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第六章 葛藤
24話
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「翠葉、入るわよー?」
湊先生の声が聞こえてすぐにドアが開いた。
「夕飯のスープと点滴」
湊先生の後ろには蒼兄もいて、なんとなくほっとする。
「あんた、そんなわかりやすくほっとした顔してるんじゃないわよ」
「あ……ごめんなさい」
先生はてきぱきと点滴の用意をする。
一日中横になっていることもあり、血圧が低すぎるということもなく一発で針は刺さった。
「三時間くらいで落とすから」
と、滴下の調節をする。
「先生、ずっと不思議に思っていたんですけど……」
「何?」
「この点滴スタンド、どこから持ってきたんですか?」
「うちからよ?」
湊先生はなんでもないことのように話す。
「病院からじゃなくて、家から……?」
「具合悪くなっても病院に来ないバカがいるからねぇ……」
「……バカ、ですか?」
「そう、秋斗よ。熱なら寝てれば治るとか言って、たいていは来ない。で、何も食べず薬も飲まずに寝てるていたらく。挙句、寝たきりにも我慢できなくて仕事しようとするから見るに見かねて点滴と薬の処方だけはしてあげるの。本当にどうしようもない……」
散々な言われようだけど、湊先生の最後の一言には優しさと愛情が感じられた。
「だから、元気になったらまた料理でも作ってやんなさい」
「……その前に謝らなくちゃ」
「そうね、それでいいのよ。悪いことや間違えたことをしたら謝る。人間関係、それでなんとかなっちゃうものよ」
どこか諭されるように言われ、
「だから、あんたはもっと思ってることを口にしなさい」
私はそんなに思ってることを口にしていないのだろうか……。
自覚していないだけに、努力する以前に意識することがとても難しいように思える。
そこへ栞さんが入ってきた。
「翠葉ちゃん、スープもあるけどこれもあるの」
見せられたのはプリン。それもただのプリンではなく、季節の果物が宝石のように飾られていてとてもかわいいプリン。
「今日、秋斗くんがアンダンテで買ってきてくれたプリンなんだけど、どっちを食べる? スープは明日でも大丈夫だけど、プリンは果物が乗っているから今日食べたほうがいいかもしれないわ」
「選ぶ余地なんてないじゃない。翠葉、プリン食べなさい」
湊先生言われてスープは却下となった。
「でも、まだお礼言ってない……」
デスクの椅子に腰掛け会話には参加していなかった蒼兄が、
「秋斗先輩、まだリビングにいるから呼ぼうか?」
言われて少し考えてしまう。
「でも、まだ夕飯食べてる最中か……。湊さん、それ俺が食べさせますから夕飯食べてきてください」
「じゃ、あとはあんたに任せるわ」
と、栞さんとふたり部屋を出ていった。
蒼兄がベッドサイドまで来ると、
「翠葉、言葉を選びすぎるのも良くないぞ」
「え……?」
「まずは謝ることが先決だろ? そのあとのことはそのあとに考えればいいんだよ」
と、口元に運ばれてきたメロンを口にする。
「……甘い」
「良かったな」
木苺は甘酸っぱくて、夏みかんはそれとは違う甘酸っぱさだった。ミントの葉は口の中をサッパリとさせてくれる。
「美味しい……」
頬が緩むのが自分でもわかった。
「……やっぱ先輩呼んでくるよ。これを食べてるときはそういう顔できるだろ?」
「えっ!?」
蒼兄はにこりと笑って部屋から出ていってしまった。
「……どうしよう――」
違う、どうしようじゃなくて謝らなくちゃ……。
謝るときの言葉は全国共通ごめんなさい、だ。
でも、ごめんなさいの理由も話さなくちゃいけないだろうか……。
数分もせずに蒼兄が秋斗さんを連れて戻ってきた。
「そ、蒼兄っ、ひとつだけ教えてほしいっ」
「何?」
「あのっ、謝るときって、横になったままでも失礼じゃないっ!?」
沈黙の間が一瞬。直後、蒼兄と秋斗さんは笑い出した。
……どうして、笑うの?
