光のもとで1

葉野りるは

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第一章 友達

03話

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 私が通うことになった藤宮高校は幼稚部、初等部、中等部、高等部、大学が同じ敷地内に併設されている。実のところ、正式名称は書くのが面倒なくらい長い。
 私立藤宮学園大学付属高等学校、これが正式名称。
 国公立ではないので、学校のパンフレットには「学校法人」なんて前置きもある。
 何か書類を書く際にはこの長い名称を書くことになるけれど、通常は藤宮ふじのみや高校と略される。

 学校の特色は、中高が特異な併設型一貫校であることだろう。
 内容的には、中学校と高校の課程を統合し、前期後期に分けられる完全中高一貫校に限りなく近いものがある。
 完全中高一貫校では高等部の募集をしない学校もあるけれど、この学校は高等部初年度に少数ではあるものの、外部生を募集する。
 いずれ、小中高の一貫校にするという動きがあるため、学力に問題がない限り、初等部から中等部へはエスカレーターで持ち上がる。そのため、中等部での外部生入学枠はほかの私立と比べると格段に狭き門となり、一〇〇人に満たない数なのだとか。
 高等部になると門戸はさらに狭まる。
 外部生受け入れ枠は二十人というかなりシビアな数だ。
 それは中等部で培った学年全体の学力を、落とさずに維持するためだという。
 ならばなんのために外部生を募集するのか――
 理由はいたってシンプル。内進生の中だるみを避ける予防策である。だから、外部生には必然的に内進生以上の学力を求められる。
 高等部ではどんなに多い年でも一学年二一〇人以上にはならないように調整されているらしい。一クラス三十人以内という少な目の人数編成で七クラス。
 外部生は入学試験の学力テストで一定レベルに満たなければ合格しないわけだけど、入試レベルが高すぎて二十人の枠が埋まらない年も珍しくはないという。
 定員は二十人だけど、高得点取得者上位二十名ではないところが厳しいところ。
 必ずしも二十人の枠が埋まるわけではないのだ。
 そんなわけで、外部生クラスが設けられることもない。よって、晴れて入学できたとしても、外部生には「未履修分野の補講」というものが待ち受けている。
 それが何よりもハードなのだとか――

 入学してから二ヶ月の間、内進生は八時限目までの授業が週に三日しかないのに対し、外部生は月曜日から金曜日まで毎日八時限目が存在する。
 土曜日を抜かした週三日の八時限目が補講時間に充てられるのだ。 
 その二ヶ月の間に課題を終わらせ、未履修分野のテストを受けなくてはいけない。
 テストは全科目九十点以上が合格ラインのため、九十点以下だった場合は追試になる。追試は九十点を越えるまで延々と続く。
 逆に、早期に課題を終え試験さえパスすれば、二ヶ月も補講を受ける必要はなく、一ヶ月半で補講期間を終了することができる。
 私がこの学校に受かったのは蒼兄のスパルタ教育のおかげだった。
 そして、これからの二ヶ月間が最後の難関。
 高校入試に受かったとは言えど、まだ安心できるところにはいないのだ。

「……は、すーいーはっ」
 耳元で蒼兄の大きな声がした。
「は、はい? どうしたの?」
「どうしたのじゃなくて、学校に着いた……」
 車の外を見ると、学園敷地内と思われる駐車場に車が停まっていた。
「わっ、ごめん。気づかなかった」
「……具合悪かったりしないよな?」
 蒼兄の表情が少し曇る。
「しないしないっ。大丈夫っ」
 慌てて大きく手を振り否定する。
 そんな私を見た蒼兄は、大きなため息をつきながらハンドルに向かってうな垂れる。
「はぁぁぁぁ……。同じ敷地内で安心できるかと思ったけど、そうでもないかなぁ」
 蒼兄はハンドルに上体を預けたまま、フロントガラスから空を見上げる。
 その仕草がおかしくて思わず笑ってしまう。
「蒼兄は心配性すぎなんだよ」
「散々心配かけて俺の心配性を育てたのは誰だ?」
 恨めしげな目で見られたけれど……。
「心配性って育つものなの?」
「……人による。俺のは育つ」

