光のもとで1

葉野りるは

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第三章 恋の入口

02話

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 今日からみんなはキャンプ。朝の五時には学校に集まり、バスに乗って出発したはず。
 私はいつもと変わらない時間に蒼兄と登校。
 最近少し変わったことといえば、朝のバイタルチェックがなくなったこと。
 秋斗さんが携帯でもバイタルチェックができるように改良してくれて、さらに利便性が向上したのだ。
 仕事場にいる両親も、今では携帯とパソコンの両方からバイタルを見ているらしい。
 どうやら、仕事の合間を縫って、携帯の設定をしてもらいに秋斗さんのもとまで行ったのだとか……。
 因みにパソコンへの設定は、先日蒼兄を仕事場に呼び寄せたときに済ませたらしい。
 秋斗さんと蒼兄には頭が上がらない。
 その蒼兄に駐車場で別れ際に言われたこと。
「秋斗先輩の毒牙にはかかるなよ?」
「秋斗さん、毒牙なんて持っているの?」
「持ってるの! とにかく色々気をつけて!」
 蒼兄が何を危惧しているのかは察することができず、私はなんとなしに頷いた。

 上履きに履き替えると真っ直ぐ図書棟へ向かう。
 すると、図書棟の入り口で秋斗さんが待っていてくれた。
「おはようございます」
「おはよう、翠葉ちゃん。二日間よろしくね」
 そんな挨拶をしつつ、秋斗さんの仕事部屋に通してもらう。
 九時を回ると秋斗さんの携帯には続々と電話がかかってきた。
 それにてきぱきと対応し、パソコンに向かっては、今まで聞いたこともないような速さで精力的にタイピングしていく。
 忙しそうな秋斗さんを見ていると、
「どうかした?」
「私、ここにいて大丈夫ですか? お邪魔なようでしたら隣へ移ります」
「全然邪魔じゃないよ。むしろ癒し……そこに居て?」
 本当にいいのだろうか、と思いながら課題の続きをすることにした。
 少しすると、秋斗さんが奥の部屋からクッションを持ってきてくれた。
「床にそのまま座るのは冷えるから」
 と。
 本当にどこまでも女の子に優しい人だと思う。
 そんなわけで、今私はふかふかのクッションの上に座って問題を解いている。
 集中してしまえば時間が過ぎるのはあっという間だった。

