光のもとで1

葉野りるは

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Side View Story 05

05 Side 碧 01話

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 ここのところ仕事が佳境に入っていることもあり、自宅にはあまり帰れないでいる。
 気になるのは娘の翠葉。蒼樹に関しては、私とれいの子どもにしては若干できすぎな節すらあるのでさほど心配してはいない。
 そんな子どもたちと、今日はショッピングとディナーの予定。
 翠葉は私の若いころにそっくり。違うことといえば、私は翠葉のように病弱ではなかったし、もっと勝気な性格だった。それでも、負けず嫌い、という一面はしっかりと受け継がれているようだ。
 華奢すぎるのが気にはなるものの、きれいに成長していく娘を見て喜ばない母親などいるわけがない。
 行きつけのショップに入ると、馴染みの店長――荒沢あらさわさんに出迎えられた。
 このショップとはもう二十年ほどの付き合いになるだろうか。当時の私と彼女は社会人になったばかりで、彼女は店員のひとりだった。それが今はこのあたり一帯のエリア長を任されるまでになっている。
城井しろい様、いらっしゃいませ。お嬢様も大きくなられましたね」
 彼女とは名刺交換したこともあり、旧姓の「城井」という苗字で呼んでくれる。
「碧でいいわよ」と言ったこともあるけれど、そこは「お客様ですから……」と丁重に断られた。
 客との距離も洋服を提案する姿勢も、何においてもこちらが不快に感じない程度の加減を心得ている。そんなところに付き合いやすさを感じてもいた。
「明日、この子の誕生日なの。だから、今日は翠葉に似合うものを見せてもらえるかしら?」
「それでしたら、このあたりはいかがですか?」
 と、すぐに数点ピックアップしてくれる。
 その手には濃紺の膝丈くらいのワンピースと、同じ型の薄い水色のワンピース。
 この型なら長く着れるし、長く着ることを考えるなら水色ではなく紺だろう。
「そうねぇ……。この濃紺のワンピースはきれいなんじゃないかしら?」
 それを手に取り翠葉に押し当てる。
 翠葉は諦めたふうでそれを持ってフィッティングルームへ向かった。
 さっき蒼樹と会ったときに、今日一度倒れていることは聞いていた。だから、試着は多くても三回までに留めるつもり。
 翠葉は何を着せてもかわいいからついついあれもこれもって着せたくなるのだけど、試着って意外と体力使うのよね……。
「翠葉、着た?」
 声をかけるとフィッティングルームのドアが開く。
「そのサンダルでいいからちょっと出ていらっしゃい」
 翠葉が履いてきたサンダルは、去年買った本皮の白い華奢なサンダル。ヒールは四センチくらい。華奢なストラップが翠葉の足首をより細く見せる。
「あら、いいじゃない!」
「少し大人っぽく見えますね。お嬢様はお肌が白くてらっしゃるから、ネイビーを着るとよりお肌の白さが引き立ちます」
 荒沢さんの顔にも笑みが浮かぶ。なのに翠葉は不安そうな表情だ。
「……本当に似合ってる? ……背伸びしすぎてない?」
「似合ってるわよ」
 翠葉、私がこういう場で妥協しないのは知っているでしょう?
 お世辞なんて言えるほど器用な人間ではないし、こういう場ではお世辞を言うほうが失礼だわ。
「はい、次はこれね!」
 手渡したのはエメラルドグリーンのフレアスカートに白いタンクトップ。それからかっちりとした白いシャツ。
 スカートの丈は膝くらい。たっぷりと生地を使っているフレアスカートにも関わらず、生地の落ち感がいい。裾はアシンメトリーだから翠葉の好みでもあるはず。
 私の服装を見ていてそうなってしまったのか、翠葉はリボンやレースがこてこてとついたようなものは好まない。いつだってシンプルなものを手に取る。
 その翠葉が唯一好きなのがアシンメトリーの裾。ほかにあるとすればベルスリーブだろうか。
 そんなことを考えていると、翠葉がフィッティングルームから出てきた。
 どうやら翠葉自身も納得のいく服装のようだ。
「うん、バッチリ! このシャツ、前で結ぶとリゾートっぽくも着れるのよ」
 シャツの裾を結んで見せると、
「あ、本当……。これに少し長めのネックレスとかしたら似合いそう」
「でしょう?」
 今まで自分からアクセサリーを付けると言ったことはない。でも、服装に応じてアクセントとなるアクセサリーを欲するようになったのなら、その時々に買ってあげてもいいのかもしれない。
「はい、最後はこれ!」
 手渡したのは黒いワンピース。シャツタイプのスタンドカラーでノースリーブ。センターフルジップというとてもシンプルなつくりだが、着丈は短め。
 翠葉が着たら膝上十センチくらいかしらね。
 翠葉はワンピースを目にしてすぐに私を見た。即ち、「これ着るのっ!?」。
「とにかく着てみなさい」
 嫌だ、と言われる前にフィッティングルームへ押し込んだ。しばらくすると、ドアからひょっこりと顔だけを出す。
「何してるの? 早く出ていらっしゃい」
 翠葉はひとつ大きなため息をついて出てきた。
 何をそんなに躊躇することがあるのか……。
「翠葉、きれいな脚してるんだからたまには出さないと」
「でも……」
 翠葉がもじもじしていると、荒沢さんが素早く動いた。
「お嬢様、こちらのワンピースはワンピースとしても着られますが、オーバージャケットとしても着られるんですよ。例えばこちらのバンツを履いた上にワンピースを羽織る形で着ることもできますし、中に色物レギンスを持ってくることもできます」
 どれもアリだと思う……。
「――でもっ! やっぱり高校生だし生脚よっ!」
 翠葉には年相応の格好をさせたい。外界と隔絶して育ってしまった娘はすべてのことに臆病になっている。
 ピアノやハープを弾いているときは伸びやかに自分を表現するというのに、それ以外のところでは極力目立たないように、と努力している節すら感じさせる。
 そういうのを取っ払いたい……。
 少しずつでいいから、臆病な娘を外の空気に触れさせたい。外に出て、目立たないように隠れるのではなく、自分をきちんと主張できる子になってほしい……。

