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11~16 Side 秋斗 07話
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ハーブティーを口にして頬を緩める彼女に、
「それ、トップを外すとストラップになるんだ」
彼女の胸元で、キラキラと光を反射させているネックレスを指して言う。
彼女はネックレスに指を添えて、
「これ……秋斗さんからのプレゼントって……」
「うん、気に入ってくれた?」
またしても申し訳なさそうな顔をされてしまった。
そうじゃなくて……喜んで笑ってほしい。
「これが携帯につけるストラップ部分」
ポケットから、ベルベッドの生地で作られた小さな巾着を取り出し彼女に渡す。
彼女は両手で受け取ると、細い指で巾着のリボンを引き解いた。
中からシルバーのチェーンが出てくると、「きれい」と唇が動く。
「トップは取り外しがきくから、そこに通してストラップとして使ってもらえると嬉しい」
「なんだか、こんなにしてもらって恐縮してしまいます……。でも――すごく嬉しいです」
言いながら、ほわんとした彼女特有の柔らかな笑顔になる。
「その顔が見たかった」
こちらも自然と頬が緩む。
「じゃ、そろそろ八時だから帰ろうか」
先に席を立ち彼女の席まで行き手を差し伸べる。と、
「秋斗さんはエスコートし慣れてるんですね?」
どう答えようか迷ったけれど、そこはかわすことにした。
「そう見える?」
「はい」
「そう思ってもらえて嬉しいよ」
部屋を出てエレベーターホールに向かうと、見覚えのある後ろ姿がいくつか……。
すると、彼女の歩みが止まった。
「翠葉ちゃん?」
彼女が見ているのもエレベーターの前の一行だった。
あれは間違いなく――
「司、だね」
エレベーターが着くと、司が女の子の手を取ってエレベーターに乗り込んだ。
エレベーターの扉が閉まり、その場に誰もいなくなっても彼女の視線はエレベーターホールに固定されたまま。
「翠葉ちゃん、大丈夫?」
「……はい。大丈夫、です……」
「とりあえず、ドレスを着替えに二階へ行こう」
少し冷たくなった彼女の手を引いて歩く。
彼女はエレベーターに乗っても何も話さず、視線は落としたままだった。
まるで、意識をどこかに置いてきてしまったかのように……。
マリアージュに戻ると、レストランから連絡が入っていたのか、表まで園田さんが迎えに出てくれていた。
「園田さん、お願いね」
彼女の手を渡し、先ほどと同じソファに深く腰掛けた。
内ポケットの携帯がうるさいくらいに振動を伝えてくる。
それを見れば一目瞭然。彼女は司を見て動揺した。
きっと、女の子をエスコートしていた司を見て動揺したのだろう。
……まいったな。この感情、嫉妬っていうんじゃないか?
人に対して嫉妬するなんて初めてのことだ。
それも、相手が司とは――
もしかしたら彼女は司が好きなのかもしれない。
まだ、本人は気づいていないようだけど……。
ふと気づけば、自嘲気味に笑う自分がショーウィンドーに映っていた。
彼女は深呼吸でもしたのか、少しだけ脈拍が落ち着く。それでも、まだ速いことに変わりはない。
十分もしないうちにもとの洋服に着替えた彼女が出てきた。
若干顔色が優れない。
「翠葉お嬢様、またいつでもいらっしゃってくださいね」
園田さんに言葉を添えられ見送られた。
車に着くと、助手席のドアを開け彼女をシートに座らせ、自分もすぐ運転席に収まる。
そして、携帯を取り出し蒼樹にかけた。
さすがに予定時刻を過ぎても帰ってこなければ心配するだろう。
「蒼樹? あのさ、ものは相談なんだけど、あと少し翠葉ちゃんを借りてもいいかな? 九時までには返すから」
『は!? 今八時ですけど? その時間にはホテルを出る予定でしたよね?』
「そうなんだけど……」
『……まぁ、ちゃんと送り届けてくれるならかまいませんが。もちろん無傷で』
「うん、わかってる。じゃ、またあとで」
蒼樹、一方的で悪い。でも俺、今必死なんだよね……。
「翠葉ちゃん、もう少し付き合ってね」
声をかけると、彼女は明らかに困惑した。
でも、ごめんね。君に選択権はないんだ。
車の中には音楽が流れるだけで会話はない。
彼女は相変わらず動揺を隠せずにいるし、脈を教える振動もうるさいまま。
