光のもとで2

葉野りるは

文字の大きさ
上 下
11 / 271
April(翠葉:高校2年生)

ふたりの関係 Side 司 02話

しおりを挟む
「誕生日プレゼントに何か欲しいものある?」
「とくにないけど……」
「ないと困るんだけど……」
 翠が眉をひそめたから、「焼き菓子」と答えた。すると、
「フロランタン?」
 首を傾げて訊かれる。
 フロランタンでもなんでもよかった。翠が作るものは甘いものが苦手な御園生さんでも食べられる範疇にあると知っていたから。それは、先日のバレンタインでも立証されていた。
「フロランタンはもともと作る予定だから、それ以外のもので何かないかな?」
「……思いついたら言う」
 そんな会話をしたのは三月末、ゲストルームを訪ねたときだった。
 その後、何が欲しいとは言わなかったわけだけど、とくだん翠に詰め寄られることもなかった。
 誕生日には家族や親戚からプレゼントをもらうことはあっても、ほかの人間からプレゼントをもらうことはない。
 今年は翠からもらえるのかと思えば、何をもらえるかは問題ではなく、翠に祝ってもらえることが特別に思えた。
 ……もし俺が、誕生日に何が欲しいかを尋ねたら、翠はなんと答えるのだろう……。
「……自分だってこれといったものは提示できないくせに」
 そんな結論に至れば、ふ、と笑みが漏れた。

 日付が変わろうとしたとき、携帯が着信を告げた。
「はい」
『あのっ――』
 翠は電話をかけてくると、最初に名乗る癖がある。けれど、最近はそれをどうにか直そうとしているようだ。
 前につんのめりそうな声に、
「翠?」
 声をかけると、いつものようにこちらの状態を尋ねられた。即ち、今話していても大丈夫かどうか――
 名乗ることは改めようとしているくせに、こっちは改める気がないのだろう。
 出られる状況でなければ出ないし、出ても話せないなら折り返す旨を伝える。
 何度もそう話してきたが、「でも、これだけは気になるから」と言われた。
 いつもの問いかけに「問題ない」と答えると、「あのね」と言葉を区切る。
 次の声を待っていると、急にカウントダウンが始まった。
『十、九、八、七、六、五、四、三、二、一、誕生日おめでとうっ! ツカサ、十八歳の誕生日おめでとうっ!』
 十から始まるカウントに予想ができなかったわけじゃない。ただ、誕生日におめでとうと言われることはこんなにも嬉しいことだっただろうか、と考えさせられただけ。
『ツカサ?』
「……いや、少しびっくりしただけ」
 主に、自分の感情の変化に……。
『去年、ツカサがこうやってお祝いしてくれたでしょう? だからね、絶対にカウントダウンしたかったの』
 翠の弾んだ声が耳に心地よかった。
『誕生日プレゼントを渡したいのだけど、明日、学校で会える?』
「学校じゃなくても会える」
『え?』
「模試の勉強、明日からにしよう」
 思いつきで答えると、
『こっちに帰ってくるの?』
「そのつもり」
『なんでもっと早く言ってくれなかったのっ!?』
「今決めたから?」
 何を責められているのかと思えば、
『こっちに帰ってくるならケーキ焼いたのにっ』
 悔しそうな声で言われた。その直後、
『ツカサ、やっぱりだめ……』
 は?
「何が?」
『明日はツカサの誕生日だもの。真白さん、絶対にごちそうを用意して待ってると思う。だから、明日は藤山に帰らなくちゃだめ』
 翠らしい気遣いに心が和む。俺は目を閉じて翠の表情を思い浮かべた。
「家で夕飯食べてからマンションに行くってこともできるんだけど」
『……あ、そっか』
「明日、八時にはゲストルームに行くから」
『うん、待ってるね』
「じゃ、おやすみ」
『おやすみなさい……』
 若干名残惜しさを残したまま通話を終えた。
 目を開けば今まで読んでいた本が映る。
 もう少しきりのいいところまで読むつもりでいた。けど、今日はここまでにしよう。
 栞に手を伸ばし本に挟むと、分厚い洋書を静かに閉じた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

将棋部の眼鏡美少女を抱いた

junk
青春
将棋部の青春恋愛ストーリーです

小学生をもう一度

廣瀬純一
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

幼馴染と話し合って恋人になってみた→夫婦になってみた

久野真一
青春
 最近の俺はちょっとした悩みを抱えている。クラスメート曰く、  幼馴染である百合(ゆり)と仲が良すぎるせいで付き合ってるか気になるらしい。  堀川百合(ほりかわゆり)。美人で成績優秀、運動完璧だけど朝が弱くてゲーム好きな天才肌の女の子。  猫みたいに気まぐれだけど優しい一面もあるそんな女の子。  百合とはゲームや面白いことが好きなところが馬が合って仲の良い関係を続けている。    そんな百合は今年は隣のクラス。俺と付き合ってるのかよく勘ぐられるらしい。  男女が仲良くしてるからすぐ付き合ってるだの何だの勘ぐってくるのは困る。  とはいえ。百合は異性としても魅力的なわけで付き合ってみたいという気持ちもある。  そんなことを悩んでいたある日の下校途中。百合から 「修二は私と恋人になりたい?」  なんて聞かれた。考えた末の言葉らしい。  百合としても満更じゃないのなら恋人になるのを躊躇する理由もない。 「なれたらいいと思ってる」    少し曖昧な返事とともに恋人になった俺たち。  食べさせあいをしたり、キスやその先もしてみたり。  恋人になった後は今までよりもっと楽しい毎日。  そんな俺達は大学に入る時に籍を入れて学生夫婦としての生活も開始。  夜一緒に寝たり、一緒に大学の講義を受けたり、新婚旅行に行ったりと  新婚生活も満喫中。  これは俺と百合が恋人としてイチャイチャしたり、  新婚生活を楽しんだりする、甘くてほのぼのとする日常のお話。

隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)

チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。 主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。 ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。 しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。 その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。 「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」 これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。

バレー部入部物語〜それぞれの断髪

S.H.L
青春
バレーボール強豪校に入学した女の子たちの断髪物語

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...