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17 Side 秋斗 01話
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「あーあ……。その役、俺がやりたいの山々なんだけど……。しょうがない、若槻に譲るか」
今日は若槻に譲ってばかりだ。俺が全然彼女と話せていない。
正直、面白くないといえば面白くはないが――
部屋を出る間際、ちら、と若槻の様子を盗み見る。
……いい薬になるかもしれないな。
リビングへ行くと栞ちゃんが夕飯の用意をしていた。
「簡単なものでごめんなさいね」
テーブルに運ばれたのはグラタンらしきもの。
「ジャガイモとハムのドリアとサラダのみ」
「いや、全然簡単なものに見えないから大丈夫」
チーズがこんがりと焼けていて美味しそうだ。
栞ちゃんも席に着くと、
「……若槻くん、大丈夫そう?」
心配そうに訊いてくる。
「たぶん、大丈夫……かな?」
「カウンセリングをさぼってるって湊から聞いていたから少し心配だったのよね」
あぁ、確かにそんなことを言われた気がする。
「若槻は喋らされるの嫌いだからね。自分から話す分にはいいらしいんだけど、聞きだされるのはすごく抵抗があるらしい」
「なるほどねぇ……。一般的なカウンセリング向きの患者じゃないってことかしら」
俺が拾ってきたときからカウンセリングには行かせてはいたが、それが吉と出ることはなかった。
仕方がないから手っ取り早く人が集まる場所、ウィステリアホテルの中に放り込んでみたけれど、もともと順応力が高かったこともあり、俺の意図に反してそれすらも難なくこなされてしまった。
いったいどういうアプローチをしたら解きほぐしてやれるのか――
残念ながら、俺は医者じゃないからわからない。
そこに蒼樹が戻ってきた。
「どう?」
栞ちゃんが訊くと、
「うーん……彼のこと、少し訊いてもいいですか?」
蒼樹はなんとも言えない顔をした。
「訊くって?」
俺が尋ねると、
「今、両親もいないってことを知りました」
「……それ、若槻が喋ったの?」
「……そうですけど?」
蒼樹、それ――結構な進展だ。
思わず栞ちゃんと顔を見合わせてしまう。きっと栞ちゃんも同じことを思ったのだろう。
「御園生兄妹マジックね……」
手に持ったフォークはそのままに、まじまじと蒼樹を見た。
「あいつ、自分のことは話さないからさ。俺達は若槻に起こったことは新聞や警察の人間から聞いたことくらいしか知らなかったんだ」
「……警察って?」
あぁ、誤解が生じるな……。
「若槻が警察に厄介になったとかそういうことじゃないよ」
付け足すと、蒼樹は席に着いて「いただきます」とフォークを手に取る。
「結構ひどい話だよ。当時若槻は十九歳、専門学校に通っていたころの話だ。若槻の妹さんは芹香ちゃんっていうんだけど、彼女は生まれつき心臓が悪くて、心臓移植が必要な患者だったらしい。けど、手術費用がなくて、いずれ死にゆく娘を前に、両親が無理心中を謀った。そんないきさつから若槻は家族を三人同時に亡くしてる」
カシャン――蒼樹が手にしていたフォークを落とした。
「あ、すみませんっ――」
フォークを拾うと栞ちゃんが席を立った。
「新しいのを持ってくるわ」
「父親は保険金が若槻に入ると思っていたようだが、若槻宛の遺書が警察の手で発見され、自殺と認定されたために両親の保険金は下りなかった。後日、父親名義で借りていたアパートも追い出され、若槻は学校を辞め、手に残ったパソコンのみで生活をすべくハッカー、クラッカーになる。たまたまうちの会社に手を出したのが運の尽きというか……そこで俺が拾った」
淡々と言葉にしてみたが、やっぱり壮絶だな。
「大まかに説明するとこんな感じ」
蒼樹を見れば、呆然としていた。
それもそうか……。
