光のもとで1

葉野りるは

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第十一章 トラウマ

09話

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「翠葉ちゃん久しぶりーーーっ!」
「茜先輩ストーップっ!」
 ふわふわとくらげのようにこちらへ向ってきていた里見先輩をがっちりと押さえたのは荒――嵐子先輩。
「何よぅっ」
 ぷぅ、と頬を膨らませる里見先輩がかわいい。
「久しぶりのハグくらいいいじゃんっ!」
 会長こと加納先輩――人間とは思えない跳躍感ある動きを封じたのは優太先輩だった。
「ほら、翠葉、先に言っちゃったほうがいいって」
 嵐子先輩に言われて慌てて話す。
「あの、すみません……まだ体調が本調子じゃなくて……ぶつかったときの振動とかそういうのが怖くて……ごめんなさい」
 ペコリと頭を下げると、肩にずしりと錘が乗った。
 ちらり、と背後を見ればツカサの手が肩に乗せられているわけで……。
「頭下げるくらいなら座れ」
 叩かれるのではなく、肩に重力を加えられているだけ。徐々に力を加えられ、私はストンと床にしゃがみこんだ。
「……えと、座って土下座……?」
 真上を向いたら、上下逆さまにツカサが見えた。
「……暑さで頭に虫がわいてるんじゃないか?」
 ……虫はやだな。
「それ、どういう意味?」
「……立っている状態で頭下げて頭上げたらどうなる?」
 冷たい視線と冷ややかな声。まるで省エネエコ大賞をもらえそうな人間冷却機。
 要は、安易に体勢を変えるな、と言いたいのだろう。
「……ごめんなさい。あと、ありがとう」
「どういたしまして」
 ツカサは窓際の席へと戻っていった。
 陽の光に透けてもツカサの髪の毛は茶色く見えない。天使の輪がくっきりと浮いて見えてきれい。
「ねぇ、今の何?」
 気づけば目の前に座っていた里見先輩に訊かれる。
「今の、ですか……?」
「ものすごく変なやり取りだったと思うのだけど」
 ……どのあたりが変だったのかな?
「茜先輩、無駄ですよ。それ、ふたりの標準装備みたいなものだから」
 海斗くんが言いながら寄ってくる。その後ろから桃華さんが、
「あれがどこまで進展するのかは見ものです」
 と言葉を添える。
「……海斗くん、桃華さん、なんのこと?」
 私が訊くと、海斗くんは「テレパシー」と言い、桃華さんは「以心伝心」と口にした。
 そう言われてみれば、確かに言葉は発していなかった気がする。でも、こういう会話はツカサ限定でよくあることだった。
「翠葉ちゃんは司と仲良しになったね?」
 里見先輩が私の隣に座ると、嵐子先輩と優太先輩もやってきた。
「俺らも仲良くなりましたよ」
 首を傾げた里見先輩の前で、
「俺の名前は?」
「優太先輩?」
「じゃ、私は?」
「嵐子先輩」
「「バッチリっ!」」
 瞬時に抱きつかれそうになって身を引くと、嵐子先輩と優太先輩の首元を朝陽先輩が捕まえてくれた。
「じゃぁ、俺は?」
「……朝陽先輩」
「なんで俺だけ間があったのかな?」
「……変換するのに少し時間がかかってしまって」
「慣れましょうね」
 にこりと笑って返事を求められた。
「善処します」
 そんなやり取りの末、
「ねぇねぇ、私は?」
 右隣の里見先輩にツンツン、とストールを引っ張られる。
 その顔には、大きく「期待」という文字が書かれている気がした。
「茜先輩……?」
 きっと間違えていないはず。求められているのは、名前に先輩付けのはず。
「うん、じゃ久は?」
 尋ねられて即答。「キラキラ王子」と答えた私はバカだと思う。
 その場のみんなに笑われ、ツカサには呆れた目で見られた。
 そのあと、サザナミくんにも同じことを訊かれたのだけど、これは別の意味で「サザナミくん」と答える。
「御園生さんって、本当に俺のこと眼中ないよね? どうせ、俺の名前なんて覚えてないんでしょう?」
 じとりと見られて慌てる。
「あ、あのねっ、サザナミくんはサザナミくんって感じなのっ」
「そりゃ、俺は漣だけどさっ! なんで同学年で俺だけ苗字っ!?」
「きれいだからっっっ」
 その場がしんとしてしまってどうしようかと思った。
 初めて図書室本来の静けさを感じた。
 いつの間にか、円卓でも囲んでいるみたいにみんなが床に座っていた。そして、みんなの視線が自分へ集る。こういう場での発言は勇気がいる。未だに慣れない。でも――
「センリ、って響きもきれいだと思う。でもね、私、初めてサザナミって苗字の人に会ったの。字も確認したのだけど、やっぱりサザナミって響きがとてもきれいだと思うから、だから苗字で呼んじゃだめ、かな……?」
 勢いをつけて話しても、最後はやっぱり尻すぼみ。
 こういうのも直せたらいいのに……。
「そういう理由ならいい……。むしろ、ちょっと嬉しいかも……」
 サザナミくんは小難しそうな顔をしていたけれど、私の真向かいで頭を掻きつつ了承してくれた。
「良かった……」
「ねっ、今日はこのままお昼食べようよ!」
 茜先輩の提案にみんなが賛成した。
 ただ、この輪に参加していない人が約一名――ツカサだ。
 ツカサに視線を移すと、窓際の席で、何やら険しい顔でパソコンディスプレイを見ていた。
 立ち上がりはせず、立て膝でちょこちょことツカサのもとまで行くと、「何」と視線で訊かれる。
「あっちで一緒にお弁当食べよう?」
「……何あそこ。遠足みたいになってるけど……」
 ツカサは少し顔を引きつらせた。
「あぁ、そういえばどこかにレジャーシートあったよね? 確かアニメのキャラクターが描かれたやつ。キャラクターの上に司を座らせたいよなぁ……? ぜひ、つ、か、さ、を座らせたいよなぁ?」
 言いながら加納先輩が立ち上がった。
「翠、あの人のことも名前で呼んでやって」
「え?」
「いいから早く」
「久先輩……?」
「もっと大きな声で」
 ツカサのわけわからない指示に従って「久先輩っ」と口にすると、
「翠葉ちゃん何っ?」
 目を輝かせた加納先輩が寄ってくる。
「翠、続けて……レジャーシトートはやめましょう、って言って」
「……レジャーシートはやめましょう……?」
「うん、そうしよう! レジャーシートはやめよう! ほら、司もこっちに来いよっ!」
 ツカサを見つつ口にしたものの、意味はよくわからなかった。
 別にレジャーシートはあっても良かったと思うけど……。
「ツカサ、みんな待ってるから行こう?」
「……わかった」
 ツカサはすごく面倒という顔をして、少し名残惜しそうにパソコンを見てから席を立った。
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