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October
紫苑祭一日目 Side 司 03話
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翠が玄関に入ったのを確認して階段へ足を向けると、通路を歩いてきた兄さんと出くわした。
「今帰り? でもなんで九階……って翠葉ちゃん送ってきたのか」
「兄さんは仕事帰り?」
「そっ。もう少し早ければ翠葉ちゃんにも会えたのに残念」
兄さんは何気なく言った一言だろうけれど、俺からしてみたら、あんな場を見られなくて良かったと心の底から思う。
「この時期っていったら……紫苑祭中?」
「そう。明日で終わり」
「夕飯は?」
「コンシェルジュにオーダーするつもり」
「良かったらうち寄ってけば?」
兄さんの家イコール義姉さん。義姉さんイコール料理が苦手。
最近は母さんに料理を習っているようだけど、腕が上がったという話は聞いていない。
さらには急に人数が増えたことに対処できるのかも疑問が残る。
「司、そんな身構えなくても大丈夫だよ。今日はカレーだから」
「それなら……」
「……おまえ、大概ひどいな?」
「堅実なだけだと思う」
玄関のドアをを開けると、
「おかえりーっ!」
無駄に大きな声がリビングから聞こえてきた。
人が玄関まで来て出迎えるうちや翠の家とは大違い。
でも、これがこの家では普通なのか、兄さんは同じように大きな声で「ただいまー」と返す。
洗面所で手洗いうがいしてからリビングへ行くと、
「えっ? なんで司も一緒?」
「そこの通路で一緒になったんだ。今体育祭中で翠葉ちゃんと登下校するためにこっちへ帰ってきてるみたい」
「ふ~ん、相変わらず仲のよろしいことで」
ニヤニヤとした気色悪い締まりのない表情は、いつ見ても唯さんを彷彿とさせて思わず頭をはたきたくなる。
俺と義姉さんがそんなやり取りをしている傍らで、兄さんは七月に産まれた愛息子、煌を抱えあげ執拗なまでに「ただいま」を繰り返していた。
世間一般では「溺愛している」と言うのだろうが、俺から見たら「迷惑」にしか思えない。
もし自分に子どもができたなら、俺も兄さんのようになるのだろうか……。
少し考えて「あり得ない」という答えがはじき出される。
うちの父さんが「ただいまただいま! お父さんでちゅよー」と言ってる様は想像できないし、想像するだけでも白い目で見られそうだ。
そしておそらく、自分も父さん側の人間。
「ちょっと、司も少しくらい煌に絡みなさいよっ!」
絡めと言われても……。
何度か会ったことのある甥を目の前に戸惑う。
ガラス玉のようにキラキラと光る目に捕まっていると、
「俺、着替えてくるから煌のこと頼む」
「なっ、義姉さんがいるだろっ!?」
「私これから夕飯準備。司も食べるんでしょ? ラッキーだったわね、今日はカレーよ」
ふたりは俺に煌を押し付けてリビングをあとにした。
煌が生まれてから数回抱っこさせられたが、未だに慣れない。
ぷにぷにとした触感や軟体動物のようなそれとか、重量はそうでもないのに頭だけ異様に重くてバランスが悪いのとか。なんか未知の生物。
落とすことはないだろう。
そうは思いつつも不安を覚えた俺は床に腰を下ろし、煌をラグの上にそっと寝かせる。
そこへカレーを運んできた義姉さんが、
「まだ慣れないの?」
「まだって……煌が生まれてから三ヶ月しか経ってないんだけど……」
「翠葉ちゃんはもう普通に抱っこできるようになったわよ?」
は? 翠がなんだって……?
「なんで、って顔。あんたねぇ、うちと翠葉ちゃんちとお隣なの忘れたんじゃないでしょうね?」
「忘れてないけど……そんな頻繁に来るの?」
「そっ! 翠葉ちゃん、煌にメロメロだもの~。煌も翠葉ちゃんのこと大好きみたいだし。大好きと言えば……崎本さんとこの拓斗くんも翠葉ちゃんのこと大好きよね? 司、あちこちにライバルがいて大変ね?」
義姉さんはカラカラと笑いながらキッチンへ戻っていった。
……翠、俺だって翠のこと知らないけど?
