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December
それぞれのクリスマス Side 桃華 03話
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御園生邸はちょっと不思議だ。
家にはその家の匂いというものがあると思うのだけど、この家はそういった匂いをまったく感じない。むしろ、清々しいアロマの香りがしてくるお洒落空間。
そのうえ、インテリアにしても何にしても、所帯臭さをまったくと言っていいほどに感じさせない。
やっぱり、建築家やインテリアデザイナーと呼ばれる人の家とはこういうものなのだろうか。
まだ数回しか来たことのないリビングのあちこちを観察していると、トレイにコーヒーを載せた蒼樹さんがやってきた。
「何か珍しいものでもあった?」
クスリと笑われ少し恥ずかしく思う。
ちょっと落ち着きなく観察しすぎたかしら……。
「いえ、相変わらずすてきなおうちだな、と思って。前回来たときとインテリア変わってますよね?」
「え? あぁ、シーズンごとに模様替えしてるからね」
「さすが、インテリアデザイナー城井碧さんのご自宅ですね。先月の雑誌インタビューも読みました! とても格好良くて、私もおば様みたいにすてきな女性になりたいです」
蒼樹さんは私の隣に腰を下ろすと、
「雑誌って……インテリア雑誌の『LIFE』?」
「はい、そうです」
「桃華ってさ、普段どんなもの読んでるの? 『LIFE』とか、インテリアに興味がなければ読まないでしょう?」
「私、気になったものはなんでも手に取っちゃう雑食なんです」
そんなふうに話すと、「具体的には?」と突っ込んで訊かれた。
「そうですね……小説はジャンルを問わずに読むようにしていますし、自己啓発ものやエッセイなんかも読みます。政治経済に関しては、情報の新しい雑誌を読むことが多いです。ほかに読む雑誌といったらファッション雑誌くらいでしょうか……?」
「あれ? 『LIFE』は? 確か、建築の専門誌『匠』も読んでたよね?」
そこを突っ込まれるとちょっと恥ずかしい。
「インテリアや建築の雑誌に目を通すようになったのは去年からです」
もっと詳しく言うならば、蒼樹さんを好きになってから、だ。
知り合ってすぐのころ、会えば翠葉の話はできた。でも、それだけでは単なる妹の友達で終わってしまう気がしたから、蒼樹さんが興味のある話題を話せるようになりたくて、これらの雑誌に目を通すようになったのだ。
けど、そこまで話すのは恥ずかしくもあり……。
ちら、と蒼樹さんを見ると、実に穏やかな表情で、
「あぁ、翠葉と友達になってからか。翠葉も『LIFE』と『匠』は愛読してるからね」
ちっがーーーうっっっ!
翠葉のスルースキルも大したものだけど、蒼樹さんも標準搭載していたなんて……。
「私が読み始めたのは蒼樹さんを好きになってからですっ!」
結局言う羽目になって恥ずかしいやら悔しいやら……。
蒼樹さんはびっくり眼で私を見ていた。その肌が徐々に染まりだす。
「俺を好きになってから……?」
「そうですっ! 単なる妹の友達どまりになりたくなくて、蒼樹さんの興味あること勉強しようと思って」
途端、蒼樹さんの顔が真っ赤になったし、自分の顔も同様に熱を持つ。と、
「やばい、なんか嬉しい……」
そう呟くと、蒼樹さんはクッションに突っ伏した。
ちょっと待ってくださいっ。私だって「やばい、嬉しい、かわいい」ですっっっ!
私たちはそれぞれ身悶えしたあと、コーヒーを飲むことで落ち着いた。
「桃華、クリスマスプレゼントなんだけど、どれがいい?」
え? どれがいいって、何……?
不思議に思っていると、蒼樹さんは肩を竦めながら、三つの手提げ袋をテーブルに並べた。
そして改めて、「どれがいい?」と尋ねられる。
手提げ袋には有名なジュエリーショップの名前が箔押しされている。そこからすると、アクセサリーが入っているのだろうけれど、「どれがいい?」とはどういうことだろう。
「えぇと……意味がよくわからないんですけど」
何がどうしてプレゼントが三つあるのか。さらには選べるってどういうこと……?
