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April(翠葉:高校2年生)
メール友達 Side 司 04話
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翠の返信は、尋ねられた部活動の内容や生徒会の活動内容。ほかには趣味の話に触れている。
近況報告――メールだけを見ればそう解釈できるが、翠はひとつ重要なことを見落としていると思う。
「……友達になるためにメールが必要だと思っているのは翠だけじゃないの?」
翠はひどく驚いた顔をした。それ以外にいったい何があるのか――そんな顔。
「鎌田は翠のことが好きなわけだから、ただつながりを得たかっただけじゃないの?」
単純に考えてそれしかないだろ、と思うのは俺だけだろうか。
翠はコク、と唾を飲み込んだ。
「……さっき鎌田くんに告白された。でも、きちんと断わったよ。そのうえで、友達のままでいようって話をしたの。だから、今までがどうかはわからないけれど、これからはそういうつもりでメールをするわけじゃないと思う」
なんて安直な……。
「俺が鎌田なら、そんな簡単には引けないと思う。翠は告白して相手に断わられたらそれで終わりにできるんだ?」
翠は一度口を噤んでから、
「……ツカサは私が考えもしないことを思いつくのね」
「翠の考えが浅はかなだけだと思うけど」
このペースで話してしまうと自分の口から毒しか出てこない気がする。けれども、話し始めてしまえばそれを止める術はない。
先日から溜まりに溜まったもやもやしたものを一掃すべく、すべて口にしてしまいそうだ。それを口にすることが俺の本意ではないにも関わらず。
俺の心境を知らない翠は思いがけないことを言いだした。
「ツカサの考えが正しかったとしても、それは仕方のないこと……らしいよ?」
「らしい」ということは、翠の持論ではないということか……?
「好きな人に好きな人がいたり付き合っている人がいると、しだいに心は収まるところに収まるものだ、って佐野くんが教えてくれた」
人がどう思おうとかまわない。が、自分には到底理解できない心情の変化だ。
「だから?」と俺が答える前に翠が口を開いた。
「鎌田くんがどういう気持ちでいるのかはわからないけれど、それはたぶんあまり関係ないの。鎌田くんがどう思っていても、私は今までと同じようにしか接することはできないから」
それは、告白されても断わる、ということだろうか。断わって友達でいる、ということだろうか。
俺はその会話を陰で聞いていたにも関わらず、心がざわついたまま治まる気配もない。だとしたら、翠が鎌田の好意を受け入れないという結果を見続けてたとしても、俺の心境は何も変化しないように思える。
「ツカサ、私はツカサが好きだよ。だから、また鎌田くんに告白されたとしても、同じことを答える」
何を言われたのか、と一瞬動揺した。動揺ではなく衝撃だったかもしれない。
自分の中でドロドロと渦巻いていた物体が、サラサラの物質に変わり流れていくのを感じる。つっかかったものが、するり、と喉を通過した感じ。
なんだこれ……。
疑問に思っていると、翠の携帯が鳴り出した。携帯を翠に返すと、ディスプレイを見ていくつかの操作を始める。
どうやらメールを受信したらしい。
翠は別段隠そうとするでもないため、隣を見れば誰から送られてきたのかも丸見えだった。
メールは唯さんから。ディスプレイに表示されたのは、俺が翠に送るのとさして変わりのない一言メール。それに返す翠のメールもまた一言のみだった。
そんなことに安堵する俺は、いったい何を気にしているのか……。
「ツカサ、歩きながら話そう? 唯兄がお昼ご飯を作ってくれているの」
俺は翠より先に立ち、いつものように手を差し出す。と、翠はその手を躊躇なく取った。
少し前はこれだけでいいと思っていたのに、俺は今、翠に何を求めているのか――
不透明な心境を探りながら歩き始める。
