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April(翠葉:高校2年生)
メール友達 Side 翠葉 02話
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その夜、ツカサから不思議なメールが届いた。
ツカサにしては珍しく、画像付きの長文メール。
長文メールといっても鎌田くんのメールとは少し異なる。
ぱっと見、授業のノートをとったようなメール。
画像は三枚添付されており、そのうちのひとつがハナちゃん。
写真のハナちゃんは相変わらず美人さんだった。
大きな目を縁取るきりっとした黒いアイラインが美人度を増し、行儀よくお座りしている様には気品を感じる。間違いなくベストショットといえる写真だった。
写真に付随するテキストは、ハナちゃんのプロフィールのほか、ハナちゃんの詳しい取り扱い説明書。
ハナちゃんの誕生日が真白さんと同じ日であることや、ツカサの家に来て何年目であるとか、好きな食べ物や好きなおやつがメーカー名から商品名まで詳細に書かれていた。
好きなことは人間と遊ぶこと、気候のいい季節に散歩に行くこと。冬や夏は寒さや暑さを嫌って家から出たがらないなど、雷が嫌いなことまで書かれている。
あとは仕込んだ芸の種類やハナちゃんに吼えられない人リスト。どうやら、吼えられる人をリストアップするよりも吼えられない人をリストアップするほうが数が少ないらしい。
それから、シャンプーをする頻度やシャンプーの商品名、かかりつけの動物病院まで書かれていた。
そのほか、夕飯の写真とそのレシピ。玄関にいけられている沈丁花の写真。
どうやら、ツカサは沈丁花の香りが好きらしい。
読み応えは十分にあったわけだけど、それで何を伝えたかったのかは読み取れず……。
そのメールに目を通し終わった直後、
「一通前のメールは読まずに削除して」という件名のメールが届いた。
「読まずに」と言われても、すでに読んでしまったし、ハナちゃんのすてき情報に加え、真白さんのレシピが載っているメールを削除する気にはならなかった。
球技大会当日、海斗くんに相談を持ちかけると、
「くっ……あいつバカだ。正真正銘のバカだっ!」
海斗くんは、「あはははは」と豪快に笑いながら教室を出ていってしまった。
取り残された私は桃華さんと佐野くん、サザナミくんに視線を向ける。
「これ、ツカサは何を言いたかったんだと思う?」
「放っとけばいいわ……」
呆れた顔でそう口にしたのは桃華さん。佐野くんとサザナミくんは苦笑しながら遠ざかっていった。
「削除して」というからにはメールが返ってくることは望んでいないだろう。それでも私は何かを返したくて、唯兄の取り扱い説明書じみた内容を返信することにした。
家に帰ったらメールを書こう。
私はいつもとは趣の異なるメールを送ることに少し浮き足立っていた。
桜林館に向かいクラスの列に並ぶ際、私はひとりのクラスメイトを意識する。
それは、去年の紅葉祭の前に二回だけ話したことがある香月さん。生徒会の会計をやりたいと言っていた香月さんだ。
きつい目で見られるわけではないし、何があるわけでもない。ただ、きっかけがなくて話せない
――そんな感じ。
ほかのクラスメイトとは粗方言葉を交わすことができたけど、香月さんとはまだ挨拶すらできていなかった。
でも、もしかしたら今日をきっかけに話せるようになるかもしれない。
クラス委員になった香月さんは球技大会で集計作業をすることになる。そして私も生徒会役員としてそこに顔を出すから。
機会があったら自分から声をかけてみよう……。
そう、強く心に決めていた。
試合に出ない私は午前中はほとんどを視聴覚室で過ごす。
集計の進捗状況をコントロールするのが私の役目。ほかの生徒会メンバーは自分の試合に出るほか、各試合が滞りなく行われているかのパトロールする程度。あとは体育委員とクラス委員が請け負う。
集計に慣れない一年生を中心にフォローしていると、
「それ、私も手伝うわ」
声をかけてくれたのは香月さんだった。
嬉しいのにびっくりしすぎて声を出せずにいると、
