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11~14 Side 桃華 05話
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飛鳥が降りると来た道を戻る。
この道を真っ直ぐいけば私の家までは五分くらい。右に曲がれば佐野を先に降ろすことになる。
どうしたらいい……?
「ねぇ、佐野くん。バスの時間って何分?」
「え? あぁ、この時間だとあと七分ですね。そのあとが十五分後」
「じゃ、先にバス停に行こう」
バスの時間なんて気にもしなかったわ。
こういうところまで気を遣える蒼樹さんはやっぱりすてきだと思う。
佐野が車を降りると、
「彼、律儀だね?」
「え?」 蒼樹さんの言葉に振り返ると、佐野が頭を下げていた。
頭を上げると、「サンキュ」と口が動いたのがわかる。
「そうですね……」
とりあえず、私には頭が上がらないといったところだろう。
後部座席のふたりはさほど話をしていたふうではない。けれども、佐野はそれでも嬉しかったのだ。
片思いってそんなものよね……。今、私が蒼樹さんの隣に座っていることを嬉しいと思うように。
「で、簾条さん」
「蒼樹さん、お話が――」
話を切り出そうとしたら、同じタイミングで話しかけられた。
「何?」
「なんでしょう?」
またしても声が重なる。
すべてが同時で笑わずにはいられなかった。蒼樹さんもクスクスと笑っている。
「いいよ、先に簾条さんが話して?」
言われて少し悩む。あまり急いで話したい内容ではないだけに。
「……お時間ありますか?」
蒼樹さんは首を傾げながら、
「大丈夫だよ。それならどこかカフェにでも入る?」
それもどうだろう……。正直、面と向かって話すのはかなり勇気がいる。
「……そういうところで話す内容でもないんです」
結局、川沿いに車を停めて話すことにした。
「ちょっと待っててね」
蒼樹さんは車を降りると、少し先にある自販機まで行って飲み物を買ってきてくれた。
「ミルクティーは飲める?」
「はい、大丈夫です」
手渡されたミルクティーが嬉しくて、思わず両手で受け取ってしまう。
「で、話ってなんだろう?」
訊かれて少し戸惑った。
「言いづらいことなので、できれば蒼樹さんのお話しを先にうかがいたいのですが……」
すると意外な答えが返される。
「ジャンケンしない?」
どうしてか苦笑いの蒼樹さん。こんな顔は一度しか見たことがない。
翠葉が熱で入院したとき。ランチに誘われて、お店で翠葉の病状を聞いたとき以来だ。
「蒼樹さんのお話も話しづらいことなんですか?」
「割と? 言い出せずにギリギリの今日になったくらいには」
何を言われるのかすごく怖いけど、私の話には期限がある。どうやらそれは蒼樹さんも同じらしい。
結果的には私がパーでジャンケンに勝った。
ほっとしつつ、蒼樹さんが話し始める内容に身を構える。
蒼樹さんは言いづらそうに口を開くと、
「あのさ、俺と結婚式してくれない?」
は……? ……なんですか?
結婚式をするというのは、出席するということ?
いや、それなら「結婚式に出てくれない?」であって、「してくれない?」という形にはならない。
沈黙して考えるものの、どうしても理解ができなかった。
「蒼樹さん、話が飛躍しているか何か言葉を間違えているか、相手を間違えているか言葉が足りてないか、どれか当てはまりませんかしら」
思いつく限りのことを口にした。すると、
「事情があって、ウィステリアホテルのパンフレット、ウェディングのモデルに抜擢されたんだけど、相手役の女の子は俺が選んでいいことになってて、俺が用意できなかった場合はホテル側が用意したモデルさん相手にやることになってる」
事情は把握できた。でも――
「質問です。それでなんで私が相手なのでしょう」
思わず真横を向いて蒼樹さんの顔を見てしまう。
「君以外に思いつかなかったから?」
そんな言葉と共に視線を合わせられる。
「意味がわかりません……」
頬に熱を持つのがわかって、髪の毛で隠すように下を向いた。
というか、正直、その真っ直ぐな視線に目を合わせていられなかった。
「意味……か。俺、モデルのバイト経験なんてないし、ましてや初めての仕事がウェディングのパンフレット。仮にも挙式の形をとるわけですよ。それになんとも思ってない人と並びたくないからっていうのが理由」
もっとわけがわからない。だって、そんなこと言われたら期待しちゃうじゃない。
「勘違いするようなこと言わないでくださいっ」
桃華、冷静になりなさい。この人はあの天然翠葉のお兄さんだし、絶対に何かの間違いよ。
「……勘違いしていいよ」
……え?
