263 / 1,060
Side View Story 06
25 Side 司 01話
しおりを挟む
食事が終わるころ、秋兄はすごく嬉しそうな顔でリビングへ戻ってきた。
こんなの話を聞くまでもない。うまくいって付き合うことになったか何かだろう。
誰もが秋兄の顔を見て察したと思う。
栞さんが秋兄のシチューをあたためなおしに行くと、
「どうでした?」
御園生さんが訊いた。
「無事、彼氏に昇格」
姉さんの視線が自分に貼り付いていて痛い。
そういう目で見るな。
正直、面白くはない。でも、それで翠があんな顔をしないで済むなら今はそれでいい。
今、翠の気持ちは秋兄にある。そんなの、誰が見たって歴然としていて、それを捻じ曲げるようなことだけはしたくない。
俺は、翠がひとりで泣くようなことがなければそれでいい。願わくば、笑っていてくれたらそれでいい。
今は、それでいい。
俺がいるからか、秋兄もそれ以上のことは口にしないし誰もがそれ以上を訊こうとはしなかった。
居心地の悪さに席を立つ。と、四人の視線が俺に集まった。
「翠のところに行ってくる」
……だから、そういう目で見るなよ。
俺、別にかわいそうじゃないし、今想いを告げるほどバカでもない。
廊下を歩きながら思う。
俺はまだ何もしていない。
秋兄はそれなりに努力をして翠に近づいたと思う。
気持ちだって散々伝えてきたのだろう。そうでなかったらあの鈍感が気づくわけがない。
その点、俺は何も伝えていない。ほのめかしたくらいじゃ気づかないなんてことは茜先輩にも言われていた。
それでも直接的な言葉を伝えないのは、伝えることに躊躇しているからではなく、今はその時期じゃないと思っているから。
じゃぁ、いつその時期が訪れるのか――
そんなことは俺が一番知りたいと思ってる。
けど、今じゃないことは確かだ。今伝えたところで翠を困らせるだけ。
それは俺の望むところではない。
今は少しでも身体の復調を優先させたい。
何よりも、翠が学校へ行きたがっているのだから……。
ドアの前に立ち軽くノックをすると、中から「はい」と澄んだ声が聞こえてきた。
「俺だけど……」
「どうぞ」
ドアを開けると、こちらに身体を向けて横になっている翠と目が合った。
「具合は?」
訊きながら窓際に座る。
「ご覧のとおり、ですかね。身体は起こせなくて……」
翠は少し体勢を変え、俺が見える位置に移った。
「薬に慣れるまでの数日だろ? それまでは我慢するんだな」
「はい……早く、学校に行きたい」
切実そうな声音……。
「無理して行ってもいいことはないだろ。今週いっぱいは休め。海斗たちもそのうち来るから」
「でも、来てもらってもこの状態なんですけどね……」
翠は少し困ったように笑う。
「会えないよりは会えたほうがいいのかと思ったけど?」
尋ねると、何か考えるふうだったのに、突拍子もないことを口にした。
「司先輩は窓際が好きですか?」
相変わらず話が飛ぶ……。この話の飛躍ぶりはどうにかならないものだろうか。
でも、よく見てるな……。
俺が窓際に座るのを見る機会なんてそうそうないだろうに。
そして、見てくれていたことに少し嬉しさを覚えた。
「なんとなくってだけ」
「私も窓際が好き……。空を見ると落ち着くんです。それに、陽の光や風を感じることができるから、だから好き……」
びっくりした。理由まで同じだとは思わなくて。
俺は不自然にならないぎりぎりのタイミングで、「右に同じく」と口にする。
翠はというと、まじまじを俺の顔を見ていた。
「何」
「意外です」
「知ってはいたけど失礼なやつだな」
苦し紛れに返した言葉だったが、翠はクスリと笑った。
今、翠は何を思ったのか……。
そんなことを考えつつ、
「口外はしないように」
「はい、秘密にします」
そう言って笑った顔が天使のように見えた。
翠の笑い声と表情には不思議と毒気を抜かれる。