兄さんの家に頻繁に来てるなんて初耳だ。
それを言われたからといって俺が何をするでも何を言うでもない。でも、確かに「知っておきたい」という気持ちはある気がした。
そこへ兄さんが戻ってきて、
「なんだ、結局置いちゃったのか。そんなんじゃ、新生児とか小児科は無理っぽそうだな」
言いながら、自然な動作で煌を抱き上げる。
「……もともとそっち方面を専門にするつもりないし」
「あぁ、司は外科に行きたいんだっけ?」
「心臓外科には今でも興味あるけど、ほかにも循環器内科が気になってる」
「……紫さんの影響って感じじゃないな。翠葉ちゃんか」
「……悪い?」
「悪いとは言わないけど、かわいいなとは思った」
俺はばつが悪く顔を背ける。
去年のこの時期から、兄さんにはこの手の話でからかわれてばかりだ。
たいていが図星で返す言葉に困る。
「……翠が頻繁に来てるって義姉さんに聞いた」
話を逸らすために新たな話題を振ると、
「あぁ、ちょこちょこ来てくれてるよ。……って、知らなかったのか?」
「…………」
「……おまえ、翠葉ちゃんと会話してる?」
今そこをつかれるのは非常に痛い……。
でも、タイミングがいいといったらいいのか……?
「あのさ、兄さんにもし付き合っている彼女がいたとして、大学受験のこと話す?」
「……は? 俺は結婚してるし大学受験なんて何年前の話だと思って――って、それ、今のおまえと翠葉ちゃんってこと?」
「……あのさ、たとえ話をするために『もし』って言葉を使ったんだけど」
「あー、はいはい。もし、ね。もし――ま、普通に考えてそんな話は世間話の延長でするだろ?」
「その世間話ってどこまで話すもの? 大学名と学部はともかく、受験日まで話す?」
「あのさ、『もし』の割に内容が細かすぎるんだけど」
「……別にいいだろ」
兄さんはクスクスと笑いながら、
「わかったわかった、拗ねるなよ。もし、ね――そうだな、受験日も話すだろうな」
「なんで?」
兄さんは面食らった顔をしていた。
「なんでって……意味なんてないよ。ただ、自分のスケジュールとして話す程度。司だって長期休暇に入るときや車の免許の合宿へ行く際には翠葉ちゃんに予定を話しただろ?」
夏休みは――
インターハイまでは部活漬けになるとだけ話していた。自分に余裕がある日は自分から連絡を入れて、翠の予定が空いていたら会う。そんな感じだった。
インターハイの日程は、翠が来るというから教えたように思う。
ただ、日程に関してはインターハイ前は部活漬けになるという話の延長で話していたかもしれない。
車の合宿へ行くことは翠の誕生日を祝った日に話していて、日程を知らせたのはその間留守にするから。
連絡をもらったとしても講習中に応答することはできないし、メールの返信にもタイムラグが生じる。それらをあらかじめ知っていてもらうために話したに過ぎない。
「何黙ってんのよ」
会話に加わった義姉さんに声をかけられ、
「言うには言ったけど、言う必要があったから言っただけで、言う必要がなければ言わなかったような気がする」
「「言う必要って何?」」
ふたりは声を揃えて問い返してくる。
そこで、今しがた考えた内容を話すと、
「……ものすごく司らしいな」
ふたりから向けられる視線に居心地が悪くなり、
「俺らしいって、何?」
「「合理性に重きをおいているところ」」
それのどこが悪い、と思う自分は何か欠如しているのだろうか……。
「司がこんな話するってことは、翠葉ちゃんとなんかあったんだろ? っていうか、まんま今の話なんだろ? だとしたら――翠葉ちゃんが不憫だな」
「翠葉ちゃんが不憫だわ」
またしてもふたり声を揃えるから居たたまれない。
でも、そこまでばれているのなら隠す必要もない。