顔を上げると、さっきの状態のままで蒼樹さんが私を見ていた。
「蒼樹さんっ、からかうのもいい加減にしてくださいっ」
冷静になんてなりようがなかった。
「ごめん……からかってるつもりはまったくないんだ。もっと時間をかけてお互いを知ってから打ち明けるつもりだったけど……俺はたぶん、簾条さんに惹かれてる」
からかって、ない……? 惹かれてるって、私に……?
「だから、相手役を選ぶとしたら、君以外には考えられなかった」
もう、嘘でも勘違いでもなんでもいい――そんなことを言った蒼樹さんが悪いのよ……。
桃華、これは取引だと思えばいいのよ。
そう、いつも学校でやっていることとさして変わりはないわ。
「わかりました、引き受けます。その代わり、こちらも引き受けてもらいますからね」
そう口にして顔を上げ、にこりと笑顔を作った。
「来週の日曜日、ちょっとしたパーティーに出なくてはいけなくて、でも、私はそれに出席したくないんです」
首を傾げる蒼樹さんは翠葉と本当にそっくりだ。
「そこに集る人たちは私の花婿候補だから。そのとき、私のエスコートをしてくださいませんか?」
現時点では、蒼樹さん以外の人が思い浮かばない。ほかの人なんて考えられない。
「相手が誰でもいいわけじゃないんです。私、自分の相手は自分で決めたいので……。家に対して食って掛かるつもりです。それには、隣に好きな人に並んでもらわないと困るんです……」
これ、告白になるのかしら……。でも、相手はあの翠葉のお兄さんだし気づかないかも?
でも、できることなら気づいてほしい――
「蒼樹さん、何か言ってください……」
返ってきた言葉は意外なものだった。
「っていうか、俺も誤解をしそうなんだけど……」
私の顔を覗き込むようにして呟く。
「誤解していただいて結構です」
私の言葉に蒼樹さんは息を呑んだ。そして、身体ごとこちらに向き直る。
「ごめん、はっきりと口にさせてもらう。俺は簾条さんが好きだ」
嘘――
「私も、蒼樹さんが好きです」
答えた、というよりは、気づいたら口にしていた。
少しの間ふたりして呆然とし、蒼樹さんの時計がピピと鳴り六時を知らせる。
「カフェで話すような内容でもなかったけど……」
蒼樹さんの言葉を私が継ぐ。
「車の中で話すような内容でもなかったですね」
ふたり目を見合わせ笑いだす。
「年の差で言うなら翠葉と秋斗先輩と変わらないんだけど、俺と付き合ってもらえるかな?」
「……喜んで」
信じられない……。蒼樹さんと付き合うことになったなんて……。
これは夢……? でも、夢ならもうひとつくらい欲張ってもいい?
「ひとつお願いが……」
「ん?」
正面から訊くことはできなくて、つい下から見上げるような形になってしまう。
「名前で呼んでもらえますか?」
「……桃華さん? 桃華ちゃん?」
「桃華、が希望です」
言ってて顔がどんどん熱くなる。
「了解。じゃぁ桃華って呼ばせてもらう」
顔を上げるとどこか嬉しそうに笑っている蒼樹さんがいて、その表情はいつも翠葉だけに向けられていたものだった。
嬉しい……。これは本当に夢じゃないの……?
……私、何か忘れている。もうひとつ大切なこと――思い出した。
「あと、今週学校のあとに少しだけお付き合いいただきたいんですっ」
「なんだろ?」
「本当は着物で出席しなくてはいけないのですが、どうしてもドレスで行きたくて」
「……もしかしなくてもかなり大ごと?」
「……それ相応に」
肩を竦めざるを得なかった。
蒼樹さんは少し何かを考えながら、
「わかった。じゃ、ドレスのショップは俺に任せてもらえる?」
「え?」
「ホテルのオーナーが絶対に力になってくれるから」
「……助かります」
「よし、じゃ今度こそ家まで送るよ」
蒼樹さんはシートベルトをすると車を発進させた。
夢じゃないかも……。
家の前に着くと、
「ところで、これって翠葉に言ってもいいこと?」
訊かれて少し考えた。
隠すわけじゃない。でも――
「あの子、今はそれどころじゃないから少し待ちましょう?」
「じゃ、言うタイミングは桃華に任せるよ」
「わかりました」
一礼して通用口から中へ入る。
敷地内に入るとたまりかねて胸に手を添えた。
「今になってドキドキしてきた……」
どうしよう、彼氏ができた……。しかも、一目惚れに近かった人と……。
翠葉のお兄さん、八歳も年上の人。
少しだけ翠葉の悩みがわかったかもしれない。
「桃華」って呼ばれるだけで、こんなにドキドキするとは思わなかった――
この道を真っ直ぐいけば私の家までは五分くらい。右に曲がれば佐野を先に降ろすことになる。
どうしたらいい……?