浄化されるとはこういうことを言うのだろうか、と柄にもないことを考えるくらいには。
「少し、楽になったみたいだな」
「……え?」
「今日、ここに来たときはすごくつらそうな顔してた」
「あ……心配かけてごめんなさい」
翠は眉尻を下げて申し訳なさそうに口にした。
「……秋兄と付き合うって聞いた」
「……そうなの」
肯定したものの、翠は困ったような顔をしていた。
「……念願叶ったり、だろ? ならもっと嬉しそうにすればいいものを」
翠の表情、言葉ひとつもらさず見ていたくて視線を固定する。
翠はそんな俺をじっと見て、
「嬉しいは嬉しいの……。でも、なんだか戸惑うことのほうが多くて」
なるほどね……。事態の変化についていけない、といったところか。
でも、秋兄が無理やり推し進めたわけでもなさそうだ。
それならいい……。
「嬉しいなら嬉しいで笑ってればいい。翠は笑ってるほうがいい」
なんでそこで黙って俺の顔を凝視するんだ……。
やめろ、そんなにじっと見るな……。
思わず固定していた顔を逸らす。と、今度は「先輩?」と声をかけられた。
普段は鈍いくせに、こういう変化にだけ気づくな。
ごまかす理由なら適当に転がっている。
「……ってみんなが思ってる」
咄嗟に言葉を付け足すと、翠はそれで納得した。
素直で単純で鈍感で無防備で――そのくせ変なところで警戒心が強くて鋭い。
厄介な人間だと思うのに、どうして俺はこいつが好きなんだろう。
最近は警戒心が緩んだ気がしている。
少しずつ確実に、距離を縮めている手ごたえはあった。
「先輩は好きな人いますか?」
「っ――何を急に」
「なんとなく、です。でも、女の子が苦手って言ってましたよね」
頼むから、心臓に悪いタイミングで突拍子もないことを言ってくれるな。
でも、いい機会かもしれなかった。
「……女子は苦手。でも、例外はいるし好きな人もいる」
「……桃華さん?」
「……むしろ、なんで簾条の名前が挙がるのか訊きたいんだけど」
今自分がどんな顔をしているのかには少し自覚があった。
翠は俺の表情を無視して話を続ける。
「だって、先輩と桃華さんって息がぴったりな気がして……」
そう言った直後、
「眉間にしわ……痕が付いちゃいそう」
「そしたら翠のせいだから」
間を開けずに責任転嫁を試みる。いや、今の件に関してだけなら翠のせいに間違いはない。
「……それはどうかと思います。だって、先輩はいつも眉間にしわを寄せてるもの」
それには言い返せる言葉が見つからなかった。黙っていると、話はまた恋愛話に戻される。
「でもね、先輩の恋愛はうまくいきそう」
「どうしてそう思う?」
「だって、司先輩は格好いいもの。それに頭もいいしなんでもそつなくこなすイメージ。まず憧れない女の子はいないんじゃないかな。桃華さんだってなんだかんだ言っても先輩のことは尊敬しているみたいだし……。それに始めは冷たそうで怖かったけれど、実はとても優しいし。女の子が苦手なら、好きな子にだけ優しいのだと思うし……そういうのはきっと、女の子側からしてみたら嬉しいと思うの」
どうしてかすごく嬉しそうに俺の話を続けた。
少々褒めすぎな感が否めない。が、恋愛対象者に対する俺の行動は強ち外れていなかった。
確かに、俺はほかの女子はどうでもよくて、どうでもよくないのは翠だけだ。
そんなことは何度となく伝えてきているけれど、翠はそのくらいじゃ気づかない。
「……今、失恋したばかりだけど?」
「えっ!?」
すごく驚いた顔をされたけど、そっくりそのまま翠に返したい。
おまえだよ、おまえ――
相手の恋愛成就により自動的に失恋。現状はそんな感じだ。
「そんなに意外?」
コクリと頷く仕草がかわいいと思った。
身体を起こしているときにそれをすれば、長い髪が連動してさらりと動く。けれど今は、横になっているため、シーツ上に髪が乱れていた。