私が選ばなかったプレゼントはほかの誰かのプレゼントになるのだろうか。
えっ、蒼樹さんってそんな人っ!? いやいやいや、蒼樹さんに限ってそんなことは――
困惑していると、蒼樹さんは人好きのする笑顔で口を開く。
「桃華に似合いそうな石を見つけたんだけど、同じデザインでいくつかアクセサリーがあって、どれも捨てがたくて思わず買っちゃったんだ。でも、一度に全部プレゼントするのはあれだから、これから何かイベントがあるたびに、桃華に選んでもらとう思って」
説明された内容にすら、呆気に取られてしまう。
蒼樹さんは期待に満ちた目で、「どれがいい?」と訊いてくる。
私はプレゼントに視線を落とした。
どれかを選ぶにしても、三つとも同じ大きさの手提げ袋に入ってるため中身の見当はつかない。
プレゼントに選ばれやすいアクセサリーというと、ネックレスやブレスレット、イヤリング、指輪あたりだろうか。
透視能力などありもしないのに、私は中身が見えてこないだろうかとじっと紙袋を見つめていた。
すると、
「中身がわかってるほうが選びやすい? それだとプレゼント感なくなっちゃうかな、と思ったんだけど」
「えっ? あっ、えと――これっ、これがいいです」
咄嗟に指差したのは真ん中の手提げ袋。
期待してしまうのは指輪。
おそらく、今日の藤宮司の行動に当てられてしまったのだと思う。
「好きな人」から贈られる、「指輪」というものに――
「じゃ、プレゼント」
蒼樹さんは軽快な動作で私の手元へ手提げ袋を置き、選ばなかったふたつを目の届かない場所へと移動させた。
「開けてみて? 気に入ってもらえるといいんだけど……」
シールをはがして手提げ袋の中を覗き込むと、小さな四角い箱が真っ赤なリボンをかけられて鎮座していた。
その箱の小ささに期待感が膨らむ。
私は慎重にリボンを解き、白い箱からジュエリーケースを取り出した。
緊張しながらライトグレーのジュエリーケースを開く。
ベルベッドの布地に差し込まれていたのはピンクゴールドのリング。中央に淡いピンクの宝石がついていて、それを挟むように小さなダイヤがふたつついていた。
「きれい……」
ピンクの石が楕円型なのがとくにかわいい。でも……これはいったいなんという宝石だろう。
こんな、桜を思わせるような優しいピンクの石は見たことがない。
「桃華の誕生石だよ」
「え……?」
三月の誕生石と言ったら、アクアマリンが有名だけど――
「ピンクアクアマリン。別名、モルガナイトっていうんだ」
「初めて知りました」
「着物に合わせることを考えたら珊瑚もありかなと思ったんだけど、ショップに行ってこのデザインを見た途端、ほかの選択肢がなくなってた」
そう言って笑う姿がはしゃいでいるようにも見え、なんだかかわいく思えた。
「とってもかわいいです……ありがとうございます」
蒼樹さんの手が伸びてきて、長い指先がリングを摘まむと私の右手薬指にはめられる。
「ぴったり……」
でも、どうして……? 蒼樹さんに指のサイズを訊かれたことはないし、訊かれたところで私が答えられることはなかっただろう。なぜなら、自分自身が知らないからだ。
私の疑問を感じ取ったのか、蒼樹さんはクスリと笑って話しだす。
「少し前、カフェラウンジで待ち合わせたときに秋斗先輩に会っただろう? あのときに、秋斗先輩にサイズを見てもらったんだ」
「えっ、秋斗先生って人の指を見ただけでサイズわかっちゃうんですかっ!?」
「らしいんだよね。司が秋斗先輩伝手で翠葉のリングサイズ知ったって話を唯から聞いて、俺も先輩に頼んでみたんだ。そしたら見事ぴったり!」
蒼樹さんは無邪気に喜んで見せるけれど、秋斗先生どれだけ女慣れしているのって話じゃないんですか、これ……。
しかも、藤宮司まで秋斗先生頼るとか、どれだけ図々しいの? 少しは秋斗先生の身になって考えられないのかしら。
今日の報復はあってしかるべきというもの。それで、みんなの前で指輪をプレゼントすることになっただなんて、まさに自業自得じゃないだろうか。
うっかりそんなことを思い出したら、右手薬指におさまる指輪に少しの不満が……。
「私は右手なんですか?」
蒼樹さんに尋ねると、
「あ、むくれてる」
言って頬をつつかれ笑われた。
「だって、いいの? 左の薬指になんてはめて」
「そういう訊き方、ちょっとずるいです……」
