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April(翠葉:高校2年生)
ふたりの関係 Side 翠葉 05話
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テストから一週間が過ぎ、ぼんやりと思う。全国模試が終わった途端にツカサと会う機会がめっきり減った、と。
毎日のように試験勉強で顔を合わせていたからそう感じるだけなのだろうか。
移動教室のときやクラスから出るとき、いないかな、と周りを見回すけれど、一度として見かけることはなかった。それこそ、生徒会の集まりでもない限りは学校で会うことがない。
一年のとき、毎日のように会えていたのは、校舎が同じであり、さらにはツカサがうちのクラスへ来てくれていたからだったのだ。
「ちょっと困ったかも……」
ツカサ欠乏症になりそう。どうしよう……。
「どうかした?」
夕飯を食べにきていた秋斗さんに覗き込まれてびっくりした。
「秋斗さん、いらっしゃい。唯兄もお疲れ様」
ふたりに声をかけると、
「仕事から帰ってきてこの言葉が聞けるのって嬉しいよね」
秋斗さんが唯兄に同意を求める。と、
「だからって、うちに入り浸りすぎやしませんかね?」
唯兄はちょっと意地悪な言葉を返した。
「だって、こうでもしないと翠葉ちゃんと会えないしね」
秋斗さんは会社を立ち上げると同時に、図書棟にあった仕事場を引き払った。本来ならこんなふうに毎日会える環境にはないのだ。
「……会う機会……会える環境……」
それはやっぱり自分で作らなくちゃいけないものなのか……。
「翠葉ちゃん、どうかした?」
「あ……えと……ツカサと全然会えなくて……」
現況を話すと、秋斗さんにクスクスと笑われた。
「司に会いたいんだ?」
「……会えるのが普通だと思っていたら、全然違くて……」
「……なら、翠葉ちゃんから会いに行ってみたら?」
「私、から……?」
「そう。一年のときはランチタイムを一緒に過ごしてたんでしょう? 今度はそれを翠葉ちゃんから提案してみたらどうかな?」
「……迷惑、じゃないでしょうか」
「俺が司だったら嬉しいかな。好きな子と一緒にお弁当を食べられるのは嬉しいよ」
秋斗さんはにこりと笑い、「がんばって」と頭を優しく撫でてくれた。
夕飯を食べ終わり、お風呂に入りながら考える。
「自分から提案する、か……」
自分から自分から自分から……ブクブクブク――
なんと切り出したらいいのかわからなくて、湯船に沈没してしまう。
一緒にお弁当を食べよう……? 一緒にお弁当が食べたい……?
なんて言ったらいいのかな。
ツカサがしてくれたように、私がツカサのクラスまで行って食べる――のはちょっと無理。でも、だからと言ってうちのクラスに来てもらうのは申し訳ないし……。
中間地点の食堂で食べるのがいい気がするけど、問題はどう切り出すか、なのだ。
それに、切り出せたところで了承してもらえるかは別問題だと思う。
秋斗さんは嬉しいと言ってくれたけれど、ツカサがどう思うのかはわからない。
顔が見たい、声が聞きたい、一緒にいたい――
そう思うのは私だけなのかな……。
自分だけ、と考えたら胸がきゅっと締め付けられる気がした。
「切ないって……こういうことを言うの?」
両思いになったつもりでいたけれど、実は私の片思いなんじゃないかと思ってしまう。
お風呂から上がると、蒼兄のお部屋にお邪魔した。
「どうした?」
「……試験が終わったらツカサと会うことがなくて……」
「連絡は?」
私は左右に首を振る。
「二年と三年じゃ校舎が違うから約束でもしない限りはなかなか会えないよ?」
「今、それをひしひしと実感中……」
「連絡してみればいいのに」
「なんて……?」
「え?」
「なんてメールしたらいいの? 電話かけてなんて言ったらいいの?」
「……会いたいってそのまま言えばいいんじゃない? そんな難しいことじゃないだろ?」
「……すごく難しい。会いたいって言葉はなかなか言えないよ」
蒼兄は驚いた顔というか、珍しいものでも見るような目で私を見ていた。
「翠葉は思ったことをそのまま口にするタイプだと思ってたけど……」
「……だって、そう思っているのが自分だけだったら、なんだかとっても寂しいでしょう?」
蒼兄はクスクスと笑う。
「ね、蒼兄……お付き合いをしいてたら、話す内容がなくても電話ができるの?」
周りの人の話を聞いていたらそんな気がした。
「別に付き合ってなくてもできるだろうけど……。でも、確かに付き合ってると電話はしやすいかもな」
「そう、なのね……」
「でも、翠葉と司だって付き合ってるんだろ?」
「……どうしてそう思うの?」
「どうしてって……」