この手を取るのはいつでも自分でありたいと思う。そして、翠が頼る手はいつでも自分の手であってほしいと願う。
「……土曜日の藤の会、来るの?」
藤の会でのエスコート役を買って出よう。そのくらいは自分から――
隣の翠を見ると、どうしてか涙ぐんでいた。ここで泣かれても困るし、早く答えが欲しくて、
「……翠、返事」
「……うん、行く。あのね、先日朗元さんから振袖一式が届いたの」
翠は嬉しそうに目を細めて答えた。
「それを着て出席したら、面倒な人間たちの目に留まることになるけど?」
「……ツカサ、何度でも言うよ。私、ツカサたちに関わったことを後悔するつもりはないの。だから、大丈夫。何かあれば警護についている人たちが守ってくれるのでしょう?」
なんだかんだ言って、俺は繰り返し翠に尋ねることで同じ答えを欲しているのかもしれない。まるで、翠の気持ちを確認するように。
あまりにも自信のない自分が情けなく思えてくる。そんな自分だからこそ、このくらいのことは自分から言いたい。
「その日、翠のエスコートを俺にさせてほしい」
翠は少し歩調を緩めて俺の顔を見上げた。
正直、その視線に耐えられる精神状態にはなく、
「そんなに見るな」
ぞんざいに歩調を強めると、後ろから小走りでついてきた翠に、つないでいた左手を引かれた。
「エスコート、してくれるのっ!?」
「させてくれるなら」
エスコート、という言葉にいくつかの過去を思い出す。
生徒会就任式のとき、紅葉祭のとき。そして、パレスでの一件。
翠はそれらの何を思い浮かべたのか、
「あのときとは状況が違うもの……。エスコート、してもらえるなら……お願いしたい」
「了解。……あとでその日に着る振袖見せて」
「うん!」
舗装された小道を歩きながら、「好き」という言葉について考える。
俺は告白するときに、「好き」という言葉はあえて使わなかった。
なぜなら、自分の気持ちを「好き」という言葉では表せない気がしたから。
「愛している」という言葉もしっくりこない。結果的には、意味が誤って伝わらなければそれでいい、と「恋愛の意味での好意」と伝えた。
いつか、「好き」という言葉を求められる日がくるだろうか。そのとき、俺は「好き」と言えるのだろうか。
想像ができない……。でも、いつか翠が欲することがあるのなら、「好き」という言葉ではなくとも何かしらの言葉を用意する必要がある。
そのときまでに、自分の感情を表す言葉を見つけたい。そのときまでには――
近況報告――メールだけを見ればそう解釈できるが、翠はひとつ重要なことを見落としていると思う。
「……友達になるためにメールが必要だと思っているのは翠だけじゃないの?」
翠はひどく驚いた顔をした。それ以外にいったい何があるのか――そんな顔。
「鎌田は翠のことが好きなわけだから、ただつながりを得たかっただけじゃないの?」
単純に考えてそれしかないだろ、と思うのは俺だけだろうか。
翠はコク、と唾を飲み込んだ。
「……さっき鎌田くんに告白された。でも、きちんと断わったよ。そのうえで、友達のままでいようって話をしたの。だから、今までがどうかはわからないけれど、これからはそういうつもりでメールをするわけじゃないと思う」
なんて安直な……。
「俺が鎌田なら、そんな簡単には引けないと思う。翠は告白して相手に断わられたらそれで終わりにできるんだ?」
翠は一度口を噤んでから、
「……ツカサは私が考えもしないことを思いつくのね」
「翠の考えが浅はかなだけだと思うけど」
このペースで話してしまうと自分の口から毒しか出てこない気がする。けれども、話し始めてしまえばそれを止める術はない。
先日から溜まりに溜まったもやもやしたものを一掃すべく、すべて口にしてしまいそうだ。それを口にすることが俺の本意ではないにも関わらず。
俺の心境を知らない翠は思いがけないことを言いだした。
「ツカサの考えが正しかったとしても、それは仕方のないこと……らしいよ?」
「らしい」ということは、翠の持論ではないということか……?