「翠葉ちゃん、ちょっと訊きたいんだけど、何がどうしてそういう質問だったのかな?」
秋斗さんに尋ねられる。
「だって……ごめんなさいとお辞儀はセットでしょう?」
「くっ、そういうことか……」
と、またおかしそうに笑いだす。
どうして笑われているのかがわからなくて困る。
尋ね先の蒼兄は壁に縋って笑っているのだからひどい……。
「どうしてこんなに笑われなくちゃいけないの?」
私に背を向けている蒼兄に訊くと、蒼兄ではなく秋斗さんが答えてくれた。
「ちょっと俺たちにはツボだったんだ」
そこへ笑いが少し引いたらしい蒼兄がメガネを外し、涙を拭きながらやってきた。
「翠葉、今は身体起こせないだろう? 身体が起こせるようになるのを待っていたら当分は謝れなくなっちゃうよ。それに、先輩は翠葉の状態を知っているわけだから、お辞儀がセットじゃなくても問題ないよ。確かにうちでは人と話すときは人の目を見て、とか、謝るときは頭を下げて心から謝るって躾けられているけれど、すべてがその限りじゃないよ」
「そうなの……?」
「そう。先輩がね、翠葉にプリン食べさせたいって言うから、俺はあっちにいるよ」
「え……!?」
「大丈夫だよ。もう一度、ちゃんと話してみな」
蒼兄がこの場からいなくなってしまうことを心細く思っていると、
「翠葉ちゃん、もう一度話をしよう」
私を覗き込む顔は怖いものではなく、気づけば私は「はい」と答えていた。
蒼兄が部屋を出ていくと、ドアは閉められ部屋にふたりになる。
「プリンは冷たいほうが美味しいと思うんだ。だから、まずはこれを食べるのが先決ね」
と、ゼリーのときと同じように、少しずつ口へスプーンを運んでくれた。
「美味しい?」
「はい」
「でも、やっぱり俺だと緊張しちゃうんだね。蒼樹がさ、アンダンテのものを食べてるときは緊張ほぐれるだろうから、って言ってたんだけど……」
「……だって、蒼兄は慣れてるけど、秋斗さんに食べさせてもらうのは今日が初めてだもの……」
「そっか……じゃ、何度も食べさせて慣れてもらうしかないね」
そう返されるとは思っていなくて返答に詰まる。
秋斗さんはそんな私を見てクスクスと笑う。けれども、口へ運ぶ手を緩めることはなかった。
プリンを食べ終えると、
「もう一度訊くね。さっき聞かせてくれた理由も、俺を振ったときに言った理由も、全部本音?」
断わったときに話したことは本心だった。今だって、こんな状態の自分を見られたいわけじゃない。
それに、痛みがひどくなって余裕がなくなれば人への配慮なんてできなくなる。それこそ、好きな人には近くにいてほしくない。
それは大好きな家族だって例外ではないのだ。
今日のは……本音かと言われれば本音だ。
雅さんに言われなければ考えもしなかったことだけれど、知ってしまったら考えずにはいられなかった。考えたら、どうしたらいいのかわからなくなるほどに不安になった。
――これを話せばいいのかな。
さっき栞さんに言われたこと。
答えを出すまでの過程をきちんと相手に伝えなくちゃいけないというのは、こういうこと……?
ならば話してみよう。
「……雅さんに会わなければ難しいことは考えなかったかもしれません。でも、知ってしまったら聞かなかったことにはできなかったし、考えずにはいられなかった。……すごく不安になりました」
「うん」
「でも、断わったときにお話ししたことは本心です。こんな状態の私は見られなくないです。見てほしくないです……。でも、どうしてか側にいてほしいと思う気持ちもあって、自分の気持ちなのに上手に折り合いがつけられない――」
「……そうだったんだね」
秋斗さんは何を言うでもなく、私の話す言葉に耳を傾け受け止めてくれている気がした。
でも、まだ私は伝えなくちゃいけないことを伝えてない。
「――さっきはひどいことを言ってしまってごめんなさい」
秋斗さんはプリンのカップをサイドテーブルに置くと、私を真正面から見るようにベッドに腰掛ける。
「それは自分以外の人を俺に勧めたこと?」
「はい……」
「……俺も謝らせてね」
「え……?」
秋斗さんは何も悪いことなんてしてないのに、どうして……?
「俺はさ、蒼樹みたいに上手に説明することができなくて、すごくイラついてたんだ。翠葉ちゃんが不安になっているのはわかっていたのに……」
そんなの、秋斗さんは全然悪くない。なのに、「だから、ごめん」と謝られた。
「あのっ、それは秋斗さん悪くなくて、私が無知なだけで――」
どう言葉を続けたらいいのかがわからなかった。
「翠葉ちゃん、俺はそういう部分も含めて君を好きになったんだよ」
自分を丸ごと包み込むような眼差しや言葉に泣きたくなる。
「翠葉ちゃん、ちゃんと聞いてて?」
前置きをされて少し身をかまえる。と、
「俺は……身体が起こせなくなるほど体調の悪い翠葉ちゃんも鈍感な翠葉ちゃんも、美味しい料理を作ってくれる翠葉ちゃんも、アンダンテのタルトが好きな翠葉ちゃんも、森林浴が好きな翠葉ちゃんも、カメラを持つと時間を忘れちゃう翠葉ちゃんも、俺の言葉に一挙一動してくれる翠葉ちゃんも、どんな翠葉ちゃんも好きなんだ」
絶句していると、
「まだほかにもある。光を嬉しそうに見る翠葉ちゃんとか、髪の毛がきれいな翠葉ちゃんとか、無防備すぎる翠葉ちゃんとか、藤山で甘えてくれた翠葉ちゃんとか、いつも自分の身体と闘っている翠葉ちゃんとか――」
「それ以上言わないでくださいっ……」
聞いていて恥ずかしくなって、途中で口を挟んだ。
寝ていると髪の毛で顔を隠せないから困る。だから、手で顔を覆った。
「これだけ伝えればわかってもらえる?」
秋斗さんに両手を取られ、
「もう一度言うよ。……少しでも俺が好きなら俺の側にいてくれない?」
至近距離で目を合わせられる。
その目は怖い目ではなく、とても真っ直ぐで誠実な目だった。
「――あの、ひとつだけ訂正してもいいですか?」
「……何?」
「……少し、じゃなくて……すごく、です」
「……え?」
取られた手を必死で顔に寄せる。
「少しじゃなくてすごくって……それにかかる言葉は『好き』でいいのかな?」
恥ずかしくて、目を瞑ったままコクリと頷く。
どうしよう……。顔が熱い。間違いなく赤面している――
「じゃぁ、さっきのお詫びもらってもいい?」
訊かれて、なんのことだろう、と思う。
すると、身体の両脇のマットが沈む感覚があって、目を開けるとすぐ近くに秋斗さんの顔があった。
「目、閉じて?」
言われて目を閉じる。と、次の瞬間には唇に生あたたかい感触が降ってきた。
それはすぐに離れる。
びっくりして目を開けると、
「仲直りのキスね」
穏やかに笑う秋斗さんがいた。
顔に火がついたかのように熱い。
「翠葉ちゃん、もう『NO』とは言わせないよ。今から君は俺の彼女、恋人だからね」
満面の笑みで言われた。
彼女、恋人――本当に……?
湊先生の声が聞こえてすぐにドアが開いた。
「夕飯のスープと点滴」
湊先生の後ろには蒼兄もいて、なんとなくほっとする。
「あんた、そんなわかりやすくほっとした顔してるんじゃないわよ」
「あ……ごめんなさい」
先生はてきぱきと点滴の用意をする。
一日中横になっていることもあり、血圧が低すぎるということもなく一発で針は刺さった。
「三時間くらいで落とすから」
と、滴下の調節をする。
「先生、ずっと不思議に思っていたんですけど……」
「何?」
「この点滴スタンド、どこから持ってきたんですか?」
「うちからよ?」
湊先生はなんでもないことのように話す。
「病院からじゃなくて、家から……?」
「具合悪くなっても病院に来ないバカがいるからねぇ……」
「……バカ、ですか?」
「そう、秋斗よ。熱なら寝てれば治るとか言って、たいていは来ない。で、何も食べず薬も飲まずに寝てるていたらく。挙句、寝たきりにも我慢できなくて仕事しようとするから見るに見かねて点滴と薬の処方だけはしてあげるの。本当にどうしようもない……」
散々な言われようだけど、湊先生の最後の一言には優しさと愛情が感じられた。
「だから、元気になったらまた料理でも作ってやんなさい」
「……その前に謝らなくちゃ」
「そうね、それでいいのよ。悪いことや間違えたことをしたら謝る。人間関係、それでなんとかなっちゃうものよ」
どこか諭されるように言われ、
「だから、あんたはもっと思ってることを口にしなさい」
私はそんなに思ってることを口にしていないのだろうか……。
自覚していないだけに、努力する以前に意識することがとても難しいように思える。
そこへ栞さんが入ってきた。
「翠葉ちゃん、スープもあるけどこれもあるの」
見せられたのはプリン。それもただのプリンではなく、季節の果物が宝石のように飾られていてとてもかわいいプリン。
「今日、秋斗くんがアンダンテで買ってきてくれたプリンなんだけど、どっちを食べる? スープは明日でも大丈夫だけど、プリンは果物が乗っているから今日食べたほうがいいかもしれないわ」
「選ぶ余地なんてないじゃない。翠葉、プリン食べなさい」
湊先生言われてスープは却下となった。
「でも、まだお礼言ってない……」
デスクの椅子に腰掛け会話には参加していなかった蒼兄が、
「秋斗先輩、まだリビングにいるから呼ぼうか?」
言われて少し考えてしまう。
「でも、まだ夕飯食べてる最中か……。湊さん、それ俺が食べさせますから夕飯食べてきてください」
「じゃ、あとはあんたに任せるわ」
と、栞さんとふたり部屋を出ていった。
蒼兄がベッドサイドまで来ると、
「翠葉、言葉を選びすぎるのも良くないぞ」
「え……?」
「まずは謝ることが先決だろ? そのあとのことはそのあとに考えればいいんだよ」
と、口元に運ばれてきたメロンを口にする。
「……甘い」
「良かったな」
木苺は甘酸っぱくて、夏みかんはそれとは違う甘酸っぱさだった。ミントの葉は口の中をサッパリとさせてくれる。
「美味しい……」
頬が緩むのが自分でもわかった。
「……やっぱ先輩呼んでくるよ。これを食べてるときはそういう顔できるだろ?」
「えっ!?」
蒼兄はにこりと笑って部屋から出ていってしまった。
「……どうしよう――」
違う、どうしようじゃなくて謝らなくちゃ……。
謝るときの言葉は全国共通ごめんなさい、だ。
でも、ごめんなさいの理由も話さなくちゃいけないだろうか……。
数分もせずに蒼兄が秋斗さんを連れて戻ってきた。
「そ、蒼兄っ、ひとつだけ教えてほしいっ」
「何?」
「あのっ、謝るときって、横になったままでも失礼じゃないっ!?」
沈黙の間が一瞬。直後、蒼兄と秋斗さんは笑い出した。
……どうして、笑うの?
「翠葉ちゃん、ちょっと訊きたいんだけど、何がどうしてそういう質問だったのかな?」
秋斗さんに尋ねられる。
「だって……ごめんなさいとお辞儀はセットでしょう?」
「くっ、そういうことか……」
と、またおかしそうに笑いだす。
どうして笑われているのかがわからなくて困る。
尋ね先の蒼兄は壁に縋って笑っているのだからひどい……。
「どうしてこんなに笑われなくちゃいけないの?」
私に背を向けている蒼兄に訊くと、蒼兄ではなく秋斗さんが答えてくれた。
「ちょっと俺たちにはツボだったんだ」
そこへ笑いが少し引いたらしい蒼兄がメガネを外し、涙を拭きながらやってきた。
「翠葉、今は身体起こせないだろう? 身体が起こせるようになるのを待っていたら当分は謝れなくなっちゃうよ。それに、先輩は翠葉の状態を知っているわけだから、お辞儀がセットじゃなくても問題ないよ。確かにうちでは人と話すときは人の目を見て、とか、謝るときは頭を下げて心から謝るって躾けられているけれど、すべてがその限りじゃないよ」
「そうなの……?」
「そう。先輩がね、翠葉にプリン食べさせたいって言うから、俺はあっちにいるよ」
「え……!?」
「大丈夫だよ。もう一度、ちゃんと話してみな」
蒼兄がこの場からいなくなってしまうことを心細く思っていると、
「翠葉ちゃん、もう一度話をしよう」
私を覗き込む顔は怖いものではなく、気づけば私は「はい」と答えていた。
蒼兄が部屋を出ていくと、ドアは閉められ部屋にふたりになる。
「プリンは冷たいほうが美味しいと思うんだ。だから、まずはこれを食べるのが先決ね」
と、ゼリーのときと同じように、少しずつ口へスプーンを運んでくれた。
「美味しい?」
「はい」
「でも、やっぱり俺だと緊張しちゃうんだね。蒼樹がさ、アンダンテのものを食べてるときは緊張ほぐれるだろうから、って言ってたんだけど……」
「……だって、蒼兄は慣れてるけど、秋斗さんに食べさせてもらうのは今日が初めてだもの……」
「そっか……じゃ、何度も食べさせて慣れてもらうしかないね」
そう返されるとは思っていなくて返答に詰まる。
秋斗さんはそんな私を見てクスクスと笑う。けれども、口へ運ぶ手を緩めることはなかった。
プリンを食べ終えると、
「もう一度訊くね。さっき聞かせてくれた理由も、俺を振ったときに言った理由も、全部本音?」
断わったときに話したことは本心だった。今だって、こんな状態の自分を見られたいわけじゃない。
それに、痛みがひどくなって余裕がなくなれば人への配慮なんてできなくなる。それこそ、好きな人には近くにいてほしくない。
それは大好きな家族だって例外ではないのだ。
今日のは……本音かと言われれば本音だ。
雅さんに言われなければ考えもしなかったことだけれど、知ってしまったら考えずにはいられなかった。考えたら、どうしたらいいのかわからなくなるほどに不安になった。
――これを話せばいいのかな。
さっき栞さんに言われたこと。
答えを出すまでの過程をきちんと相手に伝えなくちゃいけないというのは、こういうこと……?
ならば話してみよう。
「……雅さんに会わなければ難しいことは考えなかったかもしれません。でも、知ってしまったら聞かなかったことにはできなかったし、考えずにはいられなかった。……すごく不安になりました」
「うん」
「でも、断わったときにお話ししたことは本心です。こんな状態の私は見られなくないです。見てほしくないです……。でも、どうしてか側にいてほしいと思う気持ちもあって、自分の気持ちなのに上手に折り合いがつけられない――」
「……そうだったんだね」
秋斗さんは何を言うでもなく、私の話す言葉に耳を傾け受け止めてくれている気がした。
でも、まだ私は伝えなくちゃいけないことを伝えてない。
「――さっきはひどいことを言ってしまってごめんなさい」
秋斗さんはプリンのカップをサイドテーブルに置くと、私を真正面から見るようにベッドに腰掛ける。
「それは自分以外の人を俺に勧めたこと?」
「はい……」
「……俺も謝らせてね」
「え……?」
秋斗さんは何も悪いことなんてしてないのに、どうして……?
「俺はさ、蒼樹みたいに上手に説明することができなくて、すごくイラついてたんだ。翠葉ちゃんが不安になっているのはわかっていたのに……」
そんなの、秋斗さんは全然悪くない。なのに、「だから、ごめん」と謝られた。
「あのっ、それは秋斗さん悪くなくて、私が無知なだけで――」
どう言葉を続けたらいいのかがわからなかった。
「翠葉ちゃん、俺はそういう部分も含めて君を好きになったんだよ」
自分を丸ごと包み込むような眼差しや言葉に泣きたくなる。
「翠葉ちゃん、ちゃんと聞いてて?」
前置きをされて少し身をかまえる。と、
「俺は……身体が起こせなくなるほど体調の悪い翠葉ちゃんも鈍感な翠葉ちゃんも、美味しい料理を作ってくれる翠葉ちゃんも、アンダンテのタルトが好きな翠葉ちゃんも、森林浴が好きな翠葉ちゃんも、カメラを持つと時間を忘れちゃう翠葉ちゃんも、俺の言葉に一挙一動してくれる翠葉ちゃんも、どんな翠葉ちゃんも好きなんだ」
絶句していると、
「まだほかにもある。光を嬉しそうに見る翠葉ちゃんとか、髪の毛がきれいな翠葉ちゃんとか、無防備すぎる翠葉ちゃんとか、藤山で甘えてくれた翠葉ちゃんとか、いつも自分の身体と闘っている翠葉ちゃんとか――」
「それ以上言わないでくださいっ……」
聞いていて恥ずかしくなって、途中で口を挟んだ。
寝ていると髪の毛で顔を隠せないから困る。だから、手で顔を覆った。
「これだけ伝えればわかってもらえる?」
秋斗さんに両手を取られ、
「もう一度言うよ。……少しでも俺が好きなら俺の側にいてくれない?」
至近距離で目を合わせられる。
その目は怖い目ではなく、とても真っ直ぐで誠実な目だった。
「――あの、ひとつだけ訂正してもいいですか?」
「……何?」
「……少し、じゃなくて……すごく、です」
「……え?」
取られた手を必死で顔に寄せる。
「少しじゃなくてすごくって……それにかかる言葉は『好き』でいいのかな?」
恥ずかしくて、目を瞑ったままコクリと頷く。
どうしよう……。顔が熱い。間違いなく赤面している――
「じゃぁ、さっきのお詫びもらってもいい?」
訊かれて、なんのことだろう、と思う。
すると、身体の両脇のマットが沈む感覚があって、目を開けるとすぐ近くに秋斗さんの顔があった。
「目、閉じて?」
言われて目を閉じる。と、次の瞬間には唇に生あたたかい感触が降ってきた。
それはすぐに離れる。
びっくりして目を開けると、
「仲直りのキスね」
穏やかに笑う秋斗さんがいた。
顔に火がついたかのように熱い。
「翠葉ちゃん、もう『NO』とは言わせないよ。今から君は俺の彼女、恋人だからね」
満面の笑みで言われた。
彼女、恋人――本当に……?
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