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04~07 Side 秋斗 01話
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――朝、か。
ベッドサイドにある備え付けの電子時計を見ると六時前だった。
昨夜はもっと飲むはずだった。
飲み明かして昼まで寝て……なんて考えてたのにな。
楓からの連絡で一気に酔いが覚めた。
もともと酔っていたのかすら怪しいが……。
それでも、あのあとは飲み続ける気にはなれなかった。
「とりあえず、シャワー……かな」
着替えは若槻のところに置いてある。あとで持ってきてもらおう。
立ち上がりバスルームに行こうとしたとき、足に何かが当たった。
「あ……」
足に当たったものは俺が持ってきたボストンバッグだった。
ドア脇にあるクローゼットを開ければ、そこにはスーツが二着きちんとかけられている。
「くっ……呼ぶまでもなかったか」
本当にどこまでも気が回る連中だ。
シャワーじゃなくてお湯を張るか……。
久しぶりにのんびりとバスタブに浸かりたい気分だった。
バスタブにバブルバスとお湯を入れ始め、ボストンバッグから着替えを取り出す。
数分すると、バスルームからラベンダーの香りがしてきた。
きっと、先ほど入れた入浴剤の香りがラベンダーなのだろう。
バスルームに戻ると、バスタブの中が泡でいっぱいになっていた。
「あれ、普通の入浴剤だと思ったらバスバブルだったのか……」
苦笑を浮かべながら、湯船に浸かる。
「見事に泡だらけだな」
バスタイムをこよなく愛す彼女なら、こういったアイテムも好きかもしれない。
翠葉ちゃん……昨日、俺が帰ったあとに何があった?
十二時前から彼女の血圧は一気に上がり、見たこともない数値に達していた。そして夜中の三時には楓からの電話。
対応したのは間違いなく楓なのだろう。
でも――彼女の不調に蒼樹が気づいたとして、まず助けを求めるのは湊ちゃんか栞ちゃんのはずだ。
先に栞ちゃんを呼んだ? 栞ちゃんに対処できず湊ちゃんに連絡を取ったがいなかった……。
いや、蒼樹がそんな手間のかかることをするとは思えない。連絡をするなら最初から湊ちゃんだろう。そうでなければ病院へ運ぶはず。
それがどうして楓……。
第一選択に楓を選ぶのはひとりしかいない。司だ――
だとしたら、司はバイタルを見て彼女の不調に気づいたと解釈するべき。
それがわかったところで、「翠葉ちゃんを思うならしばらくは近づくな」と楓に言われる理由にはつながらない。
何が起こった……?
まずはそれを知らなくてはいけないだろう。
昨日、確かに俺は彼女に色んなことをしたけれど、大きく体調を崩すようなことをしたつもりはない。
キスマークがストレスになったとか……?
あり得なくはないけど……それで彼女が負う身体的症状は?
ストレスから起因するなら過呼吸だろうか……。
いや、過呼吸なら蒼樹や司でも対応はできる。医者である楓を呼ぶ必要はない。
そこからわかることといえば、医者じゃないとできない処置を必要する状態だったということ……。
だから楓が怒っていたのか?
従兄という枠ではなく、医者の立場として……?