「……何よ」
「えっ? あ、ごめんなさいっ」
「何を謝っているのか意味不明なんだけど……」
「あ……えと、過度に驚いてごめんなさい」
「別にかまわないわ」
吐き捨てるように口にしては、テーブルに置かれた集計用紙に手を伸ばす。
驚きすぎて本当の気持ちが言えなかった。
驚いたのは事実なのだけど、香月さん……あのね、本当はとても嬉しかったんだよ。話しかけてもらえたことが。
これから話す機会が増えてもう少し仲良くなれたら、そしたらそのときに話せるかな。
そんな期待に胸を膨らませつつ、
「香月さんはハンドボールだったよね? 午後まで残れそう?」
「残念ながら二回戦で敗退」
「そっか……残念だったね。うちのクラスは午後まで残れるものあるかな」
残っていてくれないと、私は何も応援できないことになってしまう。
「気になるなら少しくらい外に出ればいいでしょ」
話し方には少し棘がある。でも、悪意のある棘ではない気がした。
「これ、私が代わってる間、少しくらい見てきたら?」
「え……?」
「……いちいち驚かないでよ」
「あ、ごめんなさいっ」
「驚いて謝ってって流れ、いい加減やめない?」
「あ――……じゃ、少しだけお願いしてもいいかなっ? どこまで勝ち進んでるのかだけ見てくる」
視聴覚室の一角へ向かおうとしたところ、
「――今っ」
「いま……?」
「今、桜林館で藤宮先輩がバスケに出るから行ってきたら?」
びっくりして言葉に詰まっていると、
「それくらい許されるわよ……」
つっけんどんに言われたけれど、嬉しくて笑顔でお礼を口にした。
「香月さん、ありがとう! その試合だけ見たら戻ってくる」
「別にもう少しゆっくりしてきても大丈夫よ……」
香月さんは言葉尻小さく俯いてしまい、私は再度お礼の言葉を口にして視聴覚室をあとにした。
桜林館は白熱している。
ツカサが出ている試合ともなれば、観覧席には女の子が多いわけで……。
相変わらず女の子に人気があるな、と思いながら一階のコート端から二階観覧席を眺めていた。
黄色い声はツカサともうひとり、飛翔くんの名前を呼ぶ。
ツカサと飛翔くんということは、三年生と一年生対決。
視線をコートに戻すと、優太先輩がツカサにパスを出したところだった。
普段走っているところを見ないだけに、やっぱりツカサが走っている姿は新鮮に見える。
こんなふうにじっと姿を追って見ていられるのは球技大会のときくらいのもの。普段、一緒にいるときはこんなにまじまじとは見ていられないから。
それにしても、飛翔くんの人気も凄まじいものがある。けれども、どれだけ声をかけられてもそれに反応を見せることはない。そんなところがツカサと一緒。
「翠葉発見っ!」
嵐子先輩に横から抱きつかれ、
「うちのクラス、飛翔のクラスに押されてるのっ。ここは翠葉の応援が必要よっ! ほら、うちのクラスと一緒になっちゃえば大声も出せそうでしょ?」
そういえば……飛鳥ちゃんの弟ということは、飛翔くんも飛竜くんも嵐子先輩の従弟になるのね。
そんなことを考えながら、嵐子先輩に手を引かれるまま三年A組が固まるコート脇に連れていかれた。
「司ーっ! 翠葉が応援に来てくれたんだからがんばんなよっ!」
嵐子先輩が声をかけると、ツカサがちらりとこちらを見る。
「ほら、翠葉っ!」
「えっ? あ、ふぁいっと」
声をかけると、応援席からの視線が痛いことになる。居たたまれなくなって小さくなっていると、
「彼女なんだから堂々としてればいいのよ」
嵐子先輩に背中を軽く叩かれた。そして、次の瞬間には衝撃と共に意識を失う。
「――翠葉っ、翠葉大丈夫っ!?」
「ん……」
薄っすらと目を開けると眩しすぎる光が飛び込んできた。それが、桜林館の天井ライトだと気づいたのは少ししてから。
私のことを覗き込む顔がたくさんあって、その中に嵐子先輩とツカサ、優太先輩を見つけた。
「翠、痛むところは?」
「え……?」
痛む、ところ……? そう言われてみれば――
「右半身、痛いかも……。あと、頭? 首?」
何が起こったのか理解できないままに答えると、
「右半身が痛いのは右を下にして倒れたから。首と頭が痛いのはボールが当たったから」
ボール……?
