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第九章 化学反応
33話
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気を取り直して佐野くんの番号を呼び出す。
今度は通話ボタンを押すのに勇気はいらなかった。
そんな自分を少し不思議に思いながらコール音を聞いている。
「出ない、かな……」
六回目のコール音が鳴ったとき――
『御園生……?』
ツカサよりも少し高い声が携帯から聞こえてきた。
「はい、御園生です。佐野くん?」
『ハイ、こちら佐野です』
……ん? これ、なんのやり取りだろう……。
『大丈夫なのか?』
私が口にしようとしていた言葉を先に言われてしまった。
「おかしいな……今、私が大丈夫? って電話をかけたつもりなんだけど」
『え?』
「あのね、ツカサから佐野くんがすごく緊張してるって聞いたの。だから、大丈夫かなと思って……」
『藤宮先輩が気にして御園生に電話してくれたってこと?』
「ううん、違う。私がかけたくてツカサにかけたの。そしたら佐野くんのこと教えてくれたから」
どうしてか微妙な間が流れる。
「……佐野くん?」
『それ、御園生がかけたの?』
「うん」
『なんでまた……なんかあった?』
なんだろう、このやり取り……。さっきもツカサに同じようなことを訊かれた気がする。
「ねぇ、訊いてもいい?」
『え? あぁ、何?』
「私が電話したら変? おかしい? 何もないと電話しないものなの?」
『うーん……これは難しい。そもそも、人との関係や性格にもよらない?』
これはまた微妙な回答だ。
「人との関係や性格……」
つい復唱してしまう。
『たとえばさ、御園生はあまり電話ってものが得意じゃないから極力メールで済ませる人間だと俺は思っていたし、藤宮先輩はさ……なんつーか……用事がないとなかなかかけられないような相手に見えるわけで……』
その言葉に思い切り納得してしまう。
「とくに何もなかったの……でも、声が聞きたくて……」
『……ミソノウサン?』
「……どうして急にさん付けなの?」
携帯から聞こえてくる声が、わざとらしいまでにカチコチとして聞こえた。文字にしたら間違いなくカタカナ表記。
「そんなに変、かな……」
それは、今までそういう関係になかったことを裏付けているのかもしれなくて、ツカサと自分がどんな関係だったのかに不安を抱いた。
一緒にいると落ち着くのに、安心できるのに、声を聞きたいと思うのに――そういうことが気軽にできる関係ではなかったのだろうか。
そういうことが気軽にできる関係ってどんな……? 先輩後輩? 友達? 親友? ――私の片思い、とか……?
「佐野くんは私の好きな人を知ってる?」
『……なんで?』
「わからないから……。でも、すごく気になる人がいるから」
『……教えない。そういうのはさ、自分でひとつひとつ感じて確認していくほうがいいと思う。だから、教えない』
「……そっか。佐野くん、佐野くんは飛鳥ちゃんの声を聞きたいと思うことはある?」
『あるよ。でも、あいつは電話魔だから、何も考えずにかけてもずーっとひとりで喋ってる』
どこか呆れたように、でも、「それが楽なんだ」と言った。
「……私はなんでツカサの声を聞きたいと思ったのかな。……やっぱり好きなのかな」
『……なぁ、ひとついいか?』
「ん?」
『この電話って、悩み相談コールだったか? 間違いじゃなければ、俺を元気付けようコールだった気がするんだけど』
「あ――ごめんねっ!? 大丈夫っ!? 緊張してるっっっ!?」
『……なんだかほどよくリラックスさせていただきました』
「……あのね、悪気はないのよ?」
『そんなものが御園生にあったら怖い。世も末だよ』
佐野くんはクスクスと笑いだす。
「……もう少しお話しててもいい?」
『平気』
まだ笑いの残る声が返ってくる。
「私は佐野くんに恋愛相談したことある?」
『そうだなぁ……たいていは五人でいるときにそういう話を聞いていた気がする』
「……っていうことは、私には好きな人がいたっていうことと、初恋済みってことだよね」
『あ――なんだかひどい質問じゃね?』
確かにひどい質問だったかもしれない。
「ごめんね……。でも、知りたかったの。自分が誰かを好きになったことがあるのかどうかを。本当にそれだけだから……相手が誰かは訊かないから、許してね」
