのように見えるに違いない。オーロラとはちょっと違う感じ。
「俺は降ってくるよりも、手が届きそうで届かないって感覚のほうが強いかな」
秋斗さんが思わず手を伸ばしてしまうのもわからなくはない。本当に手が届きそうに思えた。
降ってきそうな星を見ていると思い出すことがある。
あれは退院前日の花火大会。
花火はもっと近くに見え、本当に降ってきそうだった。
――「本当に降ってきたらきれいどころか焼けどすると思うけど?」。
そう言ったのはツカサ。
なんてリアリストなんだろう。でも、それが妙にツカサらしい。
「何? 急に笑いだして」
秋斗さんに訊かれ、その日のことを話すと、
「失敗した……。あの日、花火大会があることは頭にあったんだけどな……。司と見させるくらいなら俺が連れていきたかった」
「秋斗さんは見なかったんですか?」
「その時間は仕事してたなぁ……」
もったいない、ものすごくきれいだったのに。
「なんだかいつもお仕事してますね?」
「社会人だしね。それが趣味でもある。生きがいっていってもいいかもしれない」
「なんだか必殺仕事人みたい」
そう言って笑うと秋斗さんも笑った。
「それ、格好いいからそういうことにしておいて?」
昼間よりも少し賑やか。
外は鳥の声もせずにしんとしていて、明かりといえば月明かりと星の瞬きくらいなものなのに。
この部屋には話し声と笑い声、それからケトルのシュンシュンいう音と、時折ストーブからパキ、という音が聞こえる。
「これ、いつもつけてるよね?」
秋斗さんの手が伸びてきてとんぼ玉を捉えた。
「これ、ツカサがインターハイに行ったときにお土産で買ってきてくれたんです」
秋斗さんは急に黙りこくってしまい、さらにはとんぼ玉のゴムをスルリ、と取られた。
「秋斗さんっ!?」
「司にもらったものだからずっと身につけていたの?」
手にとんぼ玉を持ったまま訊かれる。
けれども、言われたことの意味がよくわからなかった。
「若槻か蒼樹からもらったものだと思ってた。もしくは、君がもともと持っていたものだと――」
「……ツカサからもらったものじゃだめなんですか?」
そう言われている気がした。
「いけなくはないけれど、嫉妬はする、かな……。これは君にとって何?」
「……持っていると安心するもの」
「……あとで返すから、だから今だけは外していてくれない?」
私は身体を起こし、カップを両手で持って秋斗さんに背を向ける。
「秋斗さんのその顔は反則です。……そんな顔されたら嫌だなんて言えません。あとでちゃんと返してくださいね?」
あんな切なそうな顔をされたら嫌なんて言えない。
胸が締め付けられる気がした。だから、少し落ち着きたくてお茶を手にしたのだ。
あとで返してくれるというのだから不安に思うことはない。ただ、私が持っていないだけで、この部屋にはある。
所在は明らかだ。なくしたとかそういうのじゃないから、大丈夫――
カップを口につけたとき、ベッドがギシリと音を立て、次の瞬間には後ろから抱きすくめられた。
「秋斗さ――」
「やだって言えないなんて言われたらさ、なんでもしたくなっちゃうよね」
「っ……秋斗さん、お茶、零れちゃうっ」
一生懸命平静を装っても、「置いたら?」と耳元で囁かれることでまた心臓がぴょんと跳ねる。
とりあえず呼吸っっっ――
息を吐き出し、もう一口だけ飲んでカップをトレイに置こうとすると、その手からカップを取り上げられた。
まだ熱いはずのそれを秋斗さんは一気に飲み干してしまう。
「はい、これでもう零れることはないと思うけど、持つ? それとも置く?」
中身が空になったカップを見せられた。
きっとまだカップはあたたかく、手をあたためてはくれるだろう。でも――
「中身が入ってないのなら置きます」
奇妙な問いかけに奇妙な返事。そんな会話に身体中の力が抜けた。
秋斗さんがカップをトレイに置くと、
「逃げないの?」
……逃げる?
この状況よりも、その質問に困っている気がする。
「困ってはいますけど、対処できなくて逃げるほどには困っていません」
その答えがおかしかったのか、肩口のところでクスクスと笑われる。
困ったな、とは思う。でも、逃げたい衝動には駆られない。
その理由は……?