「翠葉ちゃん、お昼だよ」
 肩を叩かれて気づく。
「もうそんな時間ですか?」
「うん。チャイムもとっくに鳴ってる」
「え……?」
 驚くと、秋斗さんに笑われた。
「その集中力はすごいね」
「……ただ、夢中になっちゃうだけなんです」
 秋斗さんは私の問題集を手に取ると、ペラペラとページをめくった。
「驚いたな……。もう半分は終わってるんじゃない? これ、二日分でしょ?」
「はい。終わったら未履修分野の課題をやろうと思って……」
「なるほど、数学を選んだのは確信犯ってわけだ。でも、とりあえずお昼を食べようね」
「はい!」
 ランチバッグを持ってダイニングテーブルに着くと、秋斗さんはコンビニの袋からパンふたつを取り出した。
 ちょっと意外だった。ご飯はちゃんと食べる人なのかと思っていたから。
「何? きょとんとした顔して」
「え? あ、わ、ごめんなさいっ」
「翠葉ちゃんは謝らなくちゃいけないようなことを考えていたの?」
 秋斗さんはちょっと意地悪な笑みを浮かべていた。
「そういうわけでは……」
「じゃ、何を考えていたのか教えてくれる?」
「えと……ご飯はきちんと食べる人だと勝手に思い込んでいて、だから、コンビニのパンだけなことに驚いてました」
 秋斗さんはパンの袋を開けながら苦笑を浮かべ、
「期待を裏切るようで申し訳ないんだけど、その辺あまり拘りなくてね。割と不摂生してます」
 どうやら自覚はあるらしい。
「身長あるのに、それで足りちゃうんですか?」
「んー……基本は座り仕事だし、食べ過ぎたら太っちゃうよ。僕は蒼樹みたいに毎朝走ったりしないから」
 言われて納得。
 蒼兄は細身だけれどかなりしっかりとご飯を食べる人。
 でも、そっか……それだけ運動しているからなのね。
「俺より問題なのは翠葉ちゃんでしょう?」
「え?」
「お弁当、小さすぎない? もう少し食べたほうがいいのに」
「これ以上はちょっと……。胃が受け付けないというか、そのあとの消化が大変なので……」
「あ、そうか。消化に必要な血液量が足りなくて痛い思いをするんだったね」
 秋斗さんはほんの少し苦笑を浮かべた。けれどすぐに表情を改め、自分へと話題を戻す。
「こんなものを食べてる僕が心配だったら、この間みたいにたまに手料理を振舞って?」
 さりげない話の方向転換に優しさを感じた。だから、ごく普通に「いいですよ」と答えたのだけど、
「あれ? あっさり答えるね?」
「え? 考えなくちゃいけないところありましたか?」
「いや、何もなかったことにしておく。じゃ、楽しみにしてるからね」
 にっこりと笑みを浮かべた秋斗さんは、
「本当に、僕のお嫁さんにならない? 高校卒業まで待つよ?」
 ……なんて性質の悪い――
「秋斗さん、そういうことはあまり言わないほうがいいと思います。女の子が勘違いしちゃいますよ?」
「翠葉ちゃんだったら勘違いも大歓迎だけど?」
 笑顔のままじっと見返されて困る……。
 この人の甘い笑顔は完璧すぎて、なんだかとても恥ずかしくなってくるのだ。
「秋斗さん……それ、苦手です」
 言って、テーブルにパタリと伏せる。
「本当にかわいいね」
 言いながら頭を優しく撫でられた。
 蒼兄が言っていた「毒牙」とはこれのことだろうか……。
 確かに厄介を極めている気がしなくもない。
「でもさ、いい加減少しくらいは慣れておかないと、この先好きな人とキスもできないよ」
 言われてつい、「好きな人」という言葉に反応してしまう。
「好きな人……」
「ん? 誰か好きな人でもできた?」
「……好きって、どんなでしょう?」
 テーブルに突っ伏したまま目線だけを秋斗さんに向ける。
「……あれ? お嬢さん、ひとつ確認……。初恋はいつ?」
「現在進行形で恋をしてない歴十六年です。あ、でもあと一ヶ月もせずに十七年目になっちゃいます」
「……つまり、まだってこと?」
「……今、呆れました?」
「いや……」
「呆れたでしょうっ!?」
 身体を起こして詰め寄ると、
「いやぁ……本当の天然記念物だったか、と思ったくらいだよ」
 と笑われる。
「むぅ……だって、今まで周りにいた男の人って蒼兄とお父さんと紫先生くらいだったんだもの」
「絶滅危惧種って言われるよりはいいでしょう?」
 天然記念物も絶滅危惧種も大差ない気がするのは私だけだろうか……。 
「ところで、森林浴にはいつ行く?」
「あ……本当に連れて行ってもらえるんですか?」
「もちろん」
「嬉しいっ!」
「いつごろなら大丈夫そう?」
「え? そんな、秋斗さんの都合に合わせますよ?」
「そんなにこっちのこと気にしなくていいよ。ほら、カレンダー見る?」
 秋斗さんが卓上カレンダーを見せてくれた。
「えと、次の日曜日も開校記念日の月曜日も予定はありません」
「……でも、中間考査一週間前だけど大丈夫?」
「たぶん大丈夫……?」
「実は結構余裕ある?」
「そういうわけでは……。ただ、まだ理系はさほど難しいと感じることはないし、ちょっとがんばらなくちゃいけないのは文系のみなので……」
「そっか。じゃ、翌日は休めるように日曜日に行こうか」
「楽しみにしてます!」
 そんな話をしながらお昼休みを過ごした。
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