「彼だけ、置いていかれちゃったんですか……?」
「そういうことになるかな。両親は若槻ひとりなら大丈夫と思った末の行動だったらしいけど」
「だからか……自分だけが家族じゃない感じがしたって――さっき話してくれました」
その言葉に絶句する。
「……なんでかな。俺たちには一年くらい経ってからようやく話してくれたことを蒼樹にはこんなにさらっと話しやがって……」
「でも、誰かに話すことができたからこそ、ほかの人にも話せるようになることもあるわ」
新しいフォークを持ってきた栞ちゃんがクスクスと笑いながらフォローしてくれる。そして、
「蒼くん、翠葉ちゃんと蒼くんに期待してもいいかしら」
「……何を、ですか?」
「若槻くんね、自分の話はめったにしないの。カウンセリングにも行かせていたんだけど、うまくいかなくてすでに六人もカウンセラーを変えているわ。私たちとも二年半くらいの付き合いになるけれど、今でも過去の話はほとんどしてくれない。それから、自分より年下の女の子には極力近づかない……」
その言葉を継ぐように俺も口を開いた。
「人の中に放り込んでみたものの、あいつ変に順応力高いから、その中でも適当にやれちゃうんだ。けど、自分から人の輪の中に入っていくことはまずしない。基本はスタンドプレー。自分から人と深い関わりを持とうとしない若槻が、自分から翠葉ちゃんの兄になるって言いだした。……すごい進歩なんだ」
蒼樹は少し考えてから口を開いた。
「期待をされても困ります。自分にも翠葉にも何ができるのかはわかないから。でも、しばらくは三兄妹で楽しく過ごせそうです。何より、翠葉にとってもいいリハビリになると思うので……。ほら、翠葉もどこか人を避けて通ろうとする節があるから」
一括りにするなら、ふたりは人間不信なのだろう。ただ、翠葉ちゃんに関しては家族には絶対の信頼を寄せている。若槻は、そこが抜け落ちている。
彼女は適応力が欠けているものの、若槻はそこが秀でている。
互いにいい作用がもたらされればいい。そしたら、若槻も彼女も、少しは楽になれるだろうか――
今日は若槻に譲ってばかりだ。俺が全然彼女と話せていない。
正直、面白くないといえば面白くはないが――
部屋を出る間際、ちら、と若槻の様子を盗み見る。
……いい薬になるかもしれないな。
リビングへ行くと栞ちゃんが夕飯の用意をしていた。
「簡単なものでごめんなさいね」
テーブルに運ばれたのはグラタンらしきもの。
「ジャガイモとハムのドリアとサラダのみ」
「いや、全然簡単なものに見えないから大丈夫」
チーズがこんがりと焼けていて美味しそうだ。
栞ちゃんも席に着くと、
「……若槻くん、大丈夫そう?」
心配そうに訊いてくる。
「たぶん、大丈夫……かな?」
「カウンセリングをさぼってるって湊から聞いていたから少し心配だったのよね」
あぁ、確かにそんなことを言われた気がする。
「若槻は喋らされるの嫌いだからね。自分から話す分にはいいらしいんだけど、聞きだされるのはすごく抵抗があるらしい」
「なるほどねぇ……。一般的なカウンセリング向きの患者じゃないってことかしら」
俺が拾ってきたときからカウンセリングには行かせてはいたが、それが吉と出ることはなかった。
仕方がないから手っ取り早く人が集まる場所、ウィステリアホテルの中に放り込んでみたけれど、もともと順応力が高かったこともあり、俺の意図に反してそれすらも難なくこなされてしまった。
いったいどういうアプローチをしたら解きほぐしてやれるのか――
残念ながら、俺は医者じゃないからわからない。
そこに蒼樹が戻ってきた。
「どう?」
栞ちゃんが訊くと、
「うーん……彼のこと、少し訊いてもいいですか?」
蒼樹はなんとも言えない顔をした。
「訊くって?」
俺が尋ねると、
「今、両親もいないってことを知りました」
「……それ、若槻が喋ったの?」
「……そうですけど?」
