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December
それぞれのクリスマス Side 翠葉 03話
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何が起こったのかよくわからないまま、先を歩くツカサについていく。
しかし、ちょっとペースが速すぎた。
ワルツを踊ったあとということもあり、息が上がる一方だ。
「ツカサ、もうちょっとゆっくり歩いて? それに――」
「何?」という視線がこちらを向く。
「指輪……ちゃんと見たい」
言うと、ツカサは歩く速度を落としてくれた。でも、握られた左手はそのまま。
これじゃ指輪見られないんだけどな……。
何度か声をかけたけど、ツカサは無言で歩き続け、コミュニティータワー内にあるロビーまで来ると歩みが止まった。
座るよう促されてソファにかけると、膝の上に、ツカサがポケットから取り出したものを落とされる。
それは指輪が入っていたであろう箱やケース、リボン。
それらは少しびっくりするような様相だった。
かわいい小箱は形が変形しており、リボンも固結びの状態になっていて、無理やり外されたことがうかがえる。被害をこうむっていないのは、つくりのしっかりしたジュエリーケースのみ。
「パーティーが終わってから、きれいにラッピングされたものを渡すつもりだったんだけど……」
ツカサは悔しそうに言葉を濁す。
普段のツカサならこんな取り出し方はしないだろう。
何がどうしてこうなったって、私が秋斗さんとワルツを踊ったから。さらには、最後にキスをされそうになったのが拍車をかけてしまったのかもしれない。
えぇと、この場合はなんて口にしたらいいのかな。
プレゼントをいただいたのだから、「ありがとう」を言いたいけれど、どうにもこうにも「ありがとう」を受け取ってもらえる感じではない。
だとしたら、「ごめんなさい」だろうか……。
唸りたい衝動を堪えつつ手元に視線を落とす。と、さっきは気づかなかったことに気づいた。
薬指にはめられた指輪は、金色の華奢なリングに黄緑色の石がついていた。
「ペリドット……?」
小さく口にすると、
「好きだって言ってたから……」
その言葉に、胸がぷるっと震える。
「うん、好き……大好きっ! ありがとうっ!」
ライブの帰り道にした話を覚えていてくれたことが嬉しくて、立ち上がってツカサの腕に抱きつく。と一気に目の前が真っ暗になる。
「っ――」
久しぶりの眩暈に視界と平衡感覚の両方を持っていかれ、膝から崩れそうになったそのとき、力強く支えてくれる手があった。
それはほかの誰でもないツカサの手で、それがなんだかとても嬉しくて、眩暈を起こしているにも関わらず、私の顔はしまりなく緩んでいた。
「あのさ……」
「わかってる。ごめんなさい」
「顔がごめんって言ってない。ちなみに、眩暈起こしてる人間の表情でもないと思う」
そんな指摘すら愛おしくて仕方がない。
「だって、嬉しいんだもの……」
指輪も、今支えてくれているこの手も何もかも。
嬉しさに、心臓が震えている気がする。でも、そんなことを言おうものなら「心臓は震えたりしない」と言われてしまうだろう。でも、ほかに言葉が見つからなくて、抱きついた腕に、それまで以上にしがみつく。
それを勘違いされたのかな。「ソファに座る?」と短く訊かれた。
座ってゆっくり話したい気もするけれど、会場ではそろそろチークダンスがかかるころではないだろうか。
「……あのね、視界が戻ったら会場に戻りたい。戻ってチークダンス、踊りたい」
「その前に――」
「ん……?」
「指輪はめたの左手薬指なんだけど、その意味わかってる?」
「意味……?」
「婚約指輪とかマリッジリングをはめる指は?」
「左手薬指……」
「でも、今婚約指輪ほど高価なものを渡したところで、翠は受け取らないだろ? だから、婚約前のプレリング。正式に婚約するまではそれをつけてて。いわば、虫除け的なアイテムだから」
「え? 指輪って、忌避作用があるの?」
