光のもとで1

葉野りるは

文字の大きさ
上 下
87 / 1,060
第三章 恋の入口

17話

しおりを挟む
 目が覚めると身体が少しだるかった。
 そして、目を開けるて「あれ?」と思う。
 自分の部屋にいるのに、点滴がぶら下がって見えるのはどうしてだろう。
 右手を見れば、やっぱり針が刺さっているわけで……。
 頭にはアイスノン、額には冷却シートが貼られているようで、ひんやりとして気持ちがいい。
 アイスノンと冷却シートはわかる。でも、点滴はわからない……。
「なん、で……?」
 声を発すると、
「あ、起きた?」
 少し低めの、よく通る声の持ち主。湊先生に顔を覗き込まれた。
「先生……どうして?」
「あんな高熱出してたら心配で電話だってするわよ。なのに、あんた出ないし……」
 あぁ、さっき寝る前に鳴っていたのは湊先生からの電話だったのか。
「栞に電話したらここにいるっていうから、一通り点滴セット携えて往診に来たまでよ。感謝なさい」
「……ありがとう、ございます」
「昨日は秋斗と出かけてきたんでしょ? 疲れでも出た?」
 相変わらず、ポンポンと言葉を投げてくる。いっそ清々しいほどに。
「……すごく楽しかったんです。でも、途中からわけのわからないことになっていて――」
「ん?」
「わけがわからなすぎて話しようがないんです」
「何よそれ」
 呆れた表情までもが司先輩にそっくりだ。
「本当に……自分でも自分がよくわからなくて……」
「まぁいいわ。さっき解熱剤も入れたから、もう少ししたらちょっとは楽になるでしょ。病人はゆっくり休むっ」
「……はい」

 それからどのくらい経ってからか、汗が気持ち悪くて目が覚めた。
 汗をかいたということは、少しは熱が下がったのかもしれない。
「パジャマ変えるか?」
 声をかけてくれたのは蒼兄だった。
「うん、汗だくで気持ち悪い……」
「じゃ、栞さん呼んでくる」
 そう言って部屋から出ていった。
「……あれ? 蒼兄、大学は?」
 携帯を手に取ると七時と表示されている。
 私、そんなに寝てたのかな。
 すぐに栞さんと湊先生が来てくれて、パジャマを着替える前に身体をさっと拭いてくれた。
「サッパリしたでしょ?」
 栞さんの優しい笑顔に、「はい」と答える。
 栞さんはタオルやパジャマを片付けるのに部屋を出ていった。
「今でやっと三十八度よ。明日の朝に三十七度まで下がってくれればいいけれど……」
 ということは、明日は学校を休まなくちゃいけないのだろうか……。
「明日からテスト前で午前授業になるでしょ? だから明日は休んでおきなさい」
「でも、生徒会のお仕事手伝うって約束して――」
「そんなのあとで司に言っておくわよ」
 瞬時に身体が反応する。「司」という言葉に。
「何よ……」
 湊先生が訝しげに訊いてくる。
「……どうもしないんですけど……」
「どうもしなかったら反応なんてしないでしょ」
 そう言われてみれば……。
「昨日、ウィステリアホテルで司先輩を見かけたんです」
「あぁ、なんか食事に行くって話は聞いてたわね」
「ただ見かけただけなんですけど……。なんだかよくわからないことになっていて……」
「何が?」
「自分が?」
「もっとわかりやすく話せないの?」
「わかりやすく解説できたら私もこんなに悩んだりしないと思うんです」
「あっそ……」
「しかも、秋斗さんにもよくわからないことを言われて、一気に飽和状態です」
「……翠葉、あんた頭回ってる?」
「いえ、かなり怪しいと思います」
「何言われたのよ」
「いえ、それも理解できてないので話せそうになくてですね……。まるで袋小路でどうしようかと……」
「わかった……。要は知恵熱なのね?」
 額を軽くデコピンされた。
「たぶん……。でも、知恵熱って初めてで……」
「んなもん、体験せずに済めばそれに越したことないでしょうが」
「……もし、私にお姉ちゃんがいたらこんな感じなのかな」
 思ったことを口にすると、
「こんなに危なっかしい妹は遠慮願うわ」
 と、即座に却下された。
 確かに、司先輩も楓先生も手はかからなそう。
「吐き気は?」
「ないです」
「知恵熱じゃ吐き気も何もないか……。少し胃にもの入れたほうがいいから、栞に何か作らせるわ」
 そう言うと、湊先生も部屋を出て行った。
 入れ替わりで入ってきたのは蒼兄。
「熱、まだ高いな」
 言いながらも表情は穏やか。
 いつもみたいに、「すごく心配」って顔をされていないことにほっとする。
「きっとね、知恵熱なの……。だから大丈夫」
 言うと、少し呆れたような表情になる。
「知恵熱だって、これだけ熱が高ければつらいだろ」
 その知恵熱の原因にも触れてはこない。
 珍しいな、と思いつつ、今は湊先生がいるから安心しているのかもしれないと思った。
「もう少し……。もう少しだけひとりで考えてみる。というよりは、昨日も言ったとおりで、何をどう話したいいのかすらわからないの。言葉にならなくて話せないの。だから、隠してるとかじゃないのよ?」
「うん。翠葉の中で答えが出てからでも、話せる糸口が見つかってからでもいい。話せるようになったら聞かせて」
 言うと、蒼兄は目を細めた。
「ふふ。蒼兄のその表情が一番好き……」
「俺は苺タルトを食べてるときの翠葉の表情が好きかな」
「そこのシスコンバカ。これ、翠葉に飲ませない」
 湊先生が入ってきて蒼兄に手渡したのは野菜のドロドロスープだった。
 あぁ、これなら食べられる。
 蒼兄が身体を起こしてくれ、背もたれにビーズクッションを入れてくれた。
「自分で食べられるよ」
 蒼兄の手からスープカップを受け取り少しずつ口に運ぶ。
「美味しい……」
「経口摂取できてるうちは安心だわ」
 栞さんに言われ、
「はい。今回は大丈夫です」
「栞、明日は一応休ませて」
「了解よ」
 私がスープを飲んでいる間中、ずっとシスコンだのブラコンだのと言われていて、食べ終わるとすぐに「寝なさい」と寝かされた。
 湊先生がいると、その場をすべて仕切ってくれる。
 うちの中でこんなにテンポ良く話が進むことはないため、とても新鮮に感じた。
 きっと、私が寝れば三人で夕飯を食べるのだろう。
 今度は私が元気なときに来てほしいな……。
 そこまで思って、湊先生の反応を想像してクスリと笑う。
 きっと、私が元気だったら「あんたがうちまで来なさい」と言われるに違いない。
 取り留めなく、考えても考えなくてもいいようなことを思い浮かべて眠りについた。