「兄さんと義姉さんに価値観の差ってある?」
「あるけど……そこをうまく折り合いつけていくのが夫婦だし」
兄さんの言葉に考えてしまう。
俺と翠は付き合っているだけで夫婦ではない。でも、いずれはそうなるのだから、今からすり合わせ作業をしていっても無駄にはならないわけで――
でも、翠は「どれだけ話しても平行線」であることを口にした。それは、歩み寄る努力はしないということだろうか……。
「話をしたい」とは言ったけど、それは「フォロー」であって、すり合わせ作業では、歩み寄る努力にはならないのだろうか。
綿密に分けるとしたら何に当たるのか――
「価値観の差がどうしたの?」
義姉さんに尋ねられ、翠に言われた言葉を渋々伝える。すると、
「なるほど……。それ、聞き流したらだめだからね?」
聞き流せるような言葉じゃなかった。だから今、兄さんたちに話しているわけで……。
「そう言われて司はどう思ったの?」
兄さんに尋ねられ、抵抗はありつつもそのときに感じたことを口にする。
「ま、そうだよな。そんなふうに言われたらショックは受けるよな。でも――」
兄さんの言葉を遮るように義姉さんが口を開いた。
「それを口にした翠葉ちゃんがどんな気持ちだったかは考えた?」
翠の気持ち……?
「こういうことを言うとき、翠葉ちゃんがどんな表情なのか想像はつくけど、少し笑みでも浮かべてたんじゃない?」
当たりだ……。
あのとき翠は、少し笑みを浮かべて割り切ったように話していた。それはもう、毅然と見えるほどに。
「それ、単なる強がりだし心からそう思ってるわけじゃないよ。どうやっても理解し合えない部分だってあるよね、って割り切ることでしか自分を守ることができなかっただけだからね? それとか、あの子優しいから自分の考えを司に押し付けないようにって気持ちもあったかもしれないし、勘違いしちゃだめだよ?」
その言葉に新たなる衝撃を受けた。
泣いたり強がったり自己防衛したり、女ってそれだけのことを一度にできるものなのか……?
でも――自分の考えを俺に押し付けないため、というのはわからなくもない。翠は自分の考えを持ってはいても、それを相手に強要するタイプではないから。
「まぁさ、司も引っかかるものがあったから俺たちに話たんだんたろ? なら、翠葉ちゃんの気持ち、もう少し考えてごらん。でも、正解を知っているのは俺たちじゃなくて翠葉ちゃんだ。だから、わからなかったら翠葉ちゃんともう一度話し合いな。ほら、カレーが冷める!」
「あー……もう冷めてるっぽい。電子レンジであっためよ? 楓さん手伝って」
「了解。司、煌のことちょっと見てて」
さっき同様、有無を言わさず煌を腕に押し付けられた。
妙にあたたかく柔らかい生き物を抱きながら思う。
別れるときにはいつもと変わらない雰囲気に戻っていたけれど、翠も俺と同じように今ごろさっきの会話を思い出しているだろうか。
義姉さんが言ったのはあくまでも義姉さんの推測でしかないし、翠が実際に何を考えているのかはわからない。でも、もし義姉さんが言ったとおりだったとしたら、翠は二重に傷ついたことになる。
そこまで考えて厄介な存在に気づく。
……翠が何かに悩んでいたとして、それに気づかないシスコンふたりじゃないだろう。
間違いなくどっちかが声をかけるはずだ。もしくは、ふたりして声をかけるはずだ。そしたら、翠は何を考えるでもなく普通に話す。
「……唯さんと出くわしたくない」
思わず零した言葉を拾ったのは煌だった。
「うーあーあーっ」
何を言ってるのかはさっぱりわからない。
顔に伸ばされた手を見ていると、開かれていたそれは小さなグーとなり、勢いよく俺の頬にめり込んだ。
小さいとはいえ侮れないほどの威力。
「ふーーーっ」
