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エピローグ
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「…俺がニナの様子を見に海面から顔を出した日、エルナがバルコニーで景色を眺めていたんです」
エルナの腰を強く抱き、そっと囁くように言う。
「俺はどうしても話がしたくて、ドローテアに頼んだんです、夢でいいから会わせてくれと」
見上げるエルナと見下ろすオトの視線が会うと、オトは恥ずかしそうに微笑んだ。
いつもの森で、二人はワルツを踊っていた。
眠りについてから始まる、誰にも秘密の、二人だけの時間だ。
「種族を越えても貫ける愛がある。それを証明してやる、それが代償だと啖呵を切った……けど、まさかこんなに恋が苦しいとは思いませんでしたよ」
くるりとエルナをターンさせながら、オトは苦笑した。
「オト、あの頃ずっと、私がアーベルさまをお慕いしているみたいに言ってたものね」
オトの腕の中に戻ってきたエルナは、くすくすと思い出しながら笑う。
二人の指には、お揃いの指輪が光っていた。
「……だって、ニナとあの王子を、貴女が切ない瞳で見つめているから」
「そりゃそうでしょう、あんな取り付く島もなく仲良くされたら、たまったもんじゃないもの」
音楽は無い。ただ森の木々のさわさわとした音が鳴るだけの空間だ。
二人はたまにこうして、手を繋いで眠りについた時だけ、この森に来れるようになっていた。
何となく忘れがたくて、時々「今日は踊ろうか」という合言葉で夢に潜り込む。
エルナが人間を捨てた日から、もう数ヶ月が経っていた。
「この森で逢う貴女が可愛くて、愛しくて」
オトはエルナの額に小さくキスを落とす。
「朝が来るのが怖かった」
私もよ、とエルナは心の中で答える。
二人で過ごす日々は愛しく、そして優しい。
「あの二人も、幸せかしら」
そんな日々をアーベルとニナも過ごしていてくれたら。そう願わずにはいられない。
そうしてしばらくワルツを楽しんでいると、唐突に、何やら足音が聞こえてきた。
「え」
この森に二人以外が来るなんて、初めてだ。
音のする方を二人は見て――
「えっ!!」
エルナはとびきり大きい声を出した。
「アーベルさま!」
「ニナ!」
そう、そこには穏やかに微笑む、アーベルとニナが居たのだ。
エルナとオトはそのふたりに駆け寄る。
「どうしてここに!?」
エルナがアーベルとニナを見比べながらそう問うと、ニナはその綺麗な澄んだ声でふふふと笑った。
「寝る間際にね、音楽が聴こえたんです」
「音楽?」
「…ワルツの、楽しそうな調べ」
エルナが首を傾げると、アーベルがニナの言葉のその続きを攫っていく。
「ニナが、きっと二人に会える、と」
どういう仕組みかはわからないが、この二人も夢でこの森にやってきたと言うことだろうか。
「……ドローテアからの御礼、だったりするかもしれませんね」
オトがそう呟くと、ニナがにこりと、嬉しそうな笑顔で頷いた。
『真実の愛』を体現したお礼。
確かに、そう考えるとなんだか幸せな気持ちになれた。だからそういう事でいいだろう。
エルナとニナがニコニコしながら手を取り合っていると、オトがアーベルに向かってお辞儀をした。
「デンマーク王国第三王子、アーベル・S・W・ヴァルデマー殿」
「……はい」
「妹を、どうかこれ以上ない程に幸せにしてやってください」
その言葉に、誰よりもニナが驚いた様子だった。
「お兄様」
じわりと、ニナの瞳に水気が灯る。
アーベルはニナの肩を抱き寄せると、
「勿論です」
そう、力強く頷いた。
それを合図に、どこからともなく音楽が流れ出す。いつものワルツとは違う、軽快で楽しげな、輪舞曲だ。
「折角です、みんなで踊りませんか?」
オトがそう告げて、全員が輪になった。
各々顔を見合わせては、幸せの在処を確認する。
嬉しくて嬉しくて、エルナはオトの手をきつく握る。オトもその手を握り返した。
そして四人は、夢の森で密やかなロンドを舞う。
幸せのメロディは時間を越えて、その輪をゆったりと、包み込んでいった。
――そして真夜中ロンドは今夜も、ひっそりと、森の奥で鳴り響いているらしい。
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