意識の方向を少しこちらへ向けてほしい。
何度も自分の携帯を見ては数値を確認している彼女。
今の自分がどういう状態にあるのかが理解できないようだ。
俺が車を停めたのは、彼女の家の裏にある運動公園の駐車場。
ここなら彼女も少しは安心できるだろう。
「食後の運動。少し歩こう」
月も出ているし外灯も多い。足元が危ないということもない。
少し歩くとベンチがあったので、そこへ座るように促す。
もしかしたら彼女には少し肌寒いかもしれない。
先ほどから両腕をさする動作を繰り返していた。
「寒くはない?」
「はい」
彼女の声を聞きたくて訊いたようなもの。
返ってくる答えはわかっていたし、それが嘘なのもわかっている。
「その返事は嘘でしょう?」
言って、自分のジャケットを彼女の肩にかけた。
「でも、秋斗さんもシャツ一枚……」
彼女は俺の格好を気にして慌てる。
「男のほうが筋肉付いてるから寒さには強いんだよ」
言いながら、できるだけ彼女の近くに腰を下ろした。
「司に見合い話がきてるって話は聞いていた。それが今日だったとはね……。通常、高校を卒業するまではそういう話はあまりこないんだけど、俺と楓が応じないからかな。そのとばっちりが司に行ったのかも。これは海斗も時間の問題だな」
そんなふうに切り出してみる。
さぁ、どう反応する?
無反応かと思ったけどそうでもない。明らかに脈拍が速くなった。
それに付随するかのように、胸元を左手で押さえる。右手にはずっと携帯を持ったまま。
「ここ、痛い?」
自分の胸を指差して尋ねる。
「胸……? 心? どっち?」
「どっち、でしょう……」
彼女は眉をひそめて小さな声を発する。
「残念ながら、それは翠葉ちゃんにしかわからないことだ」
「これ、なんだろう……」
胸元を押させたまま、ひとり言のように口にした。
「恋、だと思う?」
「え……?」
前方の芝生に固定していた視線が急にこちらを振り仰ぐ。
「恋って……。恋って、こんなに苦しくなるものなんですか?」
そうだよね、君はまだ何も知らないから。恋をすれば世界がキラキラ光ったものになると思っているような子だから。
……やっぱり無理だな。この子だけは司にも譲れない――
「……翠葉ちゃん。試しに『恋』をしてみない?」
いつものように極力なんでもないことのように話す。
彼女は何を言われたのかわからないって顔で俺を見た。
どうしてこんなにかわいく見えるんだろう。俺、蒼樹のことをあれこれ言えないかもしれない。
「僕と、恋愛してみない?」
彼女は困った顔のまま少し笑った。まるで、いつもみたいに冗談を流すように。
「……また、そういう冗談を真顔で……」
けれど、視線を逸らしたということは、多少は動揺したということ。
携帯を握りしめる彼女の冷たくなった手を取り、
「俺を見て?」
言うと、彼女は恐る恐る、ゆっくりと視線を戻した。
「冗談みたいな本気の提案だよ」
また少し脈が速くなる。
「どうかな? お望みとあらば、クーリングオフ期間も設けるけど」
少しだけ、いつものように茶化してみせる。そのほうが、君が警戒を解いてくれそうだから。
けれど、そんな手も効きはしなかったようで手を引こうとする。
……ごめんね、この手はまだ放してあげられない。
「あのっ……」
「今答えを出さなくていいよ。ゆっくり考えて。誰に相談してもらってもかまわない。でも……最後に答えを出すのは翠葉ちゃんだ。いいね?」
言い終わってから彼女の手を放した。
「さ、送っていくよ」
動揺させてしまった彼女には優しくしてあげよう。
いつもと変わらない笑みを向けると、「やっぱり冗談ですよね?」って顔をしている。
冗談じゃないんだけどな……。
たぶん、すごく本気だから。
「あの……ここからなら歩いてひとりでも帰れます。ここまでで大丈夫です」
少し震えた声で、それでも笑顔を作る。
きっと、このまま何もなかったことにして帰ってしまいたいのだろう。車に積んである荷物のことも忘れて。
肩にかけたジャケットに手をかけたところでそれを制した。
「それは聞けないかな。きちんと送り届けることを約束したうえで蒼樹から許可が下りているんだ」
蒼樹をダシにして彼女を駐車場へと促す。
車に戻っても彼女の脈拍はなかなか落ち着かない。
少し心配になってバイタルを見たけれど、血圧自体は少し高いくらいで熱もなかった。
車を発進させ、会話なく五分もすれば彼女の家の前。
