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29 Side 秋斗 01話
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タルトを持って戻ったとき、泣いていたことには焦ったけど、よく考えてみれば当たり前のことだったし、そういうことも想定して作った装置だった。
「……そりゃ恥ずかしいか」
今となっては海斗と司もモニタリングしているのだから。
「俺もまだまだだな」
パソコンに向かうとメールが何通か届いていた。
数日間は緊急以外の用件はメールで連絡するように、と通達してある。
メールは蔵元からだった。
仕事の進捗状況を連絡するようにって……。
「俺は夏休みの宿題をさぼってるガキか……?」
きっと、彼女にかまけて俺が仕事を放り投げてるとでも思っているのだろう。
本当はそうしたいところだけど、そうしたら彼女のほうがまいってしまいそうだ。
キスや軽い愛撫であの状態――
彼女は「愛撫」なんて言葉は知らないかもしれない。
不思議そうな顔をしてくすぐったそうにしていた。
初めての女の子はそういうものなのか……。
正直、「初めて」の女の子を相手にするのは俺が初めてだ。
でも、男って生き物は本当にどうしようもない生き物で、好きな子の性感帯を探すのは宝探しのようなもの……。
「……俺、本当にどうしようもないやつになりそう」
首筋はかなり弱そうだった。鎖骨まで指を伸ばしたかったけど、いかにもすぎてやめておいた。
彼女の華奢な鎖骨はこれ以上にないほどそそるものがある。
キスをしているとき、胸元にまでキスを落としそうになった。
「なんて甘美で恐ろしいトラップかな……」
そんなところにキスをしたら自分を抑えられる気がしない。
でも、やっぱり……というか、こっち方面はまったくの無知だな。
それを教え込むっていうのも楽しみのひとつではあるけれど、そのたびにうろたえて泣かれてしまいそうな気がする。
そうしたら、また俺の胸で泣けばいい。
いつか、俺の体温が彼女の精神安定剤になれる日はくるだろうか――
思考の糸を放っておくと、そっち方面にしか頭が回らなくなる。
いい加減仕事をしないと……。
気持ちを切り替えるのにティーパックのハーブティーを淹れに席を立った。
どのくらい経ったころか、携帯が鳴り出した。
蔵元や若槻ではないだろう。
ディスプレイを見ればマンションの住民からだった。
「はい」
『美波ですー! 今から行くから玄関開けておいて? インターホンだと翠葉ちゃん起こしちゃうかもしれないし』
「わかりました。ストッパー噛ませておきます」
このマンションのコンシェルジュ統括者、崎本さんの奥さんだ。
栞ちゃんに頼まれて、うちにいる間の翠葉ちゃんの様子を見にくることになっていた。
俺、そこまで危険人物扱いされなくちゃいけないのかな。
玄関のドアにドアストッパーを噛ませ、仕事部屋に戻る前に寝室の様子を見にいく。と、彼女は胸の上でお行儀よく手を組み、真上を向いて寝ていた。
「まるで眠り姫だな……」
つい笑みが漏れる。
薬の副作用で寝てしまうと寝返りすら打たないのだろうか。
そんなことを考えながら仕事部屋に戻った。
表通路から拓斗の賑やかな声が聞こえてきた。
「タク、少し静かにっ! 寝てる人が起きちゃうでしょ?」
「はーい」
この春初等部一年生になった息子の拓斗も一緒のようだ。
家に入ってくると美波さんが仕事部屋に顔を出した。
「お邪魔したわ」
「いらっしゃい。……あれ? 拓斗は?」
美波さんと一緒に入ってきたはずの拓斗がいなかった。
「あらやだ、寝室に行っちゃったのかしら!?」
ふたり慌てて寝室へ行くと、拓斗はベッドに上がりこんで翠葉ちゃんを覗き見ているようだった。
「タクっ」
小さな声で美波さんが声をかけると、拓斗はくるりとこちらに振り返る。
「ママ、眠り姫って本当にいるんだね? でもね、キスしても目ぇ覚めないの。どうして?」
ちょっと待て……。今、キスって言った?
