光のもとで1

葉野りるは

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Side View Story 03

09~10 Side 司 01話

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 今日は午前授業だが、午後は広報委員との打ち合わせがある。
 一年は今日からキャンプでいないため、二、三年のみの集り。
 その準備もあり、生徒会メンバーは視聴覚室で昼食を摂っていた。
 どの教室においても俺の座る場所は変わらない。それは窓際。
 窓から外を見るのが好き、というわけではなく、強いていうなら風が入ってくるところが好きだと思う。
 あとはこの季節特有の柔らかな陽射しが好きだ。
 姉さんに言わせれば紫外線がどうのと言いだすのだろうが、陽の下にいるのは気持ちがいいと思う。
 それも今月までだけど……。
 夏がくれば陽射しなどうざったい以外の何ものでもなくなる。その考えが覆ることはない。
 外から教室へと視線を戻せば、だいぶ人気が増えてきた。
 時計はあと数分で一時を指す。
 そろそろ出欠確認を済ませるか……。

 打ち合わせという名の集会は、一時間強で終わった。
 片付けは朝陽たちに任せ、パソコンのセッティングをするため、先に図書室へ向かう。
 今日も翠がいるのだろうと思いながら、インターホンを押し中へ入ると、テーブルに突っ伏している人間が約一名。
「何してる……?」
「英語の問題集……」
 いや、問題を解いているようには見えないけど……。
 翠の下敷きになっている問題集を引き抜き進行状況を確認すると、やけに空欄が目についた。
 穴埋め式のものや長文問題は埋まっている。埋まっていないのは英文を書かせるタイプのもの。
「ネックは文法?」
 訊くと、翠はコクコクと頷いた。
 その顔はすごく渋いものを食べた、というような表情で、渋面という言葉が頭に浮かぶ。
「昨日は一日で数学の問題集終わらせて、今日は午前中に世界史を終わらせた。なのに、英語だけは二時間経つけどその状態」
 秋兄がくつくつと笑いながらこっちへやってきた。
「英語苦手?」
 訊くと、悩むことなく即頷いた。そして、
「英語と古典はとくに……」
 と、付け足す。
「文法や活用が苦手なわけね」
 そういえば、御園生さんが翠のセールスポイントは計算力と言ってたか……。根っからの理系人間って話か。
 もう一度問題集に目を落とす。
 このシリーズの問題集の数学を昨日一日で終わらせた、か……。
 それは見覚えのある問題集だった。
 この問題集はうちの学園独自の問題集で、一教科につき五パターンほどレパートリーがある。
 確か、数学は計算問題が多い問題集と文章問題が多い問題集に分かれていたと思う。
 どちらにせよ、御園生さんがセールスポイントと言ったのは嘘ではないのだろう。
 しかも、午前中には世界史一冊って……。
 まさか、翠はキャンプ期間中に未履修分野の問題集を終わらせようとしているのか?
「司、見てあげたら?」
「……あっちでなら問題ない」
 図書室を指し示すと、
「……お邪魔になると思うのでいいです」
 と、断わられる。
「課題を終わらせて選考作業手伝ってくれたらチャラにするけど?」
「……とても終わらせる自信がないので」
「俺が見るからには最短で終わらせる」
 翠の表情が微妙なものへと変わり、
「……それって怖いですか?」
「……誰に何を訊いたのかは察しがつくけど、怖いのと終わらないのとどっちを取る?」
 訊くと、口を貝のように閉じた。
「すぐに始めるからあっちに移動して」
 俺は強制連行することにした。

 問題集を脇に挟み、カウンターにあるノートパソコンやケーブル、必要なものを持って部屋を出る。
 けれども翠がこちらに来る気配はない。
「翠、早く」
 声をかけるとドアから顔を覗かせ、ペンケースなどを持ってやってきた。とても怯えた顔をして。
「そこに座って」
 翠に座らせたのは俺の左隣。翠の左隣には茜先輩が使うパソコンをセッティング。
 これで右には俺、左には茜先輩という特等席のできあがり。
 そこへ、電子音が鳴り、茜先輩が戻ってきた。
「翠葉ちゃん、今日も課題?」
「はい……」
「あら、どうしたの? ずいぶんと暗い顔だけど」
 茜先輩はちょこまかと写真を避けてここまで来る。
「……未履修分野の課題、英語だけが終わらなくて」
「……あれ? でも、キャンプ中は別の問題集出されてるんじゃなかっったっけ?」
「それは昨日のうちに終わらせました」
 何食わぬ顔をして答える翠は、少し常軌を逸している。
 茜先輩はそれに気づき、
「……確か、それと同じ厚さの問題集だったよね? 教科は?」
「数学ですけど……?」
 茜先輩は絶句して俺の顔を見た。
「因みに、午前で世界史の問題集を終わらせたって情報もありますけど」
 情報提供を試みると、
「うーん……やっぱり欲しいな」
 と、目を輝かせる。
「で? これは英語ね?」
 ノートパソコンの前に座って問題集を覗き込む。
 もう何を言う必要もないだろう。この席の配置で意図は伝わったものとする。
「翠、茜先輩は三年の首席だ」
「あら、それを言うなら司は二年の首席でしょ? さ、始めましょうか」
 翠は渋い顔をしつつも問題集と向き合う覚悟をしたようだった。

 一問目から苦戦しているようだけど、とくに難しいわけでもなんでもない。
 そして、少しヒントを出せば難なく解く。
 ところが新しい問題へ移るたびにシャーペンの動きが止まる。
 ……なぜその問題がわからない。
 あまりの躓きぶりに驚愕する。
 だが、ひとつヒントを出せばすぐに紐解く。ヒントへの明確な答えを口にしながら。
 入れ知恵すればすぐ解けるのに、どうしてここまで苦手意識を持っているのかが不思議でならなかった。
 同じことを感じたのか、
「少し入れ知恵をすればすぐ解けるのに、なんでここまで苦手意識持ってるのかしら?」
 茜先輩が訊くと、
「うーん……わかりません。教科書を覚えれば解けるものに関しては問題ないんですけど、こういうのは苦手なんです」
「それ……単に教科書丸暗記してるから穴埋めができるだけだろ。……あぁ、だから基本の文法を理解してないのか」
 しばし作業の手を休め、問題の解き具合を眺める。
「なるほどねぇ……。それじゃ学内テストはいいけれど、全国模試には通用しないわね」
 同感だ。
「これは特訓しかないわね」
 そのあと、ほかの生徒会メンバーが入ってくると、皆一言二言声をかけ、気の毒そうな目で翠を見ていた。

 一時間も見ていると、半分近く埋まっていなかった問題集を全部終わらせた。
 苦手だと言う割には早く終わった。
 事実、文法は理解していないし、時々過去が未来になっていたりその逆だったりする。が、それもケアレスミスの範囲内。
 文法なんて数学や物理の方程式とそう変わらないはずなのに、翠は変に苦手意識を持ちすぎな気がした。
 きっと少し努力すれば理系文系問わず、オールラウンダーになるに違いない。
 この苦手意識を払拭させるにはどうしたらいいだろうか。
 そんなことを考えているうちに、図書室内は休憩時間へと移行していた。
 そして俺は、「藤宮先輩」と言われたことを逆手に取り、「ペナルティ」と称して翠を図書室から連れ出すことに成功した。
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