414 / 1,060
第九章 化学反応
22話
しおりを挟む
ご飯を食べ終えて少しすると、昇さんが治療にやってきた。
「これが最後の治療。じゃ、ご家族はちょっと出ててもらってもいいですかね?」
昇さんが言うと、蒼兄たちはぞろぞろと病室を出ていった。
病室に残ったのは湊先生と昇さん。
「先生……どのくらいで痛みが出てきますか?」
襲いくる激痛が怖くて、訊かずにはいられなかった。
「個人差があるからな、それはなんとも言えない」
「そうですよね……」
やだな、痛いの……。
局部麻酔の治療は痛くて嫌いだけど、今受けている治療はそれほど苦痛じゃないのに。それでいて、痛みがある程度抑えられるのに……。
会う前から相馬先生の印象が悪くなる。
あ、柄も口も悪いって昇さんが言っていた気がする……。
お医者さんで嫌いな人は今のところいないのだけど、初、嫌いなお医者さんになってしまいそうだ。
そんなことを考えているうちに治療は終わった。
お母さんたちが病室へ戻ってきたときには、なんだかものすごく眠くて、
「お母さん、寝てもいい?」
「いいわよ、少し休みなさい。私たちはこの部屋にいるから」
そう言って、お布団をかけなおしてくれた。
「……人がいるとほっとするね。……人の気配があるのが嬉しい」
そう言うと、お母さんは少しびっくりしたような顔をして、次に嬉しそうに微笑んだ。
「……は、翠葉」
……まだ眠い。でも、肩を揺すられているというのは「起きなさい」という意味なのだろう。
重たい瞼を開くと、「司くんが来たわ」と告げられた。
「……え? あ……お母さんっ、私、寝起きっ。髪の毛ぐちゃぐちゃっ」
慌てる自分に輪をかけてパニックを起こしそうだった。
「翠葉、落ち着け。今廊下で待ってもらっているから、髪の毛くらい梳かしてやる」
蒼兄が髪の毛を梳かしてくれ、梳かし終わった櫛がテーブルに置かれた。
「蒼兄、これ……」
「え?」
「この柘植櫛、買ってきてくれたの?」
「……これは――今年の、翠葉の誕生日に誰かがプレゼントしてくれたもの」
また、「誰か」……。でも、少し要領は得たかもしれない。
「誰か、っていうのはさっきの三人の誰かなのね?」
「そう」
じゃ、まずは藤宮司さんに訊けばいい。
「これで満足?」
お母さんに鏡を見せられ、さらに動揺することとなる。
「……蒼兄、どうして――どうして左サイドの髪の毛が短いの?」
「それは――……そっか、それも覚えてないんだな」
少し責められている気がした。
「あのな……」
「あんちゃんっ、おしっこっ! 俺、おしっこ行きたいっ、ついてきてっ」
唯兄が大声をあげ、蒼兄の腕を掴んだ。
「はっ?」
「病院のトイレって苦手なんだよっ。つれしょんつれしょんっ!」
唯兄はぐいぐいと蒼兄の腕を引っ張って病室を出ていった。
「そっか……この病院は、唯兄にとってはあまりいい思い出がある場所じゃないものね……」
問題をすり替えられたことに気づく間もなく、鏡はお母さんにしまわれていた。
「じゃ、司くんに入ってもらうわね」
「はい」
お母さんと入れ替わりで入ってきた人は、制服をきっちりとまとった湊先生にそっくりな人だった。
この人だ――検査の途中で脳裏に浮かんだひとりは、間違いなくこの人だ……。
「翠……」
携帯に録音されていた声も、私を「スイ」と呼んでいた。
「あなたが、藤宮司……さん?」
作り物みたいにきれいな顔が、一瞬強張る。でも、すぐに能面みたいな無表情に戻り、「ここいい?」とスツールを指差した。
「どうぞ……」
格好良くてきれいな人……。蒼兄以上にメガネが似合う人など見たことがない。
神経質そうに見えるのは、メガネの演出によるものなのか、この人の持つ雰囲気なのか――
「何か訊きたいことは?」
……なんだか尋問のようだ。訊くのは私のはずなのに。
「えぇと……私はスイって呼ばれているみたいですが、どうしてでしょう?」
「……御園生さんだとお兄さんの御園生さんとかぶるから」
「それなら翠葉でもいいのに」
「……翠葉ちゃん、翠葉さん、翠葉、どれも嫌だったから翠って呼んでる。因みに、翠本人の了承は得てるから」
反論の余地を許さない返事に唸りたくなる。
「それなら、私は藤宮司さんのことをなんと呼んでいたのでしょう?」