「……たっくん、ちょっとこっちに来ようか」
にこりと笑みを浮かべて拓斗を呼び寄せる。と、拓斗はベッドから下りてちょこちょこと俺の前までやってきた。
「秋斗お兄ちゃん、何?」
「お姫様は王子様のキスじゃないと目覚めないって知ってる?」
「知ってる! だって。僕幼稚舎で王子だったもん!」
そうきたか……。
「でもね、あそこに寝ているお姫様の王子様は俺なの。だから、拓斗がいくらキスしても目覚めません!」
「え~……僕、あのお姫様お嫁さんに欲しいよぉ……」
「だめです」
大人気ないと思う。でも、拓斗にですら譲れはしない。
「拓斗、確認なんだけど……キスって唇にしたのか?」
「もっちろん!」
これが葵や司、海斗やほかの男どもだったら地獄に送るところだ。いや、俺がやらずとも蒼樹や栞ちゃんだって加担してくれるだろう。しかし相手が拓斗ともなるとこれ以上の制裁は加えられないわけで――
「ねぇ、お兄ちゃんが本当の王子様って証拠見せて? お兄ちゃんがキスしても起きなかったらお兄ちゃんだって王子様違いなんだからね!」
拓斗、言うようになったなぁ……。
部屋の隅でお腹を抱えて笑っている人が約一名――
「美波さん、なんてすてきな教育されてるんですか……」
「それはもう、うちの子ですから。素直さとフェミニストは譲れないわ」
そういう問題か……?
さすがに拓斗の手前、引くに引けず仕方なく彼女に近寄る。
でも、やっぱり彼女はキスシーンなんて人に見られたくはないだろう。少しだけ気を利かせ、拓斗と同じくドアに背を向ける形でベッドに乗り込んだ。
翠葉ちゃん、初等部一年とはいえ拓斗にキスされても起きないっていうのは、ちょっと無防備を通り越していると思うよ?
彼女に口付け、唇をなぞるように舌で舐めた。そうして緩んだ唇から舌を忍ばせ歯茎をなぞる。
さっきしたように首筋に少しの刺激を与えると、彼女は小さく身じろぎ始めた。
「秋斗、さん……?」
まだ寝ぼけている状態だ。
「お姫様は王子様のキスで目覚めるらしいよ。拓斗がそう言ってる」
「――きやぁっっっ」
びっくりして起き上がった彼女は眩暈を起こして俺側に倒れた。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないです……」
美波さんはお腹を抱えて笑ったままだし、拓斗は目を覚ました彼女に見惚れ中。
彼女は一気に上気して胸元まで真っ赤に染め上げた。
今回は俺の悪巧みじゃないよ? 仕掛け人はそこのおチビさんだ。
ま、消毒もできたし……俺からしてみたら役得かな?
「紹介するね。こちらが美波さん。そして、その息子の拓斗くん」
翠葉ちゃんは小さく口を開けて美波さんと拓斗に視線をめぐらせていた。
「おはよう。ぐっすり寝てたみたいね? 美波です。よろしくね?」
「……翠葉です。先日はお世話になりました」
「いいのよ。気にしないで?」
拓斗は美波さんの後ろから一歩二歩と近づいてくる。
「本当に起きた……。お姫様、はじめまして。僕、崎本拓斗です」
翠葉ちゃんは少し首を傾げて拓斗と目線を合わせた。
「拓斗くん、御園生翠葉です。仲良くしてね?」
彼女の笑顔に拓斗も花を咲かせたような笑顔になる。
「もちろん! 翠葉お姉ちゃん、お姉ちゃんは秋斗お兄ちゃんのお姫さまなのっ? 僕に乗り換えない? 僕のほうが若いし長生きするよ?」
拓斗の言葉に面食らったのは彼女だけじゃない。俺もだ。
なんていうか、こんなところに伏兵がいたとは……。しかも、どっかの誰かと違ってかなり積極的だ。
「……あの、秋斗さん? 美波さん?」
説明を求められても苦笑しか返せない。すると拓斗が、
「僕のキスで起きてくれたら良かったのにぃ……」
「えっ!?」
真っ赤になってうろたえる彼女がかわいすぎた。これはこれで見てる分には楽しいけど――
「拓斗にだって譲らないよ? このお姫様は俺の」
彼女の髪をかき上げうなじに吸い付く。
「はい、終了。俺の刻印付きですから」
彼女の髪を上げたままキスマークを見せつける。と、
「秋斗お兄ちゃんずるーい……」
拓斗の冷たい視線を受けつつ、
