光のもとで1

葉野りるは

文字の大きさ
上 下
474 / 1,060
第十章 なくした宝物

29話

しおりを挟む
 ――こんな身体いらない。
 何度そう思っただろう。
 痛みさえなかったらいいのに。痛みを感じる神経さえなければいいのに。
 ――痛覚神経を切ってほしい。
 私にはとても切実な願いだった。でも、先生は言う。
「スイハ、そいつはやめとこうや。痛みはシグナルだ。それをなくすのは得策とは言えねぇ」
 昨晩から時折やってくる激痛発作。
 痛みだけではなく、全身痙攣まで起こしていた。
 最初はどうして震えが止まらないのか不安で仕方がなかった。痛みに加え、全身が引きつったような感じがして怖かった。
 先生は治療をしながら、痙攣であることを教えてくれた。そして、私の脳波にもMRIにも異常がなかったことから、脳の病気ではないということも。
 全身に移動する痛みのせいで、筋肉が収縮して痙攣発作をおこしているのだと教えてくれた。
 さっきの発作で四回目――
 あと何度来るのだろうか。これがずっと続くのだろうか……。
 痛みは身体も心も休ませてはくれない。そして、私と先生、どちらをも休ませてはくれない。
 それはものすごくつらいことなのに、いつもとは違うと感じていた。一緒に「痛み」と闘ってくれる人がいる――そう思えたから。
 鍼を刺しても次々と移動する痛みに、先生は追うことをやめずに鍼を刺し続けてくれた。
 でも、激痛発作は怖い。一緒に闘ってくれる人がいても、痛みが軽減されるわけでもなければ、つらいことに変わりはないのだ。
 怖い――痛みがくるそのときが怖くてたまらない。


 目が覚めて、応接セットの方へ視線を向けるとソファ にタオルケットがかかっているた。きっと、先生はずっとこの病室にいてくれたのだろう。
「先生、眠れた……?」
「嘘をついても仕方ねぇしな。仮眠を取る程度には寝たさ」
 先生はあくびをしながら答え、窓際へ行くとカーテンを開けた。
「スイハはもう少し休め。夜中からあんな状態じゃ、おまえだって休めてないだろ。飯ができたら起こしてやる。それまでは休め」
 瞼に手を翳し、「眠れ」と言われる。
「あのね……前にも――前にも誰かがこうしてくれた気がするの。でも、思い出せない……」
 あれは誰だったのかな。
 いつ、どこで、誰が……どうして――
「今は何も考えずに寝ちまいな」
「はい……」
 言葉は雑だけど、相馬先生はとても優しい。言葉がストンと胸に落ちてくる気がした――
 二度目の発作は午前中、三度目の発作はお昼過ぎ。
 四度目の発作は夕方で、発作を起こしているときに楓先生がやってきた。
 顔を見ることはできなかったけれど、かろうじて声で判別できたし、内容を聞くこともできた。
 ツカサ、電話……出ないんじゃなくて出られなかったのね。
 それを知ることができてほっとした。
 痛みは続いているのに変な気分。
 痛いのに、気持ちの一部はほっとして力が抜けたような、そんな気がしたから。
「よくがんばったな……」
 そう声をかけてくれたのは昇さんだった。
「痛いの、もう、やだ……」
 痛みはだいぶ引いたのに、弱音を吐くと涙も一緒に零れる。
 こんなことを口にしたくはないのに、泣きたくないのに――
「……やっと口にしたな。それが普通。誰だって痛い思いはしたくないさ。やだって泣いていいんだ。相馬に助けてくれって縋っていんだ」
「でも――相馬先生、ずっと……ずっと一緒に……」
 しゃくり上げるものが止まらず、きちんと話せない。
「一緒に、闘ってくれてたのに――私だけ、弱音……やだ」
「……いいんだよ。俺たちは医者なんだから」
 昇さんはティッシュで涙を拭ってくれた。
「少し落ち着いたらトリガーポイントブロックをしよう」
「前……昇さんが、治療、してくれてた?」
「そう……。本当はさ、その筋の専門医待ちだったんだけど、さすがにこれはひどいと相馬も判断したよ」
 専門医待ち……?
「相馬は帰国前から涼さんに打診してたんだ。麻酔科医の腕利きをひとり貸してくれって。その医師のスケジュールを調整するのに時間がかかってた。俺は麻酔を扱うことはできるが、専門医ではないから大したスキルを持っているわけじゃない。麻酔科っていうのはさ、かなり特殊な科なんだ。医大を出て国家試験をパスしても、二年間は麻酔科の現場指導医のもとで働かないと取れない資格ってものがある。それを取らないことには一端の麻酔科とは言えないんだ」
 麻酔科の先生って大変なのね……。
「楓の指導医のスケジュールを調整してもらってたんだが、ようやく調整が済んだ。それまでは俺で勘弁してな」
 その言葉にブンブンと顔を横に振る。
「昇さんの治療でとても楽になれたもの……。だから、あの治療を再開してもらえるのはすごく嬉しい」
「そうか……」
 昇さんは寂しそうに笑った。
 それがどうしてかわからず訊こうと思ったら、
「これは見たのか?」
 サイドテーブルに置かれた白い封筒を見せられた。
 それは、楓先生がツカサから預かってきたという封筒。
「あ……まだです」
「少し休んでから見ればいい」
「今すぐ見たい……」
「今は休め。それ以上身体に負荷をかけるな。それに、これは逃げないだろ」
 と、枕元にやけに分厚い封筒を置かれた。
「あと三十分もすれば相馬が夕飯持って戻ってくる。せめてそれまでは休め」
「……はい。でも……疲れすぎてて食べたくないです」
 疲労がマックスまでくると、どうしても物を食べられる気がしない。
「少しでもいいから食べろ。相馬が来るまでは俺が付いてる」
「だから寝ろ」と言うかのように、スツールに腰掛けた。
 昇さんの服装は術着のまま。いつもの術着とは違うグリーンの術着。
 先生、私、知ってるよ? それが手術室用の術着って……。
 きっと、手術が終わったその足で来てくれたのだろう。
 そんなことを考えていると、
「ほら、目ぇ瞑れ」
 と、相馬先生と同じように瞼に手を翳してくれた。
 ただでさえずっと横になっている。けれども、相馬先生も昇さんも、顔を見るたびに休めと言う。
 確かに、痛みがくれば強制的にそれと対峙しなくてはいけなくなる。だからなのだろう……。
「眠れるときに寝ろ」とか、「少しでも身体を休ませろ」とか、「あまり難しいことは考えるな」とか……。
 身体は動かせなくても、考えなくちゃいけないことはたくさんあるのに……。
 相馬先生も蓄積されたストレスを片付けろと言ったのに、発作を起こし始めてからはまるで逆。
「とりあえず休め。何も考えずに休め」
 そればかり言われていた――
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

家政婦さんは同級生のメイド女子高生

coche
青春
祖母から習った家事で主婦力抜群の女子高生、彩香(さいか)。高校入学と同時に小説家の家で家政婦のアルバイトを始めた。実はその家は・・・彩香たちの成長を描く青春ラブコメです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

処理中です...