光のもとで1

葉野りるは

文字の大きさ
上 下
513 / 1,060
第十一章 トラウマ

11話(挿絵あり)

しおりを挟む
 お腹痛いかも……。
 お昼を食べたときは少し下腹部が痛いだけで、とくには吐き気も何もなかった。けれど、今は痛みに加えて胃がムカムカとしている。
 生理が始まるのは夜か明日の朝くらいかと思っていたけれど、思ったより早くに始まったようだ。
 ナプキンはもうあててあるからそういう心配はいらないけれど――薬、飲まなくちゃ……。
 筆記用具を取りにいったとき、かばんごと持ってくれば良かった。
 かばんを取りに行こうと思ったときには、吐き気がひどくて立ち上がることもできなかった。
 冷や汗をかき始めた額を押さえると、「翠?」とツカサが寄ってきた。
「顔色悪いけど、貧血?」
 なんて言ったらいいんだろう……。蒼兄には言えてもツカサには生理痛なんて言えない。恥ずかしすぎる……。
「桃華さん――桃華さんとかばん」
 お腹が痛くてそれしか言葉にできなかった。
「簾条、翠のかばん持ってきて」
「すぐ行くわ」
 桃華さんはすぐに来てくれ、私の隣に膝をつく。
「薬……?」
 訊かれてコクリと頷く。
 かばんからピルケースを取り出すと致命的なことに気づく。すると、
「待ってろ」
 言葉を残してツカサが目の前からいなくなった。
「あ、お水……。そういえばさっき全部飲んじゃったものね?」
 桃華さんもかばんの中を見て何が足りないのかがわかったようだった。
「大丈夫? すごく顔色悪いけど……」
「あの……いつもの痛みじゃなくて――生理痛」
 小さな声で伝える。
 桃華さんに話すのも少し恥ずかしかった。
 こんな話は家族にしかしたことがない。友達には話したことがない。
「重いの……?」
「……ん」
 そこにツカサが戻ってきた。
「これ、常温だから」
 持ってきてくれたのはいつも私が飲んでいるミネラルウォーター。
 どうして常温のものがあるのだろう、とは思ったけれど、今は薬が先決。ツカサは私に渡す前にキャップを開けてくれていた。
 掠れる声でお礼を言って受け取り、薬を飲む。
 薬が効けば二十分くらいで楽になる。逆に、それまでは耐えなくてはいけない。
 あぁ、吐き気止めも飲んでおこう。これはちょっと耐えられそうにない……。
 薬を取り出すと、
「吐き気止め……?」
 ツカサがポツリと零した。
 今飲んだのは鎮痛剤。そして、今手に持っているのは吐き気止め。
 コクリと頷きそれを飲み下す。
「生理痛?」
 まだ口に水が入っているときに尋ねられ、思わず咽た。そして顔は熱を持ち始める。
 咽ることで顔が赤くなったんじゃない。恥ずかしかったから……。
 ツカサに普通に訊かれてびっくりしたのと、知られたくなかったのに言わなくても気づかれてしまったから。
「藤宮司……翠葉は外部生よ?」
 呆れたように桃華さんが言う。
「だから?」
「うちの性教育を翠葉は知らないし、ほかの男子ならもう少し遠慮気味に事態を察するんじゃないかしら?」
 桃華さん、それ、なんの話だろう……。
「別に、生理なんて女の生体機能として自然の摂理だと思うけど……」
 悲しいくらいに、こういう物言いがツカサだと思う。でも、恥ずかしいよ……。


            (イラスト:涼倉かのこ様)