 試着させたものすべて購入する旨を伝えると、はずされていく値札を見て翠葉が叫んだ。
「お母さん、高すぎるっ」
 咄嗟に暗算したのだろう。意外と抜け目のない……。
「シンプルで上質な洋服は、体型さえ変わらなければ十年は着られるのよ。だからいいの!」
 翠葉を押し切ってカードを提示する。「一括払いで」と。
 まだ不服そうな視線で見てくる翠葉を振り返り、
「こんなに働いてて稼いでいるのに使う暇がないのよっ」
 ちょっとしたストレス解消法であることを示唆する。
 仕事は大好き。今手がけているものは今までとは比べ物にならない大きな案件で、とてもやりがいがある。けど、家に帰る時間もなければお金を使う暇もない。
 報酬はたんまりともらっているというのに……。
 きっと今ごろ、零も同じことを考えているはず。零は私以上に子どもたちに会えていないし、電話連絡もほとんど私がしてしまっているから。
 荒沢さんが洋服をたたんでいるのを見ていると、翠葉の携帯が鳴りだした。その携帯には以前見たときには付いていなかったストラップが揺れている。
 ゴールドの葉モチーフと、網細工の立体的なシルバーのハート。それからジュエリーショップのプレート――
 あれ、ジュエリー篠宮のものだわ……。
 ジュエリー篠宮といえば、藤宮御用達のお抱え宝飾デザイナーだ。いったい誰がそんなものを翠葉に? 静からはそんな話は聞いてい――……る、かも?
 静がプレゼントしたと聞いたわけではない。ただ、秋斗くんが翠葉とホテルへディナーを食べに来た、という話は聞いていた。
 秋斗くんとは一度だけ会ったことがある。バイタルチェックの設定を携帯にしてもらうために。
 少し話した感じだと、とても人当たりの柔らかい雰囲気のいい子だった。知識も豊富で私や零が精通しているような話題を振ってくるあたり、相当頭の切れる子。
 藤宮の人間、か――
 また厄介な一族に気に入られちゃったわね。でも、秋斗くんの片思いって話だったから付き合っているわけではないのだろう。
 いつかゆっくり時間が取れたら翠葉と恋バナをしたい。ちょっとくすぐったい気持ちになるけれど、それは翠葉が生まれたときからずっと夢見てきたこと。
 
 電話の相手は蒼樹だったみたい。零の餌食になった蒼樹はいったい何着買われたのかしら?
 こちらと同様、蒼樹に買いすぎだと怒られている零が目に浮かぶ。
 私と零の子だというのに、どうしたことか意外と金銭感覚がしっかりした子たちに育った。反面教師とはこういうことを言うのだろうか。
 私も零も、決して無駄遣いをしているとは思っていない。ただ、上質なものやマナーを教えるのは親の役目だと思っているだけ。
 誕生日にはきちんとした格好をさせワンランク上のホテルへ連れて行くのは、そういったところでないと学べないことがあるから。
 レストランで個室を予約するのは、テーブルマナーでわからないことをその場で訊きやすくするため。不安がなくなれば個室でなくてもいいだろう。
 今のうちにたくさん失敗すればいい。失敗して得た知識は心に鮮明に残る。そういうことを積み重ねておけば、大人になったときに恥ずかしい思いをすることも減るだろうから。
 なにごとも、知識として知っておくことに無駄なことはないのだ。
 私も零も、固すぎないパーティーならばできる限り子どもたちを連れて行く。それは翠葉の人見知りを改善するため、という目的もあるけれど、翠葉はいつだって蒼樹にべったりで、人見知りは未だ改善されていない。
 でも、高校に入ってからはいい友達ができたみたい。毎日のメールやたまに話す電話。それらを見聞きするだけでもよくわかる。
 こっちから振らなくても自分から学校のことを話すようにもなった。それは翠葉の周りにいい友達が数多くいることの表れだろう。
 私が気づいたとき――小学高学年になったころから、翠葉は学校での話を一切しなくなっていた。
 気にはなってはいたけれど、あのときは翠葉の体調が第一で、何をしてあげることもできなかった。
 去年、蒼樹が翠葉の受験校に藤宮高校を提案したときは、体力的な問題や勉強がハードなことも相まって一度は反対したけれど、結果的には良かったようだ。さすがは翠葉のことをよく見ている息子なだけはある。

 翠葉、人はひとりでは生きていけないわ。支えてくれる人が必要になる。そして、あなたが支えになることもできるの。
 いずれ、あなたにも「この人!」という人が現れるでしょう。そのときは迷わずに一歩踏み出しなさい。その人の隣に並ぶために。
 私は――私たちは、それを一番に願っているわ。私に零、蒼樹はいつでもあなたが幸せに過ごせることを祈ってる。
 だから、幸せになりなさい――
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