光のもとで2

葉野りるは

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November

陽だまりの音 Side 翠葉 01話

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 怪我をしてからというもの、ツカサの過保護に拍車がかかっていた。
「今日も来るの?」
 桃華さんに尋ねられ、私は「ごめんね」と返事をする。
 何って、週に三回食堂で食べていたツカサとのランチの場が、二年A組の教室に変更になったのだ。
 それは足を怪我している私の移動に時間がかかるという理由もあるけれど、第一には怪我した足で階段の上り下りをさせたくない、というツカサの意向による部分が大きい。
 とはいえ、校舎内はエレベーターの使用許可が下りているし、食堂と校舎をつなぐ連結部分にはスロープだって存在する。
 つまり、階段の上り下りする場所はないのだけど、怪我した私を極力動かしたくないというツカサの気遣いにより、こういうことになっている。
「松葉杖になったから食堂でも大丈夫って言ったんだけど、移動させるのが嫌みたいで……」
「もしかして、登下校も一緒だったりする?」
 海斗くんに尋ねられ、私は苦笑と共に頷いた。
「車椅子のときは家族やコンシェルジュに送り迎えしてもらっていたのだけど、松葉杖になったらツカサが朝迎えに来てくれるようになった。さらには警護班の車まで用意されてどうしようかと思っちゃった」
「くっ、すげぇ司らしい」
 本当は歩いて登下校したかったのだけど、歩くときの振動が患部に響くことを見破られ、さらには患部をあまり動かさないほうが治りが早いと諭され、ツカサの警護班のお世話になることになった。
 この際、誰かに送り迎えされるのは仕方ないとして、ツカサが毎朝迎えに来てくれるのはどうなんだろう……。
「そこまでしてくれなくていい」と何度も丁重にお断わりしたけれど、それは受け入れてもらえなかったのだ。
 怪我をしたのはツカサのせいじゃない、とどれほど言ってもツカサは呑み込めないらしく、結果、普段より数割増し過保護なツカサの出来上がり。
 それを周りは面白がったり感心したり様々な視線を向けてくる。
「翠葉ちゃんてば大事にされてるよね?」
 美乃里さんの言葉に頷くことで同意する。と、
「文武両道、眉目秀麗、冷静沈着、品行方正。四字熟語が揃いに揃ったうえ、彼女以外の女子とはほぼ喋らず彼女一筋だなんて、まるで少女マンガに出てきそうな王子様よね。女子が騒ぐわけだわ」
「香月さん、褒めすぎよ。第一、品行方正は当てはまらないと思うわ。見たまんま腹黒いし性格に難ありよ?」
 桃華さんの指摘にその場に集っていたメンバーが吹き出す。
「四字熟語っていうなら、唯我独尊とか独善主義、厚顔無恥、遼東之豕じゃないかしら」
 次々追加される四字熟語に、みんなはカラカラと笑い声をあげた。けれど、ひとり海斗くんが異を唱える。
「独善主義や厚顔無恥は当てはまるかもしれないけど、唯我独尊、遼東之豕あたりはちょっと違うかな」
「何がどう違うのよ」
「司の場合、自分が誰よりも偉いとか優れてるって思ってるわけじゃなくて、周りの人間が自分より頭が悪いと思ってる程度。それも見下してるわけじゃなくて、あくまでもそう認識してるってだけ。現に、自分より知識のある人間や、秀でた人間のことはきちんと認めてるし」
「ふーん……それでも独善主義や厚顔無恥が当てはまるだけでどうかと思うわ」
 そんな話をしているところへツカサがやってきた。

