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May
距離 おまけ Side 桃華 01話
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週が明けて学校へ行くと、翠葉はとてもすっきりとした顔をしていた。
これは藤宮司と何か進展があったと思うべきだろう。
幸い、クラスにはまだまばらにしか人間がいない。海斗たちもいないこのタイミングなら訊けるだろうか。
「翠葉、おはよう」
「桃華さん、おはよう」
「ずいぶんとすっきりとした顔をしてるけど、藤宮司と仲直りできたの?」
翠葉ははにかんだ笑顔を見せた。
「昨日、ツカサが会いにきてくれたの。そのとき、ここ二週間のことを話したよ。ツカサが何を思っていたのか、聞くことができた」
「なんだったの?」
はた迷惑極まりなかったのだから、理由くらいは訊いても許される。そんなふうに思っていたけれど、
「ごめんね、それは秘密。でも、聞けてよかった。知ることができてよかった」
翠葉は口を割らなかった。
今までの経験からすると、これは翠葉側の話、または問題ではないのだろう。
去年の携帯事件のときも、藤宮司側の問題を考慮して私たちには何ひとつ話さなかった。自分の問題ではないから人には話せない――その境界はしっかりと線引きをする子。
「……ま、いいわ。問題が解決したならあの男の機嫌も戻っているんでしょうし」
「ごめんね、迷惑かけて」
「翠葉が謝ることじゃないわ」
かといって、あの男から謝罪の言葉が聞けるとも思わない。
別に謝罪してほしいわけじゃない。でも、少しくらい事情がわからないものか、と考える。なら、少し方向転換を試みようか……。
あの男側の問題ではなく、翠葉側のことならば答えてもらえるだろう。
「翠葉は大丈夫なの?」
「え、何が?」
「……秋斗先生とのときは色んなことが怖いって言っていたじゃない?」
「あ……うん。それがね、不思議なの……。秋斗さんとのときには怖いと思ったことが、ツカサだと怖くはないの」
言ってすぐ、翠葉は首を傾げた。まるで、自分の言葉に思い悩むように。
「全部が怖くないわけじゃないんだけど……」
翠葉の次なる言葉を待っていると、
「キスも抱きしめてくれるのも、嬉しいの。その先を求められるとまだ困ってしまうのだけど……。でも、それでツカサを怖いと思うことはないの。不思議だよね。秋斗さんとツカサ、何が違うのかな」
さらっと話してくれたけど、結構大胆極まりない内容だったと思う。訊いた私が赤面する程度には。
でも、これは蒼樹さんが言っていた話に通じるものがある。つまり、藤宮司は「その先」を考えたからこそ翠葉と距離を置いていたのではないのだろうか。しかし、翠葉の話だと「その先」はまだ受け入れられないという結論。それがどうして「解決」に至ったのか――
墓穴掘ったかも……。自分から迷宮に足を踏み入れた気分だわ。
「桃華さん、桃華さんは蒼兄に『その先』を求められたらどうする?」
「えっ――!?」
「あ、急にごめんね? ただ、なんとなく……どうするのかなって思っただけなの」
赤面したまま何も答えられずにいると、翠葉は照れ隠しのように笑った。
「まだわからないよね。……でも、玉紀先生が言っていたことは本当なのかもしれないって思えた」
「……なっちゃん先生が言っていたこと?」
翠葉はコクリと頷く。
「『その先』が、手をつなぐ行為やキスの延長線にあるものだったらいいな。そう思えたら、いつかは怖くないと思えるのかもしれない。でも、今はまだ高校生だから、高校生でいたいから、そういう関係になる覚悟は持てない……。こういう気持ちも少しずつ変化していくのかな?」
じっと翠葉を見つめていると、
「恋ってすごいね? 今まで知らなかった気持ちが次々押し寄せてくる感じ」
そう言ってにこりと笑った。
一年前、秋斗先生のことを怖いと言っていた翠葉はどこへいったのだろう。藤宮司が相手だからこんなふうに思えるようになったのか……。
今、私の目の前にいるのは恋に臆病になる子ではなく、恋をして輝きを増した女の子だった。