「うちらの裏面コートのボールが当たったんだよ。一応、仕切りネット越しだったから、威力そのままではなかったと思うんだけど……」
「すみませんっ、自分が打ったボールでっ」
申し訳なさそうな顔をしている人。
……あ、れ? ツカサも優太先輩もここにいるということは――
はっと気づく。ツカサたちの試合も裏コートの試合も中断してしまっていることに。
「わっ、あの、本当に大丈夫なのでっ」
慌てて起き上がるとくらっとした。
それを受け止めてくれたのはツカサだったけれど、途端に「いやあああっっっ」という叫び声が観覧席からあがる。
しまった、と思いつつ、
「ツカサ、本当に大丈夫だから……」
「……慌てて起き上がろうとするくらいには頭働いてないんじゃないの? それとも、相変わらずその頭は有益な学習をしない飾り物なのか?」
真顔で言われると怖さ倍増だ。
「……ただ慌てちゃっただけ。本当に大丈夫だから……」
「激しい頭痛、吐き気は?」
「頭は痛いけど頭痛という感じではないし吐き気もない」
「手足が痺れてたり力が入らないとかは?」
その場で手脚を動かしてみせる。
「大丈夫」
「じゃ、この指は何本?」
「二本」
「指を目で追って」
言われたとおりにすると、
「あんた、何医者の真似ごとしてんのよ」
突如現れた湊先生の突っ込みに驚く。
「所見は何もないと思う。でも、念のために病院で検査してきて」
「最初からそのつもりよ。ほら翠葉、病院行くわよ」
「えっ!? 今ですか?」
「そうよ。CT撮るだけだから一時間かからないわ。昼休み中には戻れるでしょ」
「でも集計作業――」
「集計のことなら気にしなくていい。翠が戻るまでは俺か優太が見る」
「……ごめんなさい」
「謝ることじゃない」
言ってすぐ、ツカサはコートへ戻り試合が再開された。
湊先生は学校から病院へ連絡を入れてくれていたらしく、病院に着くとすぐに検査室へ通された。
検査を終えて学校へ戻ってくると、お昼休みが半分ほど終わったところ。本当に一時間かからなかった。
「湊先生、ありがとうございました」
「これも仕事よ。……あぁ、司にも異常がなかったこと教えてやんなさい」
「はい」
ツカサは今試合中だろうか。
携帯を取り出し、
「電話よりもメール、かな? ……検査結果、異常ありませんでした……と」
送信したあと、送ったばかりのメールを見返す。
「……いつものことだけど、基本一文メールなんだよね」
そして、こういうメールに対しては返信がないのが常。
「メール……嫌だったのかな」
ふと、昨日のことを思い出す。
でも、海斗くんとも佐野くんともメールのやり取りはしている。鎌田くんは海斗くんや佐野くんたちと変わらない友達なんだけどな……。
何が違うのか疑問に思いながら視聴覚室に戻ると、優太先輩ではなくツカサが集計のコントロールをしていた。
「ツカサ、ありがとう。戻ったから変わる」
「全体的に滞っているところはない。ただ、気を抜くと一年が遅れるからフォローして」
「はい」
「……頭の痛みは?」
「まだズキズキしてるけど時間が経てば大丈夫だと思う」
「無理はするな」
「うん」
私がコントロールを代わろうとすると、
「その前に昼食。さっき簾条がかばんを持ってきた」
ツカサのあとについていくと、窓際の席に自分のかばんとツカサのかばんが置かれていた。
「ツカサはもう食べたの?」
「食べた」
言いながらも隣の席に座ってくれたのは、お弁当に付き合ってくれる、ということだと思う。
お弁当を広げつつ、
「メール……嫌だった?」
「もう少しまともな文章にして」
やり直しを命じられ、
「鎌田くんとメールのやり取りしてるの、嫌だった?」
「別に。近況報告のやり取りが楽しいっていうのは理解できないけど」
「じゃ、続けてもいい?」
「……そこまで干渉するつもりはない」
お弁当に付き合ってくれるものだと思っていたけれど、ツカサは席を立って集計の現場へと戻ってしまった。
「別に」とは言われたけれど、少し気まずい……。
ツカサが不快に思うことや嫌だと思うことはなるべくしたくない。でも、やましいことはないし、メールのやり取りをしなくなって鎌田くんと疎遠になるのも悲しい。