最後は冗談ぽく話した。
本当は知りたい。誰を好きだったのか――
『不安、だよな……。一部とはいえ記憶がないのって……』
佐野くんの、声のトーンが下がった。
「佐野くん、大丈夫だよっ。全然大丈夫っ。あのね、栞さんが教えてくれたの。運命を信じてみたら? って」
『運命……?』
「もし記憶をなくしたとしても、本当に好きな相手だったのなら、また出逢って好きになるって」
『……確かに、本当に好きならもう一度好きになるのかもな。……って、俺は御園生を見てそれを確かめたくなってきた』
「……私で?」
『そう、また同じ人を好きになるのか……』
「……あまりいい実験材料にはなりそうにないけど、でも……見守ってもらえると嬉しいです」
『おう、任せとけっ!』
今の声はいつもの佐野くんの声だ。
「全然大丈夫そうだね」
『うん、今大丈夫になったっぽい』
力強い声っが返ってきた。
「明日もがんばってね」
『御園生も無理しないようにな』
「うん、ありがとう」
『電話助かった。正直、背中に岩でも乗ってるんじゃないかってくらいには緊張してたから』
笑いながらおやすみを言って電話を切った。
後ろを向くと、ロビーの長椅子に座ってこちらを見ている蒼兄が視界に入る。
手を振って通話が終わったことを教える。と、長い足でズンズンとこっちに向かって歩いてきた。
「ずいぶんと長く話してたな?」
「あ……ツカサとはそんなに長く話してないの」
思わず苦笑が漏れる。
「少しでも長く話したいなら話題をリストアップしておかないと無理そう」
蒼兄は目を丸くして驚いていた。
「どうしてそんなに驚いた顔をするの?」
「だって、翠葉は電話があまり得意じゃないだろ?」
あ、そっか……。
「……よくわからないんだけどね、ツカサとはもっと話していたいなって思ったの。でも、残念ながら話が続かなくて数分しか話せなかった」
少し照れ笑い。
「じゃ、今の電話は?」
「佐野くん」
答えると、「なるほど」と納得されてしまった。
今度は通話ボタンを押すのに勇気はいらなかった。
そんな自分を少し不思議に思いながらコール音を聞いている。
「出ない、かな……」
六回目のコール音が鳴ったとき――
『御園生……?』
ツカサよりも少し高い声が携帯から聞こえてきた。
「はい、御園生です。佐野くん?」
『ハイ、こちら佐野です』
……ん? これ、なんのやり取りだろう……。
『大丈夫なのか?』
私が口にしようとしていた言葉を先に言われてしまった。
「おかしいな……今、私が大丈夫? って電話をかけたつもりなんだけど」
『え?』
「あのね、ツカサから佐野くんがすごく緊張してるって聞いたの。だから、大丈夫かなと思って……」
『藤宮先輩が気にして御園生に電話してくれたってこと?』
「ううん、違う。私がかけたくてツカサにかけたの。そしたら佐野くんのこと教えてくれたから」
どうしてか微妙な間が流れる。
「……佐野くん?」
『それ、御園生がかけたの?』
「うん」
『なんでまた……なんかあった?』
なんだろう、このやり取り……。さっきもツカサに同じようなことを訊かれた気がする。
「ねぇ、訊いてもいい?」
『え? あぁ、何?』
「私が電話したら変? おかしい? 何もないと電話しないものなの?」
『うーん……これは難しい。そもそも、人との関係や性格にもよらない?』
これはまた微妙な回答だ。
「人との関係や性格……」
つい復唱してしまう。
『たとえばさ、御園生はあまり電話ってものが得意じゃないから極力メールで済ませる人間だと俺は思っていたし、藤宮先輩はさ……なんつーか……用事がないとなかなかかけられないような相手に見えるわけで……』
その言葉に思い切り納得してしまう。
「とくに何もなかったの……でも、声が聞きたくて……」
『……ミソノウサン?』
「……どうして急にさん付けなの?」
携帯から聞こえてくる声が、わざとらしいまでにカチコチとして聞こえた。文字にしたら間違いなくカタカナ表記。
「そんなに変、かな……」
それは、今までそういう関係になかったことを裏付けているのかもしれなくて、ツカサと自分がどんな関係だったのかに不安を抱いた。
一緒にいると落ち着くのに、安心できるのに、声を聞きたいと思うのに――そういうことが気軽にできる関係ではなかったのだろうか。
そういうことが気軽にできる関係ってどんな……? 先輩後輩? 友達? 親友? ――私の片思い、とか……?
