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December
それぞれのクリスマス Side 翠葉 05話
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キッチンでお湯を沸かしているとき、背後に気配を感じて振り返る。と、普段着に着替えたツカサに抱きすくめられていた。
「っ……ツカサ?」
返答がないうえ、ちょっときつめに抱きしめられている腕が緩む気配もない。
こういうときはどうしたらいいのかな……。
少し考えて、ツカサの腰に手を回し、自分からも抱きつくような要領で力を加える。
「……どうしたの?」
すると、少しの沈黙のあと、ようやく口を開いてくれた。
「今日のドレス、よく似合ってた。それから、今着てるワンピースもかわいい」
思いもしない言葉に息を呑む。それは一瞬のことで、すぐに「嬉しい」という感情が心に満ちた。
「嬉しい……誰に言われるよりも、嬉しい」
「かわいい」や「きれい」と言ってくれる人は何人かいたけれど、そのどれよりもツカサの一言が勝る。
お礼を言いたくてツカサの顔を見上げると、
「顔見るの禁止」
即座に顔を背けられた。
でも、顔を背けたところで耳から首まで真っ赤だった。
言うの、恥ずかしかったのかな……? それとも、照れているだけ?
少し考えて、その疑問が愚問であることに気づく。
自分だって、今日のツカサに「格好いい」とは伝えられてないし、今から言おうと思っても、恥ずかしくて照れてしまってなかなか口にはできない。
でも、言ったほうがいいのかな……?
考え込んでいると、
「いつも開口一番に言えなくて悪い。でも、なんとも思ってないわけじゃないから」
「うん……」
ドレス姿やワンピースを褒められたことよりも、恥ずかしいのを我慢して伝えてくれたり、思っていることを伝えようとしてくれることが嬉しいのはどうしてかな……。
でも、こういうの、秋斗さんや唯兄がツカサをからかわなかったら言ってもらえなかっただろうな。
そう思うと、ふたりに感謝の気持ちが芽生えなくもない。
どうしたら嬉しい気持ちが伝わるのかな。
悩みに悩んだ私は、それまで以上にぎゅーぎゅー抱きついた。
お湯が沸いて、
「ツカサは何が飲みたい?」
「翠と同じでいい」
「じゃ、フルーツティーを取ってもらえる?」
ツカサは何事もなかったように私から離れ、吊り戸棚の二段目に置かれたお茶を取ってくれた。
お茶を淹れてリビングへ行くと、テーブルの上に指輪の入っていた箱と、それよりも少し大きな箱が並べて置かれていた。
リボンがかけられているところを見ると、プレゼントなのかな、と思うけれど、すでに高価すぎるプレゼントをいただいてしまっているし……。
不思議に思いながらツカサの隣に腰を下ろし。
「これは……?」
指を指して尋ねると、
「もうひとつのプレゼント」
言われて、自分も用意してきたプレゼントを引き寄せた。
「私からのプレゼントはこれ」
そう言って、大きな包みと小さな包みを手渡す。と、ツカサは大きな包みのリボンを解きだした。
柔らかな包装紙から顔を出したのは、オフホワイトのマフラーとグレーのブランケット。
どちらもケーブル模様を入れた、少し凝ったデザイン。
毎日少しずつ編んで、数日前にようやく完成したのだ。
「セーターとマフラー?」
「マフラーは正解。セーターはハズレ」
ツカサはブランケットを広げ始め、
「ひざ掛け……?」
「うん。勉強するときや本を読むときに使ってもらえたら嬉しい。グレーの毛糸だから、ハナちゃんを抱っこしても白い毛が目立たないよ」
「ありがとう。もうひとつのこれは?」
ツカサが手に取ったのは、手のひらほどの大きさの箱。
中にはちょっと大き目のガラス製のジャーが入っている。
「ツカサの手、少し乾燥しているでしょう? だからね、ハンドクリームを作ったの。浸透力抜群のオイルを使って、水分多めの配合にしたからベタベタはしないと思うんだけど……」
ツカサはジャーの蓋を開けるとまず匂いをかいだ。
「ハーブ……?」
「うん。オーソドックスにラベンダーとカモミールのブレンド。柑橘系も考えたのだけど、光毒性のことを考えてやめたの」
「いい香り」
表情の緩んだツカサにほっとする。
ツカサは少量を指に取ると、手のひらや甲に広げた。
入念に肌へ塗りこみ、
「ベタベタしない……」
「でしょうっ? 何度も何度も試作を重ねたんだから!」
「でも、分量多くない? 使い切るのに結構時間かかりそうなんだけど……」
「ふふふ、大丈夫。たぶんそんなに時間はかからないよ」
不思議そうな顔をしているツカサを横目に、私は指輪を外した。
少し多めにクリームを取って、ツカサの左手を包み込む。