「今日は、ありがとうございました……」
シートベルトを外そうとした彼女の手を捕らえ、
「かなり態度には示してきたつもりだけど……。翠葉ちゃんはちゃんと言葉にしないと伝わりそうにないから」
前置きをして、彼女の視線が自分の顔にたどり着くのを待つ。
「僕は翠葉ちゃんが思っているよりはるかに翠葉ちゃんのことを好きだと思うよ。さっきはああ言ったけど……恋愛お試し期間が必要なのは翠葉ちゃんだけだ。僕は本気だからね」
言うと手を放し、シートベルトを外してあげた。
車の外には蒼樹が出てきていた。
助手席に近づいたので窓を開け、
「後部座席に翠葉ちゃんの荷物がある」
何事もなかったように話すと、蒼樹は「ありがとうございます」と後部座席の荷物を手にした。
彼女は何を口にしたらいいのかがわからないのだろう。
間違いなくキャパシティーオーバー。
車から降りると、言葉なく深くお辞儀をされた。
代わりに、蒼樹が窓に身を乗り出し、
「先輩、遅すぎです……。でも、今日は本当にお世話になりました」
「いや、今日は俺もすごく楽しかったから。帰すの遅くなって悪かった」
いつものようににこりと笑うと、
「じゃ、翠葉ちゃん、おやすみ」
と、窓を閉めた。
蒼樹、悪い。
途中までは何もかもが順調だったんだ。ところが、途中から何かが変わってしまった。
俺、宝物を見つけたのかもしれない。
それは俺にとって大きすぎる変化だったけれど、彼女はもっと大変なことになっているだろう。
司の件だけでも十分に動揺していた。
それに嫉妬した俺は、さらに動揺させることでしか自分を見てもらうことができなかった。
大人げなかったと思う。
でも、蒼樹……。もし、俺が本気だとわかったら認めてくれないか。
おまえの大切な妹を、俺に任せてくれないか。
きっと、誰よりも何よりも大切にするから――
「それ、トップを外すとストラップになるんだ」
彼女の胸元で、キラキラと光を反射させているネックレスを指して言う。
彼女はネックレスに指を添えて、
「これ……秋斗さんからのプレゼントって……」
「うん、気に入ってくれた?」
またしても申し訳なさそうな顔をされてしまった。
そうじゃなくて……喜んで笑ってほしい。
「これが携帯につけるストラップ部分」
ポケットから、ベルベッドの生地で作られた小さな巾着を取り出し彼女に渡す。
彼女は両手で受け取ると、細い指で巾着のリボンを引き解いた。
中からシルバーのチェーンが出てくると、「きれい」と唇が動く。
「トップは取り外しがきくから、そこに通してストラップとして使ってもらえると嬉しい」
「なんだか、こんなにしてもらって恐縮してしまいます……。でも――すごく嬉しいです」
言いながら、ほわんとした彼女特有の柔らかな笑顔になる。
「その顔が見たかった」
こちらも自然と頬が緩む。
「じゃ、そろそろ八時だから帰ろうか」
先に席を立ち彼女の席まで行き手を差し伸べる。と、
「秋斗さんはエスコートし慣れてるんですね?」
どう答えようか迷ったけれど、そこはかわすことにした。
「そう見える?」
「はい」
「そう思ってもらえて嬉しいよ」
部屋を出てエレベーターホールに向かうと、見覚えのある後ろ姿がいくつか……。
すると、彼女の歩みが止まった。
「翠葉ちゃん?」
彼女が見ているのもエレベーターの前の一行だった。
あれは間違いなく――
「司、だね」
エレベーターが着くと、司が女の子の手を取ってエレベーターに乗り込んだ。
エレベーターの扉が閉まり、その場に誰もいなくなっても彼女の視線はエレベーターホールに固定されたまま。
「翠葉ちゃん、大丈夫?」
「……はい。大丈夫、です……」
「とりあえず、ドレスを着替えに二階へ行こう」
少し冷たくなった彼女の手を引いて歩く。
彼女はエレベーターに乗っても何も話さず、視線は落としたままだった。
まるで、意識をどこかに置いてきてしまったかのように……。
マリアージュに戻ると、レストランから連絡が入っていたのか、表まで園田さんが迎えに出てくれていた。
「園田さん、お願いね」
彼女の手を渡し、先ほどと同じソファに深く腰掛けた。
内ポケットの携帯がうるさいくらいに振動を伝えてくる。
それを見れば一目瞭然。彼女は司を見て動揺した。
きっと、女の子をエスコートしていた司を見て動揺したのだろう。
……まいったな。この感情、嫉妬っていうんじゃないか?