「……欲張り、かな」
私は視聴覚室の窓際から、先日のように少し不機嫌を露にしたツカサをそっと見つめていた。
ツカサにしては珍しく、画像付きの長文メール。
長文メールといっても鎌田くんのメールとは少し異なる。
ぱっと見、授業のノートをとったようなメール。
画像は三枚添付されており、そのうちのひとつがハナちゃん。
写真のハナちゃんは相変わらず美人さんだった。
大きな目を縁取るきりっとした黒いアイラインが美人度を増し、行儀よくお座りしている様には気品を感じる。間違いなくベストショットといえる写真だった。
写真に付随するテキストは、ハナちゃんのプロフィールのほか、ハナちゃんの詳しい取り扱い説明書。
ハナちゃんの誕生日が真白さんと同じ日であることや、ツカサの家に来て何年目であるとか、好きな食べ物や好きなおやつがメーカー名から商品名まで詳細に書かれていた。
好きなことは人間と遊ぶこと、気候のいい季節に散歩に行くこと。冬や夏は寒さや暑さを嫌って家から出たがらないなど、雷が嫌いなことまで書かれている。
あとは仕込んだ芸の種類やハナちゃんに吼えられない人リスト。どうやら、吼えられる人をリストアップするよりも吼えられない人をリストアップするほうが数が少ないらしい。
それから、シャンプーをする頻度やシャンプーの商品名、かかりつけの動物病院まで書かれていた。
そのほか、夕飯の写真とそのレシピ。玄関にいけられている沈丁花の写真。
どうやら、ツカサは沈丁花の香りが好きらしい。
読み応えは十分にあったわけだけど、それで何を伝えたかったのかは読み取れず……。
そのメールに目を通し終わった直後、
「一通前のメールは読まずに削除して」という件名のメールが届いた。
「読まずに」と言われても、すでに読んでしまったし、ハナちゃんのすてき情報に加え、真白さんのレシピが載っているメールを削除する気にはならなかった。
球技大会当日、海斗くんに相談を持ちかけると、
「くっ……あいつバカだ。正真正銘のバカだっ!」
海斗くんは、「あはははは」と豪快に笑いながら教室を出ていってしまった。
取り残された私は桃華さんと佐野くん、サザナミくんに視線を向ける。
「これ、ツカサは何を言いたかったんだと思う?」
「放っとけばいいわ……」
呆れた顔でそう口にしたのは桃華さん。佐野くんとサザナミくんは苦笑しながら遠ざかっていった。
「削除して」というからにはメールが返ってくることは望んでいないだろう。それでも私は何かを返したくて、唯兄の取り扱い説明書じみた内容を返信することにした。
家に帰ったらメールを書こう。
私はいつもとは趣の異なるメールを送ることに少し浮き足立っていた。
桜林館に向かいクラスの列に並ぶ際、私はひとりのクラスメイトを意識する。
それは、去年の紅葉祭の前に二回だけ話したことがある香月さん。生徒会の会計をやりたいと言っていた香月さんだ。
きつい目で見られるわけではないし、何があるわけでもない。ただ、きっかけがなくて話せない
――そんな感じ。
ほかのクラスメイトとは粗方言葉を交わすことができたけど、香月さんとはまだ挨拶すらできていなかった。
でも、もしかしたら今日をきっかけに話せるようになるかもしれない。
クラス委員になった香月さんは球技大会で集計作業をすることになる。そして私も生徒会役員としてそこに顔を出すから。
機会があったら自分から声をかけてみよう……。
そう、強く心に決めていた。
試合に出ない私は午前中はほとんどを視聴覚室で過ごす。
集計の進捗状況をコントロールするのが私の役目。ほかの生徒会メンバーは自分の試合に出るほか、各試合が滞りなく行われているかのパトロールする程度。あとは体育委員とクラス委員が請け負う。
集計に慣れない一年生を中心にフォローしていると、
「それ、私も手伝うわ」
声をかけてくれたのは香月さんだった。
嬉しいのにびっくりしすぎて声を出せずにいると、
「……何よ」
「えっ? あ、ごめんなさいっ」
「何を謝っているのか意味不明なんだけど……」