この話は誰から聞いたらいいだろう。楓、司、蒼樹――
楓は怒ると口を利かなくなる。理由を教えてくれるとは思えない。
司は渋々ながら答えてくれるだろう。けれどもあまり訊きたい相手でもない。
蒼樹は――俺に原因があるとすれば、蒼樹も怒っているだろう。
「はぁ……」
恋愛でこんなに行き詰まることがあるとは思いもしなかった。
両思いのはずなのに、何もかもがうまくいかない。まるで、噛み合わない歯車のようだ……。
俺と彼女の間にある壁はなんだろう。
経験値? 年齢? 欲求? ……すべてが当てはまりそうだ。
間違ってはいないと思いたい。彼女が俺に抱いている気持ちが「Love」だと。
仮に、翠葉ちゃんの俺に対する気持ちが「Love」ではなく「Like」だとしたら――
気持ちの温度差までもが存在することになる。
もし「Love」だとしても、若槻が言ったようにステージ違いで俺の気持ちのほうが重いのだ。
恋愛偏差値の高い低いではなく、気持ちの重さ。それは絶対的に俺のほうが重いだろう。
両思いでも片思いの延長線にいる気分だ。
こんなことに気づいたって困るだけ。
俺の中の男の部分が彼女を求めて止まない。
それをどうしたらいいのかがわからない。
衝動でほかの女を抱いたとしても逆にストレスが溜まりそうだ。
彼女にしか受け止めることのできない想いが俺の中にある。
側で笑っていてほしいのに、最近は泣かせてばかりな気がする――
「――秋斗様」
突然目の前に現れた蔵元に驚く。
「いい加減出てこないと身体中しわっしわになりますよ……」
妙に呆れた顔をした蔵元がバスルームに入ってきていた。
「蔵元、いつからそこに!?」
「部屋に入ってきたのは五十分ほど前ですが、バスルームへは二、三分ほど前に入りました。全然お気づきになられないようでしたのでしばらく観察させていただいたしだいです」
……不覚。
「今、何時?」
「八時です」
「……嘘だろ?」
記憶が確かなら、俺は六時に起きてバスルームへ直行したはずだ。
「……いったい何時間入ってたんですか?」
言いながら蔵元はバスタブに手を入れた。
「あぁあぁ……ぬるくなっちゃって。適当にあたたまり直してから出てきてくださいね。朝食は八時半に唯の部屋で摂ることになってます。魂だけを飛ばさず身体本体をご持参ください」
蔵元はそれだけを言うとバスルームから出ていった。
「……俺、何やってるんだか」
手に視線を移すと、面白いくらいしわしわになった指があった。
熱めのシャワーを浴びてバスルームから出ると、八時十五分を回ったところだった。
「久しぶりにぼんやりと考えごとしたかも?」
バスタオルで髪を拭きつつパソコンを立ち上げる。
彼女のバイタルに目をやるも、さほど悪い数値は並んでいなかった。
ついでに今日の天気予報もチェック。
「晴れのち曇り、ね」
下から来ている低気圧が気になる。雲が発達したら台風になるだろうか……。
着替えを済ませると、若槻の部屋へ向かった。
そこでは若槻と蔵元がコーヒーを飲んでいた。そしてもうひとり。
「秋斗様、おはようございます」
白い制服に身を包んだ須藤さんだ。
「朝食をお持ちいたしました」
須藤さんはカートからプレートを取り出し並べる。
「須藤さんがどうして……?」
「大変申し訳ないのですが、この時間はフロア担当、ホール担当、どちらも出払っていまして……」
なるほど。言われてみればそういう時間帯だ。しかも、今日は土曜日だから宿泊客も多いのだろう。
「秋斗様、コーヒーをどうぞ」
目の前に差し出されたカップを手に取ると、いい香りが鼻腔をくすぐる。けれど、どうしてか飲める気がしない。
「須藤さん、悪いんですが何か胃に優しそうな飲み物ありませんか?」
「秋斗さん、珍しー……。ここのコーヒー大好きでしょ?」
若槻に言われて苦笑を返す。
「ハーブティーでしたらすぐにご用意できます。どちらになさいますか?」
須藤さんに差し出されたバスケットには、ローズヒップ、ラベンダー、カモミール、ミント、ローズマリーが並ぶ。
「これで……」
選んだのはカモミールティー。
須藤さんはすぐに用意をしてくれた。
「どういう心境の変化ですか?」