「ねぇ、佐野くん。バスの時間って何分?」
「え? あぁ、この時間だとあと七分ですね。そのあとが十五分後」
「じゃ、先にバス停に行こう」
バスの時間なんて気にもしなかったわ。
こういうところまで気を遣える蒼樹さんはやっぱりすてきだと思う。
佐野が車を降りると、
「彼、律儀だね?」
「え?」 蒼樹さんの言葉に振り返ると、佐野が頭を下げていた。
頭を上げると、「サンキュ」と口が動いたのがわかる。
「そうですね……」
とりあえず、私には頭が上がらないといったところだろう。
後部座席のふたりはさほど話をしていたふうではない。けれども、佐野はそれでも嬉しかったのだ。
片思いってそんなものよね……。今、私が蒼樹さんの隣に座っていることを嬉しいと思うように。
「で、簾条さん」
「蒼樹さん、お話が――」
話を切り出そうとしたら、同じタイミングで話しかけられた。
「何?」
「なんでしょう?」
またしても声が重なる。
すべてが同時で笑わずにはいられなかった。蒼樹さんもクスクスと笑っている。
「いいよ、先に簾条さんが話して?」
言われて少し悩む。あまり急いで話したい内容ではないだけに。
「……お時間ありますか?」
蒼樹さんは首を傾げながら、
「大丈夫だよ。それならどこかカフェにでも入る?」
それもどうだろう……。正直、面と向かって話すのはかなり勇気がいる。
「……そういうところで話す内容でもないんです」
結局、川沿いに車を停めて話すことにした。
「ちょっと待っててね」
蒼樹さんは車を降りると、少し先にある自販機まで行って飲み物を買ってきてくれた。
「ミルクティーは飲める?」
「はい、大丈夫です」
手渡されたミルクティーが嬉しくて、思わず両手で受け取ってしまう。
「で、話ってなんだろう?」
訊かれて少し戸惑った。
「言いづらいことなので、できれば蒼樹さんのお話しを先にうかがいたいのですが……」
すると意外な答えが返される。
「ジャンケンしない?」
どうしてか苦笑いの蒼樹さん。こんな顔は一度しか見たことがない。
翠葉が熱で入院したとき。ランチに誘われて、お店で翠葉の病状を聞いたとき以来だ。
「蒼樹さんのお話も話しづらいことなんですか?」
「割と? 言い出せずにギリギリの今日になったくらいには」
何を言われるのかすごく怖いけど、私の話には期限がある。どうやらそれは蒼樹さんも同じらしい。
結果的には私がパーでジャンケンに勝った。
ほっとしつつ、蒼樹さんが話し始める内容に身を構える。
蒼樹さんは言いづらそうに口を開くと、
「あのさ、俺と結婚式してくれない?」
は……? ……なんですか?
結婚式をするというのは、出席するということ?
いや、それなら「結婚式に出てくれない?」であって、「してくれない?」という形にはならない。
沈黙して考えるものの、どうしても理解ができなかった。
「蒼樹さん、話が飛躍しているか何か言葉を間違えているか、相手を間違えているか言葉が足りてないか、どれか当てはまりませんかしら」
思いつく限りのことを口にした。すると、
「事情があって、ウィステリアホテルのパンフレット、ウェディングのモデルに抜擢されたんだけど、相手役の女の子は俺が選んでいいことになってて、俺が用意できなかった場合はホテル側が用意したモデルさん相手にやることになってる」
事情は把握できた。でも――
「質問です。それでなんで私が相手なのでしょう」
思わず真横を向いて蒼樹さんの顔を見てしまう。
「君以外に思いつかなかったから?」
そんな言葉と共に視線を合わせられる。
「意味がわかりません……」
頬に熱を持つのがわかって、髪の毛で隠すように下を向いた。
というか、正直、その真っ直ぐな視線に目を合わせていられなかった。
「意味……か。俺、モデルのバイト経験なんてないし、ましてや初めての仕事がウェディングのパンフレット。仮にも挙式の形をとるわけですよ。それになんとも思ってない人と並びたくないからっていうのが理由」
もっとわけがわからない。だって、そんなこと言われたら期待しちゃうじゃない。
「勘違いするようなこと言わないでくださいっ」
桃華、冷静になりなさい。この人はあの天然翠葉のお兄さんだし、絶対に何かの間違いよ。
「……勘違いしていいよ」
……え?