人に対して嫉妬するなんて初めてのことだ。
それも、相手が司とは――
もしかしたら彼女は司が好きなのかもしれない。
まだ、本人は気づいていないようだけど……。
ふと気づけば、自嘲気味に笑う自分がショーウィンドーに映っていた。
彼女は深呼吸でもしたのか、少しだけ脈拍が落ち着く。それでも、まだ速いことに変わりはない。
十分もしないうちにもとの洋服に着替えた彼女が出てきた。
若干顔色が優れない。
「翠葉お嬢様、またいつでもいらっしゃってくださいね」
園田さんに言葉を添えられ見送られた。
車に着くと、助手席のドアを開け彼女をシートに座らせ、自分もすぐ運転席に収まる。
そして、携帯を取り出し蒼樹にかけた。
さすがに予定時刻を過ぎても帰ってこなければ心配するだろう。
「蒼樹? あのさ、ものは相談なんだけど、あと少し翠葉ちゃんを借りてもいいかな? 九時までには返すから」
『は!? 今八時ですけど? その時間にはホテルを出る予定でしたよね?』
「そうなんだけど……」
『……まぁ、ちゃんと送り届けてくれるならかまいませんが。もちろん無傷で』
「うん、わかってる。じゃ、またあとで」
蒼樹、一方的で悪い。でも俺、今必死なんだよね……。
「翠葉ちゃん、もう少し付き合ってね」
声をかけると、彼女は明らかに困惑した。
でも、ごめんね。君に選択権はないんだ。
車の中には音楽が流れるだけで会話はない。
彼女は相変わらず動揺を隠せずにいるし、脈を教える振動もうるさいまま。
意識の方向を少しこちらへ向けてほしい。
何度も自分の携帯を見ては数値を確認している彼女。
今の自分がどういう状態にあるのかが理解できないようだ。
俺が車を停めたのは、彼女の家の裏にある運動公園の駐車場。
ここなら彼女も少しは安心できるだろう。
「食後の運動。少し歩こう」
月も出ているし外灯も多い。足元が危ないということもない。
少し歩くとベンチがあったので、そこへ座るように促す。
もしかしたら彼女には少し肌寒いかもしれない。
先ほどから両腕をさする動作を繰り返していた。
「寒くはない?」
「はい」
彼女の声を聞きたくて訊いたようなもの。
返ってくる答えはわかっていたし、それが嘘なのもわかっている。
「その返事は嘘でしょう?」
言って、自分のジャケットを彼女の肩にかけた。
「でも、秋斗さんもシャツ一枚……」
彼女は俺の格好を気にして慌てる。
「男のほうが筋肉付いてるから寒さには強いんだよ」
言いながら、できるだけ彼女の近くに腰を下ろした。
「司に見合い話がきてるって話は聞いていた。それが今日だったとはね……。通常、高校を卒業するまではそういう話はあまりこないんだけど、俺と楓が応じないからかな。そのとばっちりが司に行ったのかも。これは海斗も時間の問題だな」
そんなふうに切り出してみる。
さぁ、どう反応する?
