光のもとで1

葉野りるは

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第三章 恋の入口

20話

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 これはなんと言ったらいいものか……。
 司先輩に相談?
 ……なんだか微妙だなぁ……。
 桃華さんたちには抵抗なく話せたのに。
 でも、秋斗さんには誰に相談してもかまわないって言われたし……。
 誰彼かまわず話すわけじゃない。でも、いつも秋斗さんの近くにいる司先輩なら、何かいいアドバイスを話を聞けるかもしれない。
「実は……秋斗さんにお試しで恋愛しませんかって言われて、ただいま絶賛困惑中というか……」
 目を見て話すことはできず、自分の手元に視線を落としていた。
「……ふーん。で、どうするの?」
「今は考えるのをやめているところです」
「は?」
「ゆっくり考えていいと言われたので、とりあえずは試験が終わるまでは考えないようにしようと思って」
「……考えると余裕がなくなるから?」
「はい……。頭の容量を全部持っていかれて生命維持が危ぶまれるほどに」
 考えたら知恵熱が出た。それも結構な高熱。
 とりあえず、試験まではもう日もないし、体調を崩している場合ではない。
「……やっぱり、試験が終わるまでは考えないことにします。少し時間を置いたら見えてくるものもあるかもしれないから」
 そう言って話を終わりにしようとした。けれども、
「どちらにせよ、このテスト前期間は秋兄のところで御園生さんを待つことになるんじゃないの?」
 言われるまでそのことをすっかり忘れていた。
 困ったな……。
「……図書館へ行くことも検討してみようかな。虫は苦手だけれど、桃華さんもよく利用しているみたいだし……。行ってみれば意外と大丈夫かも?」
「簾条はともかく、翠はやめたほうがいい」
 サクリと言われて、虫の多さを想像する。
「秋兄のところに居づらいなら図書室にいれば? 生徒会メンバーは気にしないだろうから」
「……嫌とか居づらいとかそういうわけではなくて……。きっと、会ってしまえば会ってしまったで大丈夫だとは思うんです。ただ、言われたあと、まだ一度も合ってないから少し戸惑っているだけで……」
「そう?」
 これは心配してくれているんだろうか……?
 いまいち司先輩の言葉は感情が読みづらい。
「たぶん、大丈夫です」
「翠の大丈夫ってあまり信用ないけど」
 それを言われてしまうと何も言い返すことができなくてちょっと悔しい。
 司先輩は腕時計を見て、
「そろそろ仕事が始まる」
 と、芝生から立ち上がった。
 そして、私へ向けて手が差し伸べられる。
 私はその手を躊躇うことなく取れるようになっていた。
「だいぶ慣れたでしょう?」
 訊くと、
「自慢できることでもないと思うけど」
 容赦なく却下された。
 本当にひどい……。

 図書室に行くと、生徒会メンバーが揃っていた。
「翠葉ちゃんだー! 翠葉ちゃんも写真選定組ね!」
 すでに写真の袋小路に身を投じている加納先輩に言われる。
「はい。何か基準になるようなものはあるんですか?」
「基本は良く撮れているか撮れていないか。フレーミングが甘くても人の表情が良ければOK。とにかく気になるものをピックアップしてテーブルに乗せて? そしたら、それを俺と朝陽が仕分けするから」
「了解です」
 昨日までに印刷作業は終わっていたのか、今日はパソコンもプリンターも用意はされていない。そして、里見先輩も司先輩も写真の選定に回っていた。
「翠はテーブルの周りの写真」
 言うと、司先輩は窓際の区画へと場所を移した。
 指定された場所の写真をピックアップしていて気づく。
 荒川先輩も春日先輩も、私以外の人は、しゃがみこんである程度の枚数を手にすると、立ち上がってテーブルまで持ってくる、ということを何度も繰り返していた。
 私はというと、同じようにしゃがみこんで選定し、何枚か選ぶと後ろにあるテーブルへ手を伸ばせば置けてしまう。しかも、この区画には私が映っている写真がまったくない。
 ちゃんと考えてくれてるんだな……。
 影に隠れた優しさに気づくと、とても嬉しくなる。
 ――「使える人間は使うし、使えない人間は使える場所で使う。使えないなら使えるようにするまで」。
 初めて会った日にそう言っていたのが少し理解できた。
 ここなら、私も少しは役に立てるだろうか……。