 お腹が痛くて気持ち悪くて恥ずかしいなんて、まるで三重苦じゃないか。
「秋兄の仕事部屋に仮眠室あるからそこで横になってれば?」
 ツカサは本当になんでもないことのように言う。そのほうが救われるけれど、ちょっと居たたまれない……。
「ごめん……今、動けない」
「なんなら運ぶけど……」
 首を振ることで拒否すると、「わかった」と口にしてどこかへ行ってしまった。
 ツカサと入れ替わりでやってきたのは茜先輩。
「ツカサにカイロ持っていってって言われたんだけど……生理痛?」
 すでに開封済みのカイロを差し出された。
 白く小さな手からカイロを受け取りお腹に当てる。
 茜先輩の爪は桜貝みたいな色をしていてとてもきれいだった。
 そこにツカサが両手に大荷物で戻ってくる。
 手に持っていたのは大きなクッションと毛布と羽毛布団。
 どこからこんなものを……!?
 それらをてきぱきと床に敷いたり置いたりしてセッティングを始める。
「ほら、ここで横になっていいから」
 吐き気がひどくて横になりたかったから、ツカサの申し出は嬉しい。でも――
「横になったら説明する」
 言われてコクリと頷き、クッションの上に横にならせてもらった。
「これらの出所は秋兄の仕事部屋の奥にある仮眠室から持ってきた。こっち側の窓だけ少し開けたから、少しは温度も上がると思う。暑かったら言って。調節するから」
「……ありがとう」
 ここまでされると恥ずかしいを通り越してしまう。
 少し離れた位置にツカサは座り、あの莫大な資金が投入された年のファイルに目を通し始めた。
「翠葉は一学期に受けられなかったけど、うちの学校は保健の授業が徹底しているの」
 桃華さんが教えてくれる。
「そうそう、なっちゃん先生が手取り足取り詳しく教えてくれるのよ」
 ふふ、と軽やかに茜先輩が笑った。
 なっちゃん先生って、誰だろう……?
「うちの学校では必修科目に加えられているから、これだけはどこかで補習とテストを受けることになると思うのだけど……」
「……保健体育の試験なら受けたよ?」
「それとはまた別なの。要はね、性教育よ」
 と、桃華さんが小さく口にした。
 ……性教育?
「玉紀奈津子(たまきなつこ)先生っておっしゃるのだけど、すてきな先生よ」
「うん、なっちゃん先生はかわいい先生よ。でも、外部生は最初の授業で洗礼を受けるというか、面食らうみたいね」
 茜先輩が桃華さんに同意を求めると、「そうですね」と桃華さんは苦笑を返した。
「うちの学校独自の性教育なんだけど、別に何か特別なことがあるわけじゃなくて……。ただ、生理痛でつらそうにしている女子がいたら保健室に連れていくとか、重いものを代わりに持ってくれるとか、そのくらいのことは誰もがしてくれるよ」
 茜先輩の言葉にびっくりした。
 あのね、茜先輩……私が通っていた中学ではそんなこと絶対にあり得なかった。それはきっと高校でも変わらなかったと思う。
「でも、これはそうそうないけどねぇ……」
 桃華さんが羽根布団を指差し、ツカサに視線を送る。ツカサはその視線をうるさいと薙ぎ払うように桃華さんを睨み返した。
「じゃ、私たち向こうに戻るけど、何かあったらまた呼んでね」
 そう言って、ふたりはみんなのもとへ戻った。
 お腹は痛いし気持ち悪い。そして、なんだか不安要素を含む知識を得た。
 この学校独自の性教育とはどのようなものなのだろうか。
 蒼兄……私をこの学校に入れるにあたって、どのくらいの隠しごとがあるのかな。帰ったらじっくり聞かなくちゃ……。
 それにしても痛い……。
 そして、自分の後ろ側にツカサがいるかと思うとそれもまた微妙。微妙なんだけど、恥ずかしいのだけど、ツカサの優しさに触れると嬉しいと思う――
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

家政婦さんは同級生のメイド女子高生

coche
青春
祖母から習った家事で主婦力抜群の女子高生、彩香(さいか)。高校入学と同時に小説家の家で家政婦のアルバイトを始めた。実はその家は・・・彩香たちの成長を描く青春ラブコメです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

処理中です...