光のもとで2

葉野りるは

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May

距離 Side 司 01話

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「司、わかっているとは思うけど、もう二週間だよ。そろそろ機嫌直すなり、要因と向きあうなりしなよ」
 ホームルームが終わるなり、朝陽はそう言って教室を出ていった。
 次の動作に移る気を殺がれ、なんとなしに窓の外へ目を向ける。と、翠が「春庭園」と呼ぶ中庭が目に入った。いくつかの花が咲く中、とくに目を引くのは藤棚。
 大して珍しくもないそれを見てため息をつきたくなる。
 機嫌が悪い原因はわかっているし、周りの人間に当たっている自覚もある。けど、どうしたらいいのかはわからないまま時間だけが過ぎ、気づけば二週間が経っていた。
 藤の会で見た翠は、未だ残像となって俺を悩ませる。
 日が変われば元に戻る。化粧をしていない翠なら問題はない――そう思っていたけれど、それは大きな間違いだった。
 化粧をせず、見慣れた制服を着ていても、俺は翠の唇や首筋を意識してしまう。
 髪を下ろしている日はまだいい。が、暑くなる日には髪を結ってくることもあり、首筋を露にする翠を直視することはできなかった。
 目にすれば意識せずにはいられない――そんな自分を人に見られるのは耐えられなかったし、翠本人に気づかれることも避けたかった。
 困りかねた俺は、ゴムに指をかけ解いてしまった。翠は驚いた顔をしていたが、行動理由など説明ができるわけもない。そんなことを繰り返しているうちに、翠が隣に座ることも、手をつなぐことも、何もかもが受け入れられなくなっていった。
 側にいられたくないわけじゃない。でも、ふとしたときに肩や腕が触れるだけで、翠の体温をもっと感じたくなる。手をつないだだけで抱きしめたい、と欲求が膨れ上がる。
 人目がある場所では抑えることができるものの、人目がない場所では自制する自信がなかった。だから、自分を自制できる程度の距離を欲するようになった――

 俺が感じている欲求は、ごく自然なものだろう。それをそれとして受け入れられないのは、相手がほかの誰でもない翠だから。
 こんな感情を持っていると翠に知れたら、翠はどんな目で俺を見るだろう。かつて、秋兄はそこで失敗をしている。秋兄と同じことはしたくない。そうは思っても、今持て余している感情は、あのとき秋兄が抱えていたものと同質のもの。
 キスをすればその先を望む。ならば、キスだけで、抱きしめるだけで満足していられるのはいつまでなのか――
「その先」を考えるだけではなく、現状に満足していられるのはいつまでなのか、と己に問いかけてみたところで、明確な期間は提示できなかった。すでに「その先」を望み始めている自分には、無駄な問いかけだったのかもしれない。
 こんなことを考えている傍らで、翠の無防備は変わらず、それまで以上に俺に近づいてくるから頭を抱えたくなる。
 翠が意識していない動作のひとつひとつに、俺は迷惑なくらい揺さぶられていた。
 
 教室を出て図書棟へ向かう途中、食堂で優太と嵐、漣と海斗を見かけた。そして、テラスでは朝陽が複数の女子と弁当を食べていた。
 二年メンバーはいつも一緒に弁当を食べている印象があったが、どうやら違ったらしい。
 図書室でひとりの時間を堪能していると、集合時間十分前にちらほらとメンバーが集まり始めた。しかし、時間に几帳面な翠と簾条がまだ姿を見せない。
「海斗、翠は?」
「あぁ、今日は桃華と教室で弁当食ってる。別に体調は悪そうじゃなかったけど?」
 海斗が言い終わると同時に電子音が鳴り、自動ドアが開くと翠と簾条の姿があった。
 翠と一瞬目が合うも、それは翠によって逸らされる。
 一瞬の出来事だったが、危機感を覚えるには十分だった。
 この二週間、俺の態度がぎこちなくなろうと、翠の態度は一貫して変わらなかった。努めていつもどおりに接してくれていたと思う。けどこれは――
 朝陽が言ったとおり、もう二週間が経つのだ。翠が普通を装おうのもそろそろ限界なのかもしれない。
 そう思えば、答えを出せずに過ごした二週間を悔やまずにはいられなかった。

 今日のミーティングは生徒会一年メンバーとの顔合わせから始まったわけだが、隣に座る翠はものの見事に上の空だった。
 気づいたのなら俺が注意すればいい。しかし、上の空の要因が自分にあるかと思えば目を瞑りたくもなる。
 翠は自分に回ってきた自己紹介の場ですら反応を示さなかった。
 仕方なく声をかけようとしたとき、俺よりワンテンポ早く指摘する声があがる。
 翠の斜向かいに座る飛翔だ。
「あんた、ここにいる意味あるの?」
「……え?」
 翠が顔を上げたときには、テーブルに着く人間すべての視線が翠に集まっていた。慌てふためいた翠は、咄嗟に謝罪の言葉を口にする。
「自己紹介、翠葉の番よ」
 簾条のフォローを受けて立ち上がると、翠はいつもより小さな声で自己紹介を始めた。

 ミーティングが終わると、翠は自らその場の片付けと戸締りを買って出る。きっと、上の空だったことへの罪滅ぼしだろう。
 メンバーは各々フォローの言葉を口にその申し出を受け、早々に図書室をあとにした。
 俺は翠が気になり図書室に留まったものの、なかなか声をかけられずにいた。すると、
「さっきは話を聞いてなくてごめんなさい。次からは気をつけます」
 言葉は区切られたが、翠はすぐに口を開く。
「ツカサはこのあと部活でしょう? 先に行って?」
 笑みを添えて言われたが、その笑みは間違いなく作られたもの。
 こんなふうに笑わせて、俺はいったい何をしているのか……。
 もう先延ばしにはできない。覚悟を決めて話すべきだ。でも、今この場で話せるほど簡単なことでもない。できればきちんと時間を取りたい。
「翠、明日の予定は?」
「え……? 何もないけど……ツカサは?」
「部活がある――」
「そう……部活、がんばってね」
 会う約束を取り付けるつもりだったが、笑顔の翠に押し切られる形で会話は終わった。
 なんとなく、「これ以上話したくない」――そんな空気がうかがえた。
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