尋ねた直後、ペシ、と額を叩かれた。
「あるわけないだろ……男除けっ」
あ……。
でも、寄ってくる男の人なんて秋斗さんくらいだし、秋斗さんに指輪の効果があるかは非常に疑わしい……。そのあたり、ツカサはどう考えているのかな……。
考えているうちに視界が回復し、ツカサを急かして会場へ戻った。
チークダンスが始まったばかりの会場は、それまでの光景と少し違った。
ワルツやカントリーダンスはたくさんの人が参加していたのに、チークダンスを踊っている人は半数にも満たない。
もしかしたら、本当にお付き合いしている人たちしか踊っていないのかもしれない。
フロアを前に歩みを止めると、
「踊らないの?」
ツカサに尋ねられ、困ってしまう。
踊りたい気持ちはある。
でも、この場で……というのはなんだか恥ずかしく思えてきてしまったのだ。
先の指輪騒動が原因だろうか。そこかしこから注目されている気がしていたたまれない……。
それに、初めて踊ったチークダンスは屋外で、ほかのペアとの距離がそれなりにあった。二度目のチークダンスはステージ裏。完全に人目のない場所だったのだ。
今日はほかのペアとの間隔が狭いうえ、そう遠くない場所にギャラリーが満載……。
「翠?」
「……なんだか恥ずかしくて」
「翠が踊りたいって言うから戻ってきたのに?」
それを言われてしまうとちょっとつらい。
「ツカサ……あとで――あとで十階に戻ってから踊ってくれる?」
「俺、この手の音源持ってないけど?」
「大丈夫。私が持ってる」
「了解」
フロアから下がり壁際へ移動すると、まるで待ち構えていたかのごとく、女の子たちに取り囲まれた。
「藤宮先輩からプロポーズされたのっ!?」
「秋斗先生から求婚されてるって本当っ!?」
壁際に追いやられたときにはツカサは隣にいなかった。
おそらく、早々にひとり離脱をはかったのだろう。
ツカサ、ずるいっっっ――
「ねぇっ、本当のところはどうなのっ!?」
「その薬指の指輪はっ!?」
「秋斗先生の好きな人って翠葉ちゃんなのっ!?」
あわわわわわ――
「もっ、黙秘しますっ」
私は見ざる言わざる聞かざるの状態でその場に座り込んだ。
しかし、ちょっとペースが速すぎた。
ワルツを踊ったあとということもあり、息が上がる一方だ。
「ツカサ、もうちょっとゆっくり歩いて? それに――」
「何?」という視線がこちらを向く。
「指輪……ちゃんと見たい」
言うと、ツカサは歩く速度を落としてくれた。でも、握られた左手はそのまま。
これじゃ指輪見られないんだけどな……。
何度か声をかけたけど、ツカサは無言で歩き続け、コミュニティータワー内にあるロビーまで来ると歩みが止まった。
座るよう促されてソファにかけると、膝の上に、ツカサがポケットから取り出したものを落とされる。
それは指輪が入っていたであろう箱やケース、リボン。
それらは少しびっくりするような様相だった。
かわいい小箱は形が変形しており、リボンも固結びの状態になっていて、無理やり外されたことがうかがえる。被害をこうむっていないのは、つくりのしっかりしたジュエリーケースのみ。
「パーティーが終わってから、きれいにラッピングされたものを渡すつもりだったんだけど……」
ツカサは悔しそうに言葉を濁す。
普段のツカサならこんな取り出し方はしないだろう。
何がどうしてこうなったって、私が秋斗さんとワルツを踊ったから。さらには、最後にキスをされそうになったのが拍車をかけてしまったのかもしれない。
えぇと、この場合はなんて口にしたらいいのかな。
プレゼントをいただいたのだから、「ありがとう」を言いたいけれど、どうにもこうにも「ありがとう」を受け取ってもらえる感じではない。
だとしたら、「ごめんなさい」だろうか……。
唸りたい衝動を堪えつつ手元に視線を落とす。と、さっきは気づかなかったことに気づいた。
薬指にはめられた指輪は、金色の華奢なリングに黄緑色の石がついていた。
「ペリドット……?」
小さく口にすると、
「好きだって言ってたから……」
その言葉に、胸がぷるっと震える。