「ハンドマッサージに使ったら、あっというまになくなっちゃうよ。しかも、マッサージはセルフじゃありません! 私がするから、クリームはこっちのおうちに置いててね?」
左手が終わって右手に移ろうと思ったとき、
「その前に俺からのプレゼント」
と、テーブルに置かれた箱を手渡された。
それは、ガラスジャーの入っていた箱よりは小さく、重量もそれほど重くない。
「なんだろう……?」
不思議に思いながら包みを開けるとスケルトンの箱が出てきて、中にはコロンとした球体の瓶が入っていた。
薄紫色の液体が入っているところを見ると、
「香水……?」
「そう。名前が翠好みだと思って」
言われて、スケルトンの箱に書かれたスペルを目で追う。
「これ、なんて読むの? それ以前に何語?」
英語ではなさそうだけれど……。
「エクラドゥアルページュ。フランス語」
「訳は?」
「光のハーモニー」
「わぁ、すてきっ! 色も薄紫できれいね? どんな香り?」
「……実際にかいでみれば?」
「そうする」
手ぬぐいを取り出し、そこへシュッ、とひと吹きする。と、少しおとなっぽい香りがあたりに広がった。
「いい香り……でも、なんだかおとなっぽい香りだね」
「……確かに」
それはまるで、今知ったようなコメント。
「ツカサはこの香水の香り、知っていたんじゃないの?」
「いや……」
ツカサは言葉を濁し顔を背ける。
えぇと……どういうことだろう?
この香りを気に入ったからプレゼントしてくれたんじゃないのかな……。
「ツカサ……?」
ツカサはひどくばつの悪い顔で、
「香りは確認してなかった。ただ、ネットで名前を見つけたとき、翠が好きそうな名前だったから……」
言いづらそうに口にする様がとてもかわいい。
「どんな香りの構成なのか知りたいから、少しネットで調べてもいい?」
尋ねると、リビングテーブルの上に置いてあったタブレットを貸してくれた。
香水の名前を入力すると、すぐにいくつものサイトがヒットする。
値段が出ていそうなサイトは避けて表示させると、
「トップノートはグリーンライラック、シシリアンレモンリーブス。ミドルノートはピーチブロッサム、レッドピオニー。ラストノートはホワイトシダーとスイートムスク……」
おとなっぽさを感じるのはムスクかな、と考えていると、ツカサが小さくため息をついた。
何かと思ってその先を読み進めると、「エクラドゥアルページュは甘すぎない大人な香り」と記されていた。
その下には口コミが書かれていたわけだけど、ざっと見ただけでも十代のコメントはなく、二十代後半のコメントが目立つ。
「香り、嫌いだったらつけなくていいから」
「えっ、嫌いじゃないよっ!?」
ツカサはひどく落胆したような顔をしている。
「あのっ、少し大人っぽい香りだなって思っただけで、嫌いとかつけたくないとかそういうことじゃなくて――」
「無理しなくていいんだけど」
「無理なんてしてないっ。ただ、普段使いはできないから、ツカサとどこかへ出かけるときや、特別な日につけたいなって……。名前もすてきだし、本当に、嬉しいよ? ありがとうね?」
ふとすれば取り上げられてしまう気がして、私は慌てて香水瓶を手に持った。
けれど、返された言葉は意外なもの。
「普段使いできる香りってどんなの?」
「えっ? ……えぇと、香りの弱いコロンとかかな?」
「コロン?」
「うん。香水にはいくつか種類があって、香りの持続時間に差があるの」
「つまり、香りの強さが違うってこと?」
「そう。これは香りの強いオードパルファムだから、学校にはつけていかれない」
中には香水をつけてきている女の子もいるけれど、香りが強すぎると先生に注意されるし、周りの人が匂い酔いしてしまう、という話も聞く。
だから、私の周りの女の子は、別の方法で「香り」というお洒落を楽しんでいた。
運動部に所属している飛鳥ちゃんや香月さんは、いくつかの制汗剤を使いわけているし、桃華さんにいたっては香袋を愛用している。美乃里さんは、穏やかに香る練り香を使っていると言っていた。
私も、以前看護師さんにいただいた香水が残りわずかになったことから、何かないかとリサーチを始めたところで、その候補にオーデコロンが挙がっていたのだ。
「コロンってどこで売ってるもの?」
どうしてそんなことを訊かれるのかと思いながら、
「ドラッグストアとか?」
「坂を下ったところにあるドラッグストアにもある?」
「え? うん、あると思うけど……?」
「じゃ、今から行こう」
「えっ!? どうしてっ!?」
何がどうしてそうなるのかがまったくわからない。
「あの、本当にこの香水の香り、好きよっ!?」
「でも、普段使いはできないんだろ?」
言葉に詰まると、ツカサは私の手を取った。
「俺のわがままに付き合って」
わが、まま……?