この体勢がひどく馴染みのあるものだから?
小さいころから蒼兄やお父さんがよくしてくれていたのと一緒。お父さん曰く人間座椅子もどき。
それに、暗い場所だからかもしれない。
自分がどれほど赤面していようと相手には見えない。後ろから抱きしめられている分、その人の顔を直視しないで済む。
……背中に人の体温を感じるとほっとする。けれど、そこに異物を感じるとしたら、香り――
でも、この香りは深く吸い込みたくなるくらい好き。
「秋斗さんに言われたとおりなのかな……? 少し慣れたのかも」
「なんの話?」
「抱きしめられるのはドキドキするけど、どこかほっとしちゃうんです。あたたかくて……人のぬくもりに触れてほっとする。だから、もしかしたら、秋斗さんや自分が思っているほどには困っていないのかもしれません」
花火を見たくてツカサに抱っこしてもらっときはすごくドキドキしてどうしようかと思った。それはきっと、ツカサの顔が見えて、自分の顔もツカサに見えてしまうから。
ツカサは顔色ひとつ変えないのに、自分はツカサのきれいな顔だちに目を奪われた。そして、華奢だけど私を軽々と抱き上げることができるくらいには力があることなど、男子であることを意識したら頬が熱くなってしまった。
あのとき、次々と花火が打ち上げられなかったら、私はずっとツカサを見ていた気がする。そして、目が合って「何?」と訊かれて困るのだ。
あ――ひとつ答えが出た。
前から抱きしめられるのと、後ろから抱きしめられるのは違う。それに抱っこと抱きしめられるのも違う。
そういうことかな……? でも、誰でも大丈夫、というわけではないと思うし……。その差は何だろう。
「それは嬉しいような嬉しくないような、複雑な感想だな」
秋斗さんの言葉で現実へ引き戻され、頭の中身もこっち側の話に引き戻す。
「どうしてですか……?」
つい、秋斗さんを振り返ってしまった。
至近距離に顔があって失敗したと思う。
今、ひとつ答えを出したばかりなのに……。
「まず、ほかの男にこんな状況を許してほしくないし、俺は――そうだな、もっとドキドキしてほしい。俺を男として意識してほしいから」
その言葉に、心臓がトクン、と跳ねた。
数カ所のキャンドルを残し、ほとんどの灯りが消されていたのだ。
三つのストーブの小窓から見える炎が火柱のように見える。
炎がゆらゆらしていてきれい……。
けれど、それらが際立つほどの暗さに足が竦む。
洗面台の上に灯るランプはほのかな光でぼんやりと足元を照らしてくれる。でも、あまりにも優しい光はドアを出た三十センチくらいのところまでしか届かない。
部屋の奥を見るも、キャンドルの近くに人影は見えない。
不安に思って声を発した。
「秋斗さん……?」
「ここにいるよ」
右側からはっきりとした声が聞こえた。
それは私の立つ場所から五歩くらい離れたところ。
暗闇から手が差し出され、
「翠葉ちゃん、星を見よう?」
ランプの光が届くところまで秋斗さんが来てくれ、ようやく顔が見えた。
ドアを閉め、秋斗さんに誘導されるままに歩く。
ベッドとソファセット、それから西側にクローゼットと飾り棚、そのほかにはストーブしかない部屋のため、何かに躓くことはなかった。
たどり着いたところはベッド。
ベッドの上にはトレイが置かれており、その上にはハーブティーの入ったカップとキャンドルがひとつ。
「空を見るのにはベッドがちょうどいいでしょ?」
「はい」
ベッドに上がると、クスクスと笑われた。
「君の無防備は直りそうにないね?」
「え?」
「男に言われてベッドになんて上がっちゃだめだよ、お姫様」
そっと頭を抱かれたあと、頭に何かをされたけれど、何をされたのかまではわからなかった。
頭を離されて秋斗さんを見上げると、
「頭や額へのキスくらいは許してね」
き、キスっ!?