「佐野くんは私の好きな人を知ってる?」
『……なんで?』
「わからないから……。でも、すごく気になる人がいるから」
『……教えない。そういうのはさ、自分でひとつひとつ感じて確認していくほうがいいと思う。だから、教えない』
「……そっか。佐野くん、佐野くんは飛鳥ちゃんの声を聞きたいと思うことはある?」
『あるよ。でも、あいつは電話魔だから、何も考えずにかけてもずーっとひとりで喋ってる』
どこか呆れたように、でも、「それが楽なんだ」と言った。
「……私はなんでツカサの声を聞きたいと思ったのかな。……やっぱり好きなのかな」
『……なぁ、ひとついいか?』
「ん?」
『この電話って、悩み相談コールだったか? 間違いじゃなければ、俺を元気付けようコールだった気がするんだけど』
「あ――ごめんねっ!? 大丈夫っ!? 緊張してるっっっ!?」
『……なんだかほどよくリラックスさせていただきました』
「……あのね、悪気はないのよ?」
『そんなものが御園生にあったら怖い。世も末だよ』
佐野くんはクスクスと笑いだす。
「……もう少しお話しててもいい?」
『平気』
まだ笑いの残る声が返ってくる。
「私は佐野くんに恋愛相談したことある?」
『そうだなぁ……たいていは五人でいるときにそういう話を聞いていた気がする』
「……っていうことは、私には好きな人がいたっていうことと、初恋済みってことだよね」
『あ――なんだかひどい質問じゃね?』
確かにひどい質問だったかもしれない。
「ごめんね……。でも、知りたかったの。自分が誰かを好きになったことがあるのかどうかを。本当にそれだけだから……相手が誰かは訊かないから、許してね」
最後は冗談ぽく話した。
本当は知りたい。誰を好きだったのか――
『不安、だよな……。一部とはいえ記憶がないのって……』
佐野くんの、声のトーンが下がった。
「佐野くん、大丈夫だよっ。全然大丈夫っ。あのね、栞さんが教えてくれたの。運命を信じてみたら? って」
『運命……?』
「もし記憶をなくしたとしても、本当に好きな相手だったのなら、また出逢って好きになるって」
『……確かに、本当に好きならもう一度好きになるのかもな。……って、俺は御園生を見てそれを確かめたくなってきた』
「……私で?」
『そう、また同じ人を好きになるのか……』
「……あまりいい実験材料にはなりそうにないけど、でも……見守ってもらえると嬉しいです」
『おう、任せとけっ!』
今の声はいつもの佐野くんの声だ。
「全然大丈夫そうだね」
『うん、今大丈夫になったっぽい』
力強い声っが返ってきた。
「明日もがんばってね」
『御園生も無理しないようにな』
「うん、ありがとう」
『電話助かった。正直、背中に岩でも乗ってるんじゃないかってくらいには緊張してたから』
笑いながらおやすみを言って電話を切った。
後ろを向くと、ロビーの長椅子に座ってこちらを見ている蒼兄が視界に入る。
手を振って通話が終わったことを教える。と、長い足でズンズンとこっちに向かって歩いてきた。
「ずいぶんと長く話してたな?」
「あ……ツカサとはそんなに長く話してないの」
思わず苦笑が漏れる。
「少しでも長く話したいなら話題をリストアップしておかないと無理そう」
蒼兄は目を丸くして驚いていた。
「どうしてそんなに驚いた顔をするの?」
「だって、翠葉は電話があまり得意じゃないだろ?」
あ、そっか……。
「……よくわからないんだけどね、ツカサとはもっと話していたいなって思ったの。でも、残念ながら話が続かなくて数分しか話せなかった」
少し照れ笑い。
「じゃ、今の電話は?」
「佐野くん」
答えると、「なるほど」と納得されてしまった。
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