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第一章 友達
25話
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会議は長くても四時を回ることはないそう。四時過ぎには図書室に戻っていると秋斗さんに言われた。
「夕方になるとまだ冷えるから、四時半までには戻っておいで」
「はい」
昇降口で上履きを履きかえると、さきほどとは違うルートを選んで桜香苑に向かった。
人が入らない場所なのか、芝生の上に積もる桜の花びらの鮮度が良く、あたり一面ピンクの絨毯で覆われているように見えた。
そんな中、一枚の花びらだけにピントを合わせてパシャリ――
撮った写真をレビュー画面で確認して満足する。
自分の名前が翠葉だからか、私は緑の葉っぱが何よりも好きだ。自称、葉っぱ写真コレクターである。
とくにこれからの季節は、新緑の若葉たちをご贔屓。
蒼兄には、「翠葉の前世は葉っぱに違いない」と言われるほどで、色別のアルバムも「Green」という背表紙のアルバムはすでに四冊。
ほかは一面の青空だったり、雲が主役の空写真。時には地面すれすれの場所でカメラをかまえてお花と空を一緒に撮ってみたり……。
夕焼けも好きだけど、朝陽が昇る直前の薄い闇色がとても好き。
川や海も好きだけど、それよりも水溜りや雨、植物についている雫を写すのが好き。
写真を撮るのは好きだけど、ポートレートや風景は苦手。いつか撮れるようになりたいとは思いつつ、どうしても植物などの接写写真に力が入ってしまう。
桜香苑を堪能し、一、二年棟の周りを一周する。
校舎と校舎の間には名前こそついていないものの、ところどころに花壇があったり木が植わっている。
ツツジとサツキがほとんどだけど、中には藤棚もあった。
藤棚の下には丸い噴水があって、それを囲むようにしてベンチがある。
ここは五月が楽しみな場所だな……。
早くも来月のお弁当を食べるところを見つけて嬉しくなる。
今は花壇の中にスズランが凛と咲いている。
スズランはしゅっと細い葉っぱが空へ向かって伸びていて、茎は頭を垂れ、白い小さな鈴のような花を揺らしている。緑がかった白い花がとても清楚に見えるお花。
女性らしくたおやかで、背筋を伸ばして凛として見えるその花は、栞さんを彷彿とさせた。
「あ……お花屋さんでスズラン買って栞さんにプレゼントしよう」
喜んでくれるといいな……。
思いながら接写に集中する。
スズランはそよ風にすら揺れてしまうので、撮るタイミングが難しい。
「それね、シャッタースピード優先にしてあげるとうまく撮れるよ」
「きゃっ」
突然、背後から声をかけられてびっくりした。
「あ、ごめん。驚かせちゃったよね」
そこには申し訳なさそうに笑う男子が立っていた。
きれいなくっきり二重で下瞼もぷっくりとしている。睫も長くてバサバサ。
西日が当たった髪の毛は、柔らかく光を発するような金髪に見えた。その髪の毛は、毛先がクルンとしていて癖っ毛みたい。
ジャージの色からすると三年生だと思うけど、それにしては背が低い。
桃華さんと同じくらいかな?
「今さ、背が低いとか思ったでしょ」
「……すみません」
図星です……。
「ははっ! 君、素直だなぁ」
素直というよりはごまかせないと思っただけで……。
「俺、三年A組の加納久。写真部の部長なんだ。因みに、鬼ごっこ同好会発足者!」
鬼ごっこ同好会……?
「なんだろう?」とは思うものの、あまり深く考えるのはやめることにした。
「一年B組の御園生翠葉です」
「ん? あれ?」
加納先輩は首を傾げて何か考え始める。
「どっかで聞いた名前だなぁ……。どこだったっけ……」
小難しい顔で首を傾げ、「あれでもないし、あっちの案件にもないし」と不思議な言葉を口にする。
「あっ! 思い出した。玲が言ってた子で、生徒会が打診かけた女の子だ!」
はい?