「……でも、諦めるつもりはない。俺を見てくれるまでは待つつもり」
翠はたっぷりと間を空けてから、
「その人は幸せですね。こんなにも先輩に想ってもらえて」
その相手が自分であるとはまったく気づかずに口にする。
「……それはどうかな。好きでもない男に想われていても迷惑なだけじゃない?」
「……どうでしょう。私にはそういうのはわかりませんけど」
きっと翠はきちんと言葉にしないと自分だとは自覚しない。もしかしたら、なんて寸分も思わないのだろう。
「恋愛って楽しいだけじゃないんですね……」
「俺はまだ恋愛がどういうものかはよくわからない。でも、悪いものではないと思う」
まだ言葉が続くと思ったのか、翠は口を挟まずに俺をじっと見ていた。
「気持ちが報われるとか、そういう自分主体もあると思う。でも、俺はそいつが笑ってたらそれで満足みたいだ」
だから、連日泣き顔なんて見せないでほしい。できれば笑っていてほしい。
それでも、泣きたくなったときには頼ってもらえたら嬉しい。ひとりでは泣いてほしくないし、ほかの人間の前でも泣かれたくない。
「先輩は心が広いですね」
「そうでもない。ただ、自分の目が届くところに対象がいればなんとなく安心なだけ」
「……そういうものですか?」
「今のところは」
ただ、強いて言うなら秋兄とふたりでいるところは目にしたくないけど……。
「その人が先輩のことを理解してくれるといいですね」
……その相手にこう言われているのだからまだまだ道のりは長いだろう。
思わずため息をつきたくなるくらいには。
「……かなり鈍いんだ。だから、まだ当分先かな」
「じゃぁ、先輩はがんばらなくちゃですね」
「……それなりに――翠、何か悩みがあればいつでも聞く」
鈍くてもいい、今はわからなくてもいい。だから、そのポジションだけはキープさせてほしい。
「今のところはないと思っているんですけど、時々自分でも悩んでいることに気づいてなくて……」
「翠らしいけど、バカだな」
つい真顔で返してしまった。
「でも、先輩のことは頼りにしています。きっとこれからも頼ることがあると思います」
「……いつでもどうぞ」
素っ気無く答えたものの、実のところはかなり嬉しかった。
こんなふうに言ってくれたのは初めてだった。しかも、翠の中でそのポジションは意外と特別な部類に属すと思う。
そこにノック音が割り込んだ。きっと御園生さんか秋兄。
ドアが開くと秋兄が入ってくる。
きっと俺とふたりにしておくのが気になって仕方なかったのだろう。
でも、残念ながらふたりになったところで秋兄が危惧するような会話になどなりようがない。
「何を話してたの?」
秋兄が訊くと、翠は屈託のない顔で「司先輩の恋愛話」と答えた。
俺は激しく咽こみ、秋兄は俺を見てフリーズする。
それはそうだろう。さっきの話でこれだ。秋兄がフリーズしてもおかしくない。
「……どうか、しましたか?」
意味がわかっていないのは約一名。
俺と秋兄の顔を交互に見ては、「何?」という顔をする。
教えるか、阿呆……。
「なんでもないよ」
「なんでもないから」
秋兄と俺は同じタイミングで同じ内容を口にした。
それから、心境もほぼ同じだと思う。
翠はその答えに少しつまらなそうな顔をすると、
「秋斗さんは司先輩の好きな人を知っているんですか?」
俺は再度咽そうになったのを必死で堪える。
秋兄も引きつり笑いを貼り付け、
「知ってるよ」
と、短く答えた。
翠は興味津々で、「どんな人ですか?」とさらに尋ねる。
秋兄は少し考えてから、
「……そうだなぁ、すごくかわいくて、半端なく鈍い子だね」
その返答を聞くと、翠は何を思ったのか、
「先輩、がんばってくださいね」
などと言ってくる。
必然と、状況を知っている俺と秋兄だけが固まる。
俺は一応がんばるけど、がんばられると困るのは秋兄と翠だと思うけど……?