 車を降りると駐車場を少し歩いて階段を上り、校門から校舎まで続く桜並木へと出る。
 桜並木の桜は樹齢を感じる太い幹。満開の桜は風が吹くたびにはらはらと桜貝のような花びらを散らした。
「きれい……」
 薄紅色の桜と淡い水色の空。ふたつのコントラストにため息が漏れる。
「そうだな……雨が降らなければあと一週間くらいはもつと思うよ」
「本当? じゃぁ、カメラ持ってきて写真撮りたいな……」
 きれいなものを見ると写真に残したくなる。いつでも見られるように。いつでも思い出せるように。
 そう思っていると、蒼兄が小さくため息をついた。
「翠葉はこれからこの学校に通うんだろ? 今年だけじゃなくて、来年も再来年も見れるよ」
「……そう、だね」
 来年も、再来年も、またこの桜を見られるといい。
 見られるようにがんばろう――

 校舎の前にクラスと名前が書いてある掲示板があった。
 たくさんの生徒が自分のクラスを確認している。
「また同じクラスかよー!」
「うっせ! 俺だって迷惑だ」
「ゆっこー! クラス離れちゃったー」
 周りは似たり寄ったりの会話で溢れている。きっと中等部からエスカレーターで上がってきた人たちなのだろう。
 その様子を見ながら、掲示板にあるたくさんの名前の中から自分の名前を探す。
「あ、あった……」
 Bクラス、出席番号二十八番。
 近くにいると思っていた蒼兄は、少し離れた桜の木に寄りかかって私を見ていた。
 蒼兄のもとまで行き、クラスを告げる。と、校舎を指差しクラスの場所を教えてくれた。
「Bクラスってことは、この棟の二階。右から二番目のクラスだ」
 指で指し示された場所を見上げてゴクリと唾を飲む。
 急に緊張を感じ始め、手に汗が滲んだ。
「不安そうな顔してるな」
「何が不安なのかな……。よくわからないんだけど、緊張してる……」
 無理に笑おうとしたのだけど、うまく口角を上げられなかった。
「翠葉は学校自体が久しぶりだからな……」
「うん」
「翠葉なら大丈夫だよ」
 大好きな笑顔で言われると、それだけで少し落ち着く。
「蒼兄、ありがとう。……行ってくるね」
「帰りは図書室な? この棟の向こうに桜林館おうりんかんって体育館がある。その向こう側の棟が図書棟だから」
「うん、またあとでね。いってきます」
 蒼兄と別れ、昇降口に足を踏み入れた。

 当然のことながら、そこは「学校」という雰囲気に満ちていた。下履きから上履きに履き替えるときにふと思い出す。中学校の下駄箱は木でできていたな、と。
 この学校の下駄箱は扉付きで、アイボリーの冷たい鉄製のものだった。
 廊下の色は淡い緑で、中央には白いセンターラインが引かれている。壁はアイボリーに近い白。
 少し病院とかぶるかも……。
 そんなことを思いながら階段を上がると、Bクラスは階段の真正面にあった。
 どこもかしこも新入生だらけで、廊下や教室からは賑やかな声が絶えない。
 この中に入っていくのかと思うと、途端に身体が強張る。
 深呼吸が必要なほどには勇気が要った。
 がんばれ、私……。
 自分に喝を入れてから教室に入ると、黒板に出席番号順に座るようにと指示があった。
 私は二十八番。窓際の、前から三番目の席。
 ちょうど壁の影になる位置だけど、外の風景は見られそう。
 席の後ろ側の窓からは、ついさっき蒼兄と歩いてきた桜並木が見える。
 席に着き前方の窓に視線を移すと、蒼兄が人と話しているのが見えた。
 背格好は蒼兄と同じくらいだから一八〇センチくらい。
「知り合い、かな……?」
 ぼんやり窓の外を見ていると、それまで教室中のあちらこちらで喋っていた生徒たちが一斉に席に着いた。
 何事……?
 ふと、教室の前のドアを見て納得。
 担任と思しき先生がいらした模様。
 それにしても――公立の高校じゃこうはいかないと思う。こういうのは中等部からの習慣なんだろうな。
 簡単なホームルームが終わると、先生の誘導で体育館へ移動した。
 学校長と主賓の方々の挨拶は今まで見てきた何よりも短かった。
「答辞、一年B組藤宮海斗ふじみやかいとくん」
「はいっ」
 返事をしたのは私の隣に座っていた男子。
 彼はす、と立ち上がり、ステージ中央に向かって歩き出す。ステージ前に立つと三方向にきっちりとお辞儀をし、縦折の紙を広げ読み始めた。
 肌は陽に焼けていて、髪の毛にちょっと寝癖がついている。
 その人は、とてもはっきりと言葉を話す人だった。活舌がよく溌剌としているというのは、きっとこういう人のことを言うのだろう。
 そんなことを思っているうちに答辞は終わり、入学式は始まってから一時間と経たないうちに終わりを告げた。
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