録音では「先輩」と口にしていた。
「始めは藤宮先輩。次が司先輩。今朝までは司って呼んでた」
「嘘っ」
「本当。藤原さんに訊いてもらえれば事実確認できると思うけど?」
……自分が男子を呼び捨てで呼ぶなんて想像ができない。だって、未だに海斗くんも佐野くんも敬称つきなのだから。
「私とあなたは仲が良かったの?」
「悪くはなかったんじゃない?」
まるで他人事のように答えられて困ってしまう。なんだかとても手強い人だ。
「会話はいつもこんな感じ?」
恐る恐る訊いてみれば、「だいたいね」と一言返事。
本当に仲が良かったのかは不明だ。でも――
「この携帯にあなたの声が録音されていたの。……どんな状況だったのか、教えてもらえる?」
藤宮司さんはとても驚いた顔をした。
「録音って……?」
「寝て起きたら一番にしなくちゃいけないことみたいに身体が覚えているの。でも、会話の内容は記憶になかった」
携帯を操作して、凝視したままの藤宮司さんに差し出す。と、携帯を耳に当てた藤宮司さんはさらに驚いた顔をした。
「……これ、俺が理由を訊こうとしたら一方的におやすみなさいって切られたから、理由は知らない。ただ、入院する前の出来事」
確かに、私が一方的に要求して、一方的に通話を切っていた。
藤宮司さんが携帯をテーブルに置くと、その隣に置いてあった柘植櫛が目に入る。
「あの、これ……誰からの誕生日プレゼントか知っていますか?」
「……俺」
「っ……あのっ、ありがとうっ! 柘植櫛、前々から欲しいと思っていて、だから……たぶん、そのときの私も喜んだ……?」
「……喜んでた」
「本当に、ありがとう……」
もしかしたらそのときにお礼は言っているのかもしれない。でも、もらった記憶もなければ、お礼を言った記憶もないのだ。だから、もう一度「ありがとう」が言いたかった。
「起きられるなら屋上に行く?」
「あ、でも、藤原さんか湊先生に訊かないと……」
藤宮司さんは慣れた手つきでナースコールを手を伸ばした。
『何?』
この対応は湊先生だろうなぁ……。
「翠を屋上に連れていきたいんだけど許可下りる?」
『いいわよ』
許可が下りると今度は車椅子の用意を始め、点滴パックもきちんと車椅子へ移してくれる。
その様はとても手際が良かった。
「慣れてるんですね……」
車椅子に移りながら言うと、
「将来医者を目指しているし、翠は病室が嫌いだろ。入院してから二回ほど屋上に連れていってる」
そうなんだ……。
「入院して治療を受けた記憶はあるのに、どうしてそういう記憶はないんだろう……」
ぼやいたところで返答は得られない。
ちょっと――ものすごくやりづらい……。
病室を出ると、廊下の長椅子に座っていたお母さんたちにどこへ行くのか問われる。
「あのね、屋上へ連れていってくれるの」
三人は揃って車椅子を押している人を見た。
「司、頼むな」
蒼兄の言葉に、先輩は無言で頷いた。
エレベーターに乗り屋上へ着くと、そこはちょっとした庭園のような場所だった。
「お花いっぱいっ! 向日葵もあるっ!」
「ここが翠のお気に入り」
車椅子が停められたのは、ミントがたくさん植わっている花壇の前だった。
「わぁ……ミントの香りがする」
「……翠、また司って呼んでくれない?」
メガネの奥から、真っ直ぐこちらを見る目にドキリとする。
「……つ、ツカサ」
「……ありがと」
藤宮司さんは花壇の縁に座り俯く。俯いたまま、
「それから、大丈夫だからがんばれって言ってほしい」
「……え?」
「四日後、弓道のインハイなんだ」
「すごいっ! がんばって!」
「大丈夫が抜けた……」
やり直し、と言わんばかりに指摘される。
「大丈夫だから、がんばって……?」
「……ありがとう」
私にとって、この人はどんな存在っだったのだろう……。
よくよく考えてみれば、面会時間ではない午前に、私の病室にいたということのほうがおかしいのだ。
「私にとって、ツカサはどんな人だったのかな……」
「……そんなの俺が知りたい」
むっとした顔で言われた。でも、すぐに表情が変わり、
「昨日の電話では、やっと友達に思えたって言われた」
「……それまでは?」
「最初が意地悪な人で、次が先輩。その次が先輩以上友達未満」
順を追って教えてくれたけど……。ねぇ、私――それってどうなの?
