光のもとで1

葉野りるは

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第三章 恋の入口

12話

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 順調に距離を稼ぎ、高速道路を下りて二十分ほど走ったところで仰々しいゲートが見えてきた。
 まるで外界を阻むようなゲートにゴクリと唾を飲む。
 私たちの車に気づいた警備員さんがゲートを開けてくれ、速度を落としてゆっくりと通過する。と、ゲートの先には両脇を木々に囲まれた道路があった。
 そこは本当に緑の中で――
 山? 森? 林?
 ここはいったいどこなのだろう。
 自然の中に見えるけど、きっと人の手が入り過ぎない程度に手入れをされている森林だと思う。
「ここ……どこなんですか?」
「藤宮が所有するホテルのひとつ、ウィステリアパレスだよ」
 あぁ、そうだった……。この人は藤宮グループの御曹司だった。
 普段意識することがないだけに、突然言われるとつい驚いてしまう。
 ウィステリアパレスとは、藤宮グループの傘下にあるホテル事業である。
 ウィステリアホテルの中でもパレスと名の付くホテルはもっともランクが高く、会員しか泊ることのできない宿泊施設なのだ。
 先日、我が家に来たお客様、藤宮静さんはそのホテルとパレスを取り仕切るオーナーだというのだから、やっぱり私はとんでもない仕事を引き受けてしまった気がしてならない。
「はい、到着!」
 言われてあたりを見回すと、白亜の城と言えそうな建物の前に車が停まっていた。
「わぁ……かわいい」
「ここはウィステリアパレスの中でも一番人気の高いチャペルなんだ」
「そうなんですね……」
 結婚式場だからこういう建物なのだろうか……。
 こんなに緑がたくさんある中でガーデンウェディングをできたらすてきだろうな。
 新緑に純白のウェディングドレスがよく映えそう……。
「この建物の裏にステンドグラスがきれいなチャペルがあるんだ。さて、お姫様。どこから回りましょうか?」
 車から降りるのに手を貸してくれるあたり、エスコート慣れしてるんだろうな、なんて思う。
「チャペルが、見たいです……」
「かしこまりました」
 にっこりと笑うと、私の手にしていた荷物を当然のように持ち、私の手は放さずにゆっくりと歩く。
 ただ、ハープを持たせるのは申し訳ない気がしたので、それは自分で持たせてもらった。
「それ、ハープでしょう? あとで聴かせてもらえるのかな?」
「……私の演奏でよろしければ」
「楽しみにしてるね」

 建物の入り口で燕尾服のスタッフに出迎えられた。
「秋斗様、お待ちしておりました」
 初老の方は私に向き直り、
「お嬢様、私は総支配人の木田と申します。本日はごゆるりとお過ごしください」
 上品な笑顔を向けられた。
「木田さん、お久しぶりです」
「はい。栞お嬢様の結婚式以来ですから――もう三年になりますでしょうか」
 ふたりはとても穏やかに笑う。
「翠葉ちゃん、お昼はどうしたい? 本館で食べることもできるし、裏の森林にお弁当を持っていくこともできるよ」
 訊かれて悩んだ。
 でも、今日はお天気もいいし、外の緑もとてもきれい。
「……外、がいいです」
「了解。じゃ、木田さん、そのようにお願いします」
「かしこまりました」