「君、茶道部の見学行ったでしょ!」
「……はい」
「加納玲子、玲は俺の双子の妹。で、現生徒会長が俺っ」
にっこりと笑う顔がとてもかわいい。この人は本当に三年生なのだろうか。
「俺、かわいいでしょ?」
私はコクリと頷く。
「だから、写真部に入ろうね? で、生徒会でも仲良くしようね」
全くつながりのないふたつを持ち出し、私の手を掴むとブンブンと振った。
「ねっ?」
念を押されるように同意を求められ、私は「はい」と返事をしてしまった。
「うっし、言質取ったからね? じゃ、来週部室で待ってるから!」
先輩はツツジの花壇をぴょん、と飛び越して走り去った。
「嘘……」
あれって飛び越えられるのが普通……?
思わずツツジに近づきその背丈を確認する。高さ七十センチ、奥行き五十センチはある。それをほぼ助走なしで飛び越えた。
「すごい脚力。……跳躍力かな?」
しかも、私……言質取られたの?
どこか釈然としない思いを抱えつつ、台風みたいな人だったな、と印象の結論のみ出して落ち着いた。
「子どもは風の子元気な子」というフレーズがとてもピッタリな人だった。でも、外見はキラキラ王子。
加納先輩が飛び越えたツツジを見たまま呆然としてしまう。
玲子先輩の双子のお兄さんというのが非常に疑わしい。あまりにも纏う雰囲気が違いすぎてしっくりとこない。
思い出したように時計を見ると、四時を少し回ったところだった。
「そろそろ戻ろうかな……」
靴を履き替えて図書棟に向かう途中、部室棟から誰かが出てくるのが見えた。
遠目にもわかるその人は、藤宮先輩。
すぐ目に入るあたり、目を引く人なのか、好みストライクな顔なのか――
ちょうど階段を上がってきたところで先輩と鉢合わせる形になった。
「秋兄のところ?」
「はい」
「一緒に行けば俺のカードキーで中に入れるけど」
「……一緒に入れてください……」
あとにはついていくものの、隣には並べない。
どうしてだろう……。怖いから、かな?
はっと気がついたときには遅かった。
目の前にはチャコールグレーの制服がいっぱいに見えて、次の瞬間にはぶつかっていた。
「すみません、余所見してました」
「……余所見はしてなかったんじゃない? 背中に視線を感じたから止まったんだけど……」
言われてみれば、確かに……。
私はずっと先輩の背中を見ながら歩いていたのだ。
「そんなに怖い?」
「え……?」
「……一緒に行くなら隣に並ぶものじゃない?」
あまりにも普通のことを言われ、つい今しがた考えていたことを言われてドキリとする。
「……怖い、というか……。怖い、のかなぁ……。格好いいとも思っているし、意地悪だなぁとも思うし……」
「氷の女王とも思うって?」
「っ……!?」
先輩の顔を見ると、それはそれはきれいな笑みを浮かべていた。
「あぁ、これがいけないんだ?」
「いえっ……いけないわけじゃないと思います。ただ、私が言葉に詰まってしまうだけで……。あの、逃げ場がなくなるというか……」
自分が何を言っているのかすらわからなくなる体たらく。
「少し理解した。初対面できついこと言ったから?」
「…………」
「でも、あのときはああいう言い方したほうがいいと思った。御園生さん、全身で『特別扱いしてくれるな、同情もするな、かまってくれるな』って言ってる気がしたから」
心当たりがありすぎて困る。
心に土足で入ってこないで、と……。確かに私はそう思っていたし、そういう態度を取っていたと思うから。
「もう少し警戒を解いてくれると助かる。……毎回警戒包囲網張られていると近づきづらい」
ため息をつきながら言われた。
少し翳りあるような表情に、こんな顔もするんだ、と思う。
「……あのさ、人のことなんだと思ってる?」
「え?」
「御園生さん、考えてることが顔に出る性質じゃない? 人をサイボーグのように思わないでほしいんだけど」
「あ、ごめんなさいっ」
「……それ、肯定と変わらないけど?」
「わ、すみませんっ」
「……俺もひとつ。この間の着物姿、別に七五三とかじゃなくて普通に見れた」
言うと、即座に視線を逸らされた。
どこかぶすっとした表情にすら格好いいと思ってしまうのは、やっぱり好みど真ん中だからなのかな。
顔が熱くなるのがわかって、耳まで赤くなっていたらどうしようか、と耳を押さえたら手に髪の毛が触れた。
「……顔赤いけど、発熱?」
先輩の手が伸びてきて額に触れる。と、
「熱はなさそうだけど」