露ほどにも察することができない翠は、
「……どうしたんですか?」
それ以上は耐えられる気がせず、俺はすかさず立ち上がり、
「俺、もう帰るから」
と、返事も聞かずに部屋を出た。
ドアを閉めると胸を撫で下ろす。
翠と話していてこんなに心臓に悪い思いをしたのはこれが初めてだった。
「先が思いやられる……」
俺、寿命が縮むかも――
こんなの話を聞くまでもない。うまくいって付き合うことになったか何かだろう。
誰もが秋兄の顔を見て察したと思う。
栞さんが秋兄のシチューをあたためなおしに行くと、
「どうでした?」
御園生さんが訊いた。
「無事、彼氏に昇格」
姉さんの視線が自分に貼り付いていて痛い。
そういう目で見るな。
正直、面白くはない。でも、それで翠があんな顔をしないで済むなら今はそれでいい。
今、翠の気持ちは秋兄にある。そんなの、誰が見たって歴然としていて、それを捻じ曲げるようなことだけはしたくない。
俺は、翠がひとりで泣くようなことがなければそれでいい。願わくば、笑っていてくれたらそれでいい。
今は、それでいい。
俺がいるからか、秋兄もそれ以上のことは口にしないし誰もがそれ以上を訊こうとはしなかった。
居心地の悪さに席を立つ。と、四人の視線が俺に集まった。
「翠のところに行ってくる」
……だから、そういう目で見るなよ。
俺、別にかわいそうじゃないし、今想いを告げるほどバカでもない。
廊下を歩きながら思う。
俺はまだ何もしていない。
秋兄はそれなりに努力をして翠に近づいたと思う。
気持ちだって散々伝えてきたのだろう。そうでなかったらあの鈍感が気づくわけがない。
その点、俺は何も伝えていない。ほのめかしたくらいじゃ気づかないなんてことは茜先輩にも言われていた。
それでも直接的な言葉を伝えないのは、伝えることに躊躇しているからではなく、今はその時期じゃないと思っているから。
じゃぁ、いつその時期が訪れるのか――
そんなことは俺が一番知りたいと思ってる。
けど、今じゃないことは確かだ。今伝えたところで翠を困らせるだけ。
それは俺の望むところではない。
今は少しでも身体の復調を優先させたい。
何よりも、翠が学校へ行きたがっているのだから……。
ドアの前に立ち軽くノックをすると、中から「はい」と澄んだ声が聞こえてきた。
「俺だけど……」
「どうぞ」
ドアを開けると、こちらに身体を向けて横になっている翠と目が合った。
「具合は?」
訊きながら窓際に座る。
「ご覧のとおり、ですかね。身体は起こせなくて……」
翠は少し体勢を変え、俺が見える位置に移った。
「薬に慣れるまでの数日だろ? それまでは我慢するんだな」
「はい……早く、学校に行きたい」
切実そうな声音……。
「無理して行ってもいいことはないだろ。今週いっぱいは休め。海斗たちもそのうち来るから」
「でも、来てもらってもこの状態なんですけどね……」
翠は少し困ったように笑う。
「会えないよりは会えたほうがいいのかと思ったけど?」
尋ねると、何か考えるふうだったのに、突拍子もないことを口にした。
「司先輩は窓際が好きですか?」
相変わらず話が飛ぶ……。この話の飛躍ぶりはどうにかならないものだろうか。
でも、よく見てるな……。
俺が窓際に座るのを見る機会なんてそうそうないだろうに。
そして、見てくれていたことに少し嬉しさを覚えた。
「なんとなくってだけ」
「私も窓際が好き……。空を見ると落ち着くんです。それに、陽の光や風を感じることができるから、だから好き……」
びっくりした。理由まで同じだとは思わなくて。
俺は不自然にならないぎりぎりのタイミングで、「右に同じく」と口にする。
翠はというと、まじまじを俺の顔を見ていた。
「何」
「意外です」
「知ってはいたけど失礼なやつだな」
苦し紛れに返した言葉だったが、翠はクスリと笑った。
今、翠は何を思ったのか……。
そんなことを考えつつ、
「口外はしないように」
「はい、秘密にします」
そう言って笑った顔が天使のように見えた。
翠の笑い声と表情には不思議と毒気を抜かれる。
浄化されるとはこういうことを言うのだろうか、と柄にもないことを考えるくらいには。
「少し、楽になったみたいだな」
「……え?」
「今日、ここに来たときはすごくつらそうな顔してた」
「あ……心配かけてごめんなさい」
翠は眉尻を下げて申し訳なさそうに口にした。
「……秋兄と付き合うって聞いた」
「……そうなの」
肯定したものの、翠は困ったような顔をしていた。
「……念願叶ったり、だろ? ならもっと嬉しそうにすればいいものを」
翠の表情、言葉ひとつもらさず見ていたくて視線を固定する。
翠はそんな俺をじっと見て、
「嬉しいは嬉しいの……。でも、なんだか戸惑うことのほうが多くて」
なるほどね……。事態の変化についていけない、といったところか。
でも、秋兄が無理やり推し進めたわけでもなさそうだ。
それならいい……。
「嬉しいなら嬉しいで笑ってればいい。翠は笑ってるほうがいい」
なんでそこで黙って俺の顔を凝視するんだ……。
やめろ、そんなにじっと見るな……。
思わず固定していた顔を逸らす。と、今度は「先輩?」と声をかけられた。
普段は鈍いくせに、こういう変化にだけ気づくな。
ごまかす理由なら適当に転がっている。
「……ってみんなが思ってる」