蔵元にまじまじと訊かれる。
「どうもこうも……。なんか胃が受け付けそうにないんだ」
いたって真面目に答えたつもり。だが、
「秋斗さん、そんな繊細な人でしたっけ? カフェイン中毒者の代表みたいな人が」
若槻にまで突っ込まれる始末だ。
でも、そう言われても仕方がない。
今までの俺なら間違いなくコーヒーを口にしていたし、胃がおかしかろうがなんだろうが、飲み物はコーヒー以外にあり得なかった。
そこにハーブティーなんて選択肢が加わったのは今年の四月、彼女と出逢ってから。
「秋斗様、胃の調子がよろしくないのでしたらお粥をお持ちいたしましょうか?」
「いや、朝食くらいは普通に食べられると思います」
「……あまりにも痛むようでしたらフロントにお申し付けください」
そう言って須藤さんは部屋から出ていった。
「らしくないっていうか……意外な一面っていうか……」
言いながら、若槻が頬杖をつく。
「悪かったな、らしくなくて意外で」
昨夜、冷たい飲み物ばかり飲んだからなのか、アルコールを飲んでいたからなのか、妙に胃のあたりがズキズキと痛んでいた。
「風呂にはいったい何時間浸かってたんですか?」
蔵元に訊かれてポツリと答える。
「六時には入ってたと思う……」
部下ふたりは絶句した。
ふたり揃って無言はやめてほしい。せめて若槻、何か喋れよ……。
結局若槻は口を開かず、ため息をついた蔵元が口を開けた。
「先ほど調べました。楓様は本日夜勤だそうです。夕方六時にはマンションを出られるそうですが、それまではお休みになられるのでしょうから、お話を聞けるとすれば五時過ぎかと……。湊様は夜勤明けで学校にいらっしゃいます。司様も本日は学校でございます」
……だとしたら、湊ちゃん、かなぁ……。
朝には彼女の様子を見に行っているかもしれない。
ホテルブレッドにバターをつけて口にする。
焼きたてのパンは非常にうまかった。
「それと、住居トレードをされるのでしたら、その前に今日はみっちりと引継ぎをするようお願いします」
蔵元を見て思う。本当に面倒見のいい人間だな、と。
「秋斗さん、期限は?」
「無期限で」
「はっ!?」
「悪い、ちょっとわがまま聞いてよ」
今回ばかりは自分の分が悪すぎる。
「今日、マンションに一度戻るけど、彼女には会わない。あくまでも昨日何があったのかを確かめるために戻るだけ。それと、当面こっちで必要になるものを取りに行く。……今さ、彼女に会ったら俺何をするかわからないから。若槻、悪いけどしばらくの間、彼女のこと頼む」
「……了解です。俺は俺でリィとの時間が取れるのは嬉しいし。いいですよ、わがまま聞きます」
「助かる……」
「秋斗様、こんなことで潰れてないでくださいよ? 仕事はじゃんじゃん持ってきますし降ってきますから」
「そのほうが都合がいい。しばらく仕事人間になるよ」
「それはそれは頼もしいお言葉で」
朝食を食べ終えると、若槻との仕事調整や引継ぎに入った。
昼も適当につまむ程度で、仕事が一段落ついたとき、携帯が鳴った。
「はい」
『私よ』
「湊ちゃん?」
『あんた最悪ね? 何が手ぇ出さないよ』
俺にはそれに返せる言葉をもちあわせていなかった。
『翠葉の首にキスマーク付けたって? 今朝、この目でしっかり拝んできちゃったわよ』
マンションに戻るまでもなく、湊ちゃんがすべてを教えてくれそうだ。
『ちょっと、秋斗聞いてるのっ!?』
「……聞いてる。あのさ、昨日の夜、何があったのか知ってる?」
『楓から聞いた』
「何があったのかな」
『緊張型頭痛。首と背中の筋肉がえらい硬直してて、そこからきた頭痛』
「片頭痛みたいなもの?」
『ま、痛みの種類としては似てるわね。対処法は少し異なるけど』
「対処って……?」
『点滴で筋弛緩剤を血中に入れたのよ。私が救急のヘルプに入っていて、楓が夜勤だったら間違いなく病院に運ばれてきていたでしょうよ』
つまりは、医師の処置が必要な状態だった、ということ……。
『秋斗、あんたもつらいでしょうけど、今の翠葉にはキスマークですら刺激にしかならないのよ』
「……そうみたい」
『……秋斗?』
「ちゃんと聞いてる」