「サザナミくんや嵐子先輩にも訊かれたのだけど、私とツカサは付き合うとかそういう話はしてないよ?」
「えっ!? でも、春休みだってちょくちょくうちに来てたし……」
「それだけよ?」
「…………」
「蒼兄……?」
「……えぇと、翠葉ちゃん。記念すべく二月二日、お兄さんは帰りが遅かったあの日にそういう進展があったものと思っていたんだけど……。もしかして、違ったのかな?」
不自然な笑みを貼り付け、思い切り棒読みで尋ねられた。
「好きとは伝えた……。でも、ツカサから何か言葉を返されたわけじゃないの。好きって伝えて、ありがとうって言われたら付き合っていることになるのでしょう?」
「いや、それは多分に語弊がある気がするけど……。あの日は翠葉が気持ちを伝えただけだったの?」
「うん」
蒼兄は頭を抱えてしまい、次に顔を上げたときにはその日のことを訊かれた。どんなやり取りをしたのか、と。
「好きって言ったらぎゅって抱きしめてくれたの……。キス、してくれた」
「……はい、翠葉ちゃんストップ」
直後、両頬をつままれた。
「司はさ、好きでもない子を抱きしめたりしないしキスもしないよ。だから翠葉はもう少し自信持っていいんじゃないかな?」
「自信なんて、持てない……。会えない日が続くと少しずつ不安が積み重なっていくもの」
「だったらさ、会いに行っておいで。会って話せば不安もなくなるだろうから」
会いに行って何を話したらいいのかな。なんて言って会いに行けばいいのかな。
付き合ってさえいれば理由なく会えるというのなら、その関係がとても羨ましく思える。
ただ会いたくて、ただ側にいたくて――それに理由をつける必要がないのなら、そういう関係を望んでしまう。
どんどん欲張りになっていく自分が怖い。欲しいものは増えていくばかりだ。
自室に戻ってきてからは携帯と対峙することになる。
ツカサに会うためには「連絡」というハードルを越えなくてはいけない。
「……会いたいから、っていう理由でかけていいのかな」
携帯のディスプレイを見ているだけで時間は刻々と過ぎていき、あっという間に日付をまたぐ時間になってしまった。
今日かけられなかったとしても何かが大きく変わることはない。それと同じで、明日ツカサに会える確証もない……。
何も解決しないけれど、何が変わるでもない。
そう自分に言い聞かせ、携帯を見たままベッドへ横になる。
……明日、学校へ行ったらテラスへ行ってみようかな。
ツカサは毎日朝練をしているのだから、テラスにいれば部室棟に戻ってくるところを見られるかもしれない。クラスから出ることで会う確率ゼロパーセントを回避できるのなら、行動してみよう。
毎日のように試験勉強で顔を合わせていたからそう感じるだけなのだろうか。
移動教室のときやクラスから出るとき、いないかな、と周りを見回すけれど、一度として見かけることはなかった。それこそ、生徒会の集まりでもない限りは学校で会うことがない。
一年のとき、毎日のように会えていたのは、校舎が同じであり、さらにはツカサがうちのクラスへ来てくれていたからだったのだ。
「ちょっと困ったかも……」
ツカサ欠乏症になりそう。どうしよう……。
「どうかした?」
夕飯を食べにきていた秋斗さんに覗き込まれてびっくりした。
「秋斗さん、いらっしゃい。唯兄もお疲れ様」
ふたりに声をかけると、
「仕事から帰ってきてこの言葉が聞けるのって嬉しいよね」
秋斗さんが唯兄に同意を求める。と、
「だからって、うちに入り浸りすぎやしませんかね?」
唯兄はちょっと意地悪な言葉を返した。
「だって、こうでもしないと翠葉ちゃんと会えないしね」
秋斗さんは会社を立ち上げると同時に、図書棟にあった仕事場を引き払った。本来ならこんなふうに毎日会える環境にはないのだ。
「……会う機会……会える環境……」
それはやっぱり自分で作らなくちゃいけないものなのか……。
「翠葉ちゃん、どうかした?」
「あ……えと……ツカサと全然会えなくて……」
現況を話すと、秋斗さんにクスクスと笑われた。
「司に会いたいんだ?」
「……会えるのが普通だと思っていたら、全然違くて……」
「……なら、翠葉ちゃんから会いに行ってみたら?」
「私、から……?」
「そう。一年のときはランチタイムを一緒に過ごしてたんでしょう? 今度はそれを翠葉ちゃんから提案してみたらどうかな?」
「……迷惑、じゃないでしょうか」
「俺が司だったら嬉しいかな。好きな子と一緒にお弁当を食べられるのは嬉しいよ」
秋斗さんはにこりと笑い、「がんばって」と頭を優しく撫でてくれた。
夕飯を食べ終わり、お風呂に入りながら考える。
「自分から提案する、か……」
自分から自分から自分から……ブクブクブク――
なんと切り出したらいいのかわからなくて、湯船に沈没してしまう。
一緒にお弁当を食べよう……? 一緒にお弁当が食べたい……?