「自分がプレゼントした香りをつけていてほしい。いわばマーキングみたいなもの」
言っていることとは裏腹に、切実そうな表情で言われるから反する言葉を返せない。
では、どうしてこんなにも香りにこだわるのか――
それはわかる気がした。
「秋斗さんからいただいた香水が原因……?」
「…………」
「もう、秋斗さんからいただいた香水は身につけてないよ? ときどきルームスプレーとして使ってるだけ」
もしかしたら、それもいやなのだろうか。
「秋兄の香水を使うなとは言わない。でも、わがままは聞いてほしい」
「……わかった」
互いにコートを着て玄関へ向かい、先に靴を履いて玄関を出ようとしたツカサに抱きついた。
「行く前にぎゅってして……」
「……あのさ、後ろから抱きつかれてたらできないんだけど」
その言葉に思わず笑みが零れる。
腕を解くと、すぐにツカサが抱きしめてくれた。
「ツカサ……」
「ん?」
「私はツカサが好きよ?」
「……わかってる」
ツカサが不安になっているのはわかるのに、このときの私にはちょっと勇気が足りなくて、自分からキスをすることはできなかった――
「っ……ツカサ?」
返答がないうえ、ちょっときつめに抱きしめられている腕が緩む気配もない。
こういうときはどうしたらいいのかな……。
少し考えて、ツカサの腰に手を回し、自分からも抱きつくような要領で力を加える。
「……どうしたの?」
すると、少しの沈黙のあと、ようやく口を開いてくれた。
「今日のドレス、よく似合ってた。それから、今着てるワンピースもかわいい」
思いもしない言葉に息を呑む。それは一瞬のことで、すぐに「嬉しい」という感情が心に満ちた。
「嬉しい……誰に言われるよりも、嬉しい」
「かわいい」や「きれい」と言ってくれる人は何人かいたけれど、そのどれよりもツカサの一言が勝る。
お礼を言いたくてツカサの顔を見上げると、
「顔見るの禁止」
即座に顔を背けられた。
でも、顔を背けたところで耳から首まで真っ赤だった。
言うの、恥ずかしかったのかな……? それとも、照れているだけ?
少し考えて、その疑問が愚問であることに気づく。
自分だって、今日のツカサに「格好いい」とは伝えられてないし、今から言おうと思っても、恥ずかしくて照れてしまってなかなか口にはできない。
でも、言ったほうがいいのかな……?