無反応かと思ったけどそうでもない。明らかに脈拍が速くなった。
それに付随するかのように、胸元を左手で押さえる。右手にはずっと携帯を持ったまま。
「ここ、痛い?」
自分の胸を指差して尋ねる。
「胸……? 心? どっち?」
「どっち、でしょう……」
彼女は眉をひそめて小さな声を発する。
「残念ながら、それは翠葉ちゃんにしかわからないことだ」
「これ、なんだろう……」
胸元を押させたまま、ひとり言のように口にした。
「恋、だと思う?」
「え……?」
前方の芝生に固定していた視線が急にこちらを振り仰ぐ。
「恋って……。恋って、こんなに苦しくなるものなんですか?」
そうだよね、君はまだ何も知らないから。恋をすれば世界がキラキラ光ったものになると思っているような子だから。
……やっぱり無理だな。この子だけは司にも譲れない――
「……翠葉ちゃん。試しに『恋』をしてみない?」
いつものように極力なんでもないことのように話す。
彼女は何を言われたのかわからないって顔で俺を見た。
どうしてこんなにかわいく見えるんだろう。俺、蒼樹のことをあれこれ言えないかもしれない。
「僕と、恋愛してみない?」
彼女は困った顔のまま少し笑った。まるで、いつもみたいに冗談を流すように。
「……また、そういう冗談を真顔で……」
けれど、視線を逸らしたということは、多少は動揺したということ。
携帯を握りしめる彼女の冷たくなった手を取り、
「俺を見て?」
言うと、彼女は恐る恐る、ゆっくりと視線を戻した。
「冗談みたいな本気の提案だよ」
また少し脈が速くなる。
「どうかな? お望みとあらば、クーリングオフ期間も設けるけど」
少しだけ、いつものように茶化してみせる。そのほうが、君が警戒を解いてくれそうだから。
けれど、そんな手も効きはしなかったようで手を引こうとする。
……ごめんね、この手はまだ放してあげられない。
「あのっ……」
「今答えを出さなくていいよ。ゆっくり考えて。誰に相談してもらってもかまわない。でも……最後に答えを出すのは翠葉ちゃんだ。いいね?」
言い終わってから彼女の手を放した。
「さ、送っていくよ」
動揺させてしまった彼女には優しくしてあげよう。
いつもと変わらない笑みを向けると、「やっぱり冗談ですよね?」って顔をしている。
冗談じゃないんだけどな……。
たぶん、すごく本気だから。
「あの……ここからなら歩いてひとりでも帰れます。ここまでで大丈夫です」
少し震えた声で、それでも笑顔を作る。
きっと、このまま何もなかったことにして帰ってしまいたいのだろう。車に積んである荷物のことも忘れて。
肩にかけたジャケットに手をかけたところでそれを制した。
「それは聞けないかな。きちんと送り届けることを約束したうえで蒼樹から許可が下りているんだ」
蒼樹をダシにして彼女を駐車場へと促す。
車に戻っても彼女の脈拍はなかなか落ち着かない。
少し心配になってバイタルを見たけれど、血圧自体は少し高いくらいで熱もなかった。
車を発進させ、会話なく五分もすれば彼女の家の前。
「今日は、ありがとうございました……」
シートベルトを外そうとした彼女の手を捕らえ、
「かなり態度には示してきたつもりだけど……。翠葉ちゃんはちゃんと言葉にしないと伝わりそうにないから」
前置きをして、彼女の視線が自分の顔にたどり着くのを待つ。
「僕は翠葉ちゃんが思っているよりはるかに翠葉ちゃんのことを好きだと思うよ。さっきはああ言ったけど……恋愛お試し期間が必要なのは翠葉ちゃんだけだ。僕は本気だからね」
言うと手を放し、シートベルトを外してあげた。
車の外には蒼樹が出てきていた。
助手席に近づいたので窓を開け、
「後部座席に翠葉ちゃんの荷物がある」
何事もなかったように話すと、蒼樹は「ありがとうございます」と後部座席の荷物を手にした。
彼女は何を口にしたらいいのかがわからないのだろう。
間違いなくキャパシティーオーバー。
車から降りると、言葉なく深くお辞儀をされた。
代わりに、蒼樹が窓に身を乗り出し、
「先輩、遅すぎです……。でも、今日は本当にお世話になりました」
「いや、今日は俺もすごく楽しかったから。帰すの遅くなって悪かった」
いつものようににこりと笑うと、
「じゃ、翠葉ちゃん、おやすみ」
と、窓を閉めた。
蒼樹、悪い。
途中までは何もかもが順調だったんだ。ところが、途中から何かが変わってしまった。
俺、宝物を見つけたのかもしれない。
それは俺にとって大きすぎる変化だったけれど、彼女はもっと大変なことになっているだろう。
司の件だけでも十分に動揺していた。
それに嫉妬した俺は、さらに動揺させることでしか自分を見てもらうことができなかった。
大人げなかったと思う。
でも、蒼樹……。もし、俺が本気だとわかったら認めてくれないか。
おまえの大切な妹を、俺に任せてくれないか。
きっと、誰よりも何よりも大切にするから――
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