「うん、好き……大好きっ! ありがとうっ!」
ライブの帰り道にした話を覚えていてくれたことが嬉しくて、立ち上がってツカサの腕に抱きつく。と一気に目の前が真っ暗になる。
「っ――」
久しぶりの眩暈に視界と平衡感覚の両方を持っていかれ、膝から崩れそうになったそのとき、力強く支えてくれる手があった。
それはほかの誰でもないツカサの手で、それがなんだかとても嬉しくて、眩暈を起こしているにも関わらず、私の顔はしまりなく緩んでいた。
「あのさ……」
「わかってる。ごめんなさい」
「顔がごめんって言ってない。ちなみに、眩暈起こしてる人間の表情でもないと思う」
そんな指摘すら愛おしくて仕方がない。
「だって、嬉しいんだもの……」
指輪も、今支えてくれているこの手も何もかも。
嬉しさに、心臓が震えている気がする。でも、そんなことを言おうものなら「心臓は震えたりしない」と言われてしまうだろう。でも、ほかに言葉が見つからなくて、抱きついた腕に、それまで以上にしがみつく。
それを勘違いされたのかな。「ソファに座る?」と短く訊かれた。
座ってゆっくり話したい気もするけれど、会場ではそろそろチークダンスがかかるころではないだろうか。
「……あのね、視界が戻ったら会場に戻りたい。戻ってチークダンス、踊りたい」
「その前に――」
「ん……?」
「指輪はめたの左手薬指なんだけど、その意味わかってる?」
「意味……?」
「婚約指輪とかマリッジリングをはめる指は?」
「左手薬指……」
「でも、今婚約指輪ほど高価なものを渡したところで、翠は受け取らないだろ? だから、婚約前のプレリング。正式に婚約するまではそれをつけてて。いわば、虫除け的なアイテムだから」
「え? 指輪って、忌避作用があるの?」
尋ねた直後、ペシ、と額を叩かれた。
「あるわけないだろ……男除けっ」
あ……。
でも、寄ってくる男の人なんて秋斗さんくらいだし、秋斗さんに指輪の効果があるかは非常に疑わしい……。そのあたり、ツカサはどう考えているのかな……。
考えているうちに視界が回復し、ツカサを急かして会場へ戻った。
チークダンスが始まったばかりの会場は、それまでの光景と少し違った。
ワルツやカントリーダンスはたくさんの人が参加していたのに、チークダンスを踊っている人は半数にも満たない。
もしかしたら、本当にお付き合いしている人たちしか踊っていないのかもしれない。
フロアを前に歩みを止めると、
「踊らないの?」
ツカサに尋ねられ、困ってしまう。
踊りたい気持ちはある。
でも、この場で……というのはなんだか恥ずかしく思えてきてしまったのだ。
先の指輪騒動が原因だろうか。そこかしこから注目されている気がしていたたまれない……。
それに、初めて踊ったチークダンスは屋外で、ほかのペアとの距離がそれなりにあった。二度目のチークダンスはステージ裏。完全に人目のない場所だったのだ。
今日はほかのペアとの間隔が狭いうえ、そう遠くない場所にギャラリーが満載……。
「翠?」
「……なんだか恥ずかしくて」
「翠が踊りたいって言うから戻ってきたのに?」
それを言われてしまうとちょっとつらい。
「ツカサ……あとで――あとで十階に戻ってから踊ってくれる?」
「俺、この手の音源持ってないけど?」
「大丈夫。私が持ってる」
「了解」
フロアから下がり壁際へ移動すると、まるで待ち構えていたかのごとく、女の子たちに取り囲まれた。
「藤宮先輩からプロポーズされたのっ!?」
「秋斗先生から求婚されてるって本当っ!?」
壁際に追いやられたときにはツカサは隣にいなかった。
おそらく、早々にひとり離脱をはかったのだろう。
ツカサ、ずるいっっっ――
「ねぇっ、本当のところはどうなのっ!?」
「その薬指の指輪はっ!?」
「秋斗先生の好きな人って翠葉ちゃんなのっ!?」
あわわわわわ――
「もっ、黙秘しますっ」
私は見ざる言わざる聞かざるの状態でその場に座り込んだ。
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