光のもとで1

葉野りるは

文字の大きさ
上 下
307 / 1,060
第七章 つながり

35話

しおりを挟む
「……唯兄?」
「ん?」
 背中合わせに座っているからか、言葉を口にすると背中から振動が伝わる。
「唯兄はお姉さんのことが好きだった?」
「……好きだったよ。世界で一番愛してた。いや……今も、かな」
「……それはちゃんと恋愛の意味で?」
「そう……ひとりの女の子として好きだった。妹だったけど、恋愛対象だった」
 私はその言葉に安堵する。
「……気持ち悪い? 引いた?」
 唯兄の声が少し震えているのがわかる。
「ううん、良かったな、って思ったの。それから、唯兄がお姉さんを好きなら教えてあげる」
「え……?」
「背中合わせ、やめてもいい?」
 唯兄の顔を覗き込むと、ひどく気まずそうに了承してくれた。
 どこか戸惑っている唯兄と横並びになってお話をする。
 手紙に書かれているお花の名前たち。それは私にはとても馴染みのあるものだった。
「金木犀は初恋、ハナミズキは私の想いを受け止めて、チューリップは永遠の愛、ストックは永遠の恋、セージは健康や長寿、家庭の徳。クローバーは私を思い出して、ワスレナグサは私を忘れないで、紫苑はあなたを忘れない、都忘れはまた会う日まで、カモミールは苦難に耐えてあなたを癒す。……花言葉、どれも私がお姉さんに教えてもらったものだよ。きっと、唯兄へのメッセージだと思う」
「花、言葉……?」
「うん。中でもお姉さんが好きだったのは金木犀とカモミール。病院の敷地内に咲いてるお花って言ってた」
「――リィ、見てもらいたいものがあるっ」
 唯兄はリビングから出ていくと、一分と経たないうちに戻ってきた。
 そして差し出されたのはオルゴールだった。
「この中に花が入ってて、ひとつは金木犀だと思うんだけど、もうひとつがわからなくて……」
 板をひとつ外すと木がむき出しになっているスペースに二種類のドライフラワーが入っていた。
「……金木犀とカモミール」
「もうひとつはカモミールだったんだ……」
 唯兄は嬉しそうに笑った。そして、はっとしたように私を見て、
「俺のこと気持ち悪くないっ!?」
「……どうして?」
「だって、セリと俺って血のつながった兄妹だし――」
「……でも、人を好きになるのは簡単なことで難しいでしょう?」
「……え?」
 訊き返されて、自分が何を言いたかったのか少し悩んだ。
「……つまり、誰かを選んで好きになることもあるのかもしれないけれど、私にはきっとそういうのは無理で、たぶん気づいたら好きになってるって感じだと思うの。だから……相手が誰かは好きになってみないとわからないし……えぇと……だから、しょうがない……かな?」
 唯兄は絶句したまま私を見ていた。
「……どうして黙るの? 私、何か間違ってる?」
 こんな唯兄を見てしまうと、自分が口にしたことに自信が持てなくなる。
「間違ってるっていうか……一般論から外れてる」
 一般論――それはなんとなく苦手な言葉だ。
「唯兄、持論を展開してもよろしいでしょうか」
「ぜひとも聞かせていただきたい」
「一般論がすべてだったら、自分だけの特別はなかなか見つけられないと思う。自分にとっての特別は、私は自分で決めたい。……私は『一般的』とか『普通』と呼ばれるものからは外れてると思うの。だって、私みたいな体質の人には今まで出逢ったことがないもの……。そう考えるとね、私は世間一般に混ざるのはとても難しいの」
 健康な同級生の中に混ざることができないのは粗方理解している。
 今の高校では友達がいるけれど、私は到底その人たちの基準値には満たない分野がある。
 だとしたら、自分の基準値を見つけるしかなくて、そこをプラスマイナスゼロ値にするしかない。
 人とは比べられない。比べたら、私は卑屈になる。
「価値観は、ひとりひとり違ってもいいと思わない?」
 ある意味、自分に言い聞かせるように口にした。
 隣にいる唯兄を見ると、目を見開いて私を見ていた。
「一般論に左右されなくてもいいと思う。じゃないと私は困る……」
「でもさ、倫理的な問題として――」
「倫理、かぁ……。みんなが無秩序になったら困ることはたくさんあると思うの。でも、唯兄とお姉さんくらい、だめかな? そこだけ目を瞑っちゃうのはどうだろう?」
 唯兄は黙ったままだった。
「唯兄がお姉さんのお見舞いに行けなくなったのはそういう理由から?」
 だとしたら悲しいね……。
 お姉さんはあんなにも会いたがっていたのに。
 実際にはお見舞いに来てくれているのを知っていたみたいだけれど、それでも、きっと起きているときに来てくれて、もっとたくさんお話がしたかっただろうな……。
「……リィが困るような内容の話をしてもいい?」
 そう切り出した唯兄はこんな話をした。
「俺さ、理性の歯止めが利かなくなりそうだったんだ。眠っているときはキスですんでた。でも、もし気持ちを打ち明けたり、想いが通ってしまうことがあったら、セリを抱かずにはいられなかったと思う。でも、セリは重篤な心疾患で入院してて、余命いくばくって言われてて、そんなことをしようものなら発作を起こしたと思う。だから、行けなかった……」
 確かに困る内容だ。どうしよう……。
「……唯兄、お姉さんに会いに行こう」
「え?」
「お墓参りに行こう? お盆には迎え火をして来てもらおう?」
 私にはこんなことしか言えない。
「……お墓ないんだけど。因みに迎え火って何……?」
 今度は私が絶句する番だった。
「唯兄、もしかしてまだ骨壷が手元にあるの?」
「うん。ホテルの金庫の中」
 どうして金庫の中なのかな……。
 不思議に思いつつ、もうひとつの疑問を口にする。
「お墓ってどうやって作るんだろう……」
「……蔵元さんかオーナーにでも訊いてみる。そうだよね、まずはお墓作らなくちゃ……」
「迎え火っていうのはお盆のときにご先祖様や亡くなった方をおうちに呼ぶ儀式みたいなもの。ちゃんと送り火って言って、また天国に戻るためのお見送りの儀式もあるの」
「へぇ……知らなかった。あとで調べてみよう」
 なんとなく、困った内容からは話が逸らせてほっとした。
「リィ、オルゴール聞きたい?」
 いたずらっ子みたいな顔で訊かれる。
「聞きたいっ!」
「この鍵をね、こうやって合わせてひとつにして……この鍵穴に入れる。で、回すっと」
 唯兄は目の前でやって見せてくれた。
 鳴り出した音楽はリストの「愛の夢」だった。
 フローリングの床が響板の役割を担い、澄んだ音が大きく響く。
「今まで俺が持っていたこっちの鍵、リィが持ってて?」
 差し出されたのは赤い石がはめ込まれた鍵。
「……いいの?」
「きっとセリもそれを望んでると思う」
 そう言ってにこりと笑った。
「俺ね、確かにオルゴールが見つかったら死んでもいいと思ってたし、見つかったら生きてる理由もなくなると思ってた。でも、安心して? 今はそんなに投げやりじゃない」
 唯兄は一度言葉を区切ると、再度口を開いた。
「リィとあんちゃんと話してると思うんだ。兄妹ってこういうものなのかな、って……。ほら。俺は実の妹が恋愛対象だったから、兄妹って関係が俺にとっては初体験なんだよね。……だから、まだ当分はリィの側を離れるつもりはないよ。安心して学校に通って? まだしばらくはマンションにいるし、秋斗さんが帰ってきたとしても、俺はいつでもホテルにいるから」
「……本当に?」
「うん」
「急にいなくなったり連絡取れなくなったりしない?」
「約束する。だから、多少離れていても俺が不安にならないように、リィは極力元気に過ごしてください」
「……はい」
「よし、いい返事だ!」
 ふたりで空を見ながら話していると、あっという間にお昼になった。
 突如、携帯や固定電話が鳴り出す。
 携帯は桃華さんからで、固定電話は司先輩から。
「わ……どうしよう。メール送るのすっかり忘れてた」
 攻め立てるように鳴り続ける着信音に、私はひとつのことから逃げた。
「人の死」という問題から。
 手紙を読んで一番衝撃的だったのはそこなのに、私はそのことには触れず、読まなかったことにしてしまいたかったのだ。
 人の死とはまだ向き合いたくなくて――
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

家政婦さんは同級生のメイド女子高生

coche
青春
祖母から習った家事で主婦力抜群の女子高生、彩香(さいか)。高校入学と同時に小説家の家で家政婦のアルバイトを始めた。実はその家は・・・彩香たちの成長を描く青春ラブコメです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

処理中です...