咄嗟に言葉を付け足すと、翠はそれで納得した。
素直で単純で鈍感で無防備で――そのくせ変なところで警戒心が強くて鋭い。
厄介な人間だと思うのに、どうして俺はこいつが好きなんだろう。
最近は警戒心が緩んだ気がしている。
少しずつ確実に、距離を縮めている手ごたえはあった。
「先輩は好きな人いますか?」
「っ――何を急に」
「なんとなく、です。でも、女の子が苦手って言ってましたよね」
頼むから、心臓に悪いタイミングで突拍子もないことを言ってくれるな。
でも、いい機会かもしれなかった。
「……女子は苦手。でも、例外はいるし好きな人もいる」
「……桃華さん?」
「……むしろ、なんで簾条の名前が挙がるのか訊きたいんだけど」
今自分がどんな顔をしているのかには少し自覚があった。
翠は俺の表情を無視して話を続ける。
「だって、先輩と桃華さんって息がぴったりな気がして……」
そう言った直後、
「眉間にしわ……痕が付いちゃいそう」
「そしたら翠のせいだから」
間を開けずに責任転嫁を試みる。いや、今の件に関してだけなら翠のせいに間違いはない。
「……それはどうかと思います。だって、先輩はいつも眉間にしわを寄せてるもの」
それには言い返せる言葉が見つからなかった。黙っていると、話はまた恋愛話に戻される。
「でもね、先輩の恋愛はうまくいきそう」
「どうしてそう思う?」
「だって、司先輩は格好いいもの。それに頭もいいしなんでもそつなくこなすイメージ。まず憧れない女の子はいないんじゃないかな。桃華さんだってなんだかんだ言っても先輩のことは尊敬しているみたいだし……。それに始めは冷たそうで怖かったけれど、実はとても優しいし。女の子が苦手なら、好きな子にだけ優しいのだと思うし……そういうのはきっと、女の子側からしてみたら嬉しいと思うの」
どうしてかすごく嬉しそうに俺の話を続けた。
少々褒めすぎな感が否めない。が、恋愛対象者に対する俺の行動は強ち外れていなかった。
確かに、俺はほかの女子はどうでもよくて、どうでもよくないのは翠だけだ。
そんなことは何度となく伝えてきているけれど、翠はそのくらいじゃ気づかない。
「……今、失恋したばかりだけど?」
「えっ!?」
すごく驚いた顔をされたけど、そっくりそのまま翠に返したい。
おまえだよ、おまえ――
相手の恋愛成就により自動的に失恋。現状はそんな感じだ。
「そんなに意外?」
コクリと頷く仕草がかわいいと思った。
身体を起こしているときにそれをすれば、長い髪が連動してさらりと動く。けれど今は、横になっているため、シーツ上に髪が乱れていた。
「……でも、諦めるつもりはない。俺を見てくれるまでは待つつもり」
翠はたっぷりと間を空けてから、
「その人は幸せですね。こんなにも先輩に想ってもらえて」
その相手が自分であるとはまったく気づかずに口にする。
「……それはどうかな。好きでもない男に想われていても迷惑なだけじゃない?」
「……どうでしょう。私にはそういうのはわかりませんけど」
きっと翠はきちんと言葉にしないと自分だとは自覚しない。もしかしたら、なんて寸分も思わないのだろう。
「恋愛って楽しいだけじゃないんですね……」
「俺はまだ恋愛がどういうものかはよくわからない。でも、悪いものではないと思う」
まだ言葉が続くと思ったのか、翠は口を挟まずに俺をじっと見ていた。
「気持ちが報われるとか、そういう自分主体もあると思う。でも、俺はそいつが笑ってたらそれで満足みたいだ」
だから、連日泣き顔なんて見せないでほしい。できれば笑っていてほしい。
それでも、泣きたくなったときには頼ってもらえたら嬉しい。ひとりでは泣いてほしくないし、ほかの人間の前でも泣かれたくない。
「先輩は心が広いですね」
「そうでもない。ただ、自分の目が届くところに対象がいればなんとなく安心なだけ」
「……そういうものですか?」
「今のところは」
ただ、強いて言うなら秋兄とふたりでいるところは目にしたくないけど……。
「その人が先輩のことを理解してくれるといいですね」
……その相手にこう言われているのだからまだまだ道のりは長いだろう。
思わずため息をつきたくなるくらいには。
「……かなり鈍いんだ。だから、まだ当分先かな」
「じゃぁ、先輩はがんばらなくちゃですね」
「……それなりに――翠、何か悩みがあればいつでも聞く」
鈍くてもいい、今はわからなくてもいい。だから、そのポジションだけはキープさせてほしい。
「今のところはないと思っているんですけど、時々自分でも悩んでいることに気づいてなくて……」
「翠らしいけど、バカだな」
つい真顔で返してしまった。
「でも、先輩のことは頼りにしています。きっとこれからも頼ることがあると思います」
「……いつでもどうぞ」
素っ気無く答えたものの、実のところはかなり嬉しかった。
こんなふうに言ってくれたのは初めてだった。しかも、翠の中でそのポジションは意外と特別な部類に属すと思う。
そこにノック音が割り込んだ。きっと御園生さんか秋兄。
ドアが開くと秋兄が入ってくる。
きっと俺とふたりにしておくのが気になって仕方なかったのだろう。
でも、残念ながらふたりになったところで秋兄が危惧するような会話になどなりようがない。
「何を話してたの?」
秋兄が訊くと、翠は屈託のない顔で「司先輩の恋愛話」と答えた。
