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October
紫苑祭二日目 Side 司 03話
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チアリーディングのあとは男子全員による棒倒し。
準備で男子が上半身裸になると、そこかしこで女子の叫び声があがる。
こういう反応が一般的なのかは知らないが、翠は大丈夫だろうか……。
さすがに今ばかりは集計を翠ひとりに頼るしかないわけで、対策を講じてやることもできない。
人の合間を縫って本部席に目をやると、不意をついて優太に絡まれた。
「なーに? 翠葉ちゃんが心配?」
「優太邪魔」
「ひどっ」
言いながらもくつくつと笑い、
「でも、そんな心配することないでしょ? 翠葉ちゃんだってお兄さんがいるんだからさ」
その考えは甘いと思う。
男兄弟がいるからと言って大丈夫とは限らない。何せ、翠の兄は自他共に認めるシスコンバカの御園生さんなのだから。
ようやく見えた翠は、本部席で見事に俯いていた。
やっぱりか……。
きっと目のやり場に困ってあの状態なのだろう。
「げ……まじ? あれ、翠葉ちゃん大丈夫なの?」
「さぁ……だめなんじゃない?」
「助けてあげないの?」
「助けられる状況じゃないだろ。一試合終わらないことには誰に代わりを頼むこともできない」
「あちゃ~……でもさ、男兄弟が家にいたら、夏に半裸くらい見るもんじゃない?」
「御園生さんがどれだけ過保護なのか、優太はもう少し熟知するべき。それから、夏に半裸云々だけど、それがどのくらい一般的なのか俺は知らない。少なくとも俺は、夏だからといって半裸でいることはない」
一回戦敗退した人間に視線を配ると、その中に悔しそうな顔をした貝塚がいた。
紫苑祭実行委員長をしている貝塚なら翠と面識もあるから大丈夫だろう。
「貝塚」
「お? 藤宮どうした?」
「棒倒しの間だけ、翠と集計代わってやってほしい」
「え?」
「あれあれ」
優太と朝陽が本部席を指差すと、相変わらず俯いたままの翠がいた。
「へ……? 御園生さんどうしたの?」
「本来男子に免疫がないとああなるのかもね? ほかの女子みたいに叫ぶ余裕もないみたい」
朝陽の説明に貝塚は納得したようで、
「んじゃ、ちょっと格好良く救出に行ってくるわ!」
と走り出した。
「ま、格好良く救出ったってあの調子だからね。間違いなく貝塚くんのことも視界に入れらんないよね……」
優太の言葉は的を射ており、翠は叫び声こそあげなかったものの、救世主である貝塚ですら正視することができなかった。
「あれは手強いね……。司、苦労してそう」
朝陽の言葉が理解できずに視線を向けると、
「何、意味わからないって顔してるの?」
「意味がわからないから」
「あぁ~……なんでもないなんでもない。聞かなかったことにして」
言いながら、朝陽はそそくさと進行方向を変えた。
その場に残された優太に視線を向けると、
「いや、なんとなく何が言いたいのかはわかったけど……」
ひどく言いづらそうに言葉を濁す。
「何……」
「つまり、翠葉ちゃんとどうこうなるのにはひどく時間がかかりそうとか苦労しそうとか、その手のこと?」
たはは、と笑った優太は逃げるように駆け出した。
……確かに、苦労はしてる。してるけど、そのうえさらに苦労することになるというところまでは考えていなかった。
なんていうか、合意させることに必死だけど、その次は服を脱がせるのにすっごい苦労しそう……。
試合を終えて観覧席へ戻る途中、海斗の声が聞こえてそちらを見ると、
海斗と翠、佐野が並んで座っていた。しかし、翠はどうしたことかこちらに背を向け海斗のほうを向いている。さらには、
「どうしてツカサがいるのっ!?」
いたら悪いのか……。
「だって、黒組決勝まで勝ち残ってたし、決勝戦が終われば戻ってきてもおかしくないでしょーが」
「終わったら集計作業で本部じゃないのっ!?」
「翠葉さん……さすがに半裸のまま本部で仕事ってわけにはいかないでしょう……。それに、今は飛翔が本部にいるから問題ないんじゃない?」
「じゃぁっ、どうしてメガネかけてないのっ!?」
