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第九章 化学反応
20話
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検査室を出ると、先ほどはずされたバングルを左腕にはめられた。
「先生これ……」
「次の検査まで時間がないの。その話はあとでするから」
と、今はそれ以上訊かせてはもらえなかった。
来たとき同様、カーテンレールに点滴を吊るしてルームウェアへ着替える。と、最後にロッカーに備え付けられている鏡に自分が映った。
「……え?」
ルームウェアの首元に黒い染みがついている。
もしかして、血っ!? 点滴が漏れてるっ!?
「湊先生っ」
「何?」
すぐにカーテンが開き、「これっ」と首元を指差す。湊先生は点滴が刺さっているあたりをチェックしたものの、取り立てて慌てた様子ではない。
「漏れてない……?」
「大丈夫よ。翠葉が倒れたときに一度外れたの。だから血液と輸液が付いてる。あとひとつ検査を済ませたら病室に戻るから、そしたら着替えるといいわ」
「……はい」
よくよく考えてみれば、血液が黒いということは、すでに血液が乾いていて今どうこう、というわけではない。それに、輸液が漏れていたら検査着にも付いていただろうし、検査技師さんだって気づいたはずだ。
何をこんなに慌てる必要があったのか……。
「私、観察力足りなすぎ……」
それにしても、しっかりと固定されている点滴が抜けるなど、私はいったいどんな倒れ方をしたのだろう。
次は脳波の検査。この検査は去年受けたことがある。
頭に小さな吸盤をたくさん付けられ、暗い室内で横になる。そして、息を吸ったり吐いたり、検査技師さんの声に合わせて繰り返す。ほかには強い光が点いたり消えたりするのを何度も繰り返したり。前置きの説明が長くて準備にも時間がかかる検査。
検査時間は十五分、二十分くらいだったと思う。でも、終わったあとには吸盤とクリームを拭き取る作業があるため、相応に時間がかかる。
前の検査と同じように、検査室に入ると湊先生は外に出た。
検査はやっぱり長い説明から始まるようだ。
私がクスリと笑うと、「どうかした?」と検査技師さんに顔を覗き込まれる。
「いえ、去年も同じ検査をしたんです。そのときの説明と同じだな、と思って」
「あら、マニュアルをそのまま読んでるのバレバレね?」
検査技師さんもクスクスと笑い、「それなら話は早いわ」と簡易的な説明に変更された。
「吸って吐いての呼吸も光のフラッシュも大丈夫ね?」
「はい、大丈夫です。それから暗所恐怖所でもないです」
「そうそう、それも訊かなくちゃいけないのよね」
そんな会話をしてから検査が始まった。
最初に電気が消え、吸って吐いてののんびりバージョンと少し早いバージョン。少し早いバージョンは、気をつけていないと過呼吸になってしまうから要注意。
光のフラッシュは眩しくて少し苦手。そう思っているうちに光のフラッシュが始まった。
最初はゆっくりと、徐々に点いたり消えたりが早くなる。まるで連写のようになったそのとき――
脳裏に楓先生と湊先生の顔が交互に映し出された。
何――!?
途端に息苦しさを覚える。
「っ……」
苦しいと思って数秒でバン、とドアが開く音がした。
それは検査室の奥へ続く扉ではなく、検査室の外に通じる廊下から。
「検査中止っ、翠葉っ?」
「せん、せ……」
「きちんと呼吸しなさい」
先生は脈を取りながら、乱れた呼吸をもとに戻そうとしてくれる。
呼吸が落ち着くと聴診器を取り出し、すぐに胸の音を聞かれた。
「大丈夫よ」
その言葉にほっとするものの、不安は拭えない。
「ICUには戻らなくても大丈夫だから、まずはきちんと呼吸しなさい」
私は頷き、呼吸することに専念した。
「湊先生、これよかったら使ってください」
「あぁ、ありがとう」
湊先生は検査技師さんに渡されたタオルで額を拭いてくれた。
「すごい汗よ。気分は悪くない?」
汗……?
不思議に思いながら、「大丈夫です」と答える。
検査は中止になり、頭に取り付けられた吸盤もクリームも拭き取ってもらい、どこにも寄らずに病室へ戻った。
病室に戻り着替えを済ませると、藤原さんがトレイを片手にやってきた。
「これを食べたら薬を飲んで少し休みなさい」
目の前に置かれたのは桃。
「朝食べたものと同じものよ。ご飯は次に起きたときにしましょう」
口にした桃はとても甘かった。
「美味しい……」
自然と口元が綻ぶ。
三切れも食べるとお腹はいっぱいになり、薬を飲んで横になった。
「あと少ししたらご家族がいらっしゃるわ。安心して休みなさい」
「はい」
色々と考えて眠れないかもしれない。そう思ったのに、身体を横にするだけで睡魔は訪れた。
検査まわりをして、少し疲れていたのかもしれない。
中断した検査はまた後日やらなくてはいけないのだろうか。
どうしてだめだったのかな……。前に検査したときはなんともなかったのに……。
どうして楓先生と湊先生が交互に頭に浮かんだのだろう。
……でも、湊先生に似ていたけれど、どこかもう少し尖った印象だった。
楓先生も、いつもの楓先生とは少し違う印象だったように思う。
何が違ったのかな……。あれは湊先生と楓先生だったのかな。
そんなことを考えながら意識が徐々に薄れていった。
「先生これ……」
「次の検査まで時間がないの。その話はあとでするから」
と、今はそれ以上訊かせてはもらえなかった。
来たとき同様、カーテンレールに点滴を吊るしてルームウェアへ着替える。と、最後にロッカーに備え付けられている鏡に自分が映った。
「……え?」
ルームウェアの首元に黒い染みがついている。
もしかして、血っ!? 点滴が漏れてるっ!?