 翌朝、目が覚めるとまだ点滴がつながったままだった。
 昨日帰る前にも点滴を取り替えていってくれたのだろうか……。
 それにしてはずいぶんと残っている。
「翠葉ちゃん、起きた?」
 あれ? どうしてベッドの下から栞さんの声?
 不思議に思って視線を向けると、ベッド下に備え付けられている簡易ベッドが出ていた。
「栞さん、昨日泊ってくれたんですか!?」
「うん。夜通し点滴してるほうが早く楽になるからね」
 ちゃんとパジャマを着てる辺り、最初から泊るつもりで来てくれていたのだろう。
「なんか、すみません……」
「ほら、また謝る……。このくらいなんともないのよ? 好意と思って受け取ってくれると嬉しいわ」
「……私の周り、優しい人がいっぱいで嬉しいのにちょっと困ります……」
「……それは翠葉ちゃんの人徳と思いなさい」
 すぐに携帯を開いてバイタルをチェックし、
「熱は三十七度四分。だいぶ下がったわね。血圧も八十の六十一。明日には学校へ行けるわよ」
 少し寝癖のついた髪の毛を手で押さえながら言う。
「今日は少し起きててもいいですか?」
「そうね……。三十七度まで下がったらにしましょう?」
「はい……」
 栞さんは簡易キッチンで洗顔を済ませ洋服に着替えた。
「翠葉ちゃんはこっち」
 と、お湯で濡らしたタオルを渡してくれる。
 とりあえずは顔だけ拭いて終了。
 栞さんがリビングへのドアを開けると、いつものように蒼兄がテーブルセットでコーヒーを飲んでいた。
「栞さん、コーヒー淹れてあります」
「蒼くん、ありがとう」
 栞さんと入れ替わりで蒼兄が入ってくる。
「熱、だいぶ下がったな」
「うん。三十七度まで下がったら起きていいって。テスト勉強しなくちゃ……」
「そうだな。でも、あまり無理はするなよ?」
「うん、わかってる」
「……昨日、秋斗先輩と司に会ったんだけど、ふたりとも心配してたよ」
「……こういう場合はどっちがいいんだろうね?」
「何が?」
「……数値を知らなければ心配せずに済むでしょう?」
 蒼兄は私の頭をくしゃりと撫でて、「そうだな」と答えた。
 少し前みたいに重くならない。少しだけ笑みを添えて話せる。
 そんなことがひどく嬉しく思えた。
「あとで桃華さんたちにメールしなくちゃ」
「学校に行ったら俺が佐野くんに話しておくよ。彼なら部活でこの時間にはいるだろう」
「うん。ありがとう」
「じゃ、ゆっくり休めよ」
 言うと、蒼兄は大学へと出かけた。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

家政婦さんは同級生のメイド女子高生

coche
青春
祖母から習った家事で主婦力抜群の女子高生、彩香(さいか)。高校入学と同時に小説家の家で家政婦のアルバイトを始めた。実はその家は・・・彩香たちの成長を描く青春ラブコメです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

処理中です...