俺は激しく咽こみ、秋兄は俺を見てフリーズする。
それはそうだろう。さっきの話でこれだ。秋兄がフリーズしてもおかしくない。
「……どうか、しましたか?」
意味がわかっていないのは約一名。
俺と秋兄の顔を交互に見ては、「何?」という顔をする。
教えるか、阿呆……。
「なんでもないよ」
「なんでもないから」
秋兄と俺は同じタイミングで同じ内容を口にした。
それから、心境もほぼ同じだと思う。
翠はその答えに少しつまらなそうな顔をすると、
「秋斗さんは司先輩の好きな人を知っているんですか?」
俺は再度咽そうになったのを必死で堪える。
秋兄も引きつり笑いを貼り付け、
「知ってるよ」
と、短く答えた。
翠は興味津々で、「どんな人ですか?」とさらに尋ねる。
秋兄は少し考えてから、
「……そうだなぁ、すごくかわいくて、半端なく鈍い子だね」
その返答を聞くと、翠は何を思ったのか、
「先輩、がんばってくださいね」
などと言ってくる。
必然と、状況を知っている俺と秋兄だけが固まる。
俺は一応がんばるけど、がんばられると困るのは秋兄と翠だと思うけど……?
露ほどにも察することができない翠は、
「……どうしたんですか?」
それ以上は耐えられる気がせず、俺はすかさず立ち上がり、
「俺、もう帰るから」
と、返事も聞かずに部屋を出た。
ドアを閉めると胸を撫で下ろす。
翠と話していてこんなに心臓に悪い思いをしたのはこれが初めてだった。
「先が思いやられる……」
俺、寿命が縮むかも――
5
あなたにおすすめの小説
光のもとで2
葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、
新たな気持ちで新学期を迎える。
好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。
少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。
それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。
この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。
何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい――
(10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)
【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません
竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。
四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……?
どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、
「私と同棲してください!」
「要求が増えてますよ!」
意味のわからない同棲宣言をされてしまう。
とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。
中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。
無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。
たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】
『み、見えるの?』
「見えるかと言われると……ギリ見えない……」
『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』
◆◆◆
仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。
劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。
ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。
後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。
尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。
また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。
尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……
霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。
3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。
愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる