光のもとで1

葉野りるは

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第七章 つながり

17話

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 教室に着くと机の上に包みが置いてあった。
「これ、なぁに?」
 前の席の海斗くんに訊くと、
「んー……早穂と志穂の力作かな? それと、生徒会の苦労の結晶になるかならないか」
 ……意味がわからない。
「まずは開けてみて?」
 清水早穂しみずさほちゃんと園田志穂そのだしほちゃんに促され、その包みを開けることにした。
 包みの中から出てきたのは薄い水色のカギ編み。
 広げると、モチーフ編みの三角ストールであることがわかる。
「かわいい……」
「うちの学校、夏は冷房、冬は暖房が入るのよ。空調管理ってやつね。だから、冷え性の子はつらかったりするの。それで冷え対策にストールを考案したの」
 桃華さんの説明になるほど、と思う。
「ね、着て見せて?」
 飛鳥ちゃんに言われてそのままストールを羽織ろうとしたら、
「違う違う」
 と、早穂ちゃんに止められた。
 早穂ちゃんは髪の毛を少し茶色くカラーリングしていて、肩よりも少し長いくらいのストレートヘアがきれいな子。
「あのね、これ、セーラーの襟の下に入れるの」
 うちの学校の夏服は、冬服と打って変わってセーラーブレザーになる。
 襟の部分とスカートはネイビーとブルーのタータンチェックで、襟以外の部分は白。
 男子のズボンは女子のスカートと同じ生地。上は冬服ジャケットと同じ型の半袖で色は白。
 水色のストールを羽織ると、なんともお嬢様学校の制服らしいスタイルになった。
 ストールの先にはくるみボタンがついており、結ばずに留めることのできるデザイン。
「カーディガンっていう案もあったのだけど、うちの学校、ほかの学校と似たことをするのがあまり好きじゃないから、逆に生徒考案のデザインでストールのほうが通りやすいと思って」
 桃華さんの話に耳を傾けていると、緩いウェーブを肩の上で揺らしている志穂ちゃんが私の正面に表れた。
「ちょっと失礼」と包みボタンを外し、ストールを両脇の下をくぐらせる。どうやら、背中側でボタンを留めたらしい。
「こうすると作業していてもずってくることもないんだよ!」
「三角ストールだから留めてる部分も見えないしね」
 早穂ちゃんと志穂ちゃんは嬉しそうに話し教えてくれた。
 周りにいたクラスメイトも満足そうな顔をしている。
「御園生、この一週間俺たちなりに考えたんだ」
「……佐野くん?」
「夏服になってから、ずっと左腕のバングル気にしてただろ? どうしたらいいかって、みんなで考えた結果でもあるんだ」
 ……嘘――
「御園生ちゃーん、顔に出てる、顔にっ!」
 河野くんに言われて思わず口元を押さえる。
「ホント、正直だよねぇ……」
 という声があちらこちらから聞こえてきて、ますます恥ずかしい。
 でも、お礼は言いたい。
「あの……ありがとう。すごく、嬉しい」
 大切な言葉を伝えるように、ゆっくりと話した。すると、
「翠葉、まだ終わってないの。勝負はこれからよ。今日の四限が生徒総会。そのときに生徒会役員がそのストールを着用するわ。そして全校生徒の意見と教師側の意見が合致しないと認可されないの。だから四限の総会、がんばるわよ?」
「桃華さん……」
「私も着るし茜先輩も嵐子先輩も着る。それで壇上に立つの」
「……壇上?」
「大丈夫だよ、翠葉。周りには俺や司、ほかのメンバーだっている。長時間立たせるつもりもないし、長引かせるつもりもないって司が言ってた。だから平気」
 海斗くんが安心しろ、と言うように肩に手をかけてくれた。
「うん……」
 そうこうしていると川岸先生が入ってきた。
「御園生、やっと出てきたな!」
 相も変わらず、「ニッ」と笑ってみせる。
 体育会系とはみんなこのように笑うのだろうか。
 出欠を取り終わると川岸先生に声をかけられた。
「御園生、保健室までは俺が一緒だ」
 急いで立ち上がろうとしたら、「ストップっ」と珍しいところから声がかかり、肩に何かが乗った。
 肩のものは桃華さんの手だったらしい。
「桃華さん、ごめんなさい」
「わかればいいわ」
 にこりと笑っているのにどこか怖い。
 もうひとつの珍しい声は、飛鳥ちゃんの前の席の人。
「高崎くん……?」
「そう、高崎空太たかさきそらた。葵の弟。兄貴に言われてるからさ。焦ってたり咄嗟に立ち上がろうとしたらすぐに止めろって。そういうのは任せてよ」
 あ、そっか……高崎さんの弟なんだ。
「で、翠葉ちゃんの周りには高崎が三人いることになるから俺のことも名前で呼んでね」
 人懐こい笑顔で言われ、
「ありがとう、空太くん」
 今度はゆっくりと立ち上がり、川岸先生の待つドアのもとへと向かった。

 階段を下りながら、
「どうだ? うちのクラスは」
「楽しいしみんなすごく優しいです」
 先生は嬉しそうに頷く。
「で、身体のほうはどうなんだ?」
「薬には慣れてきました。でも、体調を崩しやすくなるのはここからなので、自分でもどうなるのかは予想できなくて……。でも、学校には通ってきたいです」
「うちの学校な、成績優秀者には至れり尽くせりの環境が用意してあるんだ。だから安心して療養して勉強すればいい。今、病院からも通信授業が受けられるようにできないか、一部の先生が掛け合ってくれている。だからがんばれ」
「はい……」
 保健室に着くと湊先生が出迎えてくれる。
「廉太、あんた中年太り入ってるんじゃないの?」
「くっ、相変らず手厳しいなぁ。この季節はビールがうまいんだよっ! 今度女帝も付き合えよ!」
「そんなこと言ってるとあっという間にメタボよ、メーターボっっっ!」
 川岸先生はガハハ、と笑いながら保健室を出ていった。
 川岸先生と湊先生のやり取りを不思議に思っていると、
「廉太とは同級生なのよ」
 湊先生が教えてくれた。
 そうなんだ……。
「ところで、何かあったの? 入ってきたとき少し嫌そうな顔してた」
「……嫌っていうか……でも、嫌なのかな」
 床に視線を落として少し考えていると、
「なんなのよ。口にしちゃいなさい」
「……川岸先生が何人かの先生が病院からも通信授業が受けられるように掛け合ってくれてるって仰ってたのだけど……」
「それが何? 翠葉にとってはいい話じゃない。そもそも、あんたが外部生で学年三位、しかも異例の速さで未履修分野の課題を終わらせたことがそこにつながっているのよ?」
「……とてもありがたい話なんですけど、でも、病院は……入院はしたくない」
 そう言うと、深いため息をつかれた。
「そっちか……。翠葉は本当に病院が嫌いなのね? うちの弟どもは大好きなのに」
「楓先生はお医者様だし、司先輩はお医者様側になるためだからだと思います。私は患者だもの……。好きなわけないです」
「ま、それもそうね。とりあえず、この一時間は丸々寝ちゃいなさい」
 湊先生に奥のベッドへ通されストールを外すと、
「それ、認可されるといいわね」
 湊先生は一言残してカーテンを出ていった。


 チャイムの音で目が覚める。
 ゆっくりと身体を起こして上履きを履き、カーテンを開ると湊先生が振り返った。
「今、ミントティー淹れたとこ。海斗が迎えに来るからそれまで飲んでなさい」
 テーブルにはティーカップが置かれていた。
「ありがとうございます」
 まだ淹れたてで熱いカップを両手で包むと火傷しそうだった。
 パッと手を離すと、それを見ていた先生が笑いながら冷蔵庫に歩いていく。そして氷を三つ取ってくるとカップの中に入れてくれた。
「それなら飲めるでしょ?」
「ありがとうございます」
 三つの氷はシュワシュワと音を立てて溶け出し、あっという間に跡形もなくなった。
 カップに口をつけると、口の中に馴染みあるお茶が広がる。
 起き抜けのミントティーは頭がすっきりとする。
 あ――
 ポケットから今朝見つけた鍵を取り出し湊先生に訊く。
「これ、司先輩のものですか?」
「それ、若槻のだけど……どうしたの?」
「朝、部屋に落ちているのを見つけて気になって持ってきてしまったんです」
「すぐに若槻に連絡。たぶん、今ごろ血相を変えて探してるはずよ」
 湊先生はポケットから携帯を取り出すとすぐに電話をかけ始めた。
 ダイヤルし終えてコール音が鳴る携帯を差し出される。
 その速やかさに尋常ではないのものを感じていた。
『湊さん、急ぎじゃなかったら切らせてっ』
 携帯の向こうから、いつもとは様子が異なる唯兄の声がした。
 すごく慌てている、そんな感じ。
 何かがバサバサと落ちる音や色んな音が聞こえてくる。
 私が何も話せずにいると湊先生に携帯を取られた。
「若槻、安心して。あんたの鍵はここにある。翠葉が持ってるから」
 それだけを言うと携帯を渡された。
 今度は携帯を両手で持って唯兄に話す。
「唯兄……? ごめんね。今朝部屋に落ちていたのを私が拾ったの。学校へ持ってくるつもりはなかったのだけど、どうしても気になってそのままにしてられなくて……」
『良かったぁ~……なくしたかと思った。あぁ、マジで良かった』
「ごめんね」
『ううん、リィが持ってるってわかったから大丈夫。今日学校終わるの何時だっけ?」
「今日は四時過ぎだけれど、そのあとに少し診察がある」
『じゃ、そのころに迎えに行く。徒歩がきついならコンシェルジュに車出してもらうから連絡ちょうだい?』
「はい。……あのっ、鍵、絶対になくさないからっ、だから――」
『うん。リィが持っててくれるなら安心できる』
「持ってきちゃってごめんなさい」
『気にしなくていいよ』
 そう言うと、「またあとでね」と通話が切れた。
「それ、若槻の妹の形見といってもいいような代物らしいの。いつも肌身離さず持っているのよ」
 そんなに大切なものだったの……?
「これ、キーホルダーが壊れてしまったみたいで、それでラグの上に落ちていたの」
「手元にないって知った時点からずっと探してたっぽいわね。でも、今九時五十分過ぎか、そう長い時間ではなかったはずよ」
 そんな話をしていると、ノック音と共に海斗くんが入ってきた。
「翠葉、行けるっ?」
「はいっ」
「ちょっと待った、これだけは全部飲んでいきなさい」
「あ、はいっ」
 湊先生に言われ、カップに残っているお茶を飲み干しお礼を言ってから保健室を出た。
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