「……ようやく友達に昇格したんだ。記憶なくしたからって降格は勘弁してほしい」
辟易した顔をされても、私には記憶がない。
「たとえばさ、簾条のことは覚えてるんだろ?」
「……うん、桃華さん」
「簾条が記憶をなくしたからって、翠は友達じゃなくなるのか?」
「そんなことないよ」
「それと同じ。翠が記憶をなくしても、俺の記憶はなくなっていない。思い出すのを待つもいいし、訊かれたら答えるでもかまわない。それに、別に記憶がなくても友達ではいられる」
当たり前のように話すけど、なんだか――
「ツカサは情が深い人なのね?」
ツカサは驚いた顔で私を見た。
「……私、何か変なこと言った?」
「いや……。情が深いかはわからないけど」
会話が急になくなってしまい、「戻るか」と言われたから「うん」と答えた。
エレベーターに乗ると、ツカサがポツリと口にした。
「俺、今の場所で透明人間扱いされたことがあるんだけど」
「透明人間……?」
思わず後ろを向くと、エレベーターが九階に着いたことを告げ扉が開いた。
「悔しいから詳細は教えないけど」
「えぇっ!?」
それはひどくないだろうか。
「思い出そうと躍起になると、記憶を司る海馬が壊れるからやめたほうがいい」
何それっ!?
「ツカサっ、さっきの撤回っ。ツカサは意地悪っ」
私の声は思わず大きくなる。けれどもツカサが動じることはなく、「ここ病院だから」とチクリと嫌みを言われるのみだった。
むっとしたまま前方に視線を戻すと、唖然とした顔が三つ。それは紛れもなく、お母さんと蒼兄、唯兄の顔だった。
「これが最後の治療。じゃ、ご家族はちょっと出ててもらってもいいですかね?」
昇さんが言うと、蒼兄たちはぞろぞろと病室を出ていった。
病室に残ったのは湊先生と昇さん。
「先生……どのくらいで痛みが出てきますか?」
襲いくる激痛が怖くて、訊かずにはいられなかった。
「個人差があるからな、それはなんとも言えない」
「そうですよね……」
やだな、痛いの……。
局部麻酔の治療は痛くて嫌いだけど、今受けている治療はそれほど苦痛じゃないのに。それでいて、痛みがある程度抑えられるのに……。
会う前から相馬先生の印象が悪くなる。
あ、柄も口も悪いって昇さんが言っていた気がする……。
お医者さんで嫌いな人は今のところいないのだけど、初、嫌いなお医者さんになってしまいそうだ。
そんなことを考えているうちに治療は終わった。
お母さんたちが病室へ戻ってきたときには、なんだかものすごく眠くて、
「お母さん、寝てもいい?」
「いいわよ、少し休みなさい。私たちはこの部屋にいるから」
そう言って、お布団をかけなおしてくれた。
「……人がいるとほっとするね。……人の気配があるのが嬉しい」
そう言うと、お母さんは少しびっくりしたような顔をして、次に嬉しそうに微笑んだ。
「……は、翠葉」
……まだ眠い。でも、肩を揺すられているというのは「起きなさい」という意味なのだろう。
重たい瞼を開くと、「司くんが来たわ」と告げられた。
「……え? あ……お母さんっ、私、寝起きっ。髪の毛ぐちゃぐちゃっ」
慌てる自分に輪をかけてパニックを起こしそうだった。
「翠葉、落ち着け。今廊下で待ってもらっているから、髪の毛くらい梳かしてやる」
蒼兄が髪の毛を梳かしてくれ、梳かし終わった櫛がテーブルに置かれた。
「蒼兄、これ……」
「え?」
「この柘植櫛、買ってきてくれたの?」
「……これは――今年の、翠葉の誕生日に誰かがプレゼントしてくれたもの」
また、「誰か」……。でも、少し要領は得たかもしれない。
「誰か、っていうのはさっきの三人の誰かなのね?」
「そう」
じゃ、まずは藤宮司さんに訊けばいい。
「これで満足?」
お母さんに鏡を見せられ、さらに動揺することとなる。
「……蒼兄、どうして――どうして左サイドの髪の毛が短いの?」
「それは――……そっか、それも覚えてないんだな」
少し責められている気がした。
「あのな……」
「あんちゃんっ、おしっこっ! 俺、おしっこ行きたいっ、ついてきてっ」
唯兄が大声をあげ、蒼兄の腕を掴んだ。
「はっ?」
「病院のトイレって苦手なんだよっ。つれしょんつれしょんっ!」
唯兄はぐいぐいと蒼兄の腕を引っ張って病室を出ていった。
「そっか……この病院は、唯兄にとってはあまりいい思い出がある場所じゃないものね……」