至近距離に好きな顔があってことさら困った。
でも、そのあとは自然と隣に並んで歩くことができて……。
少し気を遣ってくれたのかな、と思った。
「夕方になるとまだ冷えるから、四時半までには戻っておいで」
「はい」
昇降口で上履きを履きかえると、さきほどとは違うルートを選んで桜香苑に向かった。
人が入らない場所なのか、芝生の上に積もる桜の花びらの鮮度が良く、あたり一面ピンクの絨毯で覆われているように見えた。
そんな中、一枚の花びらだけにピントを合わせてパシャリ――
撮った写真をレビュー画面で確認して満足する。
自分の名前が翠葉だからか、私は緑の葉っぱが何よりも好きだ。自称、葉っぱ写真コレクターである。
とくにこれからの季節は、新緑の若葉たちをご贔屓。
蒼兄には、「翠葉の前世は葉っぱに違いない」と言われるほどで、色別のアルバムも「Green」という背表紙のアルバムはすでに四冊。
ほかは一面の青空だったり、雲が主役の空写真。時には地面すれすれの場所でカメラをかまえてお花と空を一緒に撮ってみたり……。
夕焼けも好きだけど、朝陽が昇る直前の薄い闇色がとても好き。
川や海も好きだけど、それよりも水溜りや雨、植物についている雫を写すのが好き。
写真を撮るのは好きだけど、ポートレートや風景は苦手。いつか撮れるようになりたいとは思いつつ、どうしても植物などの接写写真に力が入ってしまう。
桜香苑を堪能し、一、二年棟の周りを一周する。
校舎と校舎の間には名前こそついていないものの、ところどころに花壇があったり木が植わっている。
ツツジとサツキがほとんどだけど、中には藤棚もあった。
藤棚の下には丸い噴水があって、それを囲むようにしてベンチがある。
ここは五月が楽しみな場所だな……。
早くも来月のお弁当を食べるところを見つけて嬉しくなる。
今は花壇の中にスズランが凛と咲いている。
スズランはしゅっと細い葉っぱが空へ向かって伸びていて、茎は頭を垂れ、白い小さな鈴のような花を揺らしている。緑がかった白い花がとても清楚に見えるお花。
女性らしくたおやかで、背筋を伸ばして凛として見えるその花は、栞さんを彷彿とさせた。
「あ……お花屋さんでスズラン買って栞さんにプレゼントしよう」
喜んでくれるといいな……。
思いながら接写に集中する。
スズランはそよ風にすら揺れてしまうので、撮るタイミングが難しい。
「それね、シャッタースピード優先にしてあげるとうまく撮れるよ」
「きゃっ」
突然、背後から声をかけられてびっくりした。
「あ、ごめん。驚かせちゃったよね」
そこには申し訳なさそうに笑う男子が立っていた。
きれいなくっきり二重で下瞼もぷっくりとしている。睫も長くてバサバサ。
西日が当たった髪の毛は、柔らかく光を発するような金髪に見えた。その髪の毛は、毛先がクルンとしていて癖っ毛みたい。
ジャージの色からすると三年生だと思うけど、それにしては背が低い。
桃華さんと同じくらいかな?
「今さ、背が低いとか思ったでしょ」
「……すみません」
図星です……。
「ははっ! 君、素直だなぁ」
素直というよりはごまかせないと思っただけで……。
「俺、三年A組の加納久。写真部の部長なんだ。因みに、鬼ごっこ同好会発足者!」
鬼ごっこ同好会……?
「なんだろう?」とは思うものの、あまり深く考えるのはやめることにした。
「一年B組の御園生翠葉です」
「ん? あれ?」
加納先輩は首を傾げて何か考え始める。
「どっかで聞いた名前だなぁ……。どこだったっけ……」
小難しい顔で首を傾げ、「あれでもないし、あっちの案件にもないし」と不思議な言葉を口にする。
「あっ! 思い出した。玲が言ってた子で、生徒会が打診かけた女の子だ!」
はい?
「君、茶道部の見学行ったでしょ!」
「……はい」
「加納玲子、玲は俺の双子の妹。で、現生徒会長が俺っ」
にっこりと笑う顔がとてもかわいい。この人は本当に三年生なのだろうか。
「俺、かわいいでしょ?」
私はコクリと頷く。
「だから、写真部に入ろうね? で、生徒会でも仲良くしようね」
全くつながりのないふたつを持ち出し、私の手を掴むとブンブンと振った。
「ねっ?」
念を押されるように同意を求められ、私は「はい」と返事をしてしまった。
「うっし、言質取ったからね? じゃ、来週部室で待ってるから!」
先輩はツツジの花壇をぴょん、と飛び越して走り去った。
「嘘……」
あれって飛び越えられるのが普通……?