反射的に両手で頭を押さえたけれど、時すでに遅し……。
だいぶ暗闇に目が慣れてきて、秋斗さんの表情も読み取れる。
秋斗さんは私を見て、とても穏やかな表情をしていた。
たぶん、今まで見た中で一番穏やかな笑顔。優しいとか甘いとかそういうことではなく、穏やか
――
ベッドの脇にサイドテーブルはあるけれど、枕の上部にもフラットなスペースがあり、そこにトレイや携帯を置いていた。
今は、ふたりともベッドで仰向けになって寝ている。
無防備って言われてしまったけれど、秋斗さんに言われたとき、「そのとおりだな」って思ってしまったの。
ラグに座って空を見るよりも、ベッドに横になって空を見たほうが首が疲れないな、って……。
昼間は空や紅葉を見てきれいだと思ったけれど、今度は星が見えるんだ、って思ったら躊躇うことなどなかった。
「無防備」とはどこら辺がどのように、なのだろう……。
答えの出ないことを考えるのはやめ、視界いっぱいに広がる星に意識を戻す。
都会のネオンが届かない場所から見る星は、今まで見たことがないほどに数が多くて驚いた。
幸倉峠から見る星空もとてもきれいだけれど、ここまでたくさんの星が見えることはない。
キラキラ輝く星たちは、人間を干渉しない。人間の作り出す照明とは在り方が違う。
人工的な照明は手元を照らす、足元を照らす、空間を照らす――何かしらの用途を担っている。その光のせいで星が見えなくなることはあっても、星の光で何かが見えなくなることはない。
そんな対極にあるふたつだけれど、光は光……。
明かりを見るとほっとするのは人間の性かな。
灯台は人の作り出したもの。星空はずっと昔から、人間よりも先にそこに在る。
でも、ふたつはどちらも道標になるのだ。
「星が降ってきたら大変だけど……降ってきたらきれいでしょうね」
きっと光のレースカーテンのように見えるに違いない。オーロラとはちょっと違う感じ。
「俺は降ってくるよりも、手が届きそうで届かないって感覚のほうが強いかな」
秋斗さんが思わず手を伸ばしてしまうのもわからなくはない。本当に手が届きそうに思えた。
降ってきそうな星を見ていると思い出すことがある。
あれは退院前日の花火大会。
花火はもっと近くに見え、本当に降ってきそうだった。
――「本当に降ってきたらきれいどころか焼けどすると思うけど?」。
そう言ったのはツカサ。
なんてリアリストなんだろう。でも、それが妙にツカサらしい。
「何? 急に笑いだして」
秋斗さんに訊かれ、その日のことを話すと、
「失敗した……。あの日、花火大会があることは頭にあったんだけどな……。司と見させるくらいなら俺が連れていきたかった」
「秋斗さんは見なかったんですか?」
「その時間は仕事してたなぁ……」
もったいない、ものすごくきれいだったのに。
「なんだかいつもお仕事してますね?」
「社会人だしね。それが趣味でもある。生きがいっていってもいいかもしれない」
「なんだか必殺仕事人みたい」
そう言って笑うと秋斗さんも笑った。
「それ、格好いいからそういうことにしておいて?」
昼間よりも少し賑やか。
外は鳥の声もせずにしんとしていて、明かりといえば月明かりと星の瞬きくらいなものなのに。
この部屋には話し声と笑い声、それからケトルのシュンシュンいう音と、時折ストーブからパキ、という音が聞こえる。
「これ、いつもつけてるよね?」
秋斗さんの手が伸びてきてとんぼ玉を捉えた。
「これ、ツカサがインターハイに行ったときにお土産で買ってきてくれたんです」
秋斗さんは急に黙りこくってしまい、さらにはとんぼ玉のゴムをスルリ、と取られた。
「秋斗さんっ!?」
「司にもらったものだからずっと身につけていたの?」
手にとんぼ玉を持ったまま訊かれる。
けれども、言われたことの意味がよくわからなかった。
「若槻か蒼樹からもらったものだと思ってた。もしくは、君がもともと持っていたものだと――」
「……ツカサからもらったものじゃだめなんですか?」
そう言われている気がした。
「いけなくはないけれど、嫉妬はする、かな……。これは君にとって何?」
「……持っていると安心するもの」
「……あとで返すから、だから今だけは外していてくれない?」