 今いる建物は白い大理石がメインのつくり。
 大理石はどこか冷たい印象を受けるのだけど、それとは少し違った感じ。
 照明の効果なのか、窓から差し込む光なのか、まばゆい光が漂うようで、とてもうつつの空間とは思えない。
 外観をかわいいと感じた雰囲気とも少し違う。
 光の演出がとてもすてきな空間だった。
「じゃ、チャペルに行こうか」
 秋斗さんに案内されて中庭に出ると、円形のすてきな噴水があった。
 周りには色とりどりのお花が咲いている。どれもハーブのようでイングリッシュガーデンを彷彿とさせた。
 緑の割合が多く、その中に小さなかわいらしいお花を咲かせている。
 バラはモッコウバラやスプレーバラなど、小ぶりのバラが多数咲いていた。
「きれい……」
 さっき栞さんの結婚式以来と言っていたから、栞さんの結婚式はここで挙げたのだろう。
 帰ったら写真を見せてもらいたいな……。
 噴水から上がる水は光に透けてキラキラのガラス玉みたい。
「翠葉ちゃんの目には何が映ってるの?」
「え……?」
「すごく気に入ってもらえたであろうことはわかるんだけど、何がどう見えてるのかな、と思って」
「……噴水の吹き上げる水が……」
 噴水の一番高い場所を指で指し、
「あれが光に透けてキラキラガラス玉みたいだな……って」
 秋斗さんも私と同じように噴水を見上げた。
「あ、本当だ……。水に周りの景色が映りこむんだね――こんなにきれいだったんだ」
 同じものを見て同じように感じてもらえることが嬉しかった。
 その噴水の後ろに建っている建物がチャペルだった。
 とんがった角錐の屋根には鐘がついていて、壁面にはたくさんのステンドグラスが使われている。
 耐震性などを考えると大丈夫なんだろうか、と心配になるけれど、きっとチャペルの中は光のマジックですてきな空間になっているだろう。
 秋斗さんがドアを開けると、そこは虹色の世界だった。
 壁と床、参列席はすべて白。そこへステンドグラスを通して注がれた光が虹色に変化し、床を照らしている。
「さ、お姫様。中へどうぞ」
 促されたけれど前に進めない。
「翠葉ちゃん?」
 再度声をかけられ秋斗さんの顔を見る。
「きれいすぎて――もったいなくて入れないです。踏んじゃうのがもったいなくて……」
 クスリ、と笑われ手を差し出される。
「お手をどうぞ」
 言われて左手を秋斗さんに預けた。すると、その手を優しく握られ前へと誘われる。
 あまりにも自然な動作で、うっかり足を踏み出してしまった。
 そして、気づけば光の中に立っていた。
「虹色の――光のシャワーみたい……」
「……そうだね。この時間帯が一番きれいに光が差し込むらしいよ」
 そっか……。
 建物の建っている方角やステンドグラスがはめ込まれた窓の角度によっては、時間ごとに光の演出が変わるのだろう。
 もしかしたら季節によっても違うのかもしれない。
「写真撮る?」
「いいですか?」
「お好きなだけどうぞ」
 言うと、秋斗さんはチャペルの参列席の端に腰掛けた。
 かばんからデジタル一眼レフを取り出し、露出の設定を済ませる。
 ここで私が撮りたいのは何――?
 少し考え、撮る対象を決めた。
 それは床――バージンロード。
 真っ白な道が虹色の光に彩られた様はとても美しい。
 チャペルの入り口ぎりぎりまで下がり、カメラを床に置く。
 露出設定を何度も変更し、確認を繰り返して一枚撮った。
 アングルに問題がないことを確認すると、再度ホワイトバランスや露出を変えて何枚か撮る。
 プレビュー画面を確認し、気に入ったものが撮れるまで何度も何度も繰り返す。
 私の写真は撮ったら確認の繰り返し……。
 プロはいかに枚数少なくいいものを撮るか、という世界らしい。
 その一枚、一瞬に魂を注ぐのだと言う人もいる。
 でも、残念ながら私にはそんな技術はない。ゆえに、何枚も撮り、何度も確認する。
 どのくらいの時間が過ぎてからか、
「撮れた……」
 虹色の道――白と虹色の世界。
 満足のいくものが撮れてペタリとその場に座り込む。
「撮れたみたいだね?」
 気づけば、すぐ近くに秋斗さんがいた。
 床から秋斗さんを見上げ、
「はい。すごくきれいな虹色の道……」
 秋斗さんに手を差し出され、ゆっくりと立ち上がる。
 手を出してくれるタイミングが蒼兄と同じ。
「何を笑ってるの?」
「あの……手を差し出してくれるタイミングが蒼兄と一緒だなと思って……」
 正直に答えると、
「僕はお兄さんじゃないからね?」
 その声がいつもと少し違うように聞こえたけれど、チャペルという場所で反響して聞こえたからかもしれない。
「写真、見せてもらえる?」
「はい」
 一番の力作をプレビュー画面に表示させると、
「チャペルじゃないみたいだ……。この写真を見せられてもここだとは思わないだろうね」
 それはいいのか悪いのか……。
 私はその場の風景を切り取るのがとても苦手で、何かひとつのものに執着してしまう癖がある。
 そのため、全体像の写真は少なく、撮ってみたところで納得のいくものが撮れたためしがない。
「風景写真や人の写真を撮るのは苦手なんです……」
「あ、悪い意味じゃないよ? ただ、僕にはこんなふうには見えなかったから……。なんて言うのかな? ……こんな見方もあるんだって新鮮に思った」
 もう一度プレビュー画面に視線を戻し、
「蒼樹がさ、よく言ってたんだよね。いつもはなんとも思わない景色やものを、翠葉ちゃんのフィルターを借りると全然違うものに見える、って。今、正にそれを体感中」
「翠葉フィルターですか?」
 訊くと、「そうそう」といつもの笑顔が返ってくる。
 チャペルを出ると、噴水前に木田さんがいた。
「秋斗様、お弁当のご用意ができました」
「ありがとうございます」
 藤色の手提げ袋を受け取ると、
「じゃ、次は森林浴かな?」
 と、チャペルの裏へと伸びる小道を案内された。
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