「好きな人に好きな人がいたり付き合っている人がいると、しだいに心は収まるところに収まるものだ、って佐野くんが教えてくれた」
人がどう思おうとかまわない。が、自分には到底理解できない心情の変化だ。
「だから?」と俺が答える前に翠が口を開いた。
「鎌田くんがどういう気持ちでいるのかはわからないけれど、それはたぶんあまり関係ないの。鎌田くんがどう思っていても、私は今までと同じようにしか接することはできないから」
それは、告白されても断わる、ということだろうか。断わって友達でいる、ということだろうか。
俺はその会話を陰で聞いていたにも関わらず、心がざわついたまま治まる気配もない。だとしたら、翠が鎌田の好意を受け入れないという結果を見続けてたとしても、俺の心境は何も変化しないように思える。
「ツカサ、私はツカサが好きだよ。だから、また鎌田くんに告白されたとしても、同じことを答える」
何を言われたのか、と一瞬動揺した。動揺ではなく衝撃だったかもしれない。
自分の中でドロドロと渦巻いていた物体が、サラサラの物質に変わり流れていくのを感じる。つっかかったものが、するり、と喉を通過した感じ。
なんだこれ……。
疑問に思っていると、翠の携帯が鳴り出した。携帯を翠に返すと、ディスプレイを見ていくつかの操作を始める。
どうやらメールを受信したらしい。
翠は別段隠そうとするでもないため、隣を見れば誰から送られてきたのかも丸見えだった。
メールは唯さんから。ディスプレイに表示されたのは、俺が翠に送るのとさして変わりのない一言メール。それに返す翠のメールもまた一言のみだった。
そんなことに安堵する俺は、いったい何を気にしているのか……。
「ツカサ、歩きながら話そう? 唯兄がお昼ご飯を作ってくれているの」
俺は翠より先に立ち、いつものように手を差し出す。と、翠はその手を躊躇なく取った。
少し前はこれだけでいいと思っていたのに、俺は今、翠に何を求めているのか――
不透明な心境を探りながら歩き始める。
この手を取るのはいつでも自分でありたいと思う。そして、翠が頼る手はいつでも自分の手であってほしいと願う。
「……土曜日の藤の会、来るの?」
藤の会でのエスコート役を買って出よう。そのくらいは自分から――
隣の翠を見ると、どうしてか涙ぐんでいた。ここで泣かれても困るし、早く答えが欲しくて、
「……翠、返事」
「……うん、行く。あのね、先日朗元さんから振袖一式が届いたの」
翠は嬉しそうに目を細めて答えた。
「それを着て出席したら、面倒な人間たちの目に留まることになるけど?」
「……ツカサ、何度でも言うよ。私、ツカサたちに関わったことを後悔するつもりはないの。だから、大丈夫。何かあれば警護についている人たちが守ってくれるのでしょう?」
なんだかんだ言って、俺は繰り返し翠に尋ねることで同じ答えを欲しているのかもしれない。まるで、翠の気持ちを確認するように。
あまりにも自信のない自分が情けなく思えてくる。そんな自分だからこそ、このくらいのことは自分から言いたい。
「その日、翠のエスコートを俺にさせてほしい」
翠は少し歩調を緩めて俺の顔を見上げた。
正直、その視線に耐えられる精神状態にはなく、
「そんなに見るな」
ぞんざいに歩調を強めると、後ろから小走りでついてきた翠に、つないでいた左手を引かれた。
「エスコート、してくれるのっ!?」
「させてくれるなら」
エスコート、という言葉にいくつかの過去を思い出す。
生徒会就任式のとき、紅葉祭のとき。そして、パレスでの一件。
翠はそれらの何を思い浮かべたのか、
「あのときとは状況が違うもの……。エスコート、してもらえるなら……お願いしたい」
「了解。……あとでその日に着る振袖見せて」
「うん!」
舗装された小道を歩きながら、「好き」という言葉について考える。
俺は告白するときに、「好き」という言葉はあえて使わなかった。
なぜなら、自分の気持ちを「好き」という言葉では表せない気がしたから。
「愛している」という言葉もしっくりこない。結果的には、意味が誤って伝わらなければそれでいい、と「恋愛の意味での好意」と伝えた。
いつか、「好き」という言葉を求められる日がくるだろうか。そのとき、俺は「好き」と言えるのだろうか。
想像ができない……。でも、いつか翠が欲することがあるのなら、「好き」という言葉ではなくとも何かしらの言葉を用意する必要がある。
そのときまでに、自分の感情を表す言葉を見つけたい。そのときまでには――
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