「ごめん。でも……左手の薬指って特別だと思うから。年齢からしても、俺が左手薬指にはめるのと、司がはめるのとはちょっと意味合いっていうか真実味が変わってくると思わない?」
そう言われてみるとそうだけど……。
でも、ちょっと憧れてしまったのだ。
左手薬指に光るリングというものに。
「もう少し待ってて?」
「え?」
「いつかちゃんと左手薬指にはめるための指輪をプレゼントするから」
その口約束だけで胸がいっぱいになってしまった私は、
「……楽しみにしています」
そう答えるのが精一杯だった。
家にはその家の匂いというものがあると思うのだけど、この家はそういった匂いをまったく感じない。むしろ、清々しいアロマの香りがしてくるお洒落空間。
そのうえ、インテリアにしても何にしても、所帯臭さをまったくと言っていいほどに感じさせない。
やっぱり、建築家やインテリアデザイナーと呼ばれる人の家とはこういうものなのだろうか。
まだ数回しか来たことのないリビングのあちこちを観察していると、トレイにコーヒーを載せた蒼樹さんがやってきた。
「何か珍しいものでもあった?」
クスリと笑われ少し恥ずかしく思う。
ちょっと落ち着きなく観察しすぎたかしら……。
「いえ、相変わらずすてきなおうちだな、と思って。前回来たときとインテリア変わってますよね?」
「え? あぁ、シーズンごとに模様替えしてるからね」
「さすが、インテリアデザイナー城井碧さんのご自宅ですね。先月の雑誌インタビューも読みました! とても格好良くて、私もおば様みたいにすてきな女性になりたいです」
蒼樹さんは私の隣に腰を下ろすと、
「雑誌って……インテリア雑誌の『LIFE』?」
「はい、そうです」
「桃華ってさ、普段どんなもの読んでるの? 『LIFE』とか、インテリアに興味がなければ読まないでしょう?」
「私、気になったものはなんでも手に取っちゃう雑食なんです」
そんなふうに話すと、「具体的には?」と突っ込んで訊かれた。
「そうですね……小説はジャンルを問わずに読むようにしていますし、自己啓発ものやエッセイなんかも読みます。政治経済に関しては、情報の新しい雑誌を読むことが多いです。ほかに読む雑誌といったらファッション雑誌くらいでしょうか……?」
「あれ? 『LIFE』は? 確か、建築の専門誌『匠』も読んでたよね?」
そこを突っ込まれるとちょっと恥ずかしい。
「インテリアや建築の雑誌に目を通すようになったのは去年からです」
もっと詳しく言うならば、蒼樹さんを好きになってから、だ。
知り合ってすぐのころ、会えば翠葉の話はできた。でも、それだけでは単なる妹の友達で終わってしまう気がしたから、蒼樹さんが興味のある話題を話せるようになりたくて、これらの雑誌に目を通すようになったのだ。
けど、そこまで話すのは恥ずかしくもあり……。
ちら、と蒼樹さんを見ると、実に穏やかな表情で、
「あぁ、翠葉と友達になってからか。翠葉も『LIFE』と『匠』は愛読してるからね」
ちっがーーーうっっっ!
翠葉のスルースキルも大したものだけど、蒼樹さんも標準搭載していたなんて……。
「私が読み始めたのは蒼樹さんを好きになってからですっ!」
結局言う羽目になって恥ずかしいやら悔しいやら……。
蒼樹さんはびっくり眼で私を見ていた。その肌が徐々に染まりだす。
「俺を好きになってから……?」
「そうですっ! 単なる妹の友達どまりになりたくなくて、蒼樹さんの興味あること勉強しようと思って」
途端、蒼樹さんの顔が真っ赤になったし、自分の顔も同様に熱を持つ。と、
「やばい、なんか嬉しい……」
そう呟くと、蒼樹さんはクッションに突っ伏した。
ちょっと待ってくださいっ。私だって「やばい、嬉しい、かわいい」ですっっっ!
私たちはそれぞれ身悶えしたあと、コーヒーを飲むことで落ち着いた。
「桃華、クリスマスプレゼントなんだけど、どれがいい?」
え? どれがいいって、何……?
不思議に思っていると、蒼樹さんは肩を竦めながら、三つの手提げ袋をテーブルに並べた。
そして改めて、「どれがいい?」と尋ねられる。
手提げ袋には有名なジュエリーショップの名前が箔押しされている。そこからすると、アクセサリーが入っているのだろうけれど、「どれがいい?」とはどういうことだろう。
「えぇと……意味がよくわからないんですけど」
何がどうしてプレゼントが三つあるのか。さらには選べるってどういうこと……?