「あ……えと、過度に驚いてごめんなさい」
「別にかまわないわ」
吐き捨てるように口にしては、テーブルに置かれた集計用紙に手を伸ばす。
驚きすぎて本当の気持ちが言えなかった。
驚いたのは事実なのだけど、香月さん……あのね、本当はとても嬉しかったんだよ。話しかけてもらえたことが。
これから話す機会が増えてもう少し仲良くなれたら、そしたらそのときに話せるかな。
そんな期待に胸を膨らませつつ、
「香月さんはハンドボールだったよね? 午後まで残れそう?」
「残念ながら二回戦で敗退」
「そっか……残念だったね。うちのクラスは午後まで残れるものあるかな」
残っていてくれないと、私は何も応援できないことになってしまう。
「気になるなら少しくらい外に出ればいいでしょ」
話し方には少し棘がある。でも、悪意のある棘ではない気がした。
「これ、私が代わってる間、少しくらい見てきたら?」
「え……?」
「……いちいち驚かないでよ」
「あ、ごめんなさいっ」
「驚いて謝ってって流れ、いい加減やめない?」
「あ――……じゃ、少しだけお願いしてもいいかなっ? どこまで勝ち進んでるのかだけ見てくる」
視聴覚室の一角へ向かおうとしたところ、
「――今っ」
「いま……?」
「今、桜林館で藤宮先輩がバスケに出るから行ってきたら?」
びっくりして言葉に詰まっていると、
「それくらい許されるわよ……」
つっけんどんに言われたけれど、嬉しくて笑顔でお礼を口にした。
「香月さん、ありがとう! その試合だけ見たら戻ってくる」
「別にもう少しゆっくりしてきても大丈夫よ……」
香月さんは言葉尻小さく俯いてしまい、私は再度お礼の言葉を口にして視聴覚室をあとにした。
桜林館は白熱している。
ツカサが出ている試合ともなれば、観覧席には女の子が多いわけで……。
相変わらず女の子に人気があるな、と思いながら一階のコート端から二階観覧席を眺めていた。
黄色い声はツカサともうひとり、飛翔くんの名前を呼ぶ。
ツカサと飛翔くんということは、三年生と一年生対決。
視線をコートに戻すと、優太先輩がツカサにパスを出したところだった。
普段走っているところを見ないだけに、やっぱりツカサが走っている姿は新鮮に見える。
こんなふうにじっと姿を追って見ていられるのは球技大会のときくらいのもの。普段、一緒にいるときはこんなにまじまじとは見ていられないから。
それにしても、飛翔くんの人気も凄まじいものがある。けれども、どれだけ声をかけられてもそれに反応を見せることはない。そんなところがツカサと一緒。
「翠葉発見っ!」
嵐子先輩に横から抱きつかれ、
「うちのクラス、飛翔のクラスに押されてるのっ。ここは翠葉の応援が必要よっ! ほら、うちのクラスと一緒になっちゃえば大声も出せそうでしょ?」
そういえば……飛鳥ちゃんの弟ということは、飛翔くんも飛竜くんも嵐子先輩の従弟になるのね。
そんなことを考えながら、嵐子先輩に手を引かれるまま三年A組が固まるコート脇に連れていかれた。
「司ーっ! 翠葉が応援に来てくれたんだからがんばんなよっ!」
嵐子先輩が声をかけると、ツカサがちらりとこちらを見る。
「ほら、翠葉っ!」
「えっ? あ、ふぁいっと」
声をかけると、応援席からの視線が痛いことになる。居たたまれなくなって小さくなっていると、
「彼女なんだから堂々としてればいいのよ」
嵐子先輩に背中を軽く叩かれた。そして、次の瞬間には衝撃と共に意識を失う。
「――翠葉っ、翠葉大丈夫っ!?」
「ん……」
薄っすらと目を開けると眩しすぎる光が飛び込んできた。それが、桜林館の天井ライトだと気づいたのは少ししてから。
私のことを覗き込む顔がたくさんあって、その中に嵐子先輩とツカサ、優太先輩を見つけた。
「翠、痛むところは?」
「え……?」
痛む、ところ……? そう言われてみれば――
「右半身、痛いかも……。あと、頭? 首?」
何が起こったのか理解できないままに答えると、
「右半身が痛いのは右を下にして倒れたから。首と頭が痛いのはボールが当たったから」
ボール……?