私も蒼樹さんを好きになって何か変わっただろうか――ううん、翠葉に負けないように私もすてきな女の子になりたい。なれるようにがんばろう。
これは藤宮司と何か進展があったと思うべきだろう。
幸い、クラスにはまだまばらにしか人間がいない。海斗たちもいないこのタイミングなら訊けるだろうか。
「翠葉、おはよう」
「桃華さん、おはよう」
「ずいぶんとすっきりとした顔をしてるけど、藤宮司と仲直りできたの?」
翠葉ははにかんだ笑顔を見せた。
「昨日、ツカサが会いにきてくれたの。そのとき、ここ二週間のことを話したよ。ツカサが何を思っていたのか、聞くことができた」
「なんだったの?」
はた迷惑極まりなかったのだから、理由くらいは訊いても許される。そんなふうに思っていたけれど、
「ごめんね、それは秘密。でも、聞けてよかった。知ることができてよかった」
翠葉は口を割らなかった。
今までの経験からすると、これは翠葉側の話、または問題ではないのだろう。
去年の携帯事件のときも、藤宮司側の問題を考慮して私たちには何ひとつ話さなかった。自分の問題ではないから人には話せない――その境界はしっかりと線引きをする子。
「……ま、いいわ。問題が解決したならあの男の機嫌も戻っているんでしょうし」
「ごめんね、迷惑かけて」
「翠葉が謝ることじゃないわ」
かといって、あの男から謝罪の言葉が聞けるとも思わない。
別に謝罪してほしいわけじゃない。でも、少しくらい事情がわからないものか、と考える。なら、少し方向転換を試みようか……。
あの男側の問題ではなく、翠葉側のことならば答えてもらえるだろう。
「翠葉は大丈夫なの?」
「え、何が?」
「……秋斗先生とのときは色んなことが怖いって言っていたじゃない?」
「あ……うん。それがね、不思議なの……。秋斗さんとのときには怖いと思ったことが、ツカサだと怖くはないの」
言ってすぐ、翠葉は首を傾げた。まるで、自分の言葉に思い悩むように。
「全部が怖くないわけじゃないんだけど……」
翠葉の次なる言葉を待っていると、
「キスも抱きしめてくれるのも、嬉しいの。その先を求められるとまだ困ってしまうのだけど……。でも、それでツカサを怖いと思うことはないの。不思議だよね。秋斗さんとツカサ、何が違うのかな」
さらっと話してくれたけど、結構大胆極まりない内容だったと思う。訊いた私が赤面する程度には。
でも、これは蒼樹さんが言っていた話に通じるものがある。つまり、藤宮司は「その先」を考えたからこそ翠葉と距離を置いていたのではないのだろうか。しかし、翠葉の話だと「その先」はまだ受け入れられないという結論。それがどうして「解決」に至ったのか――
墓穴掘ったかも……。自分から迷宮に足を踏み入れた気分だわ。
「桃華さん、桃華さんは蒼兄に『その先』を求められたらどうする?」
「えっ――!?」
「あ、急にごめんね? ただ、なんとなく……どうするのかなって思っただけなの」
赤面したまま何も答えられずにいると、翠葉は照れ隠しのように笑った。
「まだわからないよね。……でも、玉紀先生が言っていたことは本当なのかもしれないって思えた」
「……なっちゃん先生が言っていたこと?」
翠葉はコクリと頷く。
「『その先』が、手をつなぐ行為やキスの延長線にあるものだったらいいな。そう思えたら、いつかは怖くないと思えるのかもしれない。でも、今はまだ高校生だから、高校生でいたいから、そういう関係になる覚悟は持てない……。こういう気持ちも少しずつ変化していくのかな?」
じっと翠葉を見つめていると、
「恋ってすごいね? 今まで知らなかった気持ちが次々押し寄せてくる感じ」
そう言ってにこりと笑った。
一年前、秋斗先生のことを怖いと言っていた翠葉はどこへいったのだろう。藤宮司が相手だからこんなふうに思えるようになったのか……。
今、私の目の前にいるのは恋に臆病になる子ではなく、恋をして輝きを増した女の子だった。
私も蒼樹さんを好きになって何か変わっただろうか――ううん、翠葉に負けないように私もすてきな女の子になりたい。なれるようにがんばろう。
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