 人の撮った写真というのはとても参考になる。
 構図もそうだし、撮影者の視点が様々で勉強になる。
 ただ撮っただけ、というものも少なくはない。でも、何かに執着して撮った写真は目にするとすぐにわかるものだ。
 二時間ほど作業をしていると、自分の周りは粗方見終わった気がした。
「翠葉ちゃん、ラスト! この部屋ぐるっと一周回って、最後に目ぼしいものをこの箱に入れて持ってきて! それを全員やったら、今度はテーブルの上にあるものを絞るから」
 加納先輩に渡された箱を持ち、図書室内の床にちりばめられた写真を見ながら一周する。
 ほとんどがほかのメンバーの手によってより分けられているので、あまり目ぼしい写真はない。そんな中――
「あのときの写真……」
 目に付いたのは、バスケの決勝戦で司先輩が最後にシュートを決めたときの写真だった。
 ボールの描いた放物線がとてもきれいで印象的だったあのシュート。
 それを手に取り箱に入れる。
 私の後ろには一列に生徒会メンバーが並んでいて、同じように最後の選定に入っていた。
 これだけ時間を費やしても、決して投げやりな仕事をしていなことがすごいと思う。
 きっと、みんなものすごく責任感が強いのだろう。
 一足先に見終わった私は、窓際からその様子を眺めていた。
 ひとりずつ戻ってくると、箱の中の写真を司先輩が集めて回る。
「翠、写真」
 言われてたった一枚の写真を渡す。と、その写真を見た司先輩の動きが止まった。
 それを見ていた美都先輩が、
「司だね」
「決勝戦最後のシュート。すごくきれいだったんです」
「翠葉、どれがどのときのシュートって覚えてるの?」
 荒川先輩の大きなアーモンド形の目がこちらを向く。
「いえ、そのシュートだけはとても印象的だったから覚えてるだけです」
 加納先輩が立ち上がり、その写真に手を伸ばした。
「あぁ、アングルも申し分なかったんだけど、少しぶれてるからチョイスしなかったんだよね。だからこれは却下」
 回りに回って手元に戻ってきた写真を見る。
 確かに、少しぶれている……。もったいないなぁ……。
 でも、こういうものの中からいいものを一点ずつ選ぶのだから仕方ないとも思う。
「それ、欲しいならあげるよ?」
「えっ!?」
「あぁ、でもここにある写真の肖像権はどれも放棄されてないから、司の了解だけは取ってね」
 司先輩に訊こうとしたら、その前に写真をスパッと取り上げられた。
「……やっぱりだめですよね」
 ちょっと残念。すると、
「考えてやらなくもない」
 悠然と足を組み、写真をヒラヒラとさせながら私を見る。
「翠が写っている写真でボツになったものから一枚くれるなら」
 これはどういう取引だろうか……。
 唸っていると、
「司、それはずるい。俺も翠葉ちゃんの写真欲しいよ」
 美都先輩が便乗した。
「そんなこと言うと、私も美都先輩の写真いただきますよ?」
「え? 別にいいよ。でも、こんな写真じゃなくてちゃんとしたブロマイドがあるよ」
 と、テーブルに置いてあった手帳から封筒を取り出し、ご自分の麗しきブロマイドをプレゼントされた。
 しまった……と思う。こうなってしまってはあとに引けない――
 でも、自分のブロマイドとは、普通に持っているものなんだろうか……。
 一枚は制服を着た写真。二枚目はフェンシングをしている写真だった。
 あ、れ……? この写真……。
「美都先輩、この写真撮ったの加納先輩ですか?」
「あれ? よくわかったね?」
 美都先輩と加納先輩に驚かれる。
「いえ、なんとなくなんですけど……。でも、たぶん加納先輩が撮った写真なら見分けられる気がします」
「どうしてわかるの?」
 声の方を振り返ると、里見先輩がかわいらしく顔を傾げていた。
「被写体のきれいさっていうか……なんだろう。その場の空気がそのまま写真に閉じ込められているような写真だから?」
「ふーん、俺の写真をそんなふうに見てくれてたんだ」
 加納先輩が嬉しそうににこりと笑った。
 この先輩は笑うと本当にかわいい。高校三年生で、しかも合気道の師範代なんて想像もできないくらいに。
「私は人の写真は撮らないし、あまり見ることもないんですけど、加納先輩の撮る人の写真は大好きです」
「嬉しいなー!」
 その場の空気が和むと、
「で、この写真は?」
 と、ピシャリと一言割って入ってきた。
 ほかの誰でもない司先輩の声。
「それはとても欲しいです……」
「了解。じゃ、翠のこの写真は俺がもらうから」
 そう言って司先輩が私に見せたのは、加納先輩が撮った私の寝顔だった。
「えっ!? ちょっとそれはっ」
「それっ、私が欲しいのにっ」
「それっ、俺の自信作だよっ!?」
 抵抗を見せたのは私のほかにふたりいた。里見先輩と加納先輩である。
「却下――何無防備に寝てるんだか……」
 言うと、胸のポケットにしまわれてしまった。
「選択権も拒否権もなしですか……?」
 抗議すると、
「俺だって渡す写真を選ばせてもらった覚えはないんだけど」
 冷ややかな声は正当性を訴えた。
 完全なる私の敗北……。
 でも、この写真はすごく嬉しい……。
 多少ぼけていてもかまわないと思うくらいに。
 だって、私が観覧席から見ていたのとそう変わらない位置から撮られた写真だったから。
 帰ったら蒼兄に見せてあげよう。
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