蒼樹、それ――結構な進展だ。
思わず栞ちゃんと顔を見合わせてしまう。きっと栞ちゃんも同じことを思ったのだろう。
「御園生兄妹マジックね……」
手に持ったフォークはそのままに、まじまじと蒼樹を見た。
「あいつ、自分のことは話さないからさ。俺達は若槻に起こったことは新聞や警察の人間から聞いたことくらいしか知らなかったんだ」
「……警察って?」
あぁ、誤解が生じるな……。
「若槻が警察に厄介になったとかそういうことじゃないよ」
付け足すと、蒼樹は席に着いて「いただきます」とフォークを手に取る。
「結構ひどい話だよ。当時若槻は十九歳、専門学校に通っていたころの話だ。若槻の妹さんは芹香ちゃんっていうんだけど、彼女は生まれつき心臓が悪くて、心臓移植が必要な患者だったらしい。けど、手術費用がなくて、いずれ死にゆく娘を前に、両親が無理心中を謀った。そんないきさつから若槻は家族を三人同時に亡くしてる」
カシャン――蒼樹が手にしていたフォークを落とした。
「あ、すみませんっ――」
フォークを拾うと栞ちゃんが席を立った。
「新しいのを持ってくるわ」
「父親は保険金が若槻に入ると思っていたようだが、若槻宛の遺書が警察の手で発見され、自殺と認定されたために両親の保険金は下りなかった。後日、父親名義で借りていたアパートも追い出され、若槻は学校を辞め、手に残ったパソコンのみで生活をすべくハッカー、クラッカーになる。たまたまうちの会社に手を出したのが運の尽きというか……そこで俺が拾った」
淡々と言葉にしてみたが、やっぱり壮絶だな。
「大まかに説明するとこんな感じ」
蒼樹を見れば、呆然としていた。
それもそうか……。
「彼だけ、置いていかれちゃったんですか……?」
「そういうことになるかな。両親は若槻ひとりなら大丈夫と思った末の行動だったらしいけど」
「だからか……自分だけが家族じゃない感じがしたって――さっき話してくれました」
その言葉に絶句する。
「……なんでかな。俺たちには一年くらい経ってからようやく話してくれたことを蒼樹にはこんなにさらっと話しやがって……」
「でも、誰かに話すことができたからこそ、ほかの人にも話せるようになることもあるわ」
新しいフォークを持ってきた栞ちゃんがクスクスと笑いながらフォローしてくれる。そして、
「蒼くん、翠葉ちゃんと蒼くんに期待してもいいかしら」
「……何を、ですか?」
「若槻くんね、自分の話はめったにしないの。カウンセリングにも行かせていたんだけど、うまくいかなくてすでに六人もカウンセラーを変えているわ。私たちとも二年半くらいの付き合いになるけれど、今でも過去の話はほとんどしてくれない。それから、自分より年下の女の子には極力近づかない……」
その言葉を継ぐように俺も口を開いた。
「人の中に放り込んでみたものの、あいつ変に順応力高いから、その中でも適当にやれちゃうんだ。けど、自分から人の輪の中に入っていくことはまずしない。基本はスタンドプレー。自分から人と深い関わりを持とうとしない若槻が、自分から翠葉ちゃんの兄になるって言いだした。……すごい進歩なんだ」
蒼樹は少し考えてから口を開いた。
「期待をされても困ります。自分にも翠葉にも何ができるのかはわかないから。でも、しばらくは三兄妹で楽しく過ごせそうです。何より、翠葉にとってもいいリハビリになると思うので……。ほら、翠葉もどこか人を避けて通ろうとする節があるから」
一括りにするなら、ふたりは人間不信なのだろう。ただ、翠葉ちゃんに関しては家族には絶対の信頼を寄せている。若槻は、そこが抜け落ちている。
彼女は適応力が欠けているものの、若槻はそこが秀でている。
互いにいい作用がもたらされればいい。そしたら、若槻も彼女も、少しは楽になれるだろうか――
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