光のもとで2

葉野りるは

文字の大きさ
上 下
68 / 271
August

願いごと おまけ Side 翠葉 01話

しおりを挟む
 ツカサは突然むくりと起き上がり、
「シャワー浴びてくる」
「え……? シャワーはもう浴びたんじゃないの?」
 部屋に入ってきたときの印象はそんな感じだったのに、違ったのだろうか。
 ツカサは肩越しに振り返り、
「……少しは察しろ」
「……何を?」
「……男の生理現象」
 一瞬なんのことだかわからなかった。けれど、
「翠の腹部に当たってたと思うけど?」
 その一言に思い当たる節がある。
 確かに、抱きしめられているとき、お腹のあたりに硬いものが当たっていた。
 それはつまり――
「……ごめん。いってらっしゃい」
 私はベッドに横になったまま顔を両手で覆い、ツカサを送りだした。
 しかし……その生理現象とはどう処理するのだろう。
「シャワーを浴びたら治るものなの……?」
 疑問は解消されることなく私の脳内に居座る。けれども、数日間緊張の連続だったこともあり、一気に緩んだ心は私を眠りへと誘った。


「……い、翠」
「ん……」
「そろそろ起きて。夕飯が届く」
 ……夕飯が届く?
 ツカサはいったい何を言っているのだろう。
 不思議に思いながら目を開ける。と、目の前にツカサの顔があった。
 びっくりして息が止まる。
「……そのびっくりしたって顔、ずいぶんなんだけど」
 どこか不機嫌そうなツカサをじっと見ていると、
「起きて正座」
「え?」
「起きて正座」
「あ、はいっ」
 反射的に飛び起きそうになったけれど、それはツカサの手によって阻止された。
「これ以上説教の項目を増やすな」
「え、説教……?」
 さっきからツカサは何を言っているのだろう。
 言われたとおり、ツカサの正面に正座をすると、
「翠の無防備すぎるところ、どうにかならない?」
「え……?」
「男の部屋にのこのこやってくるとか、どう考えたって無防備だろっ!?」
「ご、ごめんなさいっ?」
「疑問符つけるなよ……。俺以外の男の寝室に入るなんてこと――」
「しないっ。しないよっ!? 唯兄や蒼兄のお部屋には入るけど……だって、男の人のおうちに行くようなことないものっ」
「……秋兄は?」
「あ――えと……アルバムを見せてもらうのに寝室へ入ったことが……あります」
 あのときもベッドで眠ってしまって、迎えに来てくれた栞さんに怒られたんだった。
「でも……ツカサの部屋でもだめなの?」
 恐る恐る尋ねると、
「……翠を傷つけるような真似をするつもりはないけど、俺が我慢していることは忘れてはほしくないんだけど」
「……ごめんなさい。じゃ、もうツカサのおうちではお勉強できないね? ゲストルームでする?」
 その言葉にツカサは頭をガシガシと掻いた。
「うちで会うときはリビングを使おう」
「……うん」
「何、不服なの?」
「そういうわけじゃ……。ただ、ツカサの部屋は居心地が良くて好きだったから」
「じゃ、早くその部屋に入れるように努力して」
 ……それはつまり、覚悟をしろ、ということだろうか。
 言葉に詰まっていると、ドアをノックする音が聞こえた。
 ツカサが出ると、室内に食事が運ばれてくる。
 どうやら、私が寝ている間に九時近くなってしまったのだとか。
 レストランへ行って食べることは可能だけれど、未成年が出歩く時間ではないということを考慮して、ツカサが部屋へ運ぶようにオーダーしてくれたのだ。

 給仕の人がいなくなると、
「藤倉へ帰ってからの予定は?」
「お盆にお母さんとお父さんの実家へ行って、その週末には桃華さんたちと海水浴へ行く予定。でも、それはまだ悩んでる。蒼兄たちも一緒なんだけどね。あとはピアノのレッスンやハープのレッスンがちょこちょこ入ってる」
「翠の家は八月がお盆なんだ?」
「うん。ツカサのおうちは違うの?」
「うちは旧盆だから七月。ただ、企業関連は八月休みのところが多いから、病院の休みは八月」
「そうなのね」
「海水浴を悩んでいる理由は?」
 それはあまり話したくなかった。
 視線を落として口を噤んでいると、
「……水着を着ると、手術の傷跡やIVHの痕が見えるから?」
 ピタリと言い当てられて唖然とする。
「わからないほうがどうかしている。去年の夏も今年の夏も、夏服を着ているときはIVHの痕を気にして手で隠していただろ」
 言われて気づく。夏服になってから傷が見えないか、と気になって手で押さえることが多くなっていたことを。
 ワンピースタイプの水着なら、手術の傷跡は隠れる。でも、IVHの痕は隠せない。傷跡を気にする人などいないだろうし、気になるのは自分だけとわかっていても、どうしても気が進まないのだ。
「気乗りしないなら行かなくていいんじゃない? 時間があるなら母さんやじーさんに会いに来て。喜ぶから」
「……うん、海水浴はもうちょっとだけ考えてみる。ツカサの予定は?」
「十六日から三十日まで車の教習所で合宿。三十一日に試験」
「インターハイが終わってもなんだか忙しいね」
「でも、今年の紅葉は少し離れたところへ見に行ける」
「それは嬉しい……。あ、白野のパレスに行きたいな。去年はあまり紅葉を楽しめなかったの。だから……」
「わかった、予定に入れておく」
 そんな会話をしながら美味しい夕飯に舌鼓を打った。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

将棋部の眼鏡美少女を抱いた

junk
青春
将棋部の青春恋愛ストーリーです

小学生をもう一度

廣瀬純一
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

幼馴染と話し合って恋人になってみた→夫婦になってみた

久野真一
青春
 最近の俺はちょっとした悩みを抱えている。クラスメート曰く、  幼馴染である百合(ゆり)と仲が良すぎるせいで付き合ってるか気になるらしい。  堀川百合(ほりかわゆり)。美人で成績優秀、運動完璧だけど朝が弱くてゲーム好きな天才肌の女の子。  猫みたいに気まぐれだけど優しい一面もあるそんな女の子。  百合とはゲームや面白いことが好きなところが馬が合って仲の良い関係を続けている。    そんな百合は今年は隣のクラス。俺と付き合ってるのかよく勘ぐられるらしい。  男女が仲良くしてるからすぐ付き合ってるだの何だの勘ぐってくるのは困る。  とはいえ。百合は異性としても魅力的なわけで付き合ってみたいという気持ちもある。  そんなことを悩んでいたある日の下校途中。百合から 「修二は私と恋人になりたい?」  なんて聞かれた。考えた末の言葉らしい。  百合としても満更じゃないのなら恋人になるのを躊躇する理由もない。 「なれたらいいと思ってる」    少し曖昧な返事とともに恋人になった俺たち。  食べさせあいをしたり、キスやその先もしてみたり。  恋人になった後は今までよりもっと楽しい毎日。  そんな俺達は大学に入る時に籍を入れて学生夫婦としての生活も開始。  夜一緒に寝たり、一緒に大学の講義を受けたり、新婚旅行に行ったりと  新婚生活も満喫中。  これは俺と百合が恋人としてイチャイチャしたり、  新婚生活を楽しんだりする、甘くてほのぼのとする日常のお話。

隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)

チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。 主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。 ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。 しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。 その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。 「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」 これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。

バレー部入部物語〜それぞれの断髪

S.H.L
青春
バレーボール強豪校に入学した女の子たちの断髪物語

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...