なんて言ったらいいのかな。
ツカサがしてくれたように、私がツカサのクラスまで行って食べる――のはちょっと無理。でも、だからと言ってうちのクラスに来てもらうのは申し訳ないし……。
中間地点の食堂で食べるのがいい気がするけど、問題はどう切り出すか、なのだ。
それに、切り出せたところで了承してもらえるかは別問題だと思う。
秋斗さんは嬉しいと言ってくれたけれど、ツカサがどう思うのかはわからない。
顔が見たい、声が聞きたい、一緒にいたい――
そう思うのは私だけなのかな……。
自分だけ、と考えたら胸がきゅっと締め付けられる気がした。
「切ないって……こういうことを言うの?」
両思いになったつもりでいたけれど、実は私の片思いなんじゃないかと思ってしまう。
お風呂から上がると、蒼兄のお部屋にお邪魔した。
「どうした?」
「……試験が終わったらツカサと会うことがなくて……」
「連絡は?」
私は左右に首を振る。
「二年と三年じゃ校舎が違うから約束でもしない限りはなかなか会えないよ?」
「今、それをひしひしと実感中……」
「連絡してみればいいのに」
「なんて……?」
「え?」
「なんてメールしたらいいの? 電話かけてなんて言ったらいいの?」
「……会いたいってそのまま言えばいいんじゃない? そんな難しいことじゃないだろ?」
「……すごく難しい。会いたいって言葉はなかなか言えないよ」
蒼兄は驚いた顔というか、珍しいものでも見るような目で私を見ていた。
「翠葉は思ったことをそのまま口にするタイプだと思ってたけど……」
「……だって、そう思っているのが自分だけだったら、なんだかとっても寂しいでしょう?」
蒼兄はクスクスと笑う。
「ね、蒼兄……お付き合いをしいてたら、話す内容がなくても電話ができるの?」
周りの人の話を聞いていたらそんな気がした。
「別に付き合ってなくてもできるだろうけど……。でも、確かに付き合ってると電話はしやすいかもな」
「そう、なのね……」
「でも、翠葉と司だって付き合ってるんだろ?」
「……どうしてそう思うの?」
「どうしてって……」
「サザナミくんや嵐子先輩にも訊かれたのだけど、私とツカサは付き合うとかそういう話はしてないよ?」
「えっ!? でも、春休みだってちょくちょくうちに来てたし……」
「それだけよ?」
「…………」
「蒼兄……?」
「……えぇと、翠葉ちゃん。記念すべく二月二日、お兄さんは帰りが遅かったあの日にそういう進展があったものと思っていたんだけど……。もしかして、違ったのかな?」
不自然な笑みを貼り付け、思い切り棒読みで尋ねられた。
「好きとは伝えた……。でも、ツカサから何か言葉を返されたわけじゃないの。好きって伝えて、ありがとうって言われたら付き合っていることになるのでしょう?」
「いや、それは多分に語弊がある気がするけど……。あの日は翠葉が気持ちを伝えただけだったの?」
「うん」
蒼兄は頭を抱えてしまい、次に顔を上げたときにはその日のことを訊かれた。どんなやり取りをしたのか、と。
「好きって言ったらぎゅって抱きしめてくれたの……。キス、してくれた」
「……はい、翠葉ちゃんストップ」
直後、両頬をつままれた。
「司はさ、好きでもない子を抱きしめたりしないしキスもしないよ。だから翠葉はもう少し自信持っていいんじゃないかな?」
「自信なんて、持てない……。会えない日が続くと少しずつ不安が積み重なっていくもの」
「だったらさ、会いに行っておいで。会って話せば不安もなくなるだろうから」
会いに行って何を話したらいいのかな。なんて言って会いに行けばいいのかな。
付き合ってさえいれば理由なく会えるというのなら、その関係がとても羨ましく思える。
ただ会いたくて、ただ側にいたくて――それに理由をつける必要がないのなら、そういう関係を望んでしまう。
どんどん欲張りになっていく自分が怖い。欲しいものは増えていくばかりだ。
自室に戻ってきてからは携帯と対峙することになる。
ツカサに会うためには「連絡」というハードルを越えなくてはいけない。
「……会いたいから、っていう理由でかけていいのかな」
携帯のディスプレイを見ているだけで時間は刻々と過ぎていき、あっという間に日付をまたぐ時間になってしまった。
今日かけられなかったとしても何かが大きく変わることはない。それと同じで、明日ツカサに会える確証もない……。
何も解決しないけれど、何が変わるでもない。
そう自分に言い聞かせ、携帯を見たままベッドへ横になる。
……明日、学校へ行ったらテラスへ行ってみようかな。
ツカサは毎日朝練をしているのだから、テラスにいれば部室棟に戻ってくるところを見られるかもしれない。クラスから出ることで会う確率ゼロパーセントを回避できるのなら、行動してみよう。
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