思わずツツジに近づきその背丈を確認する。高さ七十センチ、奥行き五十センチはある。それをほぼ助走なしで飛び越えた。
「すごい脚力。……跳躍力かな?」
しかも、私……言質取られたの?
どこか釈然としない思いを抱えつつ、台風みたいな人だったな、と印象の結論のみ出して落ち着いた。
「子どもは風の子元気な子」というフレーズがとてもピッタリな人だった。でも、外見はキラキラ王子。
加納先輩が飛び越えたツツジを見たまま呆然としてしまう。
玲子先輩の双子のお兄さんというのが非常に疑わしい。あまりにも纏う雰囲気が違いすぎてしっくりとこない。
思い出したように時計を見ると、四時を少し回ったところだった。
「そろそろ戻ろうかな……」
靴を履き替えて図書棟に向かう途中、部室棟から誰かが出てくるのが見えた。
遠目にもわかるその人は、藤宮先輩。
すぐ目に入るあたり、目を引く人なのか、好みストライクな顔なのか――
ちょうど階段を上がってきたところで先輩と鉢合わせる形になった。
「秋兄のところ?」
「はい」
「一緒に行けば俺のカードキーで中に入れるけど」
「……一緒に入れてください……」
あとにはついていくものの、隣には並べない。
どうしてだろう……。怖いから、かな?
はっと気がついたときには遅かった。
目の前にはチャコールグレーの制服がいっぱいに見えて、次の瞬間にはぶつかっていた。
「すみません、余所見してました」
「……余所見はしてなかったんじゃない? 背中に視線を感じたから止まったんだけど……」
言われてみれば、確かに……。
私はずっと先輩の背中を見ながら歩いていたのだ。
「そんなに怖い?」
「え……?」
「……一緒に行くなら隣に並ぶものじゃない?」
あまりにも普通のことを言われ、つい今しがた考えていたことを言われてドキリとする。
「……怖い、というか……。怖い、のかなぁ……。格好いいとも思っているし、意地悪だなぁとも思うし……」
「氷の女王とも思うって?」
「っ……!?」
先輩の顔を見ると、それはそれはきれいな笑みを浮かべていた。
「あぁ、これがいけないんだ?」
「いえっ……いけないわけじゃないと思います。ただ、私が言葉に詰まってしまうだけで……。あの、逃げ場がなくなるというか……」
自分が何を言っているのかすらわからなくなる体たらく。
「少し理解した。初対面できついこと言ったから?」
「…………」
「でも、あのときはああいう言い方したほうがいいと思った。御園生さん、全身で『特別扱いしてくれるな、同情もするな、かまってくれるな』って言ってる気がしたから」
心当たりがありすぎて困る。
心に土足で入ってこないで、と……。確かに私はそう思っていたし、そういう態度を取っていたと思うから。
「もう少し警戒を解いてくれると助かる。……毎回警戒包囲網張られていると近づきづらい」
ため息をつきながら言われた。
少し翳りあるような表情に、こんな顔もするんだ、と思う。
「……あのさ、人のことなんだと思ってる?」
「え?」
「御園生さん、考えてることが顔に出る性質じゃない? 人をサイボーグのように思わないでほしいんだけど」
「あ、ごめんなさいっ」
「……それ、肯定と変わらないけど?」
「わ、すみませんっ」
「……俺もひとつ。この間の着物姿、別に七五三とかじゃなくて普通に見れた」
言うと、即座に視線を逸らされた。
どこかぶすっとした表情にすら格好いいと思ってしまうのは、やっぱり好みど真ん中だからなのかな。
顔が熱くなるのがわかって、耳まで赤くなっていたらどうしようか、と耳を押さえたら手に髪の毛が触れた。
「……顔赤いけど、発熱?」
先輩の手が伸びてきて額に触れる。と、
「熱はなさそうだけど」
至近距離に好きな顔があってことさら困った。
でも、そのあとは自然と隣に並んで歩くことができて……。
少し気を遣ってくれたのかな、と思った。
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