考え込んでいると、
「いつも開口一番に言えなくて悪い。でも、なんとも思ってないわけじゃないから」
「うん……」
ドレス姿やワンピースを褒められたことよりも、恥ずかしいのを我慢して伝えてくれたり、思っていることを伝えようとしてくれることが嬉しいのはどうしてかな……。
でも、こういうの、秋斗さんや唯兄がツカサをからかわなかったら言ってもらえなかっただろうな。
そう思うと、ふたりに感謝の気持ちが芽生えなくもない。
どうしたら嬉しい気持ちが伝わるのかな。
悩みに悩んだ私は、それまで以上にぎゅーぎゅー抱きついた。
お湯が沸いて、
「ツカサは何が飲みたい?」
「翠と同じでいい」
「じゃ、フルーツティーを取ってもらえる?」
ツカサは何事もなかったように私から離れ、吊り戸棚の二段目に置かれたお茶を取ってくれた。
お茶を淹れてリビングへ行くと、テーブルの上に指輪の入っていた箱と、それよりも少し大きな箱が並べて置かれていた。
リボンがかけられているところを見ると、プレゼントなのかな、と思うけれど、すでに高価すぎるプレゼントをいただいてしまっているし……。
不思議に思いながらツカサの隣に腰を下ろし。
「これは……?」
指を指して尋ねると、
「もうひとつのプレゼント」
言われて、自分も用意してきたプレゼントを引き寄せた。
「私からのプレゼントはこれ」
そう言って、大きな包みと小さな包みを手渡す。と、ツカサは大きな包みのリボンを解きだした。
柔らかな包装紙から顔を出したのは、オフホワイトのマフラーとグレーのブランケット。
どちらもケーブル模様を入れた、少し凝ったデザイン。
毎日少しずつ編んで、数日前にようやく完成したのだ。
「セーターとマフラー?」
「マフラーは正解。セーターはハズレ」
ツカサはブランケットを広げ始め、
「ひざ掛け……?」
「うん。勉強するときや本を読むときに使ってもらえたら嬉しい。グレーの毛糸だから、ハナちゃんを抱っこしても白い毛が目立たないよ」
「ありがとう。もうひとつのこれは?」
ツカサが手に取ったのは、手のひらほどの大きさの箱。
中にはちょっと大き目のガラス製のジャーが入っている。
「ツカサの手、少し乾燥しているでしょう? だからね、ハンドクリームを作ったの。浸透力抜群のオイルを使って、水分多めの配合にしたからベタベタはしないと思うんだけど……」
ツカサはジャーの蓋を開けるとまず匂いをかいだ。
「ハーブ……?」
「うん。オーソドックスにラベンダーとカモミールのブレンド。柑橘系も考えたのだけど、光毒性のことを考えてやめたの」
「いい香り」
表情の緩んだツカサにほっとする。
ツカサは少量を指に取ると、手のひらや甲に広げた。
入念に肌へ塗りこみ、
「ベタベタしない……」
「でしょうっ? 何度も何度も試作を重ねたんだから!」
「でも、分量多くない? 使い切るのに結構時間かかりそうなんだけど……」
「ふふふ、大丈夫。たぶんそんなに時間はかからないよ」
不思議そうな顔をしているツカサを横目に、私は指輪を外した。
少し多めにクリームを取って、ツカサの左手を包み込む。
「ハンドマッサージに使ったら、あっというまになくなっちゃうよ。しかも、マッサージはセルフじゃありません! 私がするから、クリームはこっちのおうちに置いててね?」
左手が終わって右手に移ろうと思ったとき、
「その前に俺からのプレゼント」
と、テーブルに置かれた箱を手渡された。
それは、ガラスジャーの入っていた箱よりは小さく、重量もそれほど重くない。
「なんだろう……?」
不思議に思いながら包みを開けるとスケルトンの箱が出てきて、中にはコロンとした球体の瓶が入っていた。
薄紫色の液体が入っているところを見ると、
「香水……?」
「そう。名前が翠好みだと思って」
言われて、スケルトンの箱に書かれたスペルを目で追う。
「これ、なんて読むの? それ以前に何語?」
英語ではなさそうだけれど……。
「エクラドゥアルページュ。フランス語」
「訳は?」
「光のハーモニー」
「わぁ、すてきっ! 色も薄紫できれいね? どんな香り?」
「……実際にかいでみれば?」
「そうする」
手ぬぐいを取り出し、そこへシュッ、とひと吹きする。と、少しおとなっぽい香りがあたりに広がった。
「いい香り……でも、なんだかおとなっぽい香りだね」
「……確かに」
それはまるで、今知ったようなコメント。
「ツカサはこの香水の香り、知っていたんじゃないの?」
「いや……」
ツカサは言葉を濁し顔を背ける。
えぇと……どういうことだろう?