『そういうことだから、しばらくは栞か美波さんが翠葉に付くわ。秋斗はあの子に刺激を与えるようなことは控えるように』
「……俺、しばらく仕事でマンションには帰らないから」
『……秋斗?』
「若槻と住居トレードすることにした。少し、頭冷やす……」
『自棄になりなさんなよ』
「わかってる……」
『じゃ、そういうことだから。翠葉が落ち着いたらまた連絡するわ』
「電話、ありがとう」
『あまり落ち込むんじゃないわよ? 次に会ったときにしけた顔してたら殴るわよっ?』
「くっ、それは嫌かなぁ……」
『ま、時間が解決してくれるわよ。じゃーね』
それで通話は切れた。
耳にはビジートーンが聞こえてくる。
そのとき、突如胃部からこみ上げるものがあった。手で口を押さえたものの、口から滲み出たものがある。
なんとなしに確認すると、手には鮮血が付いていた。
なんで血……? なんだこれ、すげー胃が痛い。
そう思ったときには先ほどの咽こみとは異なる波が襲った。
ゴホッ――手に持っていた書類が血で真っ赤に染まり、ぐらり、と身体が傾く。
「秋斗様っっっ」
「秋斗さんっっっ」
蔵元と若槻の声を聞きながら俺はその場に倒れた。
ベッドサイドにある備え付けの電子時計を見ると六時前だった。
昨夜はもっと飲むはずだった。
飲み明かして昼まで寝て……なんて考えてたのにな。
楓からの連絡で一気に酔いが覚めた。
もともと酔っていたのかすら怪しいが……。
それでも、あのあとは飲み続ける気にはなれなかった。
「とりあえず、シャワー……かな」
着替えは若槻のところに置いてある。あとで持ってきてもらおう。
立ち上がりバスルームに行こうとしたとき、足に何かが当たった。
「あ……」
足に当たったものは俺が持ってきたボストンバッグだった。
ドア脇にあるクローゼットを開ければ、そこにはスーツが二着きちんとかけられている。
「くっ……呼ぶまでもなかったか」
本当にどこまでも気が回る連中だ。
シャワーじゃなくてお湯を張るか……。
久しぶりにのんびりとバスタブに浸かりたい気分だった。
バスタブにバブルバスとお湯を入れ始め、ボストンバッグから着替えを取り出す。
数分すると、バスルームからラベンダーの香りがしてきた。
きっと、先ほど入れた入浴剤の香りがラベンダーなのだろう。
バスルームに戻ると、バスタブの中が泡でいっぱいになっていた。
「あれ、普通の入浴剤だと思ったらバスバブルだったのか……」
苦笑を浮かべながら、湯船に浸かる。
「見事に泡だらけだな」
バスタイムをこよなく愛す彼女なら、こういったアイテムも好きかもしれない。
翠葉ちゃん……昨日、俺が帰ったあとに何があった?
十二時前から彼女の血圧は一気に上がり、見たこともない数値に達していた。そして夜中の三時には楓からの電話。
対応したのは間違いなく楓なのだろう。
でも――彼女の不調に蒼樹が気づいたとして、まず助けを求めるのは湊ちゃんか栞ちゃんのはずだ。
先に栞ちゃんを呼んだ? 栞ちゃんに対処できず湊ちゃんに連絡を取ったがいなかった……。
いや、蒼樹がそんな手間のかかることをするとは思えない。連絡をするなら最初から湊ちゃんだろう。そうでなければ病院へ運ぶはず。
それがどうして楓……。
第一選択に楓を選ぶのはひとりしかいない。司だ――
だとしたら、司はバイタルを見て彼女の不調に気づいたと解釈するべき。
それがわかったところで、「翠葉ちゃんを思うならしばらくは近づくな」と楓に言われる理由にはつながらない。
何が起こった……?
まずはそれを知らなくてはいけないだろう。
昨日、確かに俺は彼女に色んなことをしたけれど、大きく体調を崩すようなことをしたつもりはない。
キスマークがストレスになったとか……?
あり得なくはないけど……それで彼女が負う身体的症状は?
ストレスから起因するなら過呼吸だろうか……。
いや、過呼吸なら蒼樹や司でも対応はできる。医者である楓を呼ぶ必要はない。
そこからわかることといえば、医者じゃないとできない処置を必要する状態だったということ……。
だから楓が怒っていたのか?
従兄という枠ではなく、医者の立場として……?