問題をすり替えられたことに気づく間もなく、鏡はお母さんにしまわれていた。
「じゃ、司くんに入ってもらうわね」
「はい」
お母さんと入れ替わりで入ってきた人は、制服をきっちりとまとった湊先生にそっくりな人だった。
この人だ――検査の途中で脳裏に浮かんだひとりは、間違いなくこの人だ……。
「翠……」
携帯に録音されていた声も、私を「スイ」と呼んでいた。
「あなたが、藤宮司……さん?」
作り物みたいにきれいな顔が、一瞬強張る。でも、すぐに能面みたいな無表情に戻り、「ここいい?」とスツールを指差した。
「どうぞ……」
格好良くてきれいな人……。蒼兄以上にメガネが似合う人など見たことがない。
神経質そうに見えるのは、メガネの演出によるものなのか、この人の持つ雰囲気なのか――
「何か訊きたいことは?」
……なんだか尋問のようだ。訊くのは私のはずなのに。
「えぇと……私はスイって呼ばれているみたいですが、どうしてでしょう?」
「……御園生さんだとお兄さんの御園生さんとかぶるから」
「それなら翠葉でもいいのに」
「……翠葉ちゃん、翠葉さん、翠葉、どれも嫌だったから翠って呼んでる。因みに、翠本人の了承は得てるから」
反論の余地を許さない返事に唸りたくなる。
「それなら、私は藤宮司さんのことをなんと呼んでいたのでしょう?」
録音では「先輩」と口にしていた。
「始めは藤宮先輩。次が司先輩。今朝までは司って呼んでた」
「嘘っ」
「本当。藤原さんに訊いてもらえれば事実確認できると思うけど?」
……自分が男子を呼び捨てで呼ぶなんて想像ができない。だって、未だに海斗くんも佐野くんも敬称つきなのだから。
「私とあなたは仲が良かったの?」
「悪くはなかったんじゃない?」
まるで他人事のように答えられて困ってしまう。なんだかとても手強い人だ。
「会話はいつもこんな感じ?」
恐る恐る訊いてみれば、「だいたいね」と一言返事。
本当に仲が良かったのかは不明だ。でも――
「この携帯にあなたの声が録音されていたの。……どんな状況だったのか、教えてもらえる?」
藤宮司さんはとても驚いた顔をした。
「録音って……?」
「寝て起きたら一番にしなくちゃいけないことみたいに身体が覚えているの。でも、会話の内容は記憶になかった」
携帯を操作して、凝視したままの藤宮司さんに差し出す。と、携帯を耳に当てた藤宮司さんはさらに驚いた顔をした。
「……これ、俺が理由を訊こうとしたら一方的におやすみなさいって切られたから、理由は知らない。ただ、入院する前の出来事」
確かに、私が一方的に要求して、一方的に通話を切っていた。
藤宮司さんが携帯をテーブルに置くと、その隣に置いてあった柘植櫛が目に入る。
「あの、これ……誰からの誕生日プレゼントか知っていますか?」
「……俺」
「っ……あのっ、ありがとうっ! 柘植櫛、前々から欲しいと思っていて、だから……たぶん、そのときの私も喜んだ……?」
「……喜んでた」
「本当に、ありがとう……」
もしかしたらそのときにお礼は言っているのかもしれない。でも、もらった記憶もなければ、お礼を言った記憶もないのだ。だから、もう一度「ありがとう」が言いたかった。
「起きられるなら屋上に行く?」
「あ、でも、藤原さんか湊先生に訊かないと……」
藤宮司さんは慣れた手つきでナースコールを手を伸ばした。
『何?』
この対応は湊先生だろうなぁ……。
「翠を屋上に連れていきたいんだけど許可下りる?」
『いいわよ』
許可が下りると今度は車椅子の用意を始め、点滴パックもきちんと車椅子へ移してくれる。
その様はとても手際が良かった。
「慣れてるんですね……」
車椅子に移りながら言うと、
「将来医者を目指しているし、翠は病室が嫌いだろ。入院してから二回ほど屋上に連れていってる」
そうなんだ……。
「入院して治療を受けた記憶はあるのに、どうしてそういう記憶はないんだろう……」
ぼやいたところで返答は得られない。
ちょっと――ものすごくやりづらい……。
病室を出ると、廊下の長椅子に座っていたお母さんたちにどこへ行くのか問われる。
「あのね、屋上へ連れていってくれるの」
三人は揃って車椅子を押している人を見た。
「司、頼むな」
蒼兄の言葉に、先輩は無言で頷いた。
エレベーターに乗り屋上へ着くと、そこはちょっとした庭園のような場所だった。