「拓斗は拓斗のお姫様を探しなさい。じゃ、俺は仕事に戻るから。美波さんはゆっくりしていってください」
俺は立ち上がり様、挨拶のように彼女の額へキスを落とし、寝室をあとにした。
仕事部屋に戻ってツールバーを見れば、彼女の脈拍はすさまじいことになっていた。
でも、やっぱり俺は得をしたんだろうな。まさか、彼女にキスマークをつけられるとは思ってもみなかった。
そういう意味では拓斗に感謝しなくてはいけないだろう。
「……そりゃ恥ずかしいか」
今となっては海斗と司もモニタリングしているのだから。
「俺もまだまだだな」
パソコンに向かうとメールが何通か届いていた。
数日間は緊急以外の用件はメールで連絡するように、と通達してある。
メールは蔵元からだった。
仕事の進捗状況を連絡するようにって……。
「俺は夏休みの宿題をさぼってるガキか……?」
きっと、彼女にかまけて俺が仕事を放り投げてるとでも思っているのだろう。
本当はそうしたいところだけど、そうしたら彼女のほうがまいってしまいそうだ。
キスや軽い愛撫であの状態――
彼女は「愛撫」なんて言葉は知らないかもしれない。
不思議そうな顔をしてくすぐったそうにしていた。
初めての女の子はそういうものなのか……。
正直、「初めて」の女の子を相手にするのは俺が初めてだ。
でも、男って生き物は本当にどうしようもない生き物で、好きな子の性感帯を探すのは宝探しのようなもの……。
「……俺、本当にどうしようもないやつになりそう」
首筋はかなり弱そうだった。鎖骨まで指を伸ばしたかったけど、いかにもすぎてやめておいた。
彼女の華奢な鎖骨はこれ以上にないほどそそるものがある。
キスをしているとき、胸元にまでキスを落としそうになった。
「なんて甘美で恐ろしいトラップかな……」
そんなところにキスをしたら自分を抑えられる気がしない。
でも、やっぱり……というか、こっち方面はまったくの無知だな。
それを教え込むっていうのも楽しみのひとつではあるけれど、そのたびにうろたえて泣かれてしまいそうな気がする。
そうしたら、また俺の胸で泣けばいい。
いつか、俺の体温が彼女の精神安定剤になれる日はくるだろうか――
思考の糸を放っておくと、そっち方面にしか頭が回らなくなる。
いい加減仕事をしないと……。
気持ちを切り替えるのにティーパックのハーブティーを淹れに席を立った。
どのくらい経ったころか、携帯が鳴り出した。
蔵元や若槻ではないだろう。
ディスプレイを見ればマンションの住民からだった。
「はい」
『美波ですー! 今から行くから玄関開けておいて? インターホンだと翠葉ちゃん起こしちゃうかもしれないし』
「わかりました。ストッパー噛ませておきます」
このマンションのコンシェルジュ統括者、崎本さんの奥さんだ。
栞ちゃんに頼まれて、うちにいる間の翠葉ちゃんの様子を見にくることになっていた。
俺、そこまで危険人物扱いされなくちゃいけないのかな。
玄関のドアにドアストッパーを噛ませ、仕事部屋に戻る前に寝室の様子を見にいく。と、彼女は胸の上でお行儀よく手を組み、真上を向いて寝ていた。
「まるで眠り姫だな……」
つい笑みが漏れる。
薬の副作用で寝てしまうと寝返りすら打たないのだろうか。
そんなことを考えながら仕事部屋に戻った。
表通路から拓斗の賑やかな声が聞こえてきた。
「タク、少し静かにっ! 寝てる人が起きちゃうでしょ?」
「はーい」
この春初等部一年生になった息子の拓斗も一緒のようだ。
家に入ってくると美波さんが仕事部屋に顔を出した。
「お邪魔したわ」
「いらっしゃい。……あれ? 拓斗は?」
美波さんと一緒に入ってきたはずの拓斗がいなかった。
「あらやだ、寝室に行っちゃったのかしら!?」
ふたり慌てて寝室へ行くと、拓斗はベッドに上がりこんで翠葉ちゃんを覗き見ているようだった。
「タクっ」
小さな声で美波さんが声をかけると、拓斗はくるりとこちらに振り返る。
「ママ、眠り姫って本当にいるんだね? でもね、キスしても目ぇ覚めないの。どうして?」
ちょっと待て……。今、キスって言った?