この話は誰から聞いたらいいだろう。楓、司、蒼樹――
楓は怒ると口を利かなくなる。理由を教えてくれるとは思えない。
司は渋々ながら答えてくれるだろう。けれどもあまり訊きたい相手でもない。
蒼樹は――俺に原因があるとすれば、蒼樹も怒っているだろう。
「はぁ……」
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俺と彼女の間にある壁はなんだろう。
経験値? 年齢? 欲求? ……すべてが当てはまりそうだ。
間違ってはいないと思いたい。彼女が俺に抱いている気持ちが「Love」だと。
仮に、翠葉ちゃんの俺に対する気持ちが「Love」ではなく「Like」だとしたら――
気持ちの温度差までもが存在することになる。
もし「Love」だとしても、若槻が言ったようにステージ違いで俺の気持ちのほうが重いのだ。
恋愛偏差値の高い低いではなく、気持ちの重さ。それは絶対的に俺のほうが重いだろう。
両思いでも片思いの延長線にいる気分だ。
こんなことに気づいたって困るだけ。
俺の中の男の部分が彼女を求めて止まない。
それをどうしたらいいのかがわからない。
衝動でほかの女を抱いたとしても逆にストレスが溜まりそうだ。
彼女にしか受け止めることのできない想いが俺の中にある。
側で笑っていてほしいのに、最近は泣かせてばかりな気がする――
「――秋斗様」
突然目の前に現れた蔵元に驚く。
「いい加減出てこないと身体中しわっしわになりますよ……」
妙に呆れた顔をした蔵元がバスルームに入ってきていた。
「蔵元、いつからそこに!?」
「部屋に入ってきたのは五十分ほど前ですが、バスルームへは二、三分ほど前に入りました。全然お気づきになられないようでしたのでしばらく観察させていただいたしだいです」
……不覚。
「今、何時?」
「八時です」
「……嘘だろ?」
記憶が確かなら、俺は六時に起きてバスルームへ直行したはずだ。
「……いったい何時間入ってたんですか?」
言いながら蔵元はバスタブに手を入れた。
「あぁあぁ……ぬるくなっちゃって。適当にあたたまり直してから出てきてくださいね。朝食は八時半に唯の部屋で摂ることになってます。魂だけを飛ばさず身体本体をご持参ください」
蔵元はそれだけを言うとバスルームから出ていった。
「……俺、何やってるんだか」
手に視線を移すと、面白いくらいしわしわになった指があった。
熱めのシャワーを浴びてバスルームから出ると、八時十五分を回ったところだった。
「久しぶりにぼんやりと考えごとしたかも?」
バスタオルで髪を拭きつつパソコンを立ち上げる。
彼女のバイタルに目をやるも、さほど悪い数値は並んでいなかった。
ついでに今日の天気予報もチェック。
「晴れのち曇り、ね」
下から来ている低気圧が気になる。雲が発達したら台風になるだろうか……。
着替えを済ませると、若槻の部屋へ向かった。
そこでは若槻と蔵元がコーヒーを飲んでいた。そしてもうひとり。
「秋斗様、おはようございます」
白い制服に身を包んだ須藤さんだ。
「朝食をお持ちいたしました」
須藤さんはカートからプレートを取り出し並べる。
「須藤さんがどうして……?」
「大変申し訳ないのですが、この時間はフロア担当、ホール担当、どちらも出払っていまして……」
なるほど。言われてみればそういう時間帯だ。しかも、今日は土曜日だから宿泊客も多いのだろう。
「秋斗様、コーヒーをどうぞ」
目の前に差し出されたカップを手に取ると、いい香りが鼻腔をくすぐる。けれど、どうしてか飲める気がしない。
「須藤さん、悪いんですが何か胃に優しそうな飲み物ありませんか?」
「秋斗さん、珍しー……。ここのコーヒー大好きでしょ?」
若槻に言われて苦笑を返す。
「ハーブティーでしたらすぐにご用意できます。どちらになさいますか?」
須藤さんに差し出されたバスケットには、ローズヒップ、ラベンダー、カモミール、ミント、ローズマリーが並ぶ。
「これで……」
選んだのはカモミールティー。
須藤さんはすぐに用意をしてくれた。
「どういう心境の変化ですか?」
蔵元にまじまじと訊かれる。
「どうもこうも……。なんか胃が受け付けそうにないんだ」
いたって真面目に答えたつもり。だが、
「秋斗さん、そんな繊細な人でしたっけ? カフェイン中毒者の代表みたいな人が」
若槻にまで突っ込まれる始末だ。
でも、そう言われても仕方がない。
今までの俺なら間違いなくコーヒーを口にしていたし、胃がおかしかろうがなんだろうが、飲み物はコーヒー以外にあり得なかった。
そこにハーブティーなんて選択肢が加わったのは今年の四月、彼女と出逢ってから。
「秋斗様、胃の調子がよろしくないのでしたらお粥をお持ちいたしましょうか?」
「いや、朝食くらいは普通に食べられると思います」
「……あまりにも痛むようでしたらフロントにお申し付けください」