「うちらの裏面コートのボールが当たったんだよ。一応、仕切りネット越しだったから、威力そのままではなかったと思うんだけど……」
「すみませんっ、自分が打ったボールでっ」
申し訳なさそうな顔をしている人。
……あ、れ? ツカサも優太先輩もここにいるということは――
はっと気づく。ツカサたちの試合も裏コートの試合も中断してしまっていることに。
「わっ、あの、本当に大丈夫なのでっ」
慌てて起き上がるとくらっとした。
それを受け止めてくれたのはツカサだったけれど、途端に「いやあああっっっ」という叫び声が観覧席からあがる。
しまった、と思いつつ、
「ツカサ、本当に大丈夫だから……」
「……慌てて起き上がろうとするくらいには頭働いてないんじゃないの? それとも、相変わらずその頭は有益な学習をしない飾り物なのか?」
真顔で言われると怖さ倍増だ。
「……ただ慌てちゃっただけ。本当に大丈夫だから……」
「激しい頭痛、吐き気は?」
「頭は痛いけど頭痛という感じではないし吐き気もない」
「手足が痺れてたり力が入らないとかは?」
その場で手脚を動かしてみせる。
「大丈夫」
「じゃ、この指は何本?」
「二本」
「指を目で追って」
言われたとおりにすると、
「あんた、何医者の真似ごとしてんのよ」
突如現れた湊先生の突っ込みに驚く。
「所見は何もないと思う。でも、念のために病院で検査してきて」
「最初からそのつもりよ。ほら翠葉、病院行くわよ」
「えっ!? 今ですか?」
「そうよ。CT撮るだけだから一時間かからないわ。昼休み中には戻れるでしょ」
「でも集計作業――」
「集計のことなら気にしなくていい。翠が戻るまでは俺か優太が見る」
「……ごめんなさい」
「謝ることじゃない」
言ってすぐ、ツカサはコートへ戻り試合が再開された。
湊先生は学校から病院へ連絡を入れてくれていたらしく、病院に着くとすぐに検査室へ通された。
検査を終えて学校へ戻ってくると、お昼休みが半分ほど終わったところ。本当に一時間かからなかった。
「湊先生、ありがとうございました」
「これも仕事よ。……あぁ、司にも異常がなかったこと教えてやんなさい」
「はい」
ツカサは今試合中だろうか。
携帯を取り出し、
「電話よりもメール、かな? ……検査結果、異常ありませんでした……と」
送信したあと、送ったばかりのメールを見返す。
「……いつものことだけど、基本一文メールなんだよね」
そして、こういうメールに対しては返信がないのが常。
「メール……嫌だったのかな」
ふと、昨日のことを思い出す。
でも、海斗くんとも佐野くんともメールのやり取りはしている。鎌田くんは海斗くんや佐野くんたちと変わらない友達なんだけどな……。
何が違うのか疑問に思いながら視聴覚室に戻ると、優太先輩ではなくツカサが集計のコントロールをしていた。
「ツカサ、ありがとう。戻ったから変わる」
「全体的に滞っているところはない。ただ、気を抜くと一年が遅れるからフォローして」
「はい」
「……頭の痛みは?」
「まだズキズキしてるけど時間が経てば大丈夫だと思う」
「無理はするな」
「うん」
私がコントロールを代わろうとすると、
「その前に昼食。さっき簾条がかばんを持ってきた」
ツカサのあとについていくと、窓際の席に自分のかばんとツカサのかばんが置かれていた。
「ツカサはもう食べたの?」
「食べた」
言いながらも隣の席に座ってくれたのは、お弁当に付き合ってくれる、ということだと思う。
お弁当を広げつつ、
「メール……嫌だった?」
「もう少しまともな文章にして」
やり直しを命じられ、
「鎌田くんとメールのやり取りしてるの、嫌だった?」
「別に。近況報告のやり取りが楽しいっていうのは理解できないけど」
「じゃ、続けてもいい?」
「……そこまで干渉するつもりはない」
お弁当に付き合ってくれるものだと思っていたけれど、ツカサは席を立って集計の現場へと戻ってしまった。
「別に」とは言われたけれど、少し気まずい……。
ツカサが不快に思うことや嫌だと思うことはなるべくしたくない。でも、やましいことはないし、メールのやり取りをしなくなって鎌田くんと疎遠になるのも悲しい。
「……欲張り、かな」
私は視聴覚室の窓際から、先日のように少し不機嫌を露にしたツカサをそっと見つめていた。
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「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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