顔を上げると、さっきの状態のままで蒼樹さんが私を見ていた。
「蒼樹さんっ、からかうのもいい加減にしてくださいっ」
冷静になんてなりようがなかった。
「ごめん……からかってるつもりはまったくないんだ。もっと時間をかけてお互いを知ってから打ち明けるつもりだったけど……俺はたぶん、簾条さんに惹かれてる」
からかって、ない……? 惹かれてるって、私に……?
「だから、相手役を選ぶとしたら、君以外には考えられなかった」
もう、嘘でも勘違いでもなんでもいい――そんなことを言った蒼樹さんが悪いのよ……。
桃華、これは取引だと思えばいいのよ。
そう、いつも学校でやっていることとさして変わりはないわ。
「わかりました、引き受けます。その代わり、こちらも引き受けてもらいますからね」
そう口にして顔を上げ、にこりと笑顔を作った。
「来週の日曜日、ちょっとしたパーティーに出なくてはいけなくて、でも、私はそれに出席したくないんです」
首を傾げる蒼樹さんは翠葉と本当にそっくりだ。
「そこに集る人たちは私の花婿候補だから。そのとき、私のエスコートをしてくださいませんか?」
現時点では、蒼樹さん以外の人が思い浮かばない。ほかの人なんて考えられない。
「相手が誰でもいいわけじゃないんです。私、自分の相手は自分で決めたいので……。家に対して食って掛かるつもりです。それには、隣に好きな人に並んでもらわないと困るんです……」
これ、告白になるのかしら……。でも、相手はあの翠葉のお兄さんだし気づかないかも?
でも、できることなら気づいてほしい――
「蒼樹さん、何か言ってください……」
返ってきた言葉は意外なものだった。
「っていうか、俺も誤解をしそうなんだけど……」
私の顔を覗き込むようにして呟く。
「誤解していただいて結構です」
私の言葉に蒼樹さんは息を呑んだ。そして、身体ごとこちらに向き直る。
「ごめん、はっきりと口にさせてもらう。俺は簾条さんが好きだ」
嘘――
「私も、蒼樹さんが好きです」
答えた、というよりは、気づいたら口にしていた。
少しの間ふたりして呆然とし、蒼樹さんの時計がピピと鳴り六時を知らせる。
「カフェで話すような内容でもなかったけど……」
蒼樹さんの言葉を私が継ぐ。
「車の中で話すような内容でもなかったですね」
ふたり目を見合わせ笑いだす。
「年の差で言うなら翠葉と秋斗先輩と変わらないんだけど、俺と付き合ってもらえるかな?」
「……喜んで」
信じられない……。蒼樹さんと付き合うことになったなんて……。
これは夢……? でも、夢ならもうひとつくらい欲張ってもいい?
「ひとつお願いが……」
「ん?」
正面から訊くことはできなくて、つい下から見上げるような形になってしまう。
「名前で呼んでもらえますか?」
「……桃華さん? 桃華ちゃん?」
「桃華、が希望です」
言ってて顔がどんどん熱くなる。
「了解。じゃぁ桃華って呼ばせてもらう」
顔を上げるとどこか嬉しそうに笑っている蒼樹さんがいて、その表情はいつも翠葉だけに向けられていたものだった。
嬉しい……。これは本当に夢じゃないの……?
……私、何か忘れている。もうひとつ大切なこと――思い出した。
「あと、今週学校のあとに少しだけお付き合いいただきたいんですっ」
「なんだろ?」
「本当は着物で出席しなくてはいけないのですが、どうしてもドレスで行きたくて」
「……もしかしなくてもかなり大ごと?」
「……それ相応に」
肩を竦めざるを得なかった。
蒼樹さんは少し何かを考えながら、
「わかった。じゃ、ドレスのショップは俺に任せてもらえる?」
「え?」
「ホテルのオーナーが絶対に力になってくれるから」
「……助かります」
「よし、じゃ今度こそ家まで送るよ」
蒼樹さんはシートベルトをすると車を発進させた。
夢じゃないかも……。
家の前に着くと、
「ところで、これって翠葉に言ってもいいこと?」
訊かれて少し考えた。
隠すわけじゃない。でも――
「あの子、今はそれどころじゃないから少し待ちましょう?」
「じゃ、言うタイミングは桃華に任せるよ」
「わかりました」
一礼して通用口から中へ入る。
敷地内に入るとたまりかねて胸に手を添えた。
「今になってドキドキしてきた……」
どうしよう、彼氏ができた……。しかも、一目惚れに近かった人と……。
翠葉のお兄さん、八歳も年上の人。
少しだけ翠葉の悩みがわかったかもしれない。
「桃華」って呼ばれるだけで、こんなにドキドキするとは思わなかった――
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