そう言って須藤さんは部屋から出ていった。
「らしくないっていうか……意外な一面っていうか……」
言いながら、若槻が頬杖をつく。
「悪かったな、らしくなくて意外で」
昨夜、冷たい飲み物ばかり飲んだからなのか、アルコールを飲んでいたからなのか、妙に胃のあたりがズキズキと痛んでいた。
「風呂にはいったい何時間浸かってたんですか?」
蔵元に訊かれてポツリと答える。
「六時には入ってたと思う……」
部下ふたりは絶句した。
ふたり揃って無言はやめてほしい。せめて若槻、何か喋れよ……。
結局若槻は口を開かず、ため息をついた蔵元が口を開けた。
「先ほど調べました。楓様は本日夜勤だそうです。夕方六時にはマンションを出られるそうですが、それまではお休みになられるのでしょうから、お話を聞けるとすれば五時過ぎかと……。湊様は夜勤明けで学校にいらっしゃいます。司様も本日は学校でございます」
……だとしたら、湊ちゃん、かなぁ……。
朝には彼女の様子を見に行っているかもしれない。
ホテルブレッドにバターをつけて口にする。
焼きたてのパンは非常にうまかった。
「それと、住居トレードをされるのでしたら、その前に今日はみっちりと引継ぎをするようお願いします」
蔵元を見て思う。本当に面倒見のいい人間だな、と。
「秋斗さん、期限は?」
「無期限で」
「はっ!?」
「悪い、ちょっとわがまま聞いてよ」
今回ばかりは自分の分が悪すぎる。
「今日、マンションに一度戻るけど、彼女には会わない。あくまでも昨日何があったのかを確かめるために戻るだけ。それと、当面こっちで必要になるものを取りに行く。……今さ、彼女に会ったら俺何をするかわからないから。若槻、悪いけどしばらくの間、彼女のこと頼む」
「……了解です。俺は俺でリィとの時間が取れるのは嬉しいし。いいですよ、わがまま聞きます」
「助かる……」
「秋斗様、こんなことで潰れてないでくださいよ? 仕事はじゃんじゃん持ってきますし降ってきますから」
「そのほうが都合がいい。しばらく仕事人間になるよ」
「それはそれは頼もしいお言葉で」
朝食を食べ終えると、若槻との仕事調整や引継ぎに入った。
昼も適当につまむ程度で、仕事が一段落ついたとき、携帯が鳴った。
「はい」
『私よ』
「湊ちゃん?」
『あんた最悪ね? 何が手ぇ出さないよ』
俺にはそれに返せる言葉をもちあわせていなかった。
『翠葉の首にキスマーク付けたって? 今朝、この目でしっかり拝んできちゃったわよ』
マンションに戻るまでもなく、湊ちゃんがすべてを教えてくれそうだ。
『ちょっと、秋斗聞いてるのっ!?』
「……聞いてる。あのさ、昨日の夜、何があったのか知ってる?」
『楓から聞いた』
「何があったのかな」
『緊張型頭痛。首と背中の筋肉がえらい硬直してて、そこからきた頭痛』
「片頭痛みたいなもの?」
『ま、痛みの種類としては似てるわね。対処法は少し異なるけど』
「対処って……?」
『点滴で筋弛緩剤を血中に入れたのよ。私が救急のヘルプに入っていて、楓が夜勤だったら間違いなく病院に運ばれてきていたでしょうよ』
つまりは、医師の処置が必要な状態だった、ということ……。
『秋斗、あんたもつらいでしょうけど、今の翠葉にはキスマークですら刺激にしかならないのよ』
「……そうみたい」
『……秋斗?』
「ちゃんと聞いてる」
『そういうことだから、しばらくは栞か美波さんが翠葉に付くわ。秋斗はあの子に刺激を与えるようなことは控えるように』
「……俺、しばらく仕事でマンションには帰らないから」
『……秋斗?』
「若槻と住居トレードすることにした。少し、頭冷やす……」
『自棄になりなさんなよ』
「わかってる……」
『じゃ、そういうことだから。翠葉が落ち着いたらまた連絡するわ』
「電話、ありがとう」
『あまり落ち込むんじゃないわよ? 次に会ったときにしけた顔してたら殴るわよっ?』
「くっ、それは嫌かなぁ……」
『ま、時間が解決してくれるわよ。じゃーね』
それで通話は切れた。
耳にはビジートーンが聞こえてくる。
そのとき、突如胃部からこみ上げるものがあった。手で口を押さえたものの、口から滲み出たものがある。
なんとなしに確認すると、手には鮮血が付いていた。
なんで血……? なんだこれ、すげー胃が痛い。
そう思ったときには先ほどの咽こみとは異なる波が襲った。
ゴホッ――手に持っていた書類が血で真っ赤に染まり、ぐらり、と身体が傾く。
「秋斗様っっっ」
「秋斗さんっっっ」
蔵元と若槻の声を聞きながら俺はその場に倒れた。
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※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
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