「湊先生っ」
「何?」
すぐにカーテンが開き、「これっ」と首元を指差す。湊先生は点滴が刺さっているあたりをチェックしたものの、取り立てて慌てた様子ではない。
「漏れてない……?」
「大丈夫よ。翠葉が倒れたときに一度外れたの。だから血液と輸液が付いてる。あとひとつ検査を済ませたら病室に戻るから、そしたら着替えるといいわ」
「……はい」
よくよく考えてみれば、血液が黒いということは、すでに血液が乾いていて今どうこう、というわけではない。それに、輸液が漏れていたら検査着にも付いていただろうし、検査技師さんだって気づいたはずだ。
何をこんなに慌てる必要があったのか……。
「私、観察力足りなすぎ……」
それにしても、しっかりと固定されている点滴が抜けるなど、私はいったいどんな倒れ方をしたのだろう。
次は脳波の検査。この検査は去年受けたことがある。
頭に小さな吸盤をたくさん付けられ、暗い室内で横になる。そして、息を吸ったり吐いたり、検査技師さんの声に合わせて繰り返す。ほかには強い光が点いたり消えたりするのを何度も繰り返したり。前置きの説明が長くて準備にも時間がかかる検査。
検査時間は十五分、二十分くらいだったと思う。でも、終わったあとには吸盤とクリームを拭き取る作業があるため、相応に時間がかかる。
前の検査と同じように、検査室に入ると湊先生は外に出た。
検査はやっぱり長い説明から始まるようだ。
私がクスリと笑うと、「どうかした?」と検査技師さんに顔を覗き込まれる。
「いえ、去年も同じ検査をしたんです。そのときの説明と同じだな、と思って」
「あら、マニュアルをそのまま読んでるのバレバレね?」
検査技師さんもクスクスと笑い、「それなら話は早いわ」と簡易的な説明に変更された。
「吸って吐いての呼吸も光のフラッシュも大丈夫ね?」
「はい、大丈夫です。それから暗所恐怖所でもないです」
「そうそう、それも訊かなくちゃいけないのよね」
そんな会話をしてから検査が始まった。
最初に電気が消え、吸って吐いてののんびりバージョンと少し早いバージョン。少し早いバージョンは、気をつけていないと過呼吸になってしまうから要注意。
光のフラッシュは眩しくて少し苦手。そう思っているうちに光のフラッシュが始まった。
最初はゆっくりと、徐々に点いたり消えたりが早くなる。まるで連写のようになったそのとき――
脳裏に楓先生と湊先生の顔が交互に映し出された。
何――!?
途端に息苦しさを覚える。
「っ……」
苦しいと思って数秒でバン、とドアが開く音がした。
それは検査室の奥へ続く扉ではなく、検査室の外に通じる廊下から。
「検査中止っ、翠葉っ?」
「せん、せ……」
「きちんと呼吸しなさい」
先生は脈を取りながら、乱れた呼吸をもとに戻そうとしてくれる。
呼吸が落ち着くと聴診器を取り出し、すぐに胸の音を聞かれた。
「大丈夫よ」
その言葉にほっとするものの、不安は拭えない。
「ICUには戻らなくても大丈夫だから、まずはきちんと呼吸しなさい」
私は頷き、呼吸することに専念した。
「湊先生、これよかったら使ってください」
「あぁ、ありがとう」
湊先生は検査技師さんに渡されたタオルで額を拭いてくれた。
「すごい汗よ。気分は悪くない?」
汗……?
不思議に思いながら、「大丈夫です」と答える。
検査は中止になり、頭に取り付けられた吸盤もクリームも拭き取ってもらい、どこにも寄らずに病室へ戻った。
病室に戻り着替えを済ませると、藤原さんがトレイを片手にやってきた。
「これを食べたら薬を飲んで少し休みなさい」
目の前に置かれたのは桃。
「朝食べたものと同じものよ。ご飯は次に起きたときにしましょう」
口にした桃はとても甘かった。
「美味しい……」
自然と口元が綻ぶ。
三切れも食べるとお腹はいっぱいになり、薬を飲んで横になった。
「あと少ししたらご家族がいらっしゃるわ。安心して休みなさい」
「はい」
色々と考えて眠れないかもしれない。そう思ったのに、身体を横にするだけで睡魔は訪れた。
検査まわりをして、少し疲れていたのかもしれない。
中断した検査はまた後日やらなくてはいけないのだろうか。
どうしてだめだったのかな……。前に検査したときはなんともなかったのに……。
どうして楓先生と湊先生が交互に頭に浮かんだのだろう。
……でも、湊先生に似ていたけれど、どこかもう少し尖った印象だった。
楓先生も、いつもの楓先生とは少し違う印象だったように思う。
何が違ったのかな……。あれは湊先生と楓先生だったのかな。
そんなことを考えながら意識が徐々に薄れていった。
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