私は身体を起こし、カップを両手で持って秋斗さんに背を向ける。
「秋斗さんのその顔は反則です。……そんな顔されたら嫌だなんて言えません。あとでちゃんと返してくださいね?」
あんな切なそうな顔をされたら嫌なんて言えない。
胸が締め付けられる気がした。だから、少し落ち着きたくてお茶を手にしたのだ。
あとで返してくれるというのだから不安に思うことはない。ただ、私が持っていないだけで、この部屋にはある。
所在は明らかだ。なくしたとかそういうのじゃないから、大丈夫――
カップを口につけたとき、ベッドがギシリと音を立て、次の瞬間には後ろから抱きすくめられた。
「秋斗さ――」
「やだって言えないなんて言われたらさ、なんでもしたくなっちゃうよね」
「っ……秋斗さん、お茶、零れちゃうっ」
一生懸命平静を装っても、「置いたら?」と耳元で囁かれることでまた心臓がぴょんと跳ねる。
とりあえず呼吸っっっ――
息を吐き出し、もう一口だけ飲んでカップをトレイに置こうとすると、その手からカップを取り上げられた。
まだ熱いはずのそれを秋斗さんは一気に飲み干してしまう。
「はい、これでもう零れることはないと思うけど、持つ? それとも置く?」
中身が空になったカップを見せられた。
きっとまだカップはあたたかく、手をあたためてはくれるだろう。でも――
「中身が入ってないのなら置きます」
奇妙な問いかけに奇妙な返事。そんな会話に身体中の力が抜けた。
秋斗さんがカップをトレイに置くと、
「逃げないの?」
……逃げる?
この状況よりも、その質問に困っている気がする。
「困ってはいますけど、対処できなくて逃げるほどには困っていません」
その答えがおかしかったのか、肩口のところでクスクスと笑われる。
困ったな、とは思う。でも、逃げたい衝動には駆られない。
その理由は……?
この体勢がひどく馴染みのあるものだから?
小さいころから蒼兄やお父さんがよくしてくれていたのと一緒。お父さん曰く人間座椅子もどき。
それに、暗い場所だからかもしれない。
自分がどれほど赤面していようと相手には見えない。後ろから抱きしめられている分、その人の顔を直視しないで済む。
……背中に人の体温を感じるとほっとする。けれど、そこに異物を感じるとしたら、香り――
でも、この香りは深く吸い込みたくなるくらい好き。
「秋斗さんに言われたとおりなのかな……? 少し慣れたのかも」
「なんの話?」
「抱きしめられるのはドキドキするけど、どこかほっとしちゃうんです。あたたかくて……人のぬくもりに触れてほっとする。だから、もしかしたら、秋斗さんや自分が思っているほどには困っていないのかもしれません」
花火を見たくてツカサに抱っこしてもらっときはすごくドキドキしてどうしようかと思った。それはきっと、ツカサの顔が見えて、自分の顔もツカサに見えてしまうから。
ツカサは顔色ひとつ変えないのに、自分はツカサのきれいな顔だちに目を奪われた。そして、華奢だけど私を軽々と抱き上げることができるくらいには力があることなど、男子であることを意識したら頬が熱くなってしまった。
あのとき、次々と花火が打ち上げられなかったら、私はずっとツカサを見ていた気がする。そして、目が合って「何?」と訊かれて困るのだ。
あ――ひとつ答えが出た。
前から抱きしめられるのと、後ろから抱きしめられるのは違う。それに抱っこと抱きしめられるのも違う。
そういうことかな……? でも、誰でも大丈夫、というわけではないと思うし……。その差は何だろう。
「それは嬉しいような嬉しくないような、複雑な感想だな」
秋斗さんの言葉で現実へ引き戻され、頭の中身もこっち側の話に引き戻す。
「どうしてですか……?」
つい、秋斗さんを振り返ってしまった。
至近距離に顔があって失敗したと思う。
今、ひとつ答えを出したばかりなのに……。
「まず、ほかの男にこんな状況を許してほしくないし、俺は――そうだな、もっとドキドキしてほしい。俺を男として意識してほしいから」
その言葉に、心臓がトクン、と跳ねた。
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