この香りを気に入ったからプレゼントしてくれたんじゃないのかな……。
「ツカサ……?」
ツカサはひどくばつの悪い顔で、
「香りは確認してなかった。ただ、ネットで名前を見つけたとき、翠が好きそうな名前だったから……」
言いづらそうに口にする様がとてもかわいい。
「どんな香りの構成なのか知りたいから、少しネットで調べてもいい?」
尋ねると、リビングテーブルの上に置いてあったタブレットを貸してくれた。
香水の名前を入力すると、すぐにいくつものサイトがヒットする。
値段が出ていそうなサイトは避けて表示させると、
「トップノートはグリーンライラック、シシリアンレモンリーブス。ミドルノートはピーチブロッサム、レッドピオニー。ラストノートはホワイトシダーとスイートムスク……」
おとなっぽさを感じるのはムスクかな、と考えていると、ツカサが小さくため息をついた。
何かと思ってその先を読み進めると、「エクラドゥアルページュは甘すぎない大人な香り」と記されていた。
その下には口コミが書かれていたわけだけど、ざっと見ただけでも十代のコメントはなく、二十代後半のコメントが目立つ。
「香り、嫌いだったらつけなくていいから」
「えっ、嫌いじゃないよっ!?」
ツカサはひどく落胆したような顔をしている。
「あのっ、少し大人っぽい香りだなって思っただけで、嫌いとかつけたくないとかそういうことじゃなくて――」
「無理しなくていいんだけど」
「無理なんてしてないっ。ただ、普段使いはできないから、ツカサとどこかへ出かけるときや、特別な日につけたいなって……。名前もすてきだし、本当に、嬉しいよ? ありがとうね?」
ふとすれば取り上げられてしまう気がして、私は慌てて香水瓶を手に持った。
けれど、返された言葉は意外なもの。
「普段使いできる香りってどんなの?」
「えっ? ……えぇと、香りの弱いコロンとかかな?」
「コロン?」
「うん。香水にはいくつか種類があって、香りの持続時間に差があるの」
「つまり、香りの強さが違うってこと?」
「そう。これは香りの強いオードパルファムだから、学校にはつけていかれない」
中には香水をつけてきている女の子もいるけれど、香りが強すぎると先生に注意されるし、周りの人が匂い酔いしてしまう、という話も聞く。
だから、私の周りの女の子は、別の方法で「香り」というお洒落を楽しんでいた。
運動部に所属している飛鳥ちゃんや香月さんは、いくつかの制汗剤を使いわけているし、桃華さんにいたっては香袋を愛用している。美乃里さんは、穏やかに香る練り香を使っていると言っていた。
私も、以前看護師さんにいただいた香水が残りわずかになったことから、何かないかとリサーチを始めたところで、その候補にオーデコロンが挙がっていたのだ。
「コロンってどこで売ってるもの?」
どうしてそんなことを訊かれるのかと思いながら、
「ドラッグストアとか?」
「坂を下ったところにあるドラッグストアにもある?」
「え? うん、あると思うけど……?」
「じゃ、今から行こう」
「えっ!? どうしてっ!?」
何がどうしてそうなるのかがまったくわからない。
「あの、本当にこの香水の香り、好きよっ!?」
「でも、普段使いはできないんだろ?」
言葉に詰まると、ツカサは私の手を取った。
「俺のわがままに付き合って」
わが、まま……?
「自分がプレゼントした香りをつけていてほしい。いわばマーキングみたいなもの」
言っていることとは裏腹に、切実そうな表情で言われるから反する言葉を返せない。
では、どうしてこんなにも香りにこだわるのか――
それはわかる気がした。
「秋斗さんからいただいた香水が原因……?」
「…………」
「もう、秋斗さんからいただいた香水は身につけてないよ? ときどきルームスプレーとして使ってるだけ」
もしかしたら、それもいやなのだろうか。
「秋兄の香水を使うなとは言わない。でも、わがままは聞いてほしい」
「……わかった」
互いにコートを着て玄関へ向かい、先に靴を履いて玄関を出ようとしたツカサに抱きついた。
「行く前にぎゅってして……」
「……あのさ、後ろから抱きつかれてたらできないんだけど」
その言葉に思わず笑みが零れる。
腕を解くと、すぐにツカサが抱きしめてくれた。
「ツカサ……」
「ん?」
「私はツカサが好きよ?」
「……わかってる」
ツカサが不安になっているのはわかるのに、このときの私にはちょっと勇気が足りなくて、自分からキスをすることはできなかった――
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