頬を膨らませた煌は満足げにも見え、まるで翠の仇をとられた気分になった。
「今帰り? でもなんで九階……って翠葉ちゃん送ってきたのか」
「兄さんは仕事帰り?」
「そっ。もう少し早ければ翠葉ちゃんにも会えたのに残念」
兄さんは何気なく言った一言だろうけれど、俺からしてみたら、あんな場を見られなくて良かったと心の底から思う。
「この時期っていったら……紫苑祭中?」
「そう。明日で終わり」
「夕飯は?」
「コンシェルジュにオーダーするつもり」
「良かったらうち寄ってけば?」
兄さんの家イコール義姉さん。義姉さんイコール料理が苦手。
最近は母さんに料理を習っているようだけど、腕が上がったという話は聞いていない。
さらには急に人数が増えたことに対処できるのかも疑問が残る。
「司、そんな身構えなくても大丈夫だよ。今日はカレーだから」
「それなら……」
「……おまえ、大概ひどいな?」
「堅実なだけだと思う」
玄関のドアをを開けると、
「おかえりーっ!」
無駄に大きな声がリビングから聞こえてきた。
人が玄関まで来て出迎えるうちや翠の家とは大違い。
でも、これがこの家では普通なのか、兄さんは同じように大きな声で「ただいまー」と返す。
洗面所で手洗いうがいしてからリビングへ行くと、
「えっ? なんで司も一緒?」
「そこの通路で一緒になったんだ。今体育祭中で翠葉ちゃんと登下校するためにこっちへ帰ってきてるみたい」
「ふ~ん、相変わらず仲のよろしいことで」
ニヤニヤとした気色悪い締まりのない表情は、いつ見ても唯さんを彷彿とさせて思わず頭をはたきたくなる。
俺と義姉さんがそんなやり取りをしている傍らで、兄さんは七月に産まれた愛息子、煌を抱えあげ執拗なまでに「ただいま」を繰り返していた。
世間一般では「溺愛している」と言うのだろうが、俺から見たら「迷惑」にしか思えない。
もし自分に子どもができたなら、俺も兄さんのようになるのだろうか……。
少し考えて「あり得ない」という答えがはじき出される。
うちの父さんが「ただいまただいま! お父さんでちゅよー」と言ってる様は想像できないし、想像するだけでも白い目で見られそうだ。
そしておそらく、自分も父さん側の人間。
「ちょっと、司も少しくらい煌に絡みなさいよっ!」
絡めと言われても……。
何度か会ったことのある甥を目の前に戸惑う。
ガラス玉のようにキラキラと光る目に捕まっていると、
「俺、着替えてくるから煌のこと頼む」
「なっ、義姉さんがいるだろっ!?」
「私これから夕飯準備。司も食べるんでしょ? ラッキーだったわね、今日はカレーよ」
ふたりは俺に煌を押し付けてリビングをあとにした。
煌が生まれてから数回抱っこさせられたが、未だに慣れない。
ぷにぷにとした触感や軟体動物のようなそれとか、重量はそうでもないのに頭だけ異様に重くてバランスが悪いのとか。なんか未知の生物。
落とすことはないだろう。
そうは思いつつも不安を覚えた俺は床に腰を下ろし、煌をラグの上にそっと寝かせる。
そこへカレーを運んできた義姉さんが、
「まだ慣れないの?」
「まだって……煌が生まれてから三ヶ月しか経ってないんだけど……」
「翠葉ちゃんはもう普通に抱っこできるようになったわよ?」
は? 翠がなんだって……?
「なんで、って顔。あんたねぇ、うちと翠葉ちゃんちとお隣なの忘れたんじゃないでしょうね?」
「忘れてないけど……そんな頻繁に来るの?」
「そっ! 翠葉ちゃん、煌にメロメロだもの~。煌も翠葉ちゃんのこと大好きみたいだし。大好きと言えば……崎本さんとこの拓斗くんも翠葉ちゃんのこと大好きよね? 司、あちこちにライバルがいて大変ね?」
義姉さんはカラカラと笑いながらキッチンへ戻っていった。
……翠、俺だって翠のこと知らないけど?