「お花いっぱいっ! 向日葵もあるっ!」
「ここが翠のお気に入り」
車椅子が停められたのは、ミントがたくさん植わっている花壇の前だった。
「わぁ……ミントの香りがする」
「……翠、また司って呼んでくれない?」
メガネの奥から、真っ直ぐこちらを見る目にドキリとする。
「……つ、ツカサ」
「……ありがと」
藤宮司さんは花壇の縁に座り俯く。俯いたまま、
「それから、大丈夫だからがんばれって言ってほしい」
「……え?」
「四日後、弓道のインハイなんだ」
「すごいっ! がんばって!」
「大丈夫が抜けた……」
やり直し、と言わんばかりに指摘される。
「大丈夫だから、がんばって……?」
「……ありがとう」
私にとって、この人はどんな存在っだったのだろう……。
よくよく考えてみれば、面会時間ではない午前に、私の病室にいたということのほうがおかしいのだ。
「私にとって、ツカサはどんな人だったのかな……」
「……そんなの俺が知りたい」
むっとした顔で言われた。でも、すぐに表情が変わり、
「昨日の電話では、やっと友達に思えたって言われた」
「……それまでは?」
「最初が意地悪な人で、次が先輩。その次が先輩以上友達未満」
順を追って教えてくれたけど……。ねぇ、私――それってどうなの?
「……ようやく友達に昇格したんだ。記憶なくしたからって降格は勘弁してほしい」
辟易した顔をされても、私には記憶がない。
「たとえばさ、簾条のことは覚えてるんだろ?」
「……うん、桃華さん」
「簾条が記憶をなくしたからって、翠は友達じゃなくなるのか?」
「そんなことないよ」
「それと同じ。翠が記憶をなくしても、俺の記憶はなくなっていない。思い出すのを待つもいいし、訊かれたら答えるでもかまわない。それに、別に記憶がなくても友達ではいられる」
当たり前のように話すけど、なんだか――
「ツカサは情が深い人なのね?」
ツカサは驚いた顔で私を見た。
「……私、何か変なこと言った?」
「いや……。情が深いかはわからないけど」
会話が急になくなってしまい、「戻るか」と言われたから「うん」と答えた。
エレベーターに乗ると、ツカサがポツリと口にした。
「俺、今の場所で透明人間扱いされたことがあるんだけど」
「透明人間……?」
思わず後ろを向くと、エレベーターが九階に着いたことを告げ扉が開いた。
「悔しいから詳細は教えないけど」
「えぇっ!?」
それはひどくないだろうか。
「思い出そうと躍起になると、記憶を司る海馬が壊れるからやめたほうがいい」
何それっ!?
「ツカサっ、さっきの撤回っ。ツカサは意地悪っ」
私の声は思わず大きくなる。けれどもツカサが動じることはなく、「ここ病院だから」とチクリと嫌みを言われるのみだった。
むっとしたまま前方に視線を戻すと、唖然とした顔が三つ。それは紛れもなく、お母さんと蒼兄、唯兄の顔だった。
2
お気に入りに追加
355
あなたにおすすめの小説
光のもとで2
葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、
新たな気持ちで新学期を迎える。
好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。
少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。
それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。
この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。
何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい――
(10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)
家政婦さんは同級生のメイド女子高生
coche
青春
祖母から習った家事で主婦力抜群の女子高生、彩香(さいか)。高校入学と同時に小説家の家で家政婦のアルバイトを始めた。実はその家は・・・彩香たちの成長を描く青春ラブコメです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる