光のもとで1

葉野りるは

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08~11 Side 栞 02話

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「なぁ、翠葉は?」
 先ほど帰ってきた海斗くんに訊かれる。
「今日は誕生日でしょう? だから秋斗くんのところでランチをご馳走になってるみたいなの」
「そうなんだ? でも、もう立派に夕方って時刻だよね?」
 さすが秋斗くんの弟ね。彼も若干翠葉ちゃんのことが心配のようだ。
 そこへ蒼くんと湊が同時に帰ってきた。どうやらエレベーターで一緒になったらしい。
「「翠葉は?」」
「ねぇ、あなたたち……。帰ってきたらまずはなんて言うのか覚えているかしら?」
「「大変失礼しました。ただいま戻りました」」
「よろしい……。で、翠葉ちゃんなんだけど、ランチを秋斗くんの部屋で食べるって言って出ていったきりなのよ。そろそろ帰ってきてもいいころなんだけど……」
 すると、海斗くんが携帯を手にしてどこかへかける。
「秋兄、これ電源落としてるわ」
 すぐさま蒼くんも携帯を手にする。
「翠葉も出ない……」
 蒼くんが目に見えて慌てだす。湊が固定電話からかけるも、
「たぶんあのバカ、電話線抜いてるわ」
 ……そう、携帯の電源を落とすだけじゃ飽き足らず、固定電話の線を抜いたの……。
 秋斗くん、知ってるかしら? 私、怒ると意外と怖いのよ?
「迎えに行ったほうがいいんじゃない?」
 海斗くんが言えば、
「行ってくるっ」
 と、蒼くんが進行方向を変える。そのシャツをがっちり掴んで引き止めた。
「蒼くん、ぜひとも私に行かせてもらえないかしら?」
 にこりと笑むと、
「……栞が切れたわ」
 と、湊の声が聞こえ、目の前にいる蒼くんはゴクリ、と唾を飲んだ。
「ぜひとも……お願いします」
 あとは任せてもらうわ。

 玄関を出て、隣のポーチを開けインターホンを押す。
 ピンポーンッ、ピンピンピンポーンッ――
 それはもういたずらとも言えるような押し方をした。
 しばらくすると秋斗くんが出てくる。
「秋斗くん、何ちゃっかりと固定電話の線抜いてるのかしら?」
 最上級の笑みを添えると、秋斗くんの表情が引きつった。
「とにかく上がらせてもらうわっ」
 有無を言わさず上がりこみ、真っ直ぐ寝室へ向かう。
 横たわる翠葉ちゃんを発見すると後ろに向き直り、
「ちょっとっ! 何してるのよっ」
 小声で怒る。
 さすがに気持ち良さそうに寝ている枕元で怒鳴り声を出すのは気が引けた。
「いやぁ、何もかも……栞ちゃんの電話を切って戻ってみたら寝てた。ほら、あそこにアルバム置いてあるでしょ?」
 と、それらを指す。
 ベッドには分厚いアルバムが四冊置かれていた。でも、
「寝室で見せることないでしょっ!?」
「あはははは……」
 何も言い返さないということは多少の下心はあったのかもしれない。
「指一本触れてないでしょうねっ!?」
 じとりと彼を見上げると、
「指十本と腕二本で触れさせていただきました」
「秋斗くんっ!?」
 いけない、つい大声が……。
 翠葉ちゃんを振り返ってみたけれど、彼女はまだ起きそうにない。
 いつもなら物音がするだけで起きる子が……。相当疲れているのね。
「アルバムの上に寝てたから、今の位置に直しただけ。本当にそれだけ」
 秋斗くんは両手を上げ降参ポーズ。
 今日のところは信じることにしよう。
「秋斗くん、信じてるわよ?」
 にこりと笑みを向けて凄む。
 知ってる? 私の信頼を裏切ると痛い目に遭うわよ?
 ベッドに横になる翠葉ちゃんに近づき声をかける。
「翠葉ちゃん」
「ん……」
 少し身じろぎながら声を出す。
「ね? 寝てるでしょ?」
 秋斗くんは戸口に立ったまま部屋へ入ってこない。
 翠葉ちゃんは秋斗くんの声に反応したのか、パチリ、と目を開けた。
「おはよう。夕方になっても帰ってこないから心配で迎えにきちゃったわ」
「え? 夕方? ……今、何時でしょう?」
「五時半」
「私、寝てましたっ!?」
 と、急に起き上がる。突如彼女の上体が私の方へ傾いた。眩暈を起こした彼女を抱きとめ、
「ベッドの上で良かったわ……」
 今の状況にびっくりしているのはわかるんだけど、お願いだからこういう行動は控えてもらいたい。
「ごめんなさい……」
 秋斗くんはクスクスと笑っているけれど、現状であなたが笑えることかしら?
 口にしたいのは山々。けれども、翠葉ちゃんの前だから見逃してあげるわ……。
 でも、これだけは諭さないといけないだろう。
 翠葉ちゃんは誰が見てもかわいい。頭もいいのに恐ろしいまでに世間を知らない箱入り娘だ。
「翠葉ちゃん、危険な狼さんの寝室なんて、一番危ないお部屋に無防備に入り込んじゃだめよ?」
 彼女の目を見て言えば、要領を得ない顔をしている。
 思わず、小さな子を叱っている心境に陥る。
 時間をあげても答えを導き出せない彼女に、
「襲われたらどうするの?」
 直接的な言葉を出してようやく意味をわかってもらえた。
 一気に赤面し、
「あのっ、でもっ、そういうことしないって言ってくれたし――」
 と、視線を宙に彷徨わせる。
「そんなの口だけかもしれないでしょ? 口先だけの男なんてごまんといるのよ」
 嫌みをこめて口にすると、
「栞ちゃんひどいなぁ……。まるで俺がその中に入るみたいな言い方。現に手ぇ出してないでしょ?」
「当たり前よっ」
 そもそも……あなた、翠葉ちゃんの部屋でこの子にキスしたことお忘れかしら?
 あのとき、夕飯の片付けでリビングとキッチンを行き来している際にたまたま目撃してしまった。
 互いが想い合っているのならキスくらいはいいと思う。けれどもその先は、ね……。
 今はまだ年齢という壁があるし、正式に付き合っているわけでも婚約しているわけでもないのだ。
 何かがあってからでは遅い……。
「さ、帰りましょ? うちで誕生会の準備もしてあるし、海斗くんや司くん、湊や蒼くんも揃ってるわ。……なんなら秋斗くんも来る?」
 来られるものなら来てみなさい。私以上に手厳しい人間なんていないでしょうけど、湊たちにチクチクやられることは確定してるわよ。
 私の言葉になぜか翠葉ちゃんが落ち込む。
「秋斗さん、ごめんなさい」
「気にしなくていいよ。俺も隣で休んでたし」
「ちょっと翠葉ちゃん聞いてよ。秋斗くんったら携帯の電源は落とすわ、固定電話の元線を引き抜くわ……。本当にどうしようもない人なんだからっ」
 思わす真実を話してしまう。
 ね? 危ない人でしょう? こんな危ない人のおうちになんて無防備に上がり込んじゃだめよ?
 そう念をこめて見つめるけれど、翠葉ちゃんがどこまで理解してくれているかは謎ね……。何分、人との関係全般に疎い。
 どうしたらわかってもらえるだろうか、と思いながら玄関のドアを開けると、
「あ、バッグ忘れちゃいました。取ってきますね」
 リビングへ戻る彼女に秋斗くんがバッグを渡す。二言三言交わしたようだけど、それ以上は話すことなく彼女を送り出した。
 よしよし……。
 翠葉ちゃんが玄関へ戻ってくると、先に彼女を外へ出した。
「秋斗くん、私、翠葉ちゃんのことはかなり大切に思っているの。実の娘に欲しいくらいよ? そんな子の意思に反することでもしてごらんなさい? あとが怖いわよ」
 にこりと笑って玄関を出た。