 ツカサが教室に入ってくると、慣れないクラスメイトはとても控えめにざわつく。
 けれど、一年のときと同様、ツカサがクラスメイトの目を気にする様子はまったくない。
 何を言わずとも海斗くんが席を譲り、前の席にツカサが収まる。
「今日、通院日?」
「うん。帰りに病院へ行く予定」
「それ、送迎するから」
「え……? 学校が終わったら唯兄が迎えに来てくれることになってるから大丈夫よ?」
 ツカサは携帯を取り出すと、おもむろにどこかへかけ始めた。
「――翠の病院の送り迎えですが、自分が付き添うので不要です。じゃ――」
 ツカサはそれだけ言うと通話を切ってしまった。
 見たところ、会話をしていたようには思えない。
「えぇと……もしかして、唯兄に電話した?」
 尋ねた直後、自分の携帯が鳴り出す。
 着信相手は唯兄。
「もしもし、唯兄?」
『今、超絶一方的な電話がかかってきたんだけど、何あれっ』
「うん、目の前で見てた……」
 これには苦笑せずにはいられない。
「なんか、ツカサがとっても過保護なの……」
『あー……責任感じてるっぽかったもんね。そっかそっか……じゃ、司っちに送ってもらいな。帰りは?』
「送ってくれるみたい」
『わかった。じゃ、俺行かないからね?』
「うん、ごめんね。ありがとう」
 ツカサは涼しい顔でお弁当を広げ始める。
 一連のやり取りを見ていた周囲はというと、「何も言うまい」と言わんがごとく、皆静かにお弁当を食べ始めた。

 お弁当を食べ終わってお茶を飲んでいるとき、携帯が新たに鳴り始めた。
 ディスプレイには「仙波先生」の文字。
 先生から電話……?
 今日の調律に関する連絡だろうか。でも、それならお母さんに連絡しそうなものだけど……。
 不思議に思いながら、ツカサに断わりを入れてから電話に応じた。
「もしもし……?」
『あ、御園生さん、捕まってよかった。今、話していても大丈夫ですか?』
「はい、お昼休みなので大丈夫です」
『これから調律にうかがうのですが、音色の希望を聞き忘れてしまいまして……。どんな音をご希望でしょう』
 どんな……?
 私が返答に困っていると、
『たとえば、今のピアノの音はどんな印象ですか?』
「……荘厳――力強く、華やかな音色です。でも、私はその力強さをまったく音にできなくて、弾いていてちょっと苦しい感じがしました」
『そうでしたか……。では、そんな感じに音色に対する希望をうかがえませんか?』
 私は自宅のシュベスターや初めて弾いたベーゼンドルファーの音色を思い出しながら、理想とする音を言葉に変換していく。
「明るく澄んでいて、優しい音色。ライブハウスのピアノのみたいにセピア色した音ではなくて、レモンイエローくらい優しくふんわりした音。でも、もやっとした感じの音ではなくて、あくまでも明るくクリア。こもったような音もキンキンした音も好きではありません。華やかさよりは、素朴な音のほうが好きかも……?」
 思ったままに答えたけれど、これで伝わるのだろうか……。
 不安に思っていると、
『相変わらず独特なたとえですね。でも、だいたいのイメージはつかめたと思います。そのように調律させていただきますが、仕上がりの音を聴いていただいて、手直しすることもできますので』
「帰宅するのが楽しみです」
『六時までには形にします。楽しみに帰宅なさってください』
「よろしくお願いします」
『ではのちほど……』
 通話を終えると、ツカサがじっと私を見ていた。
「今日、何かあるの?」
「うん。静さんに許可をいただいて、スタインウェイを私に合わせて調整しなおしてもらうことになったの。しかもね、ピアノの先生が調律してくれるのよ」
「ふーん……それ、俺も見に行っていい?」
「もちろん! あのね、静さんがコミュニティータワーの一室をピアノルームに提供してくれて、ピアノもハープもそこへ移すの。だから、これからは家族のことを気にせず練習できるんだ」
「へぇ……」
 そんな話をしていれば予鈴が鳴り、ツカサは時計を確認して席を立った。
「ホームルーム後迎えに来るから、教室で待ってて」
 もうこれは何を言っても聞いてはもらえないんだろうな。
 そう思いながら、「ありがとう」と口にした。
 ツカサがクラスを出た瞬間に、クラス中からため息が聞こえてきた。
「ほんっとに過保護よね」
 桃華さんの言葉にみんなが頷く。もちろん私も。
「でも、怪我の経緯を知っちゃうと、司の気持ちもわからないでもないけどな」
 海斗くんの言葉にまたしてもみんなが頷いた。
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