「お嬢さん、棒倒しでメガネなんてかけてたら外れたとき危険でしょーが……」
つまり、俺もその他大勢の男子と同じで直視できない、ということなのだろう。
「その他大勢」と同じ扱いなのが面白くない。少しいじめに行こうか。
そんなことを考えつつ赤組の観覧席へ足を向けると、翠が勢いよく立ち上がった。
あのバカっ――
「翠葉っ!?」
「御園生っ!?」
翠は海斗たちが止めるのも聞かずに最寄の階段を駆け上がる。その背を追って一段目に足をかけたとき、翠の動きが止まった。
そのあとはスローモーションのように翠が降ってきて、まるで最初から決まっていたように俺の胸へ着地する。
肝が冷えるとはこういうことをいうのだろう。
いい加減、不注意でこれ、というのはやめてほしい。もっとも、今回に関しては不注意ではなく確信犯で逃げた気がしなくもないけれど……。
どちらにせよ、直視できないからって逃げるまでしなくてもいいと思う。
「あっぶねー……司、ナイスキャッチ!」
辺りがざわつく中、
「何度言ったら習得する? いい加減立ち上がりざまの眩暈くらいは回避できるようになってしかるべきだと思うんだけど」
翠と出逢ってから、俺の寿命は縮まる一方だ。
さらには、俺に落ち度はないのに、腕の中にいる翠が両手で顔を押さえてうずくまっているのを見ると、俺が悪い気がしてくるからいただけない。
「翠?」
「ごめん、なさい……」
髪の合間から見えた頬や耳があまりにも赤くて、思わず自分まで赤面するところだった。
そんな自分をひた隠し、
「……バカ、顔赤すぎ。そんな顔、ほかの男に見せるな。……視界は?」
「……もう、大丈夫」
「なら、ゆっくり立って」
立て膝になって翠が動くのを待っていたが、翠は一向に立ち上がらない。
ま、人の注目を集めている中これだけ赤面してたら顔を上げるのは無理か……。
「海斗、ジャージ」
「うぃーっす」
投げられたジャージを右手で受け取り翠の頭にかけてやると、翠は俺からも見えないように顔を隠して立ち上がった。
少しいじめてやるつもりだったがこれ以上追い討ちをかけるのは人としてどうなのか……。
考えた末、俺は何も言わずに海斗たちに翠を預けて自分の応援席へと戻ることにした。
準備で男子が上半身裸になると、そこかしこで女子の叫び声があがる。
こういう反応が一般的なのかは知らないが、翠は大丈夫だろうか……。
さすがに今ばかりは集計を翠ひとりに頼るしかないわけで、対策を講じてやることもできない。
人の合間を縫って本部席に目をやると、不意をついて優太に絡まれた。
「なーに? 翠葉ちゃんが心配?」
「優太邪魔」
「ひどっ」
言いながらもくつくつと笑い、
「でも、そんな心配することないでしょ? 翠葉ちゃんだってお兄さんがいるんだからさ」
その考えは甘いと思う。
男兄弟がいるからと言って大丈夫とは限らない。何せ、翠の兄は自他共に認めるシスコンバカの御園生さんなのだから。
ようやく見えた翠は、本部席で見事に俯いていた。
やっぱりか……。
きっと目のやり場に困ってあの状態なのだろう。
「げ……まじ? あれ、翠葉ちゃん大丈夫なの?」
「さぁ……だめなんじゃない?」
「助けてあげないの?」
「助けられる状況じゃないだろ。一試合終わらないことには誰に代わりを頼むこともできない」
「あちゃ~……でもさ、男兄弟が家にいたら、夏に半裸くらい見るもんじゃない?」
「御園生さんがどれだけ過保護なのか、優太はもう少し熟知するべき。それから、夏に半裸云々だけど、それがどのくらい一般的なのか俺は知らない。少なくとも俺は、夏だからといって半裸でいることはない」
一回戦敗退した人間に視線を配ると、その中に悔しそうな顔をした貝塚がいた。
紫苑祭実行委員長をしている貝塚なら翠と面識もあるから大丈夫だろう。
「貝塚」
「お? 藤宮どうした?」
「棒倒しの間だけ、翠と集計代わってやってほしい」
「え?」
「あれあれ」
優太と朝陽が本部席を指差すと、相変わらず俯いたままの翠がいた。
「へ……? 御園生さんどうしたの?」
「本来男子に免疫がないとああなるのかもね? ほかの女子みたいに叫ぶ余裕もないみたい」
朝陽の説明に貝塚は納得したようで、