兄さんの家に頻繁に来てるなんて初耳だ。
それを言われたからといって俺が何をするでも何を言うでもない。でも、確かに「知っておきたい」という気持ちはある気がした。
そこへ兄さんが戻ってきて、
「なんだ、結局置いちゃったのか。そんなんじゃ、新生児とか小児科は無理っぽそうだな」
言いながら、自然な動作で煌を抱き上げる。
「……もともとそっち方面を専門にするつもりないし」
「あぁ、司は外科に行きたいんだっけ?」
「心臓外科には今でも興味あるけど、ほかにも循環器内科が気になってる」
「……紫さんの影響って感じじゃないな。翠葉ちゃんか」
「……悪い?」
「悪いとは言わないけど、かわいいなとは思った」
俺はばつが悪く顔を背ける。
去年のこの時期から、兄さんにはこの手の話でからかわれてばかりだ。
たいていが図星で返す言葉に困る。
「……翠が頻繁に来てるって義姉さんに聞いた」
話を逸らすために新たな話題を振ると、
「あぁ、ちょこちょこ来てくれてるよ。……って、知らなかったのか?」
「…………」
「……おまえ、翠葉ちゃんと会話してる?」
今そこをつかれるのは非常に痛い……。
でも、タイミングがいいといったらいいのか……?
「あのさ、兄さんにもし付き合っている彼女がいたとして、大学受験のこと話す?」
「……は? 俺は結婚してるし大学受験なんて何年前の話だと思って――って、それ、今のおまえと翠葉ちゃんってこと?」
「……あのさ、たとえ話をするために『もし』って言葉を使ったんだけど」
「あー、はいはい。もし、ね。もし――ま、普通に考えてそんな話は世間話の延長でするだろ?」
「その世間話ってどこまで話すもの? 大学名と学部はともかく、受験日まで話す?」
「あのさ、『もし』の割に内容が細かすぎるんだけど」
「……別にいいだろ」
兄さんはクスクスと笑いながら、
「わかったわかった、拗ねるなよ。もし、ね――そうだな、受験日も話すだろうな」
「なんで?」
兄さんは面食らった顔をしていた。
「なんでって……意味なんてないよ。ただ、自分のスケジュールとして話す程度。司だって長期休暇に入るときや車の免許の合宿へ行く際には翠葉ちゃんに予定を話しただろ?」
夏休みは――
インターハイまでは部活漬けになるとだけ話していた。自分に余裕がある日は自分から連絡を入れて、翠の予定が空いていたら会う。そんな感じだった。
インターハイの日程は、翠が来るというから教えたように思う。
ただ、日程に関してはインターハイ前は部活漬けになるという話の延長で話していたかもしれない。
車の合宿へ行くことは翠の誕生日を祝った日に話していて、日程を知らせたのはその間留守にするから。
連絡をもらったとしても講習中に応答することはできないし、メールの返信にもタイムラグが生じる。それらをあらかじめ知っていてもらうために話したに過ぎない。
「何黙ってんのよ」
会話に加わった義姉さんに声をかけられ、
「言うには言ったけど、言う必要があったから言っただけで、言う必要がなければ言わなかったような気がする」
「「言う必要って何?」」
ふたりは声を揃えて問い返してくる。
そこで、今しがた考えた内容を話すと、
「……ものすごく司らしいな」
ふたりから向けられる視線に居心地が悪くなり、
「俺らしいって、何?」
「「合理性に重きをおいているところ」」
それのどこが悪い、と思う自分は何か欠如しているのだろうか……。
「司がこんな話するってことは、翠葉ちゃんとなんかあったんだろ? っていうか、まんま今の話なんだろ? だとしたら――翠葉ちゃんが不憫だな」
「翠葉ちゃんが不憫だわ」
またしてもふたり声を揃えるから居たたまれない。
でも、そこまでばれているのなら隠す必要もない。
「兄さんと義姉さんに価値観の差ってある?」