「……たっくん、ちょっとこっちに来ようか」
にこりと笑みを浮かべて拓斗を呼び寄せる。と、拓斗はベッドから下りてちょこちょこと俺の前までやってきた。
「秋斗お兄ちゃん、何?」
「お姫様は王子様のキスじゃないと目覚めないって知ってる?」
「知ってる! だって。僕幼稚舎で王子だったもん!」
そうきたか……。
「でもね、あそこに寝ているお姫様の王子様は俺なの。だから、拓斗がいくらキスしても目覚めません!」
「え~……僕、あのお姫様お嫁さんに欲しいよぉ……」
「だめです」
大人気ないと思う。でも、拓斗にですら譲れはしない。
「拓斗、確認なんだけど……キスって唇にしたのか?」
「もっちろん!」
これが葵や司、海斗やほかの男どもだったら地獄に送るところだ。いや、俺がやらずとも蒼樹や栞ちゃんだって加担してくれるだろう。しかし相手が拓斗ともなるとこれ以上の制裁は加えられないわけで――
「ねぇ、お兄ちゃんが本当の王子様って証拠見せて? お兄ちゃんがキスしても起きなかったらお兄ちゃんだって王子様違いなんだからね!」
拓斗、言うようになったなぁ……。
部屋の隅でお腹を抱えて笑っている人が約一名――
「美波さん、なんてすてきな教育されてるんですか……」
「それはもう、うちの子ですから。素直さとフェミニストは譲れないわ」
そういう問題か……?
さすがに拓斗の手前、引くに引けず仕方なく彼女に近寄る。
でも、やっぱり彼女はキスシーンなんて人に見られたくはないだろう。少しだけ気を利かせ、拓斗と同じくドアに背を向ける形でベッドに乗り込んだ。
翠葉ちゃん、初等部一年とはいえ拓斗にキスされても起きないっていうのは、ちょっと無防備を通り越していると思うよ?
彼女に口付け、唇をなぞるように舌で舐めた。そうして緩んだ唇から舌を忍ばせ歯茎をなぞる。
さっきしたように首筋に少しの刺激を与えると、彼女は小さく身じろぎ始めた。
「秋斗、さん……?」
まだ寝ぼけている状態だ。
「お姫様は王子様のキスで目覚めるらしいよ。拓斗がそう言ってる」
「――きやぁっっっ」
びっくりして起き上がった彼女は眩暈を起こして俺側に倒れた。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないです……」
美波さんはお腹を抱えて笑ったままだし、拓斗は目を覚ました彼女に見惚れ中。
彼女は一気に上気して胸元まで真っ赤に染め上げた。
今回は俺の悪巧みじゃないよ? 仕掛け人はそこのおチビさんだ。
ま、消毒もできたし……俺からしてみたら役得かな?
「紹介するね。こちらが美波さん。そして、その息子の拓斗くん」
翠葉ちゃんは小さく口を開けて美波さんと拓斗に視線をめぐらせていた。
「おはよう。ぐっすり寝てたみたいね? 美波です。よろしくね?」
「……翠葉です。先日はお世話になりました」
「いいのよ。気にしないで?」
拓斗は美波さんの後ろから一歩二歩と近づいてくる。
「本当に起きた……。お姫様、はじめまして。僕、崎本拓斗です」
翠葉ちゃんは少し首を傾げて拓斗と目線を合わせた。
「拓斗くん、御園生翠葉です。仲良くしてね?」
彼女の笑顔に拓斗も花を咲かせたような笑顔になる。
「もちろん! 翠葉お姉ちゃん、お姉ちゃんは秋斗お兄ちゃんのお姫さまなのっ? 僕に乗り換えない? 僕のほうが若いし長生きするよ?」
拓斗の言葉に面食らったのは彼女だけじゃない。俺もだ。
なんていうか、こんなところに伏兵がいたとは……。しかも、どっかの誰かと違ってかなり積極的だ。
「……あの、秋斗さん? 美波さん?」
説明を求められても苦笑しか返せない。すると拓斗が、
「僕のキスで起きてくれたら良かったのにぃ……」
「えっ!?」
真っ赤になってうろたえる彼女がかわいすぎた。これはこれで見てる分には楽しいけど――
「拓斗にだって譲らないよ? このお姫様は俺の」
彼女の髪をかき上げうなじに吸い付く。
「はい、終了。俺の刻印付きですから」
彼女の髪を上げたままキスマークを見せつける。と、
「秋斗お兄ちゃんずるーい……」
拓斗の冷たい視線を受けつつ、
「拓斗は拓斗のお姫様を探しなさい。じゃ、俺は仕事に戻るから。美波さんはゆっくりしていってください」
俺は立ち上がり様、挨拶のように彼女の額へキスを落とし、寝室をあとにした。
仕事部屋に戻ってツールバーを見れば、彼女の脈拍はすさまじいことになっていた。
でも、やっぱり俺は得をしたんだろうな。まさか、彼女にキスマークをつけられるとは思ってもみなかった。
そういう意味では拓斗に感謝しなくてはいけないだろう。
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