私が選ばなかったプレゼントはほかの誰かのプレゼントになるのだろうか。
えっ、蒼樹さんってそんな人っ!? いやいやいや、蒼樹さんに限ってそんなことは――
困惑していると、蒼樹さんは人好きのする笑顔で口を開く。
「桃華に似合いそうな石を見つけたんだけど、同じデザインでいくつかアクセサリーがあって、どれも捨てがたくて思わず買っちゃったんだ。でも、一度に全部プレゼントするのはあれだから、これから何かイベントがあるたびに、桃華に選んでもらとう思って」
説明された内容にすら、呆気に取られてしまう。
蒼樹さんは期待に満ちた目で、「どれがいい?」と訊いてくる。
私はプレゼントに視線を落とした。
どれかを選ぶにしても、三つとも同じ大きさの手提げ袋に入ってるため中身の見当はつかない。
プレゼントに選ばれやすいアクセサリーというと、ネックレスやブレスレット、イヤリング、指輪あたりだろうか。
透視能力などありもしないのに、私は中身が見えてこないだろうかとじっと紙袋を見つめていた。
すると、
「中身がわかってるほうが選びやすい? それだとプレゼント感なくなっちゃうかな、と思ったんだけど」
「えっ? あっ、えと――これっ、これがいいです」
咄嗟に指差したのは真ん中の手提げ袋。
期待してしまうのは指輪。
おそらく、今日の藤宮司の行動に当てられてしまったのだと思う。
「好きな人」から贈られる、「指輪」というものに――
「じゃ、プレゼント」
蒼樹さんは軽快な動作で私の手元へ手提げ袋を置き、選ばなかったふたつを目の届かない場所へと移動させた。
「開けてみて? 気に入ってもらえるといいんだけど……」
シールをはがして手提げ袋の中を覗き込むと、小さな四角い箱が真っ赤なリボンをかけられて鎮座していた。
その箱の小ささに期待感が膨らむ。
私は慎重にリボンを解き、白い箱からジュエリーケースを取り出した。
緊張しながらライトグレーのジュエリーケースを開く。
ベルベッドの布地に差し込まれていたのはピンクゴールドのリング。中央に淡いピンクの宝石がついていて、それを挟むように小さなダイヤがふたつついていた。
「きれい……」
ピンクの石が楕円型なのがとくにかわいい。でも……これはいったいなんという宝石だろう。
こんな、桜を思わせるような優しいピンクの石は見たことがない。
「桃華の誕生石だよ」
「え……?」
三月の誕生石と言ったら、アクアマリンが有名だけど――
「ピンクアクアマリン。別名、モルガナイトっていうんだ」
「初めて知りました」
「着物に合わせることを考えたら珊瑚もありかなと思ったんだけど、ショップに行ってこのデザインを見た途端、ほかの選択肢がなくなってた」
そう言って笑う姿がはしゃいでいるようにも見え、なんだかかわいく思えた。
「とってもかわいいです……ありがとうございます」
蒼樹さんの手が伸びてきて、長い指先がリングを摘まむと私の右手薬指にはめられる。
「ぴったり……」
でも、どうして……? 蒼樹さんに指のサイズを訊かれたことはないし、訊かれたところで私が答えられることはなかっただろう。なぜなら、自分自身が知らないからだ。
私の疑問を感じ取ったのか、蒼樹さんはクスリと笑って話しだす。
「少し前、カフェラウンジで待ち合わせたときに秋斗先輩に会っただろう? あのときに、秋斗先輩にサイズを見てもらったんだ」
「えっ、秋斗先生って人の指を見ただけでサイズわかっちゃうんですかっ!?」
「らしいんだよね。司が秋斗先輩伝手で翠葉のリングサイズ知ったって話を唯から聞いて、俺も先輩に頼んでみたんだ。そしたら見事ぴったり!」
蒼樹さんは無邪気に喜んで見せるけれど、秋斗先生どれだけ女慣れしているのって話じゃないんですか、これ……。
しかも、藤宮司まで秋斗先生頼るとか、どれだけ図々しいの? 少しは秋斗先生の身になって考えられないのかしら。
今日の報復はあってしかるべきというもの。それで、みんなの前で指輪をプレゼントすることになっただなんて、まさに自業自得じゃないだろうか。
うっかりそんなことを思い出したら、右手薬指におさまる指輪に少しの不満が……。
「私は右手なんですか?」
蒼樹さんに尋ねると、
「あ、むくれてる」
言って頬をつつかれ笑われた。
「だって、いいの? 左の薬指になんてはめて」
「そういう訊き方、ちょっとずるいです……」
「ごめん。でも……左手の薬指って特別だと思うから。年齢からしても、俺が左手薬指にはめるのと、司がはめるのとはちょっと意味合いっていうか真実味が変わってくると思わない?」
そう言われてみるとそうだけど……。
でも、ちょっと憧れてしまったのだ。
左手薬指に光るリングというものに。
「もう少し待ってて?」
「え?」
「いつかちゃんと左手薬指にはめるための指輪をプレゼントするから」
その口約束だけで胸がいっぱいになってしまった私は、
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そう答えるのが精一杯だった。
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