「んじゃ、ちょっと格好良く救出に行ってくるわ!」
と走り出した。
「ま、格好良く救出ったってあの調子だからね。間違いなく貝塚くんのことも視界に入れらんないよね……」
優太の言葉は的を射ており、翠は叫び声こそあげなかったものの、救世主である貝塚ですら正視することができなかった。
「あれは手強いね……。司、苦労してそう」
朝陽の言葉が理解できずに視線を向けると、
「何、意味わからないって顔してるの?」
「意味がわからないから」
「あぁ~……なんでもないなんでもない。聞かなかったことにして」
言いながら、朝陽はそそくさと進行方向を変えた。
その場に残された優太に視線を向けると、
「いや、なんとなく何が言いたいのかはわかったけど……」
ひどく言いづらそうに言葉を濁す。
「何……」
「つまり、翠葉ちゃんとどうこうなるのにはひどく時間がかかりそうとか苦労しそうとか、その手のこと?」
たはは、と笑った優太は逃げるように駆け出した。
……確かに、苦労はしてる。してるけど、そのうえさらに苦労することになるというところまでは考えていなかった。
なんていうか、合意させることに必死だけど、その次は服を脱がせるのにすっごい苦労しそう……。
試合を終えて観覧席へ戻る途中、海斗の声が聞こえてそちらを見ると、
海斗と翠、佐野が並んで座っていた。しかし、翠はどうしたことかこちらに背を向け海斗のほうを向いている。さらには、
「どうしてツカサがいるのっ!?」
いたら悪いのか……。
「だって、黒組決勝まで勝ち残ってたし、決勝戦が終われば戻ってきてもおかしくないでしょーが」
「終わったら集計作業で本部じゃないのっ!?」
「翠葉さん……さすがに半裸のまま本部で仕事ってわけにはいかないでしょう……。それに、今は飛翔が本部にいるから問題ないんじゃない?」
「じゃぁっ、どうしてメガネかけてないのっ!?」
「お嬢さん、棒倒しでメガネなんてかけてたら外れたとき危険でしょーが……」
つまり、俺もその他大勢の男子と同じで直視できない、ということなのだろう。
「その他大勢」と同じ扱いなのが面白くない。少しいじめに行こうか。
そんなことを考えつつ赤組の観覧席へ足を向けると、翠が勢いよく立ち上がった。
あのバカっ――
「翠葉っ!?」
「御園生っ!?」
翠は海斗たちが止めるのも聞かずに最寄の階段を駆け上がる。その背を追って一段目に足をかけたとき、翠の動きが止まった。
そのあとはスローモーションのように翠が降ってきて、まるで最初から決まっていたように俺の胸へ着地する。
肝が冷えるとはこういうことをいうのだろう。
いい加減、不注意でこれ、というのはやめてほしい。もっとも、今回に関しては不注意ではなく確信犯で逃げた気がしなくもないけれど……。
どちらにせよ、直視できないからって逃げるまでしなくてもいいと思う。
「あっぶねー……司、ナイスキャッチ!」
辺りがざわつく中、
「何度言ったら習得する? いい加減立ち上がりざまの眩暈くらいは回避できるようになってしかるべきだと思うんだけど」
翠と出逢ってから、俺の寿命は縮まる一方だ。
さらには、俺に落ち度はないのに、腕の中にいる翠が両手で顔を押さえてうずくまっているのを見ると、俺が悪い気がしてくるからいただけない。
「翠?」
「ごめん、なさい……」
髪の合間から見えた頬や耳があまりにも赤くて、思わず自分まで赤面するところだった。
そんな自分をひた隠し、
「……バカ、顔赤すぎ。そんな顔、ほかの男に見せるな。……視界は?」
「……もう、大丈夫」
「なら、ゆっくり立って」
立て膝になって翠が動くのを待っていたが、翠は一向に立ち上がらない。
ま、人の注目を集めている中これだけ赤面してたら顔を上げるのは無理か……。
「海斗、ジャージ」
「うぃーっす」
投げられたジャージを右手で受け取り翠の頭にかけてやると、翠は俺からも見えないように顔を隠して立ち上がった。
少しいじめてやるつもりだったがこれ以上追い討ちをかけるのは人としてどうなのか……。
考えた末、俺は何も言わずに海斗たちに翠を預けて自分の応援席へと戻ることにした。
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