光のもとで2

葉野りるは

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October

紫苑祭二日目 Side 翠葉 18話

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 夕飯を終えると八時半を回っていた。
 いつもならみんなで食後のお茶を飲むけれど、今日はなんとなくツカサとふたりでいたくて、飲み物を持って玄関脇の自室へ移動した。
 部屋に入ってすぐ、食後のお薬を飲むべくお薬箱を開ける。と、
「それ……」
「え? どれ?」
「その脇に入ってるやつ」
 ツカサが指し示したものは、ビニールのケースに入ったピルだった。
「ピル、やめたんじゃなかったの?」
「あ……一度はやめたのだけど、久住先生でも生理痛のコントロールをするのは難しくて、結果的には婦人科へかかることになったの。だから、先月からかな? ピルの服用を再開したの」
「子宮内膜症か何か……?」
「ううん。再度検査もしたけれど、子宮内膜症でも子宮筋腫でもなかったよ。でも、あまりにも生理痛がひどいから、って」
「ふーん……」
 これはどういった反応なのだろう。
 不思議に思ってツカサを見ていると、
「じゃぁ、あとは翠の気持ちしだいなんだ?」
「え……? 何が?」
「ピルを飲んでいるなら妊娠はしない。その部分はクリアしたんだから、あとは翠の気持ちしだいだろ?」
 意味が理解できて、ちょっと戸惑った。
 確かに、今まで気にしてきた「妊娠」の部分はクリアした。でも、気持ち的な部分はまだクリアできていない――
 この気持ちはいつどうなったらクリアできるのだろう。
 自分のことなのに、自分自身の気持ちの問題なのに、まるで想像ができない。
 焦点を定めることができず宙を彷徨わせていると、ツカサ側にあった右手を取られた。
 じんわりと力をこめられ、
「考えてはほしいけど、困らせたいわけじゃない」
「ごめん……」
「謝らなくていいし、もう少しくらいなら待つ」
 その先に言葉が続くのかうかがっていると、
「今日、翠を抱き上げたとき、腕を首に回してもらえたの、嬉しかった……」
 え……?
「驚いた顔……」
 指摘されて空いていた左手で頬を押さえる。と、
「喜ぶなんて大げさだと思ってる?」
 正直にコクリと頷くと、
「その些細なことですら、まだ二回目なんだけど……」
「二回目……?」
「翠を運んだことなら何度もあるけど、首に腕を回してくれたのは今日を含めて二回目」
「初めては……?」
「去年の夏、屋上で花火を見たとき」
 教えてもらっても記憶を掘り起こすのは難しそうだ。でも、それとは少し別のことを思い出す。

 ――「君が自分から俺に触れてくれたのは三回目かな」。

 それは秋斗さんが口にした言葉。

 ――「好きな子に触れることができるのはすごく嬉しいし、逆に触れてもらえることだって嬉しい。俺はまだ三回しか触れてもらってないけどね」。

 ツカサも秋斗さんと同じことを思っているの……?
 あのときの私は、秋斗さんが言うことの半分も理解できていなかった。でも今は、ツカサに触れられると嬉しいと思うし、触れてみたいと思うこともある。
 こういうのは口にしていいのかな……。
「私も、ツカサに触れられるのは嬉しい……。それから、触れてみたいとも思う……」
 しだいに顔が熱くなるのを感じつつ、それでも距離を縮めたい気持ちを抑えられずに言葉を続ける。
「ツカサの頬に、触れてもいい……?」
「なんで頬?」
「わからない。でも、ずっと触れてみたいと思っていたの」
 ツカサは不思議そうな顔をしていたけれど、「どうぞ」と了承してくれた。
 私はドキドキしながら手を伸ばす。
 指先に頬が触れると、ほんのりとぬくもりが伝ってきた。
 ずっと、「陶器のような肌」と思って見ていたけれど、実際には陶器には程遠いほど柔らかく、きちんと血が通っていることを教えてくれる。
 シャープな頬に沿わせるように手を添えると、ツカサは同じように私の頬に手を添えた。
「すべすべ……」
「翠のほうが肌理細やかだと思うけど?」
「そうかな?」
 互いの頬に手を添えたまま、至近距離で話すのはなんだか恥ずかしい。
 恥ずかしくてすぐに手を離してしまったけれど、もう少しくっついていたい。
 この、「くっついていたい」という気持ちが溢れるほどたくさんになったら、「性行為」へ踏み切れるのかもしれない。
 でも、「たくさん」ってどのくらいだろう?
「翠」
「ん?」
「何を考えてる?」
 どうして考え事をしているのがわかったんだろう。
 不思議に思っていると、
「頭、右に傾いてるけど?」
「あ――……あのね、少し考えていたの」
「何を?」
「くっついていたい、って気持ちが溢れるほどたくさんになったら、踏み切れるのかな、って」
「……それ、俺はくっつかずに散々焦らせばいいって話?」
「えっ!? それは困るっ。私、一週間と経たないうちにツカサ欠乏症になちゃうものっ」
 心底真面目に返答したつもりだったけれど、ツカサはくつくつと笑いだし、
「そんな真面目にとらなくていいのに」
「だって……」
 ツカサは改めて右手を取ると、
「翠より俺のほうが深刻」
「どうして……?」
「今はキスだけは好きにさせてもらってるからまだ抑えていられるけど、これでキスもなく触れることもなく、だったら、気が狂って翠を襲いかねない。事実、テスト明けからキスも何もせずにきて、今日には我慢の限界超えてた」
 そんなふうに言われると恥ずかしいけれど、どこか嬉しい気持ちもあって、どんな顔をしたらいいのかわからなくなる。
 でも、こんな話をしたからかな。「くっつきたい」って言いやすくなった気がしなくもない。
「ツカサ、ぎゅってして?」
「……さすがに今日はそれだけでとどまれそうにないんだけど」
 ツカサの顔が少し引きつり、「無理」と言っていた。でも、そこで諦めることができなくて、
「……キス、たくさんはだめだけど、普通のキスなら大丈夫……」
 隣に座ったまま向き直ると、ツカサはすぐに抱きしめてくれた。そして、身体が離れると何度かのキスを交わし、
「これ以上は俺が無理」
 ツカサは距離を開けるように立ち上がり、コーヒーを飲み終える前に「帰る」と言い出した。
「明日の病院は俺が送迎する。コンシェルジュに車椅子を借りるからここで待ってて」
「うん」
「それと日曜、学園祭を車椅子で回れるか確認とること。無理なら松葉杖を用意するから」
「ありがとう」
 立ち上がってツカサを見送ろうとしたら、
「そのままでいい」
 ツカサは背をかがめてキスをすると、逃げるように部屋を出て行った。
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