「あるけど……そこをうまく折り合いつけていくのが夫婦だし」
兄さんの言葉に考えてしまう。
俺と翠は付き合っているだけで夫婦ではない。でも、いずれはそうなるのだから、今からすり合わせ作業をしていっても無駄にはならないわけで――
でも、翠は「どれだけ話しても平行線」であることを口にした。それは、歩み寄る努力はしないということだろうか……。
「話をしたい」とは言ったけど、それは「フォロー」であって、すり合わせ作業では、歩み寄る努力にはならないのだろうか。
綿密に分けるとしたら何に当たるのか――
「価値観の差がどうしたの?」
義姉さんに尋ねられ、翠に言われた言葉を渋々伝える。すると、
「なるほど……。それ、聞き流したらだめだからね?」
聞き流せるような言葉じゃなかった。だから今、兄さんたちに話しているわけで……。
「そう言われて司はどう思ったの?」
兄さんに尋ねられ、抵抗はありつつもそのときに感じたことを口にする。
「ま、そうだよな。そんなふうに言われたらショックは受けるよな。でも――」
兄さんの言葉を遮るように義姉さんが口を開いた。
「それを口にした翠葉ちゃんがどんな気持ちだったかは考えた?」
翠の気持ち……?
「こういうことを言うとき、翠葉ちゃんがどんな表情なのか想像はつくけど、少し笑みでも浮かべてたんじゃない?」
当たりだ……。
あのとき翠は、少し笑みを浮かべて割り切ったように話していた。それはもう、毅然と見えるほどに。
「それ、単なる強がりだし心からそう思ってるわけじゃないよ。どうやっても理解し合えない部分だってあるよね、って割り切ることでしか自分を守ることができなかっただけだからね? それとか、あの子優しいから自分の考えを司に押し付けないようにって気持ちもあったかもしれないし、勘違いしちゃだめだよ?」
その言葉に新たなる衝撃を受けた。
泣いたり強がったり自己防衛したり、女ってそれだけのことを一度にできるものなのか……?
でも――自分の考えを俺に押し付けないため、というのはわからなくもない。翠は自分の考えを持ってはいても、それを相手に強要するタイプではないから。
「まぁさ、司も引っかかるものがあったから俺たちに話たんだんたろ? なら、翠葉ちゃんの気持ち、もう少し考えてごらん。でも、正解を知っているのは俺たちじゃなくて翠葉ちゃんだ。だから、わからなかったら翠葉ちゃんともう一度話し合いな。ほら、カレーが冷める!」
「あー……もう冷めてるっぽい。電子レンジであっためよ? 楓さん手伝って」
「了解。司、煌のことちょっと見てて」
さっき同様、有無を言わさず煌を腕に押し付けられた。
妙にあたたかく柔らかい生き物を抱きながら思う。
別れるときにはいつもと変わらない雰囲気に戻っていたけれど、翠も俺と同じように今ごろさっきの会話を思い出しているだろうか。
義姉さんが言ったのはあくまでも義姉さんの推測でしかないし、翠が実際に何を考えているのかはわからない。でも、もし義姉さんが言ったとおりだったとしたら、翠は二重に傷ついたことになる。
そこまで考えて厄介な存在に気づく。
……翠が何かに悩んでいたとして、それに気づかないシスコンふたりじゃないだろう。
間違いなくどっちかが声をかけるはずだ。もしくは、ふたりして声をかけるはずだ。そしたら、翠は何を考えるでもなく普通に話す。
「……唯さんと出くわしたくない」
思わず零した言葉を拾ったのは煌だった。
「うーあーあーっ」
何を言ってるのかはさっぱりわからない。
顔に伸ばされた手を見ていると、開かれていたそれは小さなグーとなり、勢いよく俺の頬にめり込んだ。
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