 自宅に戻れば蒼くんが玄関で翠葉ちゃんを待ち受けていた。
 彼女の華奢な両肩をとらえると、
「翠葉、無傷かっ!?」
 切迫した表情で迎える。
「傷、はないと思う。怪我するような場所にも行ってないし……」
「良かった」
 ふたりの会話を聞いて肩を落とす。
 やっぱりまだ微妙に伝わっていないらしい。
 これはどうしたらいいのかしら……。
 蒼くんの心配症が伝染してしまった気分。まるで年頃の娘を持った気持ちになる。
 リビングへ行くと、
「あの男、手ぇ早いんだから気をつけなさいよ?」
 湊が露骨な言い方をした。
 その言葉に面食らっている彼女を見て、あぁ……ここまで露骨な物言いをしないとわからないのかしら、とため息をつきたくなる。
「無防備すぎるのは犯罪だと思う」
 司くんの言葉に一票よ……。
 その彼を見ながら思う。
 司くんも翠葉ちゃんのことを特別視していると思うのだけど、そのあたりどうなってるのかしら……。
 翠葉ちゃんはというと、「ご心配おかけしました」と方々へ頭を下げていた。

 ダイニングテーブルにはすでに料理を運んであったので、あとは食べるだけ。
 翠葉ちゃんはそれを見て嬉しそうな顔をしたものの、直後、不安そうに表情を曇らせた。
 分量的には自分にピッタリ。でも、育ち盛りの海斗くんや司くんのことを思うと足りないんじゃないか、とでも思っているのだろう。
 翠葉ちゃん、大丈夫よ……。 
「このほかにビーフシチューとパンがあるの」
 キッチンから声をかけると、ほっとした顔をした。
 こんな子だから蒼くんは手で囲って守りたくなるのね。
 触れたら溶けてしまいそうな儚い雪を思わせる。けれども意思がないかというと、そんなことはない。そこがあの子の魅力なのかもしれない。
 よりによって藤宮の男ふたりに目をつけられるなんて――
 ビーフシチューをあたためなおしつつ、司くんと話す翠葉ちゃんを見る。
 どっちがいいのかしらね……。
 同い年で年相応の恋愛をするのと、年上で包容力のある人に甘えられるのと……。
 色々なものを抱えているからこそ包容力のある秋斗くんと……と考えはするものの、あの子が蒼くん意外の人に甘えられるのかは別な気がする。
 出逢って五ヶ月になる私にすら甘えてはくれない。
 翠葉ちゃんが蒼くん以外の人に甘えられるようになる日が